お嬢様の甘い悪戯
晴れた日の午後、桜の花が風に舞うお屋敷の中で、執事の高橋はいつも通り、丁寧にお茶を淹れていた。完璧な仕事ぶりに誇りを持っている彼だが、唯一心を乱される瞬間があった。それは、お嬢様の美咲がふいに笑う時だ。
「高橋、これ、お願いできるかしら?」と、美咲が窓辺から彼に呼びかける。
「かしこまりました、お嬢様」と高橋は、いつもの冷静な声で答えるが、内心ではドキドキしていた。美咲の笑顔に、心がどうしても奪われてしまうのだ。
美咲は、お屋敷の中で一番のお姫様のような存在だった。いつも優雅で、時折見せるおっとりした仕草が、どこか高橋を魅了していた。しかし、彼は執事としての立場を守り、決してそれ以上の感情を抱くことは許されないと自分に言い聞かせていた。
ある日、いつものようにお茶を運んでいると、美咲がふと冗談を言った。
「高橋、私のこと好きなんじゃないの?」
その言葉に、高橋は思わず手が止まる。彼女は真顔で見つめてきて、その瞳には少しだけいたずらっぽい光が宿っていた。
「お嬢様、冗談はお止めください。私はただの執事でございます」と、慌てて答える高橋。
だが、美咲はにっこりと微笑んだ。「そうかしら。でも、もしそうだったら…どうするの?」
その問いに、高橋は言葉を詰まらせた。心の中では「もしそうだったら?」と考えることすらできなかったからだ。彼は、執事としての自分の役目を忠実に果たすことしか考えていなかった。しかし、その瞬間、何かが胸の奥で弾けるような感覚が広がった。
「お嬢様、私はただ、あなたに仕えることができるだけで幸せです」と、ようやく絞り出すように答えた。
美咲は少し考え込むようにしてから、穏やかな笑顔を浮かべた。「ありがとう、高橋。でも、少しだけおかしなことを言ってみたかっただけよ。」
その後、二人の間に不思議な空気が流れた。執事とお嬢様という立場を超えた、少しだけ心温まる瞬間。高橋は自分の気持ちに気づくことはなかったが、美咲はその後も時折、そんな風に冗談を言って彼をからかうことが増えた。
そして数ヶ月後、美咲が結婚の話を持ち出した。
「高橋、私、結婚するの。」
その言葉に、高橋は驚き、思わず声を上げた。「お嬢様、結婚されるのですか?」
美咲は頷いた。「そう、でも…高橋、私、あなたに何かを伝えたくて。」
高橋は不安な気持ちを抱えながらも、美咲をじっと見つめる。
「私、あなたに好きだと言われたかっただけなのよ。」
その瞬間、高橋の胸は高鳴り、彼は無意識に一歩前に踏み出していた。心の中で何かが解け、全てを告げる時が来たことを感じ取った。
「お嬢様…実は、私も…」
その言葉の続きを言う間もなく、美咲は手を差し出してきた。「わかってるわ、高橋。私もあなたを愛しているの。」
お屋敷の中で初めて、執事とお嬢様の役割を超えた愛が芽生えた瞬間だった。