第7話 1000億ゴールド
「……えっ?」
「俺は巨乳の女が好きだ。巨乳の女と遊びたくて仕事をしてる。巨乳の女がいなきゃ生きる気力もわかねえ。そんな俺の目の前で……お前、Sカップを殴っただろ」
レイデン殿が放つ気迫に、続々とギャラリーが集まってきた。
なのに、誰も声を発さない。
物音をたてることすら躊躇し、自分の首筋に刃物を押し当てられているような緊張感に冷や汗を流す。
「60億ゴールドの契約金……ぶっちゃけ喉から手が出るほど欲しいが、もういらねえよ。とっととこの街から失せろ、クソガキ」
汚物でも扱うように軽く足先で転がして、クロウに背を向けた。
対してクロウは自分が悪い意味で注目されていることに気づいたのか、「おい!!」と怒気を孕んだ声を張り上げる。
「おれがそんなに悪いことしたか!? せっかく美味しい話を持って来てやったのに、何なんだテメェはよぉ!! Sランク冒険者だからって、何やってもいいのかよ!!」
空虚に響く声。
その滑稽さに誰かがプッとふき出し、笑ってもいい空気は一瞬で周りに伝播する。
クロウは屈辱に震え、血がにじむほどに唇を握り締め。
そして、いまだ酒場で立ち尽くす仲間たちに視線を飛ばす。
「お前ら、そのオッサンを倒せ!!」
「「「「「……は?」」」」」
「おれの言うこと聞くって契約交わしてるだろ!? メチャクチャ強いAランク冒険者なんだろ!? 早く倒せよ!!」
「「「「「…………」」」」」
「そいつを倒したら60億……いや、100億ゴールドやる!! 見てる連中もどうだ、100億だぞ!? うちの家名に懸けて、耳を揃えてきっちり払ってやる!!」
Aランク冒険者――数多いる冒険者の中でも、ほんの一握りの存在。
たった一人で、一般的な兵士百人以上の働きをするとか。
そんな彼らが束になってかかればSランクでも倒せるはずと、クロウは考えたのだろう。
それに対してワタシは……おそらくこの場の全員が、同じことを思った。
――いやいや、絶対に無理だって!!
傀儡廻のレイデン・ローゼス。
一見どこにでもいそうな中年男性で、酒と女にだらしないことで有名な彼だが、その逸話はどれも千年先まで語り継がれてもおかしくないもの。
曰く、たった一人で数千体のモンスターの侵攻を止め、同士討ちさせ、最後には自死させたとか。
曰く、一国の兵士全員に付与を施し、圧倒的劣勢だった戦争を勝利に導いたとか。
曰く、世界が滅亡するような巨大な隕石を、付与魔術で大地をやわらかくしその反発で空へ跳ね返したとか。
嘘か本当かはわからないが、嘘だと断定できない程度に彼の実力は底が知れない。
Sランク冒険者とは、そういう存在だ。
Aランクとは次元が違う。
「――俺を倒したら100億ゴールド!? え、マジで!? すげー!!」
沈黙の中。
唯一反応したのは、レイデン殿本人だった。
訳のわからない発言に、「はぇ?」とクロウは間の抜けた声を漏らす。
「誰でもいいから、俺を殴れよ! 怒ったりしないから、その代わり取り分を折半しよう!」
「ちょ、待て! テメェ何を――」
「いやぁ、遊ぶ金がなくて困ってたんだ! 誰か、早く来い!」
嬉々として周囲を煽るが、あんな凄まじい殺気を見せつけられては誰も動けない。
――が、その時だった。
「っ!? な、何だ!? 身体が勝手に……!?」
クロウが連れてきた仲間の一人。
顔を伏せて他人のフリをしていた大男が、急に歩き出した。
「レイデンさん、あんたがオレを操ってるんだろ!? こんなのやめてくれ!」
「怖がるなって、ダグラス。本当にやり返したりしないから」
「嫌だっ、嫌だー! し、死にたくない!! 自殺したくない!!」
Aランク冒険者のダグラス・ガンダス。
天井に迫るほどの背丈と岩のようにゴツい筋肉を纏った大男。
勇敢さ、男らしさを体現したような彼は、わんわんと泣きながらレイデン殿に迫ってゆく。
当然だが、ダグラスの意思ではない。
レイデン殿が操っているんだ。ゴブリンたちにやったように。
「…………」
自慢の仲間が赤子のように扱われている様を見て、クロウは呆然としていた。
その間に、ダグラスはバシッとレイデン殿を殴りつけた。
彼はわざとらしく地面に倒れて、わざとらしく痛がり、すぐさま立ち上がる。
「これで50億ゴールドだな。んじゃ、次来てくれ!」
「……は? お、おい待てよテメェ!! 次って何だ!?」
「一人にしか払わないとか、お前、一言でもいったか? 自分は交わした約束は絶対に守るとか、家名にかけてきっちり払うとか言ってたし、俺を倒したやつの分だけ払うんだよな? 契約書がどうこう言ってニヤついてたくせに、まさか自分が不利になったら約束を反故にするとかないよなぁ~?」
そう言って、悪魔のような糞意地の悪い笑みを浮かべた。
おおよそ、大人がやっていい類の表情ではなかった。
無茶な主張だが、ギャラリーの一人が「確かに」と頷いたのを皮切りに、払わなければいけない空気が完成する。レイデン殿が正しいと、皆の視線が語る。
「うわ、身体が……!?」
「なにこれ!? 嘘でしょ!?」
「足が勝手に……ぐっ、うわぁ!」
一人、また一人。
クロウの仲間たちが、真っ直ぐレイデン殿へ向かって行く。
傍から見れば、レイデン殿がリンチを受けている。
それなのに彼は高らかに笑い、倒せと命じたクロウの顔色はどんどん悪くなってゆく。……あまりにも奇妙な光景だ。
「さーてと、こんなもんか」
ひと通り殴られて、わざとらしく倒れて。
レイデン殿は身体をうんと伸ばし、仕事終わりの余韻に浸る。
「お前が連れてきたやつら全員に倒されたから、合計で1000億ゴールド! 俺の取り分は500億ゴールドだ! よかったな、クソガキ。俺を倒したって、あちこちで吹聴してくれていいぜ。ただし、金をきっちり払ってからな」
ポンと肩を叩かれたクロウの顔は、砂漠の砂のように乾き切っていた。
◆
「風邪ひくなよー!! 500億だからな、500億ーっ!!」
前金代わりに財布を拝借し、まったく足りないから身ぐるみを剥ぎ、あのガキには帰ってもらった。
いい服着てるなぁ。
下着までブランドモノかよ、へへっ。
売れば酒代くらいにはなりそうだ。
「レイデン殿……?」
背後からの声に、ビクッと背筋が伸びた。
ゆっくりと振り返ると、そこには明らかに怒った表情のヴァイオレットがいた。
「理由はどうあれ、ワタシの代わりにクロウのアホ面に一撃入れてくれたのは嬉しかった。そして、今夜の一件は〈黒金の牙〉にとって大打撃だろう。やつらの被害に遭った者にとって、レイデン殿は間違いなくヒーローだ。ありがとう」
「へ、へぇ……そりゃあ気分がいいなー……あははー……」
「……ただな、レイデン殿。ワタシの聞き間違いだったかも知れないが……クロウの勧誘に、乗ろうとしなかったか? 早速〈白雪花〉を捨てようとしなかったか?」
「ぎくぅ!? ソソ、ソンナコトナイヨ!! オレ、ナカマダイスキダヨ!!」
「嘘が下手過ぎるだろ!? まったく、何を考えているんだあなたは!!」
ヴァイオレットは怒って当然だ。
……だって俺、おっぱい、揉んじゃったもん。
ガッツリ揉んで、仲間になるって言っちゃったもん……。
で、でもさぁ、仕方ないだろ!?
こっちは金がないんだよ!!
遊ぶ金がよぉ!!
「依頼報酬の70%と……もう一つのあれは、いらないのか……?」
そっと声をひそめて、頬を朱色に染めながら言った。
俺の視線は、自然と下へ向く。
Sカップの、超弩級のおっぱいに吸い寄せられる。
「……街外れに、ワタシの家がある。これから何があろうと〈白雪花〉の仲間だと誓うなら……今夜、き、来ても、いいぞ……っ」
怒りつつ、緊張しつつ、それでいてどこか艶っぽく囁く。
そして、「家まで送ろう」とエリシアとゼラを連れて夜の街に消えた。
……誓うなら、か。
逆に言うと、ここでもしも行かなければ、ヴァイオレットは俺を諦めるということ。このまま俺がどこへ行こうと、文句は言わないということ。
〈黒金の牙〉という最有力候補を失った今でも、俺を誘うパーティーはたくさんある。条件だって、交渉次第でいくらでも調整できるだろう。
一度しかない俺の人生だ。
あいつらには悪いが、ここで抜けさせてもらうとするか。
ヴァイオレットはおっぱいで俺を完全に篭絡できたと思ってたみたいだが、バカにするなよ、こちとら三十過ぎの落ち着きのある経験豊かな大人だぞ。
今朝はつい触っちゃったが、もう同じ罠には二度と引っかからねーよ。
Sランク冒険者様を舐めるんじゃねえ。
「……来たか、レイデン殿。まあ、その……入ってくれ」
「はい」
色々考えたけど、やっぱりおっぱいには勝てなかった。
仕方ないよ、男の子だもん。
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