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8.魔術師

「今度は何だ!?」


「悲鳴のようだね」


「そんなことはわかっている。いいか、お前たちは動くなよ。じっとしておけ。俺が見てくる」


「キミが見に行ったところで、どうともならんとは思うのだがね」




 クロリアは皮肉めいたことを言うのだが、アーノルドはそれを無視して悲鳴の聞こえた方へ急行した。


 ……まさか。本当に、まさか。クロリアの告げてくれたことが、本当に当たるだなんて。

 僕はクロリアの言うことを表面上では信用していたけれども、やはり、心の何処か奥底では信じきれていなかった部分はあった。

 いや、たしかに、僕がこの世界に突飛な方法で連れ込まれた時点で、信用に値するものではあった。ではあるけれども、まさか、そんな未来で起こることを的中させるだなんて、しかも、タイミングも絶妙な状態でそれを告げて的中させるだなんて、信じきれるものではないと思う。

 僕は改めて、クロリアが只者ではない凄い存在なのだと理解した。

 その、凄い存在、を目の前にして僕はただ驚いたり、従順になったりすることしかできないでいる。そんなちっぽけな存在であるのが自分、ということを思い知らされてしまって無性に悔しくなってしまう。矮小な自分、という存在に腹が立ってしまう。




「状況を整理しよう。今、私たちはこのホテルから抜け出すことはできない。そして、ホテル内でも行き来できるのは、ここ一階と五階のみだ。加えて、先程、何者かの悲鳴が上がったが、あれはおそらくここに宿泊していた客が殺されたのだろう」


「うん……そう、みたいだね」


「さて。では、何から話そうか」


「話す?」


「ああ……」




 クロリアはチラとヴェルの方を見て、嫌そうな顔をした。

 はて。何故、クロリアは嫌そうな顔をしたのだろうか。考えてみることにする。

 ええと、でも、よくよく思い返してみれば、クロリアは最初っからヴェルのことを良いように思っていなかったように見える。と、考えれば、これは僕の勘違いであろうか。

 いや、勘違いというより、元からこのような感じだったけれど、僕がそれを忘れていたか、僕がヴェルと普通に話していたから、勝手にクロリアもヴェルと既に打ち解けたのであると僕の脳が脳内で処理してしまっただけか。

 僕は、謎の納得をした。意味不明な納得をした。




「…………? どうした?」


「あっ! ううん! クロリアこそどうしたのさ!」


「……少し、二人きりになれる場所に行かないか。此処だと話しにくい」


「僕たちが泊まる部屋に戻る? 何故か、都合良く五階には行けるみたいだし」




 都合良く。都合が良すぎる、ような気もする。一部の階にも行ける、ならまだ不自然ではないが、何故か、五階だけ。五階だけは、階段で行くことができるらしいのだ。

 それはとても不思議なことである。

 これが罠の可能性は? クロリアは人狼討伐を目論んでいるわけだ。それを人狼たちが何処からか聞いてしまっていて、僕たちのことを誘きだそうとしている、としたら?

 その可能性は、ゼロではないかもしれない。

 アーノルドは僕たちに此処から動くなと言った。此処から動かなければ、この一階には人が集まっているわけだし、安全性は一人や二人でいるよりも高い。

 しかし、クロリアは二人きりになれる場所に行こう、と言う。

 今さっき、未来で起きることを予言し、それを見事的中させたクロリア。現実の人間世界ではあり得ないような魔法という不思議な力を扱って、僕をこの世界に招き入れたクロリア。

 ……僕が取るべき行動は、なんなのか。何が正解で、何が間違っているのか。それは、僕にはわからない。理解することができない。

 従って、僕は、僕の信じた存在のことを信じてみる。僕が、一番従うべき存在に従ってみることにする。




「ヴェル。ごめん。部屋に忘れ物をしたから、僕とクロリアは部屋に戻るよ」


「えっ? だ、大丈夫? 私もついていこうか?」


「平気。すぐ、戻るから」




 僕はヴェルに対して適当な理由をつけて、クロリアの手を引きながらその場から離れた。そして、僕とクロリア、五階の、僕たちが宿泊する部屋に急いで戻る。




「命を狙われることが不安か?」


「そうだね。殺し、殺され、というのはできれば、僕はない方が良いと思っているし、そんな凄惨な場面に出会したくないとも思っているから」


「ふっ。心配ない。キミは強い。だから、死にはしないさ」




 僕が、強い? それは何の冗談だろう。

 強い。誰が? 僕が。僕の、何処が?

 力。弱い。その辺の格闘家等と力比べで対決したとするならば、余裕で負ける。仮に、世界チャンピオンとかとでも戦おうというのならば、秒殺されてしまうであろう。

 メンタル。弱い。いつもぺしゃんこである。プリンのようにプルプルとしていて、少しスプーンを入れてしまうだけで崩れてしまう、脆弱すぎるメンタルである。お世辞にも強いとは言えないレベルだ。

 頭脳。ない。レベルが低い。僕は普通の学生である。一般の、所謂、有象無象だ。学力も中の中。思考力もザ・普通。理解力もザ・普通。特にこれといった面白味すらもない。平々凡々。

 力ダメ。メンタルダメ。頭脳ダメ。長所、見当たらない。短所、山程ある。ダメ人間。それが僕である。

 故に、僕はクロリアに強いと言われたことに納得がいかなくなってしまう。

 何故なら、僕は強くないからである。

 僕は、弱い。弱くて、小さくて、ダメな人間だ。

 と、自分のことを心の中で卑下していたら、あっという間に五階にある僕たちの宿泊部屋に到着していた。




「ここなら邪魔は入らないか。これからのことだ。とりあえず、情報は共有しておこう」


「オッケー」


「現在、一階と五階にしか行けないようだが、これは人狼のことを崇拝している邪教徒の仕業かもしれないね。『魔術師』とかいうやつが私たちを此処から出られなくさせているのだろう」


「『魔術師』……? ああ、人狼ゲームで言うと『狂人』ってやつだね。占い師に占われても『白』『村人』『非人狼』と判定されるから人間ではあるけれど、人間なのに人狼に味方をする、謂わば、人間の裏切り者みたいな存在だね」


「理解が早いのは助かる」


「人狼ゲームは少しだけ、本当にほんの少しだけはやっていたからね。だから、言い回しとか名前とかが異なっていても理解することはできるさ」




 本当に触った程度くらいの知識だけれど。




「そして、つい先程、人狼により襲撃が開始された。『二人きりになりたい』とキミを急かした理由はわかるな?」


「それは、ええと……つまり……」




 既に、人狼や狂人……魔術師はこのホテル内の何処かに潜伏しているということだろうか。

 人狼たちは、人間に扮し、言葉巧みに話し、人間を欺き、人間を狩り尽くしていく、恐怖の存在。現実世界の人狼ゲームでは、弱い人間たちは議論や人狼たちの動きを把握することにより、人狼たちを炙り出し、処刑や追放という手段で自らの命を守る。

 だが、それはゲームでの話。人狼ゲームにはいろいろと複雑なルールがあって、そのうちの一つに『人狼が人間と同数になった場合、人狼陣営の勝利となる』といったルールがある。

 つまり、例えば、人狼が二匹・人間が二人。この状態であれば、人狼陣営の勝利となる。けれど、人狼が二匹・人間が三人。この状態ではまだ決着はついていないということ。この展開から勝つパターンは何度か見たことがあるし、経験したこともある。

 しかし、そう、これは前述した通りゲームにおいての話なのである。実際に現実において人狼が二匹・人間が三人いたとする。

 その人狼たちを仕留めるのに、たった三人という戦力で仕留めることができるのだろうか。

 例えば、人間が全員近接格闘等の経験者で、武器も持っているとするならば、実際の人狼ゲームの通りに人狼と同数にならなければまだなんとかなるのかもしれない。

 けれど、非力な人間が三人、おまけに武器もなし、という状況・状態では人を欺き人を殺すのに長けた人狼という化け物に立ち向かうことは、無謀であると言えよう。

 ゲームと現実では全く異なるのである。




「思考を巡らせてくれているようで嬉しいよ。ここから先は、少しのミスで命取りだ。お互い、慎重に行動しようではないか」


「うん。じゃないと、僕たちはただ死にに来ているだけだもの」




 慎重に。その結果の今。

 クロリアが、ヴェルのことを嫌そうに見ていた理由はなんとなく理解した。人狼は嘘を吐く。さも、私は人間であると言いたげに、自然に人間のすぐ傍らに潜んでいる。

 故に、クロリアはヴェルに対して、心を開くことを許してはいなかったのだ。

 たしかに、ヴェルが人間である保証はない。人狼は人間に扮することに優れているのだ。




「だから、きみはヴェルに対しても良い反応を示していなかったわけだよね?」


「それも、あるが……」


「ん?」




 クロリアが言葉に詰まる。ヴェルに良い反応を示さなかった要因は、一つだけではないらしい。




「えっと……」


「どうでも良いだろう。兎に角、怪しむことを忘れてくれるなよ。その辺にいる奴等は、既に人間に化けた人狼の可能性がある者たちなんだ。アーノルドは例外だが、他の奴等はわからん。……いや、アーノルドも実はアーノルドのフリをした人狼で、本当のアーノルドは何処かの土地で、バーベキューでも楽しんでいる可能性だってあるだろうし」


「う、うん。なんで、バーベキュー?」


「テキトーだ」




 クロリアなりの冗談らしい。僕はそれを理解するのに、三秒程度の時間を要した。

 クロリアはたまにこういったお茶目なところを見せてくる。僕はお茶目なところを見せてくれるクロリアも好きだ。

 クロリアのことならなんだって受け入れる自信がある。いや、それは言い過ぎだろうか?

 いやいや、言い過ぎでも、一向に構わない。それくらいの心持ちでなくては、クロリアの護衛役なんて務まらない。護衛役というものは、信頼関係も重要であるのだと、僕は思っている。それが結果として、僕はクロリアの護衛役に買われたのだろうと考えられるわけなのだから。

 僕は弱い。力も、何もかも。でも、クロリアとの信頼関係は弱くあってはならない。僕は、護衛役に選ばれたのだから、最後の関門である、それだけは弱くあってはならないのだ。

 絶対に。絶対に。絶対に――。

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