閉店間際、一人家具屋のソファに座っている
僕は今、家具屋のソファに座っている。二人がけのゆったりとしたファブリックソファで、カラーは白。閉店間際であるからか、周りにお客さんはいなかった。
◇
日曜日。朝起きた瞬間、見知らぬ街を歩き回りたいと感じた僕は、最寄り駅に向かい、目についた電車に乗り込んだ。ピンときた駅で途中下車して、目的地も決めずに、思うがままに歩いて行った。
小規模のショッピングモールに入ってみると、ウォーターサーバーの勧誘が鬱陶しく感じて、すぐに外に出た。その後、靴屋に入ってみたが接客に力を入れている店舗のようで、店員がやたらと声をかけてきて、変に気疲れして店を出た。
そういえば、朝食を食べていなかった。
目についたファーストフード店に入り、腹ごしらえをすることにした。新商品のハンバーガーを頼んでみたら、肉厚で食べ応えがあって、美味しかった。
しかし、店内は人が多く、両隣の会話がダイレクトに耳に入ってくる。
「会社辞めたい」
「彼女欲しいなぁ」
「辞めてどうするの?」
「それな」
「わかんない。沖縄とか行きたい」
「ナンパでもしてみるか」
「現実逃避するな」
「アホか。するなら、お前が先に声かけろよ」
心休まることがない。
食べ終わったら、さっさと店を出た。あてもなく歩いていると心地が良かった。立ち止まらない限り、自分が欲している場所に、自分が連れて行ってくれる気がした。
気がつくと、辺りは陽が落ちて暗くなっていた。どれくらい歩き続けていたんだろう。
明かりに吸い寄せられるように家具屋に入った。入り口付近には皿、布団、ぬいぐるみなど生活雑貨が置いてあった。
僕は店の奥の方に進んだ。左端にソファがあることがわかると、引き寄せられるように進行方向を変えた。
どうやら試し座りをして良いものらしい。
一度立ち止まると、一日中歩いた疲労感が体にのしかかるのを実感した。
ドガっと音を立てて、乱暴にソファに座る。全身を優しく包み込み、抗うことができなかった。大人しく、身を委ねた。
家にあるソファとは座り心地が違う。きっとこのソファはモノが良いんだろう。値段を見ると、10万円以上する商品ということがわかった。
僕はゆっくりと目を閉じる。1分くらいすると、目の前に人が通る気配がした。確認すると、女性の一人客だった。
何しているんだろうと思われるのも嫌で、ポケットからスマホを取り出して、誰かに連絡を返しているふりをした。
女性の一人客が通り過ぎると、再び静寂が戻った。先ほどから店員さんの姿が見えない。店じまいに向けて、裏の方で何か準備をしているのだろうか。
店内はあたたかく、そのまま目をつぶっていたら、眠ってしまいそうだった。
あぁ、疲れたなぁ。これから家具屋を出て、最寄り駅を探して、帰りの電車に乗らないといけない。ここはどこだろう。だいぶ遠いところまで来てしまった。家に帰るのは何時くらいになるだろう。帰りたくない。こんなにクタクタになるまで歩かなければ良かった。
なんとか立ち上がろうと試みるものの、座り心地の良いソファが、僕を掴んで離さなかった。
店内に『蛍の光』が流れたような気がした。誰か迎えにきて欲しい。段々と悲しくなってきた。と、同時に苛立ちも湧く。
ここが自宅なら、あとはもう寝るだけなのに。
今日の出来事が走馬灯のように蘇る。そういえばお昼にハンバーガーを食べた後、何も食べていない。
空腹感が急に意識される。何故かわからないが、カレーが食べたいと思った。
疲れているからなのか、中辛の刺激があるものが食べたくなった。
食欲を意識したら、睡眠欲はなくなった。勢い余って、その場に立つ。
さっさと帰ろうとしたが、思いとどまり、スマホでソファの写真を撮った。次のボーナスが出たら買ってやろう。どの商品か忘れないために、記録に残した。
その時には気持ちが変わって、結局買わない選択をえらぶかもしれない。
しかし、可能性は一つでも多く残しておいた方が、人生楽しめそうな気がする。
僕は店内に流れる蛍の光をしっかり聞きながら、店員が見当たらない家具屋を後にした。