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閉店間際、一人家具屋のソファに座っている

作者: 宮野ひの

 僕は今、家具屋のソファに座っている。二人がけのゆったりとしたファブリックソファで、カラーは白。閉店間際であるからか、周りにお客さんはいなかった。





 日曜日。朝起きた瞬間、見知らぬ街を歩き回りたいと感じた僕は、最寄り駅に向かい、目についた電車に乗り込んだ。ピンときた駅で途中下車して、目的地も決めずに、思うがままに歩いて行った。


 小規模のショッピングモールに入ってみると、ウォーターサーバーの勧誘が鬱陶しく感じて、すぐに外に出た。その後、靴屋に入ってみたが接客に力を入れている店舗のようで、店員がやたらと声をかけてきて、変に気疲れして店を出た。


 そういえば、朝食を食べていなかった。


 目についたファーストフード店に入り、腹ごしらえをすることにした。新商品のハンバーガーを頼んでみたら、肉厚で食べ応えがあって、美味しかった。


 しかし、店内は人が多く、両隣の会話がダイレクトに耳に入ってくる。


「会社辞めたい」

「彼女欲しいなぁ」

「辞めてどうするの?」

「それな」

「わかんない。沖縄とか行きたい」

「ナンパでもしてみるか」

「現実逃避するな」

「アホか。するなら、お前が先に声かけろよ」


 心休まることがない。


 食べ終わったら、さっさと店を出た。あてもなく歩いていると心地が良かった。立ち止まらない限り、自分が欲している場所に、自分が連れて行ってくれる気がした。


 気がつくと、辺りは陽が落ちて暗くなっていた。どれくらい歩き続けていたんだろう。


 明かりに吸い寄せられるように家具屋に入った。入り口付近には皿、布団、ぬいぐるみなど生活雑貨が置いてあった。


 僕は店の奥の方に進んだ。左端にソファがあることがわかると、引き寄せられるように進行方向を変えた。


 どうやら試し座りをして良いものらしい。


 一度立ち止まると、一日中歩いた疲労感が体にのしかかるのを実感した。


 ドガっと音を立てて、乱暴にソファに座る。全身を優しく包み込み、抗うことができなかった。大人しく、身を委ねた。


 家にあるソファとは座り心地が違う。きっとこのソファはモノが良いんだろう。値段を見ると、10万円以上する商品ということがわかった。


 僕はゆっくりと目を閉じる。1分くらいすると、目の前に人が通る気配がした。確認すると、女性の一人客だった。


 何しているんだろうと思われるのも嫌で、ポケットからスマホを取り出して、誰かに連絡を返しているふりをした。


 女性の一人客が通り過ぎると、再び静寂が戻った。先ほどから店員さんの姿が見えない。店じまいに向けて、裏の方で何か準備をしているのだろうか。


 店内はあたたかく、そのまま目をつぶっていたら、眠ってしまいそうだった。


 あぁ、疲れたなぁ。これから家具屋を出て、最寄り駅を探して、帰りの電車に乗らないといけない。ここはどこだろう。だいぶ遠いところまで来てしまった。家に帰るのは何時くらいになるだろう。帰りたくない。こんなにクタクタになるまで歩かなければ良かった。


 なんとか立ち上がろうと試みるものの、座り心地の良いソファが、僕を掴んで離さなかった。


 店内に『蛍の光』が流れたような気がした。誰か迎えにきて欲しい。段々と悲しくなってきた。と、同時に苛立ちも湧く。


 ここが自宅なら、あとはもう寝るだけなのに。


 今日の出来事が走馬灯のように蘇る。そういえばお昼にハンバーガーを食べた後、何も食べていない。


 空腹感が急に意識される。何故かわからないが、カレーが食べたいと思った。


 疲れているからなのか、中辛の刺激があるものが食べたくなった。


 食欲を意識したら、睡眠欲はなくなった。勢い余って、その場に立つ。


 さっさと帰ろうとしたが、思いとどまり、スマホでソファの写真を撮った。次のボーナスが出たら買ってやろう。どの商品か忘れないために、記録に残した。


 その時には気持ちが変わって、結局買わない選択をえらぶかもしれない。


 しかし、可能性は一つでも多く残しておいた方が、人生楽しめそうな気がする。


 僕は店内に流れる蛍の光をしっかり聞きながら、店員が見当たらない家具屋を後にした。

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