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9.空気

「ああ。そういえば、私たちは忘れ物を取りに行っている体であったな。そろそろ戻らなければ怪しまれるかもしれない。ふふっ。さっ、戻ろうか」




 クロリアはクスッと笑って、階段の方へ向かっていくので、僕もクロリアの後を追った。

 談話室に戻ると、ヴェルが待っていたと言わんばかりに僕たちの方に駆け寄ってきた。そんなヴェルの後ろにアーノルドもいた。




「おい、お前たち。ここで待機していろと言っていただろう。何故、動いた。お前たちは危険というものを考えないのか?」


「やあ、ストーカーくん。キミは実に騒々しい奴だね。まあ、でもそれがキミの取り柄でもある。嘲笑しがいのある取り柄だね」


「……何かあったとき、お前だけは助けんぞ」




 やはり、クロリアとアーノルドは反りが合わないらしい。

 けれど、何故だか、二人は険悪な仲というようには見えない。

 むしろ、羨ましい? とさえも、感じてしまう。




「……チッ。お前と戯れている暇はなくなった」


「ああ、そうだろうな」


「おまわりさん。いや、強面のヤから始まる怖い人? まあ、なんでもいいや。ええっと、それで、さっき、何が起こったの?」


「誰だか知らんが、お前も鼻につく女だな」




 アーノルドはギョロリとヴェルを睨んだ。あら、怖い。僕はもっと堅い感じで接することにしよう。

 これは、あくまで僕の考えであるが、敵をつくるような行動は良くない。と、思っている。八方美人。悪い言い方をすれば、それ。

 だけれど、僕はそれで良い。僕は僕らしく動くことが、今の、最善な行動だと思う。

 クロリアは言った。慎重に動け、と。それは要するに、僕たちは人狼が襲撃してきたという情報を知りながら知らないフリをし、平静を保ち、人狼の正体を掴み、人狼を何らかの方法で討伐していく、ということ。

 人狼の正体を掴むためには、僕たちが人狼を討伐しようとしていることを人狼に悟られないようにしなければならない。故に、僕たちは怪しまれない行動を取ることが重要なのである。

 従って、僕は、僕らしい行動を意識的にする。




「それで、アーノルドさん。さっきの悲鳴。あれはいったい、何があったんですか!?」


「……此処に泊まっていたと思われる客が、無惨な姿になっていた。あられもない姿で横たわっていたな。人の目につくようなこの場所、この時間帯に殺人事件が起きるとは、な」




 アーノルドは懐から煙草とライターを取り出す。そして、煙草に火をつけ、煙草を吸い始める。面倒なことになった、と言っているような顔をしていた。




「そうか。それは大変なことが起こってしまったな。で、キミは何故此処にいるのかな?」


「どういう意味だ?」


「キミは先程、自分で言っていただろう? 『お前と戯れている暇はなくなった』と。だが、今のキミは暇ではなさそうに全く見えないが?」




 煙草。煙。煙。アーノルドは煙草を吹かしている。そんなアーノルドの様子は、誰の目から見ても、忙しいようには見えないだろう。

 不自然に思うことはそれだけではない。アーノルド曰く、殺人事件が起きたと言っていた。殺人事件が起きたというのであれば、そもそもこの談話室に戻る余裕はないはずだ。

 遺体の確認。身元の確認。応援の要請。現場指示。等々、アーノルドには警官としてやるべきことが現状、山程あるはずだ。それなのに、僕たちが戻ってきたときには、既にアーノルドはこの談話室にいた。

 どう考えても、おかしい。本当はこの人、警官のコスプレとかいうやつをしているだけの警官マニアなだけで、警官ではないのかもしれない。などと思ってしまっても、変ではないだろう。たぶん。

 まあ、アーノルドがただの警官マニアなのだとしたら、それは面白すぎて腹が捩れてしまう自信しかないな。うん。




「実は警官マニアなんですよね。すみません、察してあげることができなくて」


「は? 少年、お前は何を言っている」


「……キミは警官マニアだったのか。まあ、そんなことは途轍もなくどうでも良い。で、何故キミは此処にいる。それを話してもらおうか」




 クロリアは前に手を伸ばし、ポーズでも催促をする。それを見たアーノルドは、煙草を吸い殻入れに捨て、ため息を吐き、僕たちに背を向けた。

 寸刻置いて、僕たちの方に向き直り、すぐそばにある椅子に座るように促す。僕たちはそれに従って椅子に座った。勿論、ヴェルも一緒に。

 表情。暗い表情だ。出会ったときから、あまりテンションが高い様子ではなかったが、今は、よりテンションが低くなっていることを表情や仕草から感じ取ることができてしまっていた。

 これは、明らかに何かあった雰囲気だ。今日出会ったばかりの僕でも、それを察することができてしまう。

 良くないニュースであることは間違いない。




「先程、応援を要請しようとした。しようとしたのだが、何故か、繋がらない。要請することができなかったんだ。ホテル内にある電話での交信も試してみたが、それも無駄だったな。それで、諦めて此処に戻ってきたというわけだ。さて、どうしたものか」


「諦めて、此処に? 身元の確認とか、客への避難指示とか、諸々のことをしなくて良いんですか?」


「したところで、外部との連絡手段が取れないのだから話が進まないな。客への避難指示についてだが、それはそもそもこのホテル内から脱出することができないんだ。避難もクソもない」




 言い終えて、アーノルドはまた煙草を吹かし始めた。完全に諦めモードというか、自身が警官であるという身分を捨てて、素のままの自分で過ごし、物事が動くまでを待っている。

 理解した。見た目や口先で凄んじゃいるが、こういう人ほど、いざってときには役に立たないということを。

 幻滅。おそらく、僕は幻滅してしまっているのかもしれない。

 いや。警官だから頼りになりそう、という固定概念を誰が決めた。それは僕自身だ。

 僕が一方的に期待を寄せて、自分の中の理想を脳内であれこれと思っていただけにすぎない。

 頼りになるのは、自分。もうダメだ、もう終わりだ。そんな状況になったときは、他人に行動を求めるのではなく、自分自身が動かなければならない。何故なら、他人が自分のために動いてくれる保証なんて何処にもないのだから。




「ふむ。アーノルド。キミは相当腐れ切っているな。が、まあ、理解できないわけでもないよ。正義百パーセントで行動していては気疲れしてしまうだろうしな」


「……ん? おい、何処に行くつもりだ?」


「少し、話を伺いにな。アキ。行こう」


「う、うん!」


「勝手な行動するな」


「……キミは私の親か何かなのか?」




 クロリアは鬱陶しそうな目でアーノルドのことを見ていた。その目からは圧を感じる。「私に口答えをするな」とでも言うかのようなその目からは、いつものクロリアの雰囲気とは全く異なっていた。




「お姉さんもついていって良いかい?」


「ダ……」


「いいよ、ヴェル!」




 クロリアが何か言いかけたような気がするのだが、おそらくそれは僕の気のせいだろう。

 アーノルドを談話室に残して、僕とクロリアとヴェルの三人は、一先ず、ロビーの方へ向かった。

 そこで、異変に気がつく。




「ねえ。……ねえ!? な、何か、おかしいよ、クロリア!? さっきまで人がもっといたはずなのに、今は、人の気配が全然しない……」


「神隠しにでもあったのだろうか。たしかに、不思議なことだな」




 クロリアは冷静な口調で僕の疑問に返し、辺りを見回し始めた。

 僕とはちがう。僕はこんな、ちょっとしたちがいで動揺し、焦ってしまったというのに、クロリアはこれっぽっちも焦る様子を見せていない。後ろにぴったりとくっついているヴェルだって気味悪そうにしているというのに。

 しっかりしなくては。僕は、いざというときにクロリアのことを守らなければならないのだから。

 だから、ここで立ち竦んで、ブルブル身を震わせているだけの存在のままではならない。僕は、クロリアのことを守れるような、強い存在にならないといけないのだ。

 僕はいつもこうだった。勇気がない。意気地がない。根性がない。故に、困難に立ち向かうことができないでいた。

 僕はいつも虐げられている存在だった。僕には勇気がないので、当然、それを変えることができない。変えることができないでいるから、いつまで経っても虐げられている存在から成り上がることができない。


 それで、良いのか……僕は? 悔しくないのか?


 僕は、僕自身に問い掛けてみる。心がふと苦しくなったような気がした。




「アキ。とりあえず、此処にいる輩から情報を収集することにしよう」


「あっ、うん……」


「此処にいる人たちに話を聞いていけば良いんだね?」


「……キミには頼んでいないし、癪にも障るのだが、まあ、良い。では、キミにも聞いてきてもらおうか」


「うーん、かわいい、かわいい。んふふ」


「……頭を撫でるな。あと、子ども扱いもやめろ」


「かわいいにゃあ」


「此奴、私の話を全く聞いていないぞ」




 クロリアはパシッとヴェルの手を払い除け、明らかにわざとヴェルの足を踏みつけてから僕の手を取って、行動を開始した。




「ふーん。警察の真似事でもしているの?」




 ヴェルから少し離れたとき、僕たちのすぐ横にいた男の子が僕たちに向けて話しかけてきた。声色や表情から、何処か冷めた印象を受ける。




「そんなとこだろうか。キミは?」


「ボクはアダン。アダン・ボースター。齢は十三。しばらくここから出られなそうなわけだし、仲良くしようよ」


「フッ。それは無理な願いだな」


「あっそ。なかなか失礼な奴だね。見た目に反して、かわいげもない」


「キミに言われたくはないが?」




 アダンは言われて、顔を顰めた。なんだろう。とても、空気が悪い。

 困ったものだ。僕とヴェルが間に介入して、場の空気を和ませた方が良いだろうか。

 ……しまった。考えてみたら、僕はこの場の空気を和ませる方法なんて知らない。参った。ここは、ヴェルに任せるしかない。

 チラッ。ヴェルのことを覗き見る。




「あわあわあわあわあわ……」




 ダメだ! あわあわしていて、正気を失ってしまっている!

 というような状況になってしまったので、ここは、僕がどうにか場を和ませるしかないようだ。ええと、ど、どうすれば良いのだろう。あれか。腹踊りでもすれば、和むだろうか! ……いや、和むわけがない。何故、腹踊りをしているのか意味不明だと思われ、僕の頭の異常性を疑われてしまうだろう。


 結局、場の空気は悪いままだった。

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