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第23話 お前、これから死ぬ役な!!

「急いで急いで!! その商品(ひと)以外はどうでもいいから!!」


 僕は部下と共に、チェルシーさんを担いで逃走の真っ最中だった。


 レオナルドさんなら、レイデン・ローゼスと武錆一心を殺せるかもしれない。

 だが、もしも失敗したら、あの二人は僕を殺しにやって来る。チェルシーさんを返すと言っても、絶対に許してくれない。


 ゆえに、どれだけ逃走の足枷になっても、人質になりうるチェルシーさんだけは絶対に手放せない。逃げ延びた時は資産としても機能するし、一石二鳥だ。


「……っ!!」


 後ろの方で、何かが壊れる音がした。

 レオナルドさんたちが戦っているのか……それとも、誰かが追って来ているのか。


「何で……どうして、こんな……!! 僕は何も悪いことなんかしてないのに……!!」


 僕は、元々孤児だった。

 誰にも助けてもらえず、むしろ唾を吐かれ、意味もなく蔑まれながら生きてきた。


 金も食べ物もない中、文字の読み書きや数字の計算を必死に覚え、少しずつ仕事をもらってお金を貯め……そして、この仕事を始めた。


 不幸を押し付けられた分、誰かに不幸を押し付けて何が悪い。

 僕はただ、自分がやられたことを誰かにやっているだけ。

 あんな化け物二人から命を狙われるいわれなんかない。


「ぐわぁ!!」


 すぐ後ろにいた部下の一人が、鈍い音を立てて倒れた。

 他の部下たちは悲鳴を上げ、チェルシーさんを置いて逃げ出す。「おい!!」と呼びかけても、振り返ってすらくれない。


「……やっと、見つけた……」


 かかっていた魔術が解けたのか、何もないところから銀髪の女性が現れた。

 敵意と殺意を煮詰めた、酷く冷たい声と共に。


「……久しぶり、ハワード……」


 もしも死神が実在するなら、こういう形なのだろうなと――。

 僕は、自分でもどうしてかわからないくらい冷静にそう思った。


 間違いなく死ぬ。

 絶対に許してもらえない。


 そう確信して、軽く深呼吸し。

 ジャケットの内ポケットに手を差し込み、レオナルドさんからもらった()()()を取り出した。




 ◆




 追い詰めた。

 ついに、ハワードを。


『はじめまして、お嬢さん! 僕は君のような、加護持ちの子が大好きなんだ! よろしくね!』


 初めて会った時のあの薄ら気色の悪い顔を、今でも鮮明に覚えている。


 あの時、怯えていたのはわたしだった。

 泣いていたのは、いつだってわたしだった。


 でも、今は違う。

 床にうずくまっているのは彼で、わたしはそれを見下ろしている。


「ふ、ふふっ、ふふふふ……」


 うずくまっていたハワードが、急に肩を震わせて笑い始めた。


「いやぁ……まったく、参りましたよ。大切なオークションの日に、わざわざ襲って来たりして。これじゃあ、業界内で僕の信用はガタ落ちだぁ……」


 ゆっくりと顔を上げ、身体を起こした。


 ヒビの入ったレンズ越しに、ジッとわたしを見つめる。

 自棄になったのか、それとも何か策があるのか、その所作にはどこか余裕がある。


「……ん? んぅ!? もしかして、あなた……!?」


 驚きと喜びが混じった声をあげて、ニタリと、かつて嫌というほど見せつけられた醜悪な笑みを浮かべた。


「えーっと、名前は何だっけ……あぁダメだ、思い出せない! 前に僕が()()()()()子ですよね! 泣く我慢が上手で……でも、いつも最後にはわんわん声あげちゃって! あの顔には興奮したなぁー!」

「……っ!」


 ブチッと、頭の血管が切れそうになった。


 この男への復讐は、断末魔バトルで行う。

 だから必要最低限しか手は出さないでおこうと決めていたのに……おのずと、ハンマーの柄を握る手に力がこもる。今ここでひき肉にしてやろうかと、奥歯を噛み締める。


 ――と、その時だった。


「こんのぉ……!! 変態がぁああああああああああああ!!」


 床に倒れていたチェルシーが立ち上がり、ハワード目掛け思い切り体当たりした。

 隷属の魔術が込められた枷を嵌められ力が出ないはずなのに、気合だけであの巨体を押し倒し股間に噛みつく。


「よくわかんないけど、アンタがこの子にクソなことしたってのは聞いてりゃわかるさ!! この期におよんでポコチンおったててるんじゃないよ、腐れゴミクズデブメガネ!!」

「痛い痛い痛い!! ちぇ、チェルシーさん!! 痛いですって!!」

「〈白雪花(スノードロップ)〉の子だろ!? 今のうちにコイツの頭、叩き潰してやんな!!」

「ちょっ!? そ、そうは……させるか……!!」


 手に持っていたガラス玉を、バンッと床に叩きつけ破壊した。


 魔術師ではないわたしでも感じる、濃密な魔力の波動。

 いまだかつて味わったことのないプレッシャーに、わたしは後ずさりする。


「きゃっ!!」


 どこからともなく尻尾のようなものが現れ、チェルシーを吹き飛ばした。

 わたしは彼女を抱きとめ、建物を破壊しながら現れたそれを見上げる。


「どうですか、これ!! Sランク相当のドラゴンをベースに、複数のモンスターを融合して作った召喚獣!! レオナルドさんからの奥の手(プレゼント)!!」


 黒い鱗を纏うドラゴン。

 だが所々歪んでいたり、目が複数個あったり、尻尾が三本あったりと奇妙な形。

 

「もうチェルシーさんも何もかも知ったことか!! 全員まとめてぶっ潰せー!!」


 ドラゴンの背中から生えたゴブリンのような腕が、ぐわんと伸びてわたしたちに襲い掛かった。


 チェルシーを抱えた状態では動きに制限がかかる。

 かといって、捨てることもできない。


「ちょちょちょ!! おわーっ!!」

「静かに……してっ!」


 絶叫するチェルシー。

 わたしはハンマーを構え、迫り来る腕を横薙ぎに振り払った。


 舞い散る血肉、特徴的な鋭い爪。

 この隙に一旦距離をとろう――と思った瞬間、再生する。いつか見た吸血鬼(ドラキュラ)のように、緑の腕は元の形を取り戻し、再びわたしたちを襲う。


「……っ!!」


 どうにかそれを振り払うも、すぐさま再生。

 別の腕も伸びて来て、棘のようなものを飛ばし、炎のブレスを吐く。


「はっはっはっ!! どうだ、見たか!! これが僕の力だぁああああ!!」


 多種多様な攻撃の嵐。

 【戦神の加護】で身体能力を上げてどうにか避けつつ逃走を試みるが、体力の消耗と共に攻撃が掠り始める。そのせいで更に動きが鈍り、ついに膝から崩れ落ちる。


「アタシを置いて行きな!! ほら、早く!!」


 チェルシーに背中を叩かれるが、わたしは彼女の盾となるよう立ち上がった。


「……わたしが、囮になるっ」

「はぁ!?」

「早く……逃げて……!」


 所詮わたしは、Cランク冒険者。

 Sランクモンスター……それを更に強化した化け物に勝てるわけがない。そんなことは、わたしが一番よくわかっている。


 チェルシーを犠牲にすれば、逃げることくらいはできるだろう。

 でもそれをして、わたしに何が残る。


 せっかく過去(トラウマ)を叩き潰す機会を得たのに、またこの男に背を向けて生き延びて、どんな顔をして過ごせばいい。


 何より、わたしを受け止めここまで導いてくれたレイデンに顔向けできない。

 そもそもここへ来たのは、このひとを救うためなのだから。


「くたばれぇええええええ!!!!」


 ドラゴンが巨体を揺らし、猛スピードで突進してきた。

 衝突まで、まだ時間はある。チェルシーを投げ飛ばし少しでも生き延びる確率を高められるかと思案した、その刹那――、



「――【模倣付与(トレース):戦神の加護】」



 聞き慣れた声と共に、誰かが横からドラゴンを殴り飛ばした。


 分厚い鱗が砕け、血が、脳漿が宙を舞う。

 頭部を失った巨体は、建物を破壊しながら転がってゆく。再生もできず、ぐったりと絶命する。


 加護の模倣。災害級の化け物をワンパン。

 そんな神業をやってのけたそのひとは――レイデンは、わたしを見てくしゃりと笑った。ハワードのものとはまるで違う、温かな笑みを浮かべた。


「あんな化け物が相手なのに、ちゃんとチェルシーちゃんを守ってくれたのか。ありがとうな、ゼラ」


 わしゃっとわたしの頭を撫で、頬についていた血を拭う。

 それと同時に魔術を行使しているのか、身体の傷が癒えてゆく。痛みが引き、膝の震えがおさまる。


「めちゃくちゃ怖かったし、痛かっただろ? お前、マジですげえよ。――いい仲間に恵まれて、俺は幸せ者だ」


 どうしてこのひとは、欲しい言葉を欲しいタイミングでくれるのだろうか。

 張りつめていた緊張の糸が切れ、つい、彼の方へ体重を預けてしまう。抱き留められ、その温もりに口元が緩む。頬が熱くなる。


「チェルシーちゃんも、お父さんと再会できた?」

「えっ? あ、あぁ、まあ……あの、レイデン! アタシ、絶対に金は返す――」

「覚えてない? あの金、チェルシーちゃんにあげるって言っただろ?」

「……へ?」

「俺がここに来たのは、チェルシーちゃんを助けるためだから。あげたものを取り返すとか、そんなカッコ悪いことしないよ」


 ニッコリと笑って、ひと息ついて。


「――……さてと」


 彼は振り返り、ハワードを見る。

 その横顔には、わたしたちに向けていたような優しさは毛ほども残されていない。


「乳のデカい女を二人も傷つけやがって……おい、クソ野郎!! 断末魔バトルしようぜ、断末魔バトル!! お前、これから死ぬ役な!!」


 あまりにもイキイキとしたその声に、ハワードは「うわぁああああ!!」と絶叫した。



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