3回ほど女性に刺され、5回ほど決闘を挑まれた男
ヒモというのは誰でもできるものでもない。
ある程度の顔の良さと警戒されない程度の善良さ、それから。
ある日突然、
「おまえみたいなのなんて、いらない」
と言ってくれる相手を見る目がいる。
もうお前しかいない責任取れと追いすがられるようでは、たぶん、ダメ。夢から覚めたみたいに、あ、こいつ、いらね、と捨てられるくらいでいい。
と僕は達観している。この領域に達するまでには2回刺された。3回目はうっかり修羅場を止めようとしたら、相手の男じゃなくて僕が刺された。不条理である。
「そっかぁ。じゃあ、またね」
本日、いらない宣言を食らった僕は、へらりと笑って荷物をまとめる。家にいたくなくて、誰かの家に転がり込んだのが始まりだから、荷物も多くないし、慣れている。
そこは慣れている。
「……今日の家、どうしよ」
野宿というものには、慣れない。
仕方なしに実家に帰った。
久しぶりに帰ったら、姉が結婚すると言う。それも明日。連絡の一つも寄こせばいいのにと姉に言えば、連絡はつかないし、参列者に元恋人がいたら問題でしょう? と言われた。可能性はなくもない。決闘相手の親族とか呼ばれていたらとても気まずい。
姉へお祝いはしたが、参列は控えた。なぜか、下の姉のほうも参列しないという。人の多いところ嫌いなのよねと言っていたがどこまで本気なのかは不明だ。
この姉も上の姉のものを欲しがる人ではあったが、どこかに謎の基準があるらしく、この結婚を乗っ取りはしなかったらしい。なんか、顔のいい男は飽きた、と僕の顔を見ながら言っていた。
弟より顔のいい男がいないんだものと過剰なリップサービスをもらったと思っていたら、上の姉も重々しくうなずいていた。
マジで?
なんで黙っているだけでいいのに余計なことをするのか不思議だわ。と上の姉が言いだして、下の姉がそうねぇと僕を見たけど、それ、たぶん、下の姉に向けた言葉だ。
姉のものが欲しい&いじわるしたがる下の姉(ドジっ子)VS独立独歩の俺様な上の姉(でも意外と抜けてる)の勝負を見たいわけでもないので黙っているが。
どちらも両親の前では猫をかぶりまくっている。この家を出るまではと執念のサバイバルだ。
うちの実家は貴族であるが、貴族であるだけである。祖父の代くらいまではなんとか貴族の矜持とやらを持ち合わせていたらしいが、親の代になったら金にならぬと速攻捨てられた。
悪行ぎりぎりを生きている。白? 黒? グレー? でも、黒いっぽいんですけどぉ。みたいなので、僕は家を継ぎたくないし、逃げたい。
放蕩息子でいる限りはお目こぼしいただけるようでいいんだけどさ。定期的に噂レベルの話を聞き及んできては報告しているからね。まあ、僕もいいやつとは言い難い。
だから、その名前ってどうなの? とは言われる。
エイル、と名前を付けてきたのは祖父だという。
なんでも200年くらい前に実際にいた英雄の名前だそうだ。わりと現在も人気の名前で同世代どころか各世代に同じ名前の人いる。
英雄と同じ名なのが冗談なのかと言われるくらいの僕であるので、名づけというものは難しい。その祖父も10年とちょっと前に亡くなったのだけど。
その祖父にお姉ちゃんたちはお前が守るんじゃぞ、なんて言われてたけど、うちの姉たちはたくましすぎて手に負えない。
それはともかく、今日は姉が嫁ぐ前日なので、家族で食卓を囲んだりした。都合よく帰ってきた弟もいることだし、と。
フレアはあんまり美人じゃないからいいところに嫁げないかと思ったけど、需要と供給はそれなりにあるのね、というのは母のいいようで。
まあ、ヒルダはよく稼いでくれるであろう。というのは父の考えだった。
下の姉は黙ってれば美人なのだが、黙っていないし、ドジっ子だし。甘やかして分別がないなどといわれてはいる。半ば以上は当たっているが、いうほど馬鹿じゃないんだよな。
バカをバカにしてくるようなやつらは願い下げという気概はある。
それを聞いていた姉二人は澄ました顔で、ステーキを切り刻んでいた。怖い。
ともかく、姉は嫁ぎ、その夜に嫁ぎ先に問題があるのとしおらしい手紙を送ってきた。相手に愛人がいたのだという。それも長い付き合いで、姉はお飾りの妻だったらしい。そのあたりの打ち合わせ、うちの両親としておけばいいのに、とは思った。
ただ、あらぁとにやにや笑う両親を見れば、どっちにしろ碌な目にあいそうになかった。選ぶ家を間違えたとしかいいようがない。
いっぱいお金を持っているなら、多少は施してもらってもいいじゃないってそれ悪役のセリフ。
たまたま、家にいた下の姉が、ふぅん? と興味なさげにつぶやいた。でも、どこか心配そうであるので、この姉妹関係も僕にはわからない。
愚弟、下町に詳しいでしょって、下町も広いんだからさぁと下の姉に言われ、相手女性の特徴と住んでいる場所についてみたら。
昨日追い出された家の隣だった。長屋みたいなつくりをしているから、実質同じ建物。
その愛人とやらは多少の付き合いがあった。幸の薄そうな美人。僕が恋人には絶対したくないタイプ。なんどか恋愛相談をされたことがあるが、重すぎてしんどいなぁと思いながら、わかるよと頷いておいた。
あれは相談とか言うけど、不安を解消するための頷きを欲しているだけで、解決はいらない。余計な口をきかないのがいいと僕はちゃんと学んでいる。
上に二人のひねくれた姉がいるのだ。そのあたりわかってないとボコられる。
知ってると言ったとたんに、じゃあ、けしかけてこいと指令がやってきた。
別れさせろじゃなかった。
姻戚関係を継続して、慰謝料として継続的金銭要求してもいいけど、そのうち切られたら困る。その前にがっぽりといただきましょ。うちが被害者なのだから。
……。
うちの親、そういうやつだった。とことん相手に悪役振りやがる。
それに相手も悪いのよ。夢なんか見させるから。
冷徹な顔で言い切る母は、やっぱり、色々思うところがあるらしい。一応は貴族のはしくれだしな。
そして、僕は一日ぶりに追い出された家を訪ねた。
「何しに来たの」
彼女は嫌そうに顔をしかめながら、扉を開けてくれた。居留守とかかされなくてよかった。
「お隣さんが、なんとうちの姉さんの旦那さんの愛人ということが発覚し、修羅場が発生するから予告に」
「……情報量、多くない?」
「反対側のお隣さんにも言われた。結果教えてね、お茶用意して待ってるわ、だった」
「何かがものすごく心配になったから、同行する」
「わぁい。だから君が好きなんだ」
「……断腸の思いで切った男が戻ってくるとは。それも一日で」
「明日捨ててもいいけど」
「説明係として一か月くらいいなさい」
ああ、もう本当にと頭抱えてるあたり人がいい。
彼女も伴ってお隣に突撃した。顔見知りだけあって、怪訝そうな顔で扉を開けてくれる。不用心かもしれないが、僕にとってはよくあることだったりした。
大事な相談事があってと家に入り込んだら、元恋人がちょいちょいと服を引っ張った。
「前にもお付き合いあったの?」
「恋人の相談とかされた、かな」
聞いた端から忘れるようにしてるけど。記憶を掘り出せば役に立つ証言ができそうだ。
そこから本題に入る前に、わっと泣かれた。
恋人が結婚した。結婚するって言ってたけど、自分とだと思って楽しみにしていたのに裏切られた。お腹には赤ちゃんもいるのに。驚かせようと思って黙っていたら、全然顔を見せなくなって、等々。
怒涛の展開に僕ものけぞる。
ヒモになるにもあれこれあるように、愛人を囲うにもそれなり資質がいるんだなぁと遠い目をした。本妻と愛人。どっちも大事にしろとはいわないが、どちらにも攻撃をされない程度のふるまいはしたい。
最終的にどちらからも恨まれて、大変な目にあう。
会ったことのない義兄に手回しってもんをさぁと言ってやりたい。甘い言葉をささやいて、気が向いたときだけ会えばいいってもんじゃないんだ。お金で買うのも違う。
ちゃんと向き合っていかないとどうにもうまくいかない。
これは姉ともダメだろうし、この愛人ともダメだろう。それなら速やかに終了したほうが双方の得だ。
「大丈夫、あなたのほうが愛されているのですから、窮状を伝えれば良いようにしてくれますよ」
優しく微笑んで伝えれば、愛人の彼女は幼子のように頷いた。実はその結婚相手の弟なんですよ、とは一切言わない。お隣さんから何か聞かされることもないだろう。彼女はあまり周囲と交流するタイプではない。お隣さんも押しが強いから……。
ひとまず役目は終わったと僕は家を出る。
元恋人も一緒に出てきたけど。
「詐欺師」
出るなり言われた。
「向いてるとは言われた」
女装して一人美人局とかオススメされた。とさらにいえば彼女に呆れたようにため息をつかれた。
「これでまだマシだったなんて」
「犯罪行為すると流石に姉に悪い」
「愛人けしかけるのはお姉さんに悪くないの?」
「修羅場ってすぐ終わったほうがよくない?」
「実感こもってるわね」
「3回も刺されたしね。身の処し方はわきまえてるよ。引き際とかね」
「そこははっきりしてるね」
「泣いて縋ってほしかった?」
「面白い話ね」
真顔で返された。僕は肩をすくめて、もう一つのお隣さんに向かった。
「なんて話をするの?」
「話をしたら興奮していて、恋人に会いに行くと言いだした。お腹には赤ちゃんがいるらしい」
「間違ってないけど、ひどい」
「大丈夫、そんなひどい男なんてという話にはしておくから」
「もしかして、怒ってる?」
「あれでも大事な姉なんだよね。人の姉を傷物にするなんてなに様のつもりだよ」
と本人に言うと嫌そうな顔をされそうなので言わない。
僕が守ってあげなきゃとか言うのも。
まあ、僕も人のこと言えたものではないけどね。なんせ、ヒモであるわけだし。傷つけないように優しくなんて結局僕のエゴであるわけだ。
「……エイルってかっこよかったのね」
「ええ? いまさら? 僕はとっても顔は良いよ」
「そういうんじゃないんだけど。まあ、いいわ。私も証言してあげる。
リイナおばさんのアップルパイがおいしいのよね。きっと出してくれるわ」
「わかってないな。リイナさんの入れてくれるお茶も絶品なんだよ」
そういいながら二人でお隣のお隣さんの扉を叩いた。
それから二か月。上の姉は無事結婚を白紙撤回し、新天地での新婚生活をしているらしい。義兄がうまくやってくれることを祈ろう。
下の姉は、縁談相手を思う存分ふりまわしているらしい。姉曰く、お金最強、だそうだ。
僕はと言えば、追い出された家にまだいる。
「こんなろくでなしとよく住んでるよね」
「本当のろくでなしはろくでなしを自称しないものだし、エイルは、最強のヒモよ」
「なんか、すごく、弱そう」
悪くはないけれどね。