第16話 チェルシーちゃん
「やぁ、エルフのお嬢さん。久々ですね」
「黙れ。アンタみたいな若造に、お嬢さん呼びされる筋合いはないよ」
「おー、怖い怖い。そんな顔しちゃダメですよ、美人が台無しだ」
アタシはありったけの現金を持って、ある男に会いに来た。
でっぷりと太ったコイツは、裏社会じゃかなり名の知れた奴隷商。ひとを狩って売り買いする、正真正銘のクズ。世界中で指名手配されているような犯罪者。
屈辱的だが、アタシは今、この男を頼らざるを得ない。
「ここに350億ゴールドある。今まで払ってきた分と合わせて、ちょうど1000億ゴールド……これで、約束してた奴隷を買わせてもらおうか」
「4000歳越えのダンディーなオジ様、でしたか? エルフの奴隷は稀少な上、高齢となると更に出回らない激レアな珍品ですが、何でお嬢さんみたいなのが欲しがるのかなぁ……もしかして、枯れ専?」
「だから、黙れって言ってるだろ! さっさと品物を渡しておくれよ! 金は払っただろ!?」
「まあ待って。まずはちゃんと金額が合ってるか数えなくちゃ」
男の部下たちがやって来て、金のチェック作業が始まった。
額が額なだけに、おそらくかなりの時間がかかる。その間、このクズと同じ空気を吸わなくちゃいけないことに虫唾が走る。
「去年、初めてお会いして金額をお伝えした時、絶望的な顔をしていたのをよく覚えています。それなのに、もうこれだけの大金を揃えてしまうとは……高級娼婦というのは、そんなにも稼げる職業なんですね。僕もやろうかな」
あまりにもくだらない冗談に、アタシは鼻を鳴らす。
去年、4000歳越えのエルフの奴隷がいると聞き、アタシはこの男に接触した。
高齢のエルフの奴隷など滅多にいない。
顔を見せてもらうとその奴隷は案の定――二十年前にさらわれて売り飛ばされた、アタシの父だった。
裏社会の住民も多く利用する高級娼館で働き、4000歳越えのダンディーなオジ様が好みだと吹聴し続け、密かに父さんに関する情報を集めてきた。
そしてようやく父さんを見つけ、元々あった貯金、私物や客からの貢物を全部換金……最後にはレイデンを騙して今に至る。
1000億ゴールド――これでようやく、父さんは自由の身だ。
それは嬉しいことだが、街に戻ったらレイデンにはちゃんと謝らなくちゃ。
いつ買い手がつくかもわからない不安の中、ちょうど350億足りなかったからつい手をつけてしまったが、とんでもないことをした自覚はある。
お金は働いて返そう。
娼館での仕事は、ぶっちゃけ嫌いじゃない。あと何十年か、アタシが本気で働けばそれくらい利子付けて返せるさ。
「――ところで、チェルシーさん。いい知らせと悪い知らせがあるのですが、どちらからお聞きになりますか?」
「何だい、そりゃ。どっちでもいいから、早く言いなよ」
「では、悪い知らせから。……実は、まさかチェルシーさんがお金を用意できるとは思わず、例のエルフを今度のオークションの目玉として広告に載せてしまいました」
「は、はぁ!?」
「既に問い合わせも多数来ており、状況的に取り下げるのは不可能です。本当に申し訳ない」
「申し訳ない、じゃないよ! そ、それは、何とかできないのかい!?」
「チェルシーさんが今以上の大金を用意できれば、競り落とすという方法もありますが……まあ、現実的ではないでしょうね」
アタシの必死な訴えに、男はニコリと胡散臭い笑みを浮かべた。
何だか妙に胸騒ぎがして、背筋を冷たい汗が走る。
「もう一つのいい知らせについてですが、問い合わせの中に、女のエルフもいないのかという声がありまして。こちらも用意したいのですが、しかしあいにく在庫が……と悩んでいた時、ふと閃いたんです。チェルシーさんがいるじゃないか、と!」
「……ちょっと、言ってる意味がわからないんだけど……」
「エルフの男女のセットを、今度のオークションの目玉に変更します。チェルシーさんはその奴隷と一緒にいられて幸せ、僕たちはより儲かって幸せ、ついでにこの金も手に入ってより幸せ。誰も損をしない、いい知らせでしょう?」
「ふざけんじゃないよ!! そんなの誰が――」
男の胸ぐらを掴もうとするも、後ろからやって来たコイツの部下に制圧された。流れるように手枷を嵌められ、隷属の魔術が込められているのか全身から力が抜ける。
「くそっ、くそぉ……! くたばれ、クソデブ! アタシの金を持ってくなら、せめて父さんだけでも解放しろ!!」
「父さん……? え、あのエルフが!? あぁ、なるほどー、それで頑張ってお金を集めていたんですね。納得です」
分厚いメガネの奥の瞳は、優しそうに笑っていながらもまるで生気がない。まさに死んだ魚のような目で、ジッとアタシを見下ろす。
「広告の文面を変更しなくちゃ。エルフの親子ということなら、より高値がつくでしょう。よかったですね、チェルシーさん!」
話が通じない。
アタシの言葉に耳を貸す素振りもない。
わかっていた、コイツが他とは一線を画すクズだってことは。わかっていたのに……自分は客側だから大丈夫だって、勝手に安心していた。
「絶対に許さないよ……! 殺してやる! いつか絶対に殺してやる……!」
「だから、睨まないでくださいよ。怖いなぁ」
男はアタシの髪を掴み、グッと持ち上げた。
鋭い痛みが走り顔をしかめる。それが面白いのか、男の口角が歪に上がる。
「許さない、殺してやる……職業柄、そういう言葉をよくぶつけられます。でも不思議なことに、この仕事を始めて三十年近く経ちますが、いまだにこうして生きてるんですよね」
「……あぁそうかい。運が良かったんだね」
そう吐き捨てて、最後の力を振り絞り男の鼻先に噛みつこうとした。しかしそれは叶わず、ガンッとテーブルに頭を叩きつけられる。
「あぁー気分がいいなぁ! 美人の足掻く姿って、何でこんなに見てて胸がスッとするんでしょうね!」
「黙れっ……くそ、死ねっ!! 死ねよクソが!!」
「ぉお……その顔、クるクる……股間にキくぅ……!」
「気持ち悪い声あげんな! 離せっ、くそがぁ!!」
うっ、と呻き声を漏らした男。
大きく息をついて、スッキリとした顔でアタシを見つめる。
「まあ、オークションまでそうやって喚いててくださいよ。どうせ逃げられませんし、リスクを犯してまで商売女を助けようなんてバカもいませんし、仮にいたとしてもうちのバックを知ったら逃げて行くと思いますけどね」
瞬間、意識が混濁する。
この男が魔術か何かを使ったのだろう。
歪む視界の中、悔しいことに頭を過ぎったのはレイデンの顔だった。
一人で何とかしようとせず、下手な意地を張らず、あのどうしようもなくバカで最強な男に初めから助けを求めておけばよかったと――そんな今更すぎる後悔の中、アタシはまぶたを閉じた。
◆
「レイデン殿……その、流石にそろそろ諦めたらどうだ?」
「そうだよ。もう無理だって」
「……レイデン、騙された……」
チェルシーさんが在籍する娼館の前で、かれこれ三日間立ち尽くすレイデン殿。完全に燃え尽きた顔をしており、全身からは死臭が漂う。
350億ゴールドをチェルシーさんに預けた翌日、彼女はそれを持って失踪。街を出たということだけはわかっているが、具体的な行き先はわからないし、いつ帰って来るかも不明。……というかたぶん、もう帰ってこない。
「う、うぅ……うわぁああああん!!」
この三日間、何をしても何をやっても反応しなかったレイデン殿が、いきなり声をあげて泣き始めた。
「何でだよぉ! 何でっ……うぅ、何でーっ! 金が欲しいなら言ってくれればよかったのにー! 俺と結婚してくれるなら全額あげたのにー! こんなことになるなら、もっと全力で抱いとけばよかったー!」
下心満載でわんわんと泣く中年男性の姿は、道化としては一級品だが、同じパーティーメンバーとしては最悪だった。
周りからの視線が痛い……。
本当に何で、ワタシはこんな男のことが好きなんだ?
「チェルシーちゃーん!! 早く帰って来てぇ!! あと金返してー!!」
虚しく響く、バカの慟哭。
ワタシたちは揃ってため息をつき、もう帰ろうかと振り返った時――遥か彼方から迫る殺気の塊に、自然と身体が臨戦態勢は入った。
「エリシア!!」
何かはわからない。
わからないが、対処しないとマズイという確信だけはあった。
ワタシの呼びかけに、エリシアは矢のような形状の炎を数発放つ。それは凄まじい速度で目標へと接近するが、
「炎を……斬った……!?」
ザンッ、と。
たった一太刀のもとに、全ての矢が霧散した。
「見つけたぞ糞虫がぁああああああああ!!!!」
ヤマト国の戦闘着である袴を身に纏う、白髪混じりの長髪の老人。七十は過ぎていそうなのに、その走力は常人の比ではなく、その声は遥か街の果てまで轟きそうなほど大きく、人間かどうか疑わしい濃度の殺気を放つ。
「げっ!? クソジジイ!?」
どんな敵と相対しても動揺しないレイデン殿が、その老人に対しては目を剥いた。明らかに焦った顔をして、額に汗を浮かべ仰け反る。
大きく跳躍してワタシたちを飛び越し、レイデン殿目掛けて刀を振り下ろす。
たったそれだけ。
たったそれだけで。
――地面が、裂けた。
「あ、危ねえ!! いきなり何すんだクソ野郎!!」
「おぅ、避けよったか。相変わらず虫みたいにしぶとい奴じゃのう」
世界にたった五人しかいないSランク冒険者の一人。
最強の剣豪――剣鬼流の武錆一心。
刀を構えるその姿は、鬼神の如く恐ろしく、しかし何の無駄も隙もなく美しい。
「――さぁ糞虫、儂のチェルシーちゃんを返してもらおうか」
……確か前に見た冒険者通信で、チェルシーさんのこと話してたっけ。
Sランク冒険者を二人もたぶらかして……どれだけ人気者なんだ、あの人は。
何かこう、すごいテクニックとかあるのかな。
もし話すことがあったら、コソッと教えてもらおう……。
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