第17話 性欲を制御できないやつは操りやすくて助かるぜ
「返せ返せって、今だから言うけど、それ誤解なんだよ!! 俺は別に何も――」
「黙れぇ!!!!」
俺の話などまるで聞かず、武錆のクソジジイは襲い掛かって来た。
あー、またこれだ。
前と同じ展開だ。
嫌なんだよ、こいつを相手するの。
俺との相性が最悪だし……そうじゃなくても、こいつと一対一の戦いで勝つとか不可能だから。
「糞虫がぁ!! 逃げるなぁああああ!!」
「逃げるに決まってるだろ!? ってか、何で追いかけて来れるんだよ化け物が!!」
全身強化状態で逃げ出すが、武錆は少し遅れつつもピッタリとついて来る。
奴は魔術師じゃない。加護持ちでもない。素の七十過ぎの肉体で、身体能力を上げた俺に追いつく。
更に出力を上げよう――そう思った矢先、背中に鋭い痛みが走り付与魔術が解除された。
否、斬り裂かれた。
「痛っ……! くそ、相変わらずデタラメなことしやがって……!」
すぐさま付与魔術をかけ直し、大きく跳躍して距離を取りつつ、奴に弱体化をかけた。
付与魔術は、自分にかける場合を除いて、不可視の術式を対象に撃ち込むことによって成立する。
超高速で動くか、魔力を防御に回す以外で、これを回避することはまず不可能。
だが、こいつはそれを斬り裂くことで無力化する。
フルオートで発動する、出所も射程距離も不明な不可視の斬撃によって。
「何だ? 今、儂に魔術をかけようとしたか?」
「そうだよ。……ったく、やっぱり効かねえ。どうなってるんだ、その力」
「さぁな、儂も知らん。勝手に出るんだ、斬撃が」
武錆一心。
この男は魔術師じゃないが、長く厳しい剣術の研鑽の果てに、意図せず究極の召喚魔術を開発してしまった。
それが、理屈も常識も無視した斬撃召喚。
この世界ではどうあっても斬れないものも、こいつが無意識に召喚する斬撃は斬ってしまう。
この前倒した絶対的な不死性を持つSランクの吸血鬼が相手でも、たった一太刀で不死性ごと切断する。
なぜ、どうしてなのか――多くの魔術師が研究を行い、俺も俺なりに何度も解析してみたが、まるで意味がわからない。召喚魔術の一種、ということしか判明していない。
有力な仮説としては、並行世界の武錆一心の斬撃を召喚しているのでは、というもの。
この世界の自分は斬れなくても、別の世界の自分なら斬れるのでは。
そういう、〝もしも〟を叶える斬撃。
最強の後出しジャンケン。
こんなバカバカしい説が一番有力視されているくらい、こいつの力はわけがわからない。
「レイデン……!」
【戦神の加護】によって身体能力を上げ、ゼラが追いかけてきた。
俺の隣に立ち、買ったばかりのドラゴンの骨でできたハンマーを構える。
「何だぁ糞虫……女に守られて情けないなぁ?」
「うるせぇ、こちとら付与魔術師だぞ。そもそも仲間の支援が仕事なんだよ」
と言ってみたが、二対一になったところで状況は変わらない。
意味不明な魔術がなくたって、こいつは世界最強の剣豪。
ゼラが肉弾戦を挑んで、俺が全力で強化をかけたとて、戦士としての技量は絶対に越えられない。
「――……仕方ない。イチかバチかだ」
ふぅ、と息をつく。
何か作戦があるのか、という顔でゼラがこっちを見た。俺は小さく頷いて、「聞いてくれ!」と声をあげた。
「さっきも言ったが、誤解なんだよ! 一旦話をしよう! こっちはお前と殺し合ってる暇はないんだ!」
「黙れ!! 貴様だけは絶対に――」
「Sカップ!!!!」
高らかに叫ぶ。
乳のカップ数を。
「――今の俺の仲間たちは、全員おっぱいがSカップだ」
「えすかっぷ……?」
「そうだ!! ゼラを見ろ、超絶大爆乳だ!! チェルシーちゃんよりデカいぞ!!」
「チェルシーちゃん、より……!? す、すげぇ!! 半端ねえ!!」
「仲間から好きなのを一人選んでくれ。――俺の話を聞いてくれるなら、そいつのおっぱいに墨を塗って乳拓をとらせてやる」
「真剣か!? うおっほおほぉおおおお!! やったぁああああ!!」
「ただし、乳拓をとってるとこは非公開だぞ? 絶対に覗いちゃダメだ。ちゃんと守れるか?」
「うん! 守れる!」
刀を鞘に納めて、子どものように喜ぶ武錆。
フン、他愛もない。
乳に惑わされやがって、老いぼれバカ剣士が。
性欲を制御できないやつは操りやすくて助かるぜ。
「ぶへぇ!? 熱っ!? あちちちっ!!」
どこからともなく炎が飛んできて、服に着弾し全身が燃え上がった。見ると、そこには凍てつく目をしたエリシアがいた。
「このクソボケがぁ!! 仲間の胸を売るやつがあるかぁ!!」
今度はヴァイオレットの鉄拳が飛んできて、俺の頬骨を粉砕した。
地面に倒れ伏し、薄れゆく意識の中、ゼラがジッと俺を見下ろしていることに気づく。
もしかして、助けてくれるのかな?
そう思っていたのに……あれ、何でハンマー振り上げてるんだ? 俺、仲間だよね?
「……最低……」
「ご、ごめんなさい! 謝るから! ごめんなさーい!」
ゴンッ、と全身に衝撃が走った。
瞬間、意識の糸がプツンと切れた。
◆
「えーっと……では、ここまでの話を整理しよう」
ワタシたちは武錆殿を連れ、いつもの冒険者ギルドの貸し会議室にやって来た。
あれからも暴行を受け続け、ボロ雑巾のようになったレイデン殿。そんな彼からチェルシーさんに関する話を聞き、ワタシはまとめに入る。
「十年前、当時チェルシーさんはヤマト国のお店に勤めており、武錆殿は常連だった。ヤマト国に仕事で訪れたレイデン殿もチェルシーさんにハマり、滞在中に彼女と仲良くなった。そしてレイデン殿が国を発つのと同時にチェルシーさんもお店を辞め、この街のお店に移籍した……と、そういうわけだな?」
「そうだ! この糞虫は、儂からチェルシーちゃんを奪ったんだ! 最後にチェルシーが言っておったぞ、『レイデンのことが好きになったからついて行く』って!」
「と言っているが……レイデン殿、反論は?」
話を振ると、彼はむくりと立ち上がった。
服はエリシアに焼かれており全裸だが、魔術で治したのだろう、その身体には傷一つ残っていない。……まったく、武錆殿も大概だがやはりこのひともデタラメだな。
「今だから言うけど、それは嘘なんだよ。チェルシーちゃん、お前のことが怖いって言ってて……だから、俺をダシにしていいから別の店に移ろうって誘ったんだ。俺ならお前に恨まれて襲われても、いくらか対処できるし」
「怖い!? わ、儂がか!? 何で……そ、そんな、嘘だ!!」
ふむ、怖いか。
確かに見た目は怖い方だが、武錆殿はヤマト国の剣術指南役、冒険者とは別に立派な職につかれている。そうでなくても、サムライという誇り高い剣士。妙な遊び方はしないと思うが……。
「嘘じゃねえよ。毎回新婚夫婦設定のイチャラブセックスを注文してただろ? しかも、幼馴染同士の新婚とか、犬猿の仲の新婚とか、政略結婚の新婚とか、いつもちょっとずつシチュエーション変えてたんだよな? わざわざ台本まで作って」
「な、なぜ貴様がそれを……!?」
おや……?
「出会って一ヵ月記念日だ半年記念日だとかで、オリジナルラブソングもプレゼントしてたんだろ? 店中に響き渡るくらいのデカい声で歌われて耳が割れそうだったって、チェルシーちゃん言ってたぜ」
「……大きな声の方が、気持ちが伝わるかなって……」
お、おぉ……。
「頼んでもねえのに、手料理も持って行ってたんだよな。プレゼントに生ものはやめろ。あと、既製品にしろ。キモいジジイが作った、何入ってるかわかんねえ料理なんか食えるわけねえだろうが」
「……儂って、キモい……?」
「言うまでもねえよ。俺が知る中でも、最低クラスの痛客だな。国の剣術指南役でSランク冒険者がこれやってるんだぞ、怖くない奴なんかいねえって」
「言ってる俺まで怖くなってきたぜ」と、身震いするレイデン殿。
「唯一褒められるのは、チェルシーちゃんじゃなくて、ちゃんと俺だけを恨んで襲って来たことだな。……ただ、自分が推してる嬢に好きな奴ができたからって、それで男の方を恨むのも変な話だぞ?」
武錆殿は黙りこくり、おずおずと頷いた。
「女遊びってのは、相手の心を買ってるわけじゃねえ。一時的に身体を恵んでもらってるだけだ。散々その女で楽しんだなら、そいつが心から幸せを掴もうって時は背中を押してやれよ。――それが、男ってもんだろ!!」
ただ娼館の遊び方を説いているだけなのに、全裸なのに、なぜか妙にカッコよかった。
……いや、逆だ。
武錆殿の遊び方が酷過ぎて、相対的にカッコよく見えるだけだ。こんなバカみたいな語りでカッコいいとか思っちゃいけない。
「うぅ……うぅうううう!! うわぁああああああああ!!」
うわっ。武錆殿、泣き出しちゃった。
七十過ぎたお爺ちゃんが正論パンチ食らって号泣してるの見るの、かなり辛いな……。
「糞虫ぃいい!! 儂、間違ってたかもぉおおおお!! チェルシーちゃん、ごめんよぉおおおお!!」
「わかってくれたならいい。これからは俺が、女遊びのイロハを教えてやる」
「うわぁああああ!! ありがどぉおお!! 先生ぇええええええええ!!!!」
……糞虫から、先生に呼び方が変わった。
うわぁ、最低で最強な師弟ができちゃったよ……。
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