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13/17

家族の肖像画 1

 フレアにある日、荷物が送られてきた。受け取ったのはティエンでそれは居間のテーブルの上に乗せられた。

 送り主はフレアの妹のヒルダである。


「なにかしら」


 特別何かを送ってくる予告はなかった。まあ、こういうことはたびたびあったのだが。

 フレアは首をかしげるがとりあえずは荷物を開封した。

 出てきたのは二つの箱だ。一つを試しに開けてみる。


「なにこれ」


 フレアは思わずつぶやく。入っていたものはドレスのようだ。色はくすんだピンクで今年の流行りであるが、他の部分は流行りとは違う。

 胸元は開いているもののレースで覆われ露出感はあまりない。腰は緩やかに絞られてはいるがきつそうではなく、スカートの部分はストンとしているがひだが多い。歩くたびにひらひらしそうである。


「手紙、落ちたよ」


 ティエンの声でフレアは落ちたものに気がついた。

 メモ用紙のような二つ折り。せめて封筒に入れなさいと何度か書いたのだが、改善される見込みはない。


「お姉様へ

 今度、実家の修繕をすることになりました。実家に置いてる荷物引き取ってください。片付けに困ってます。

 エイルの荷物も片付けるように呼んだので、エイルの結婚祝いもしようかと思います。送った服を着用してください。ですって」


 挨拶なども一切抜きの要件のみである。その上、こちらの予定も確認せずに日付指定までしてある。身内の気安さなのか、いつもそうなのかは判断しがたい。

 フレアはため息をついて、ティエンに確認する。


「この日、空いてる?」


「開けておくよ。

 大事な日だろ」


 ティエンはフレアが持っているドレスへ視線を向けた。


「似合いそうだね」


「そ、そうかしら」


 着るには可愛すぎるような気がしたが、ティエンがそう言うなら着るのも悪くない。

 ドレスの下にももう一つの箱があり、お義兄さんもよろしく! とメモが挟んであった。



 フレアが再婚して半年を過ぎたあたりにヒルダは婚約し、その数か月後に結婚した。そのさい、家の爵位は婚約者が買い取り、両親は田舎の屋敷に隠居した。

 そして、その数か月後に消息不明になっている。

 ふざけた手紙を残して。


 我が親ながら、というより、我が親でも全く分からない。

 フレアはそれについては考えることを放棄した。なお、ヒルダはそれほど関心を払わず、エイルは微妙な表情だった。


 そこからさらに数か月後の最近、エイルが同居相手との結婚を決めた。相手から結婚しない?と言われたので、とものすっごい嬉しそうに報告してくれた。ただ、式やお披露目の会などは開かず、書類上で済ませるという。

 もう2年近く同居していることから周囲にはもう結婚してるよね? という感じで扱われているらしい。こうなるといまさらお披露目もないだろうということだった。

 まだ結婚してなかったと知っている身内くらいはちゃんとお祝いをする方がいいだろう。

 指定された日までそれほど日数はないが、フレアはいくつかの祝いの品を選んでおいた。


 そして、当日。フレアは久しぶりに実家に帰った。

 改めて見るとやはり古びて見えた。誰も住まない家は悪くなるというからそのせいもあるかもしれないとフレアは思う。

 ここは一年近く空き家だった。名義の上では妹夫婦の持ち物ではあったが、住んではいない。

 ヒルダ曰く、旦那様の素敵なお屋敷があるのにここに住む気はない、だそうだ。住まないが朽ちるに任せる気もないということで修繕の話がでたのだろう。

 いっそ解体して新しく建てたほうが良い気もするが。


 玄関の呼び鈴は辛うじて生きていた。

 フレアが押すとひび割れた音が家に鳴り響く。


 ある意味、どこにいても聞こえる。

 どーんとすぐに扉が開いた。予期して扉から離れていてよかったとフレアは胸をなでおろす。


「お姉さま、いらっしゃい」


 笑顔で出迎えたヒルダはフレアと同じドレスを着ていた。


「……帰りたくなってきた。着替えてくる」


「な、なんで!? お姉さま、お似合いです! せっかく、お姉さまに似合うのでオーダーしたのにっ!」


「じゃあ、なんで同じのを着ているのよ」


「おそろいです!」


「……はい?」


「長年の夢がかないました。

 ルーナちゃんにも送っておいたのですけど、着てくれますかね?」


「どうかしらね……」


 おそらく、それを喜ぶのはヒルダだけだろう。フレアは巻き込まれた弟の結婚相手に同情した。生真面目そうな彼女が心底悩みそうだなと想像がついただけに気の毒である。


「お久しぶりです。急に呼び出してすみません」


 ヒルダのあとから現れたグースは相変わらず仮面男だった。両腕と首元を覆う包帯が白い。金持ちだなとフレアは思った。使い倒したくすんだ色はしていないし、ほつれもしてない。ほとんど新品。


「お久しぶりです。

 荷物を引き取りに来ました」


「まずは、お茶をいかがですか? ちょっと話しておかねばならないこともありまして」


 グースは少し困ったような声をしていた。

 フレアとティエンは顔を見合わせた。


 居間には昔にはなかった質の良いソファがあった。テーブルもガタガタする古いものでもなくなっている。よく見れば絨毯も新しかった。

 それでも元の面影があり、別の部屋であるような違和感はほとんどない。

 そういうことをヒルダは気にしないだろう。夫であるグースが気を利かせてというところだろうか。


 今日はお付きのメイドは連れていないようで、グースの右腕と言われるウェルだけが同席していた。

 彼には目礼だけにとどめてフレアは席に着いた。その隣にティエンも座る。


「エイル君が来る前で悪いんだけど、事前にフレアさんに見てもらいたいものがあるんです」


 いやな前置きだなとフレアは思った。


「ウェル。出して来て」


「こちらです」


 出されたのは3枚の絵画だった。

 その絵にフレアは見覚えがあった。13,4年くらい前にいきなり住みついた画家が描き残したものだった。不審者だという祖父と父の間で喧嘩があったこともフレアは思い出した。

 大成する、絶対だ、と父が言いきっていたのだ。

 その画家はしばらく滞在しどこかに旅立っていった。

 礼として3枚の肖像画を残して。


「なつかしいわね。これのどこが問題なの?」


 幼いころの姉弟を描いたものはどこか粗削りながら迫力があった。

 肖像画に迫力はいらないかもしれないが。


「この画風、知りません? 私この間、ルードの個展行ってきて気がついたのだけど、作風がものすごく、似ているんです」


「え?」


 ルードとは今、王都で流行っている画家の名前である。フレアもそのうちに行こうと思っていた個展である。


「その個展で、恩人が所在不明だから探しているという張り紙もあって。

 もしかして、と思って家をさがしたらこれがありました」


「本人には会えなかったの?」


「恩人が不在どころか行方不明でショックを受けて寝込んでいるって。

 グースが宿は特定したから会いに行くのはできそうだけど、いきます?」


「……考えておく。

 で、これの何が問題なの?」


「これだけじゃないんです」


 重々しく言うグースにフレアは首をかしげる。そんな貴重品あるなんて聞いてない。むしろ貧乏だと思っていたくらいだ。


「私もこの家にそんな貴重なものがあるなんて思ってもなくて、倉庫も開けてなかったんです」


「グラッドの工芸品、ドースの宝飾、レレイの風景画。ほかにも今、人気かこれから人気が出そうなものがそろっていました」


「贋作ってこと?」


「本物です。下手な収集家よりも豊富にそろっていますよ。初期作ばかりで、収集家には垂涎のものが多い」


「……買い叩いてたのかしら」


「いえ、画材や素材、家など後援していたようです。ただ、作品は何点か納めるよう言っていたようですね。それも当時の価値から考えれば想定より高く買われています」


 フレアには訳が分からなかった。

 つまり、両親が芸術家に後援していた、その芸術家が今は大成している。先の投資の利益が回収されてよいことだけのように思えた。

 そこに何の問題があるというのだろうか。


「ひとつ、ふたつなら、いいんです。偶然でしょう。

 でも、こうも揃うと怪しく見えてくる。市場を操作したのではないかと思えてくるんです」


「そんな力はないでしょう」


「その点からも検証しましたが、なにか介入しているようではありませんでした。

 ただ、そうだとしても他にも問題があります」


 そういってグースは一枚の紙を出した。


「爵位を買ったときの約束です。

 ご両親はこの家及び、この家にあるものは兄弟で分け合うようにしました。

 つまり、中にあるものもすべては御兄弟で分け合って相続するわけです。分配比率は書いてありません。通常は1/3ですが、美術品なので分けるのもちょっと難しいでしょう」


「それなら私は相続を放棄したいわ。そもそもないものだし、美術品の管理なんてできないからグースさん、というより商会にお任せしたほうがいいと思うし。個人の肖像画とかは別だけど」


「それは構いません。一度、すべて確認していただきたいですが、それはまた後でしましょう。

 ヒルダもいらないというので、こちらで管理するつもりです。手続き上は、ヒルダが多めに受け取ったということになります」


 ほっとしたようなグースの口調にフレアは気がつく。いつもよりずっと気を張っていたのかもしれない。


「そんなにすごいの?」


「家名の美術館をつくろうかと検討するくらいです。頼んだ鑑定士たちが興奮するようなものばかりで。

 幸いなことに、初期の苦労していたころに支援していたということがあって新作も寄贈してもらえるかもしれないんです」


 ある種ステータスと箔がつく。というところだろうか。フレアは少し眉をひそめた。

 妻であるヒルダの財産であると釘を刺しておくべきだろうか。管理を丸投げするのだからそこに口出しするのも少し言いすぎな気もする。


「ルードの絵は私も好きで、でも、少数しか売らないことでも有名で入手困難で一枚も持っていないんです。ここには初期のものがいっぱいあってすごくて!」


 さらにどこが好きかと早口にまくしたてられて、フレアは考えを改めた。マニアだ。そういえば観劇が趣味と聞いたことがある。芸術方面の沼にはまっている。

 これは名声のためもあるだろうが、大半は本当に保全したいから、放棄してくれという話だろう。任せて安心な気がする。

 ただし、所有権についてはヒルダのものにしておくことを条件に加えることにした。


「フレアさんには一つお願いしたいことがあります」


 改まったようにグースは言った。


「なにかしら」


「エイル君もいらないというだろうとヒルダは言っていましたが、もしかしたら、ルーナさんもお好きな絵などがあるかもしれなくて、揉めたら仲裁をお願いしたく」


 そう言ってグースは頭を下げた。

 思った以上に平和で、場合により揉めそうな話だった。

 フレアは了承した。おそらくルーナもあまり芸術方面に興味がない。ある意味グースに拾われて芸術品たちも幸せかもしれない。


「お話は終わり? じゃあ、お姉さま、書庫見てもらっていいかしら」


「書庫?」


 ヒルダからの突然の話にフレアは面食らう。


「鑑定士もお手上げの本がいくつかあって、でもヒルダがお姉さまが読んでたって言っていたんです」


「なにかしら」


 ちょっと何かが引っかかるような気がした。

 謎の本に興味を持ちそうなティエンは居間に残ると言い、フレアはヒルダと二人で書庫に向かうことになった。

 家の床は時折ぎしぎしといい、フレアの記憶にあるよりもっと古びているように感じた。


 書庫はいつも鍵がかかっていた。今日は鍵はかかっていなかった。

 すべらかに開く扉。その向こうには古い本の匂いがした。懐かしいとフレアは思った。


「お姉さま、これです」


 ヒルダは分厚い本を二冊持ってきた。妹にははかなげな外見を裏切るような力強さがある。

 フレアは一冊受け取って重さに少し腕が下がったのに。


「私も読めないんです」


「あ、懐かし……」


 ぱらぱらとめくってフレアは幼い記憶がよみがえってくる。

 お母さんが書いた本なのよと照れくさそうに……。


 本当に困ったときには、この本を開いて。

 囁いた声が、フレアの頭の中に響いた。


「……魔導書」


「まどーしょ?」


「今はめっきり見ないけど、魔女が魔法を習得するための教科書よ」


 本を一度、近くの棚の上に乗せ、書かれた一番簡単なものを口にする。


「炎よ、いでよ」


 フレアの指先に火が現れた。


「……お姉さま」


「なにかしら、ヒルダ」


「そういえば昔、庭木、燃やしましたわね」


「そ、そうだったかしら」


「夢だとか思いこまされていましたけど、あれとかこれとか」


「恐ろしいこと言わないで頂戴」


 空想豊かだったわ、私、というところで片付けていたことが現実味を帯びてくる。

 例えば、母が大魔女で数百年は生きていたとか。私の資質を継いじゃったわねと困ったように言われたこととか。

 うっかり百年くらい人より長生きするかもね、と不吉な話もあった。

 フレアはこの二冊を持ち帰ることにした。魔女になる気はないが、ここに置きっぱなしというのも不安になる。うっかり売却、そんなことをしでかす妹がいる。


「なんですの?」


「別に。

 ルーナさんはどう思うかしら。相続」


「いらないっていうと思いますよ。あ、でも、肖像画はもらいたがるかも。

 ほら、幼いころのエイルって妖精だから」


「ああ、確かに」


 今は確かに男な感じではあるが、まだ10代前半のころは性別不明感があった。人ならざるような雰囲気もなくはない。

 今は世俗にまみれたヒモだが。


「相続を放棄してもらう代わりに、商会で働いていることとして給料を払うことになると思います。どの程度の金額が一番節税になるかとか検討中なので、話には出してませんでしたけど」


「そのほうがいいかもね。結婚するとなると意外と物入りだったりするから」


「お姉さまもですよ。相応のものはきちんとお支払いします。節税対策で分割になっちゃいますけど。

 へそくりはいくらあってもよいものです。貯蓄は大切」


 そういえば、ヒルダの趣味は貯蓄だった。意外過ぎるほどの趣味と言われている。なお、守銭奴ではない。


「いざというときに、私の貯蓄を使ってくださいって旦那様を助けるって素敵だと思いません!?」


「……うん。わかった」


 おそらく、旦那様の窮地を助ける私、かっこいい! と思っているに違いない。フレアは苦笑いをする。


「ヒルダはグースさんがものすっごい好きなのね」


「い、いやだ、お姉さま、そ、そんな」


 ヒルダはものすごく照れだした。微笑ましいと思ったのはその瞬間だけだった。

 さすがに付き合いの長いフレアにしてもヒルダから無限に惚気が出てくるとは予想していなかったのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 無限にでてくるであろう旦那の惚気が傍から聞くと『それ惚気なの…?』って思うようなんだろうなぁ…旦那様の包帯がステキ服がステキおでこが素敵とか無限に語ってるんだろうな…
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