第18話 断末魔バトル
「レイデン殿が女遊びの先生か。おかしな話だな。当のチェルシーさんに、350億ゴールド騙し取られたばかりなのに」
「350億!? チェルシーちゃんが!?」
ワタシの言葉に、目を見開く武錆殿。
レイデン殿は気まずそうに眉をしかめ、明後日の方向を向いて腕を組む。
そこへ、コンコンとノック音。
返事をすると、受付嬢のミンシャさんがゆっくりと扉を開いた。
「あの……チェルシーのことですが、その……」
視線を逸らしながら言うミンシャさん。
……あ、そうか。
このひと、確かチェルシーさんと友達だった。〈白雪花〉のことをチェルシーさんに喋ったのも、そもそもはこのひとだし。
今回の件について、何か知っているのかも。
「……前に一回、酔っ払ったチェルシーが言ってたんです。自分が娼館で働いているのは、奴隷にされた父親を探して買い戻すためなんだって。もしかしたら……買い戻すためのお金が足りなくて、レイデンさんから騙し取ったのかも……?」
「はぁ!?」
ミンシャさんの言葉に、レイデン殿は大粒の唾を飛ばした。
そして、ダンッと悔しそうにテーブルを叩く。
「何で俺に正直に話してくれなかったんだよ!! 俺ならすぐ奴隷商人から奪い取れるし、お義父さんに挨拶もできて一石二鳥なのにー!!」
「そういう取り返しのつかないレベルの恩を、レイデンさんに売られるのが嫌だったんじゃない?」
「儂に頼んでくれたら、奴隷商人なんぞみじん切りにできたのに!!」
「武錆さんに頼むのは、たぶんもっと嫌だったと思うよ」
ジトッとした目で、容赦のないツッコミを入れるエリシア。
レイデン殿は小さく息をつき、「まあでも」とスッキリとした顔で腰に手を当てる。
「帰ってこないってことは、無事に父親を買い戻せて故郷にでも帰ったんだろうな。――うん、それならよかった」
強がりでも何でもなく、心の底からの言葉なのだとこの場の全員が理解した。
それくらい、その声には温かみがあった。
……ズルいな、このひとは。
他人のことなどゴミクズ同然として思っていないのに、自分のテリトリーの中のひとに対してはどこまでも優しくて厳しくて甘い。
仲間に気を配らなければいけない付与魔術師がゆえの職業病なのか、元来そういうひとなのか……。
どちらにしても、こういうところにワタシは惚れたんだろう。
「……それはもしかしたら、違う……かも……」
ミンシャさんの陰から、コソッと丸坊主の男が顔を出した。
……誰だ? いやでも、どこかで見たような……。
「……クロウ……」
「あっ……お、お久しぶりです……!」
ゼラの呼びかけに、その男はペコリと頭を下げた。
クロウ……? え、こいつが!?
髪型が違うし、腰がやけに低いし、服も肉体労働者向けの地味なやつだからわからなかった。
ワタシの知るあの金持ちバカ息子と、共通している点が一つもない。……見た限り、一応真面目に働いているっぽいな。
「おう、いつかのクソガキか。違うって何だよ。意味わかんねえこと言うなら、また全裸に剥いて放り出すぞ」
「ちょ、いや、勘弁してください……!」
ペコペコと頭を下げて、後ろのポケットから一通の手紙を取り出した。
「今朝、おれ宛にこれが届いて……この似顔絵、たぶんチェルシーさんじゃないかなって……」
と、クロウから手紙を受け取ったレイデン殿。
ワタシは背伸びをして、それを覗き込む。差出人の名前はなく、中には簡素な文章が綴られていた。
「オークションの出品物の変更……? エルフの親子でスタート価格が……さ、3000億!? はぁ!?」
わけの分からない文言とあまりに法外な金額に、ワタシは開いた口が塞がらなかった。
バシッと武錆殿が手紙を奪い取り、しげしげと眺め難しそうな顔で唸る。
「何年か前から、一部の富裕層の間でエルフ投資っていうのが流行っていまして……」
言いづらそうに、クロウは声を絞り出す。
「元々千年単位で美形なままだから美術品の一種として需要は高かったんですけど……その稀少性と繁殖力の低さが変な評価のされ方をして、投資商品として裏市場じゃ毎日相場が上がり続けているんです。なので、こういう金額になっちゃうっていうか……」
金持ち共の頭のおかしい趣味を聞かされ、気分が悪くなってきた。
これと比較すると、レイデン殿や武錆殿の女遊びがとても綺麗なことに思えてしまう。
「――で、小僧。親父さんを買い戻して幸せにやってるはずのチェルシーちゃんが、ここに描かれているのはどういうことだ?」
「あぁ、そうだ。お前、何かやったのか……?」
今すぐにでも刀を抜いて真っ二つにしそうな空気を纏う武錆殿。
レイデン殿もドス黒い声音で言って、クロウに迫る。
「おっ、おれは何もしてません! 前に一回、興味本位でオークションを見に行って……! だから、今回も案内が来ただけなんです! 本当です!!」
Sランク冒険者二人に凄まれ、今にも漏らしそうな顔をしていた。
それを聞き、二人は揃って忌々しそうに舌打ちをする。
「おいクソジジイ。この奴隷商人、縦に真っ二つにしてくれ」
「そりゃあいいが……そんな簡単に殺してしまっていいのか?」
「安心しろ。俺が半分のままでも生きてられるよう付与する」
「……ほう?」
「だから、どっちがより汚ねえ悲鳴あげさせながら殺せるか勝負しよう。題して、断末魔バトルだ!」
「貴様、天才か!? いいなぁ、断末魔バトル!! ……いやでも、拷問とか久しくやってないから、儂、自信ないかも……」
「だったら、ハンデとしてお前の分だけ感度2倍にしてやるよ。きっと、いい声で鳴くぜぇ」
「そりゃありがてぇ! 先生は優しいなぁ!」
「当たり前だろ。俺より優しい奴なんかそうそういねえよ!」
「「ギャハハハハハ!!」」
清々しいほどに悪党面なレイデン殿と武錆殿。
奴隷商人がひとでなしなのは当然として、しかしこの人外二人から恨まれている現状に、少しばかり同情してしまった。間違いなく楽には殺してもらえないし、ロクな死に方もできないだろう。
「んで、このクソッタレな奴隷商人はどこの誰なんだ?」
「え、えっと……」
と、クロウは視線を斜め上にして記憶を辿る。
「ウェルベン商会の……確か名前は、ハワード・ウェルベンだったかと……」
――ダンッ!!
突然、勢いよく立ち上がったゼラ。
その際に椅子が倒れ、大きな音が響いた。
「ゼラ、どうかしたのか?」
「…………っ」
ワタシの呼びかけに答えず、ゼラは椅子を起こしもせず会議室を出て行った。
全員が不思議そうな面持ちで彼女の背中を見つめる中……なぜかレイデン殿だけは、やけに険しい顔つきをしていた。正直言って、目つきがかなり怖い……。
ゼラに対し、怒っているのか?
なぜ……?
「レイデン殿……その、大丈夫か? 何なら、ワタシがゼラを呼び戻して来るが……?」
「……ん? あぁ、いや、何でもない」
何でもないわけがないと思った。
しかしその顔は、これ以上追及するなと暗に語っていた。
「はわーど……はわーど……ん? ハワード? あぁ! あの変態――」
武錆殿が何かを言いかけた瞬間、レイデン殿がその顔面を思い切り殴りつけた。
「ちょ、先生!? 何を――」
「うるせぇ! 口が臭ぇんだよ、お前は! そんなんだからチェルシーちゃんに嫌われるんだ! ご教授いただきありがとうございます、って言え!!」
「ぶほっ! ぶへぇ!? あ、ありがっ、ごふっ! ござますっ!」
七十過ぎの老人に馬乗りになって、無茶苦茶なことを言いながらボコボコにする様は、見ていて中々にくるものがあった。
……まったく、何が何だか。
意味がわからなくて頭が痛くなってきた。
「んでクソガキ、オークションはいつだ?」
「あ、明後日、ですけど……」
「じゃあ、明日の朝出発しよう。ヴァイオレットたちは留守番、俺とこいつの二人で行く。まずチェルシーちゃんを保護して、断末魔バトルはそのあとだ。いいな?」
ズタボロの顔面で、武錆殿はこくりと頷いた。
◆
夜。
『ゼラちゃん、急に飛び出してっちゃったから心配になって家に行ったんだけど、まだ帰ってなかったの! どこにいるか全然わからないし、レイデンさんも一緒に探して!』
と、エリシアに頼まれたのが二時間前。
俺自身もあいつのことが気になっていたため、快く引き受けあちこちを探し回る。
街の端から端へ。
歩いて歩いて歩いて……。
そして、ようやく見つけた。
路地裏。
物陰にうずくまって、雨に打たれる子犬のように震えているゼラを。
「おい、大丈夫か?」
「っ!?」
俺を見上げた銀の瞳には、恐怖色の涙の膜が張っていた。
……あぁ、やっぱりか。
彼女の様子を見て確信する。
そうかもしれないと思った。そうであって欲しくないと思ったが、これはもう間違いない。
「大丈夫、大丈夫だから。もう遅いし、一緒に家まで帰ろう」
「……あの、レイデン……わ、わたしっ、わたし……!」
「無理に喋らなくていい、ちゃんとわかってる」
「……っ」
「悪いな、無駄に察しがよくて。……でも安心しろ、ヴァイオレットたちには何も言ってない。武錆のバカも黙らせた。だから、俺しか知らない」
その言葉に、ゼラは少しだけ安堵の表情を浮かべた。
彼女は、エリシアの村出身。
だがその出自は不明で、ある日拾われ、村全体で育てられたとエリシアが言っていた。
自分が元々どこにいたのか、ゼラ自身も覚えていないらしい。
……でも、それが嘘だとしたら?
言いたくても言えないような過去があるとしたら?
「腹減ってないか? 帰りがけに何か奢ってやるよ。チェルシーちゃんにとられちゃったから、あんま金ねえけど」
差し出した俺の手を取り、ゼラはゆっくりと立ち上がった。
ウェルベン商会のハワード・ウェルベン。
奴の特殊な性癖は一部じゃ有名で、それは加護持ちの子どもを一方的にいたぶるというもの。世界から祝福されて生まれた子どもを汚すのが楽しくて仕方ないらしい。
奴の名前が出た時のゼラの顔で、疑念が生まれた。
そして今の様子を見て、点と点が繋がってしまった。
こいつはハワードの被害者で、どうにかエリシアの村まで逃げてきたのだろう。
名前を聞いただけでこのザマ。
何をされたのか……想像しただけで反吐が出る。
「……わたしの、こと……」
俺の手をゆるく握って後ろを歩きながら、消え入りそうな声をこぼした。
「レイデン……け、軽蔑、した……?」
「はぁ? 何でだよ、するわけないだろ」
「で、でも……わたし、汚い……し……っ」
「二度とそんなこというな。お前が何か悪いことしたのか? ん? こちとら、ちょーいい女と手繋ぎデートできてすげえいい気分なんだぞ」
声は返ってこなかったが、繋いだその手に、少しだけ力がこもったような気がした。
その反応が少し嬉しく――だが同時に、こんな風に感情表現が乏しい原因が過去にあるのではと想像すると、腹の底が黒く沸騰する。
「何か困ってることとか、相談したいことがあったら気軽に言えよ。ヴァイオレットたちには黙っとくから」
「……ん」
「それと……これで気が晴れるとは思えねえが、お前を苦しめた奴はキッチリと俺がぶっ殺す。塵も残さずにこの世から消しとくから、大人しく留守番しといてくれ」
「……レイデンって……」
「何だ?」
「……実は、優しい……?」
「実は、って何だよ。俺より優しい奴はそうそういないって、会議室で言わなかったか? 楽しい断末魔バトルで、クソジジイにハンデくれてやるくらいだぜ?」
そう言うと、ふふっと、背中に笑みの混じった吐息がかかったような気がした。
女の笑い声は、いつ聞いても気分がいい。
こっちもつられて口角が緩む。
「わ、わたし、も……――」
と、立ち止まったゼラ。
振り返り、ジッと彼女を見つめる。ゆるやかな夜風が路地裏を流れていき、彼女の髪を撫でて過ぎ去ってゆく。
「……断末魔バトル、参加……したい……っ」
銀の双眸には、誤魔化し切れない怯えの色があった。
無理をしていると、一目でわかった。
だけどその声は、意思は、まぎれもなく本物で。
過去を清算しようという、揺るぎない覚悟があった。
「わかった。じゃあ、俺と組んでくれ」
繋いだままの彼女の手を、両手で軽く包んだ。
次第に、指先の震えがおさまってゆく。
ぱちりと瞬きをして、両の瞳に淡い熱を灯す。
「武錆にハンデをやるって約束したが、実はちょっとやり過ぎかなって不安だったんだ。ゼラがいたら心強い。――二人で勝とうぜ、断末魔バトル」
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