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元・宝塚男役トップスターの悪役令嬢ですが、破滅回避のためにはヒロインを落とすのが一番手っ取り早いようです

スポットライトは、いつだって私以外の誰かのためにあった。


目の前で、婚約者であるはずの第一王子アリストールが、子犬のように健気な瞳の少女に微笑みかけている。少女――平民上がりの聖魔法の使い手、リリア・フローレス。彼女こそが、この乙女ゲーム『王立魔法学園のシンデレラ』のヒロインだ。


そして、その二人を苦々しい表情で見つめる公爵令嬢。銀色の髪をきつく結い上げ、氷のような美貌を持つ完璧な淑女。それが、私、ロザリンド・フォン・アイゼンベルク。ゲームでは、ヒロインをいじめ抜いた末に王子との婚約を破棄され、家門ごと没落する『悪役令嬢』である。


「……なるほど、配役は最悪ね」


前世の記憶が蘇ったのは、ほんの数時間前のこと。頭を打った衝撃で思い出したのは、私が『私』になる前の人生――宝塚歌劇団の男役トップスター、『朝霧あさぎり れい』として生きた日々の記憶だった。


ファンを熱狂させ、舞台の上で幾千もの愛を囁いてきた私が、よりによって嫉妬に狂う悪役令嬢? 冗談じゃない。緞帳どんちょうが上がる前に舞台から叩き出されるなんて、トップスターの名が廃る。


破滅フラグ。結構じゃない。上等よ。

どんな無理難題な脚本シナリオでも、最高のパフォーマンスで捻じ伏せてみせるのが、朝霧玲のやり方だった。


アリストール王子がリリアに惹かれるのは、ゲームの強制力。抗うのは難しいだろう。ならば、方法は一つ。


「王子がヒロインを落とすより先に、私がヒロインを落とせばいい」


ターゲットは、あの可憐な少女、リリア・フローレス。

観客は、全校生徒と、あの朴念仁な王子様。

演目は、『悲恋の悪役令嬢』から『ヒロインを攫う、麗しの貴公子』へ。


さあ、ショータイムの始まりだ。私のためのスポットライトを、この手で点けてみせよう。


***


破滅フラグ回避計画、第一幕。まずは情報収集と接触からだ。

悪役令嬢ロザリンドは、常に数人の取り巻きを連れている。けれど、前世が男役の私にとって、女性に囲まれるのは慣れたもの。彼女たちの黄色い声援は、かつてのファンの声援に比べればそよ風同然だ。


「ロザリンド様、ご覧くださいまし。また平民風情がアリストール殿下に色目を使っておりますわ」

「本当に、身の程知らずですこと!」


取り巻きの一人が扇子で口元を隠しながら、中庭で花に水をやるリリアを指さす。その隣では、アリストール王子が「君は本当に働き者だな」などと、陳腐なセリフを吐いている。


ああ、ダメだ。まるで大根役者。あれでは観客の心は掴めない。

「間が悪いわ、アリストール。そこはもっとグッと腰に手を回すとか、不意打ちで髪に触れるとか、演出が必要でしょうに」

「え?」

「いいえ、独り言よ」


私はすっくと立ち上がった。取り巻きたちが「まあ、ロザリンド様、どちらへ?」とざわめくのを背中で受け止め、優雅な足取りで、しかし男役として鍛え上げた完璧な歩幅で、二人の元へ向かう。


リリアが、重そうなじょうろを運ぼうとして、よろめいた。

「危ない!」

王子が手を伸ばす。――遅い!


私が動いたのは、ほぼ同時だった。いや、コンマ数秒、早かったかもしれない。舞台で培った動体視力と体幹は、公爵令嬢のドレスを着ていても衰えていない。

するり、と王子の前に滑り込み、華奢なリリアの身体を倒れる寸前で抱きとめる。


左手で彼女の腰をしっかりと支え、右手でじょうろを奪い取る。流れるような一連の動作。そして、耳元で囁くための、完璧な角度。


「大丈夫かい、お嬢さん? 怪我はなかったかな」


宝塚時代、幾度となく練習した必殺の低音ボイス。甘く、それでいて少しだけ心配を滲ませる響き。

腕の中のリリアが「ひゃっ!?」と可愛い悲鳴を上げて、顔を真っ赤に染めた。潤んだ瞳が、驚きと混乱で見開かれている。うん、良い反応だ。初舞台にしては上出来。


「あ、あ、ありがとうございます、ロザリンド様……!」

「気にしないで。君のようなか弱い女性が、こんな重いものを持つべきじゃない」


そう言って、私は彼女の頬に落ちた髪を、そっと指先で払ってやった。男役時代にファンを卒倒させた、『流し目からの必殺スマイル』を添えて。


リリアは「ぽっ……」と音が出そうなほど顔を赤らめ、完全に固まっている。よし、第一接触ファーストコンタクトは成功だ。


一方、主役の座を奪われた王子は、行き場のない手を彷徨わせ、呆然とこちらを見ていた。

「ロ、ロザリンド……君、いつの間に……」

「アリストール様。ごきげんよう」

私はリリアを支えたまま、完璧なカーテシー(淑女の礼)を捧げる。そのギャップがまた、心を揺さぶるのだ。


「彼女が困っているようでしたので、つい。殿方は、もっとレディの些細な変化に気づいて差し上げるべきですわ」

完璧な淑女の仮面を被り、チクリと嫌味を添える。これもまた、悪役令嬢のロールプレイだ。

王子は「ぐっ……」と悔しそうに顔を歪める。彼のプライドを傷つけ、同時にリリアの心には私の存在を刻み込む。一石二鳥の見事なアドリブだった。


***


それからというもの、私は徹底的に『リリアを護る麗しの貴公子』を演じ続けた。


食堂で、わざとリリアにトレーをぶつけようとする取り巻き(ゲーム通り)がいれば、さりげなくその前に立ち、私が代わりにスープを浴びる。

「きゃっ! ロザリンド様!」

「ああ、温かいスープだ。冷えた身体には丁度いい」

なんて、白いブラウスを汚しながら平然と微笑んでみせる。もちろん、内心は『クリーニング代!』と叫んでいるが、これは舞台衣装だと思えば安いものだ。


魔法実技の授業で、リリアが魔力のコントロールに失敗して暴発させれば、誰よりも早く彼女の前に立ち、防御魔法を展開する。

「私の後ろに。必ず君を護るから」

背中で彼女を庇いながら、囁く。騎士ナイトの役も得意分野だった。リリアは背後で「ロザリンド様……!」と感激に打ち震えている。チョロい、いや、素直で非常にやりやすい共演者パートナーだ。


アリストール王子も負けじとリリアにアプローチをかけるが、どうにもスマートさに欠ける。彼が「リリア、この本を……」と分厚い魔導書を渡そうとすれば、私が横から「そんな難しい本より、こちらの恋物語の詩集はいかがかな? 君の瞳の色と同じ、美しい宝石の話が出てくる」と甘い言葉と共に差し出す。


彼が「リリア、放課後……」と誘おうとすれば、私が「ああ、すまないアリストール様。彼女には私が刺繍の基礎を教える約束をしているんだ。ね、リリア?」と悪戯っぽくウィンクする。もちろん、そんな約束はない。完全なるアドリブだ。しかし、リリアは頬を染めて「は、はい!」と頷いてしまう。


私の行動は、悪役令嬢の『いじめ』とは全く違う形で、王子とヒロインの仲を引き裂いていた。周囲の生徒たちも、最初は「あのロザリンド様がなぜ平民に?」と訝しんでいたが、次第にその認識は変わっていった。


「見て、ロザリンド様とリリアさんよ」

「まるで騎士が姫を護っているみたい……」

「むしろ、王子様より王子様らしいわ……素敵……」


いつしか、私とリリアは学園公認の『尊いカップル』のような扱いを受け始めていた。一部の女子生徒に至っては、私の親衛隊ファンクラブまで結成し、遠くから熱い視線を送ってくる始末。うん、この感覚、懐かしい。血が騒ぐ。


***


そして運命の日。学園創立記念のダンスパーティがやってきた。

ゲームでは、このパーティで王子がヒロインをダンスに誘い、二人の仲が決定的なものになる。そして、それに嫉妬したロザリンドがヒロインのドレスを破くという凶行に走り、断罪イベントへと繋がるのだ。


「さて、今夜が正念場ね」


鏡に映る私は、銀糸の刺繍が施された豪奢なドレスを纏い、髪を結い上げた完璧な悪役令嬢だ。しかし、その瞳に宿るのは、大舞台を前にしたトップスターの昂揚。


会場に入ると、やはりアリストール王子はリリアの元へ直行していた。彼は少し緊張した面持ちで、リリアに手を差し出す。

「リリア。私と、一曲踊ってくれないか」


きた。運命の分岐点。

リリアは戸惑いながらも、王子の誘いを断れずにいる。私が動かなければ、二人は手を取り、物語は破滅へと進む。


私は、静かに、しかし誰よりも優雅に、二人の間へと歩みを進めた。

「お待ちになって、アリストール様」

凛、と響く声に、会場の誰もがこちらを向く。音楽さえも、一瞬止まったかのように感じた。スポットライトが、私に当たっている。


「その方と踊る前に、まずは私と踊っていただくのが筋ではございませんか? わたくし、こう見えても殿下の正式な婚約者ですのよ」


完璧な淑女の笑みで、しかし有無を言わさぬ圧をかける。

王子は「ロザリンド……しかし……」と口ごもるが、公の場で婚約者の申し出を無下にはできない。彼は悔しげに、しかし諦めたように私に手を差し出した。


私はその手を取り、ダンスの輪の中へ。

ワルツの調べに乗りながら、私は王子にしか聞こえない声で囁いた。

「殿下。貴方が本当に欲しいものは、何ですの?」

「……どういう意味だ」

「ヒロインの座も、王子の隣も、私がいただく。そう申し上げているのです」

「何を馬鹿なことを……!」


曲が終わり、一礼する。私は王子の元を離れ、呆然と立ち尽くすリリアの前に立った。

彼女は、私が王子と踊る姿を、どこか寂しげな瞳で見ていた。良い傾向だ。


「リリア」

名前を呼ぶと、彼女の肩が小さく震える。

私は貴族の男性がするように、片膝をつき、彼女の手を取った。会場が、どよめきに包まれる。


「――お嬢さん。私と、一曲踊っていただけませんか?」


男役・朝霧玲の十八番、『跪きのエスコート』。

囁く声は、誰よりも甘く。見上げる視線は、誰よりも熱く。


リリアの瞳から、ぽろり、と一粒の涙がこぼれ落ちた。

「……はい、喜んで。ロザリンド様」


彼女の手を取り、フロアの中央へ。

再び流れ始めた音楽は、先程よりも甘美なワルツ。

私のリードは完璧だ。宝塚のダンスレッスンは世界一厳しい。ドレスの裾を捌き、リリアの身体を優しく、しかし確実に導く。


「どうしたんだい? 少し緊張しているようだね」

「だって……こんなの、夢みたいで……」

「夢じゃないさ。今、君の王子様は、私だ」


くるり、とターンさせ、再びその身を強く抱きしめる。

リリアは、うっとりとした表情で、その身を私に預けていた。その瞳にはもう、アリストール王子の姿は映っていない。


視界の端で、王子が拳を握りしめ、愕然とした顔でこちらを見ているのが分かった。

ざまあみなさい、なんて悪役令嬢らしいことは思わない。


ただ、思う。

ああ、なんて素晴らしい。満場の観客。最高の共演者。そして、主役の座は、この私。

これぞ、最高の舞台ステージ

破滅フラグなんて、私の華麗なステップでへし折ってやる。


さあ、第二幕の始まりだ。今度はどんな演出で、この可愛いヒロインを蕩けさせてやろうか。

悪役令嬢の顔に、トップスターの不敵な笑みが浮かんだ。

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