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6.重要参考人

 談話室。そこで、僕とヴェルは話していた。勿論、クロリアも傍にいるが、クロリアは暫く無言のまま、僕からぴったりとくっついていて、離れようとはしない。




「随分と懐かれてるね。ひゅー! やるぅー!」




 その様子を見て、ヴェルは僕のことを冷やかしてきた。言われていて、とても恥ずかしくなってくる。

 仲が良いと思われるのは、僕は嬉しいことではあると思っているのだが。こう、誰かにストレートに言われるとなかなかに恥ずかしいものだ。




「おっと、クロリアちゃん。そんな怖い目で見ないでよ」


「クロリアはきみのことを(またべつの意味での)敵だと認識しているんじゃないかな」


「ほうほう、なるほど。アキくんを取られてしまう泥棒猫が現れたからしまったからってわけね」


「えっ。そういうつもりで言ったわけではないんだけれども……」




 話が噛み合わない。暫くの間話していたのだが、僕とヴェルについてわかったことがある。

 少なくとも、僕とヴェルは全く異なる性格、というか異なりすぎる性格であるようなので、僕とヴェルは会話において時々全く通じあえない部分がある。通じあえないとは言っても、険悪とか犬猿の仲とか、相手の発言が理解できなくて激昂するようなとてもマイナスなイメージの方ではなくて、単純に会話がすれ違う感じ。

 現世ではすれ違い漫才なるものがあったのだけれど、所謂、ああいった感じで、お互いがお互い勘違いしてしまったり、お互いに言ってることがよくわからない状態で会話が終わってしまったりする、『アレ』だ。

 ヴェルと出会って僅かながらの間でも、その『アレ』になることが度々起こっていた。




「ん? どうした?」


「いや。僕とヴェルって、全然(性格が)似てないよねって思って」


「そりゃあ、別人だもん。ハッハッハッ!」




 会話というものは難しい。言葉を省略してしまうと、このように相手の解釈次第で相手が思うことも変わってくるものである。

 今のは僕に非がある。話していると、無意識に言葉を省略してしまう。今は談笑しているだけだから特に気にすることはないけれど、重大な場面に置かれたときには、丁寧に話すことを心掛けなければ。でなければ、相手に勘違いをされてしまうことにより、複雑な状況を招き入れてしまいかねなくなる。そして、その状況を招いた原因は、僕の発言、ということにもなる。

 充分に注意をしよう。僕の発言ミスで相手を怒らせてしまうのは、いけないことだ。悪意はない。けれど、悪意はないからこそ、僕自身も傷ついてしまうし、当然、相手も傷ついてしまう。

 お互いが傷ついた結果、本来であったら実現していた未来も、その僕の発言によって消え去ってしまう可能性だって全然ある。その展開は、避けたいところだ。




「なんか、難しい顔、してんね。どうしたの? お姉さんに話してみ」


「うーん……」


「もしかして、如何わしいことでも考えてる? いいよ。耳打ちでも良いから話してみ。お姉さん、そういうの大好物だから」


「いえ、結構です。あと、そういうことを考える余裕はあまりなかったです」




 きっぱりと言ってしまった。ヴェルは「えー、つまんないー」というような顔をして、僕のことを見ている。

 僕も……べつにアダルティーなトークに興味がないわけではないけれど、今は、人狼のことやクロリアをちゃんと守ることができるのだろうかという不安、自分自身の非力さ、自分自身の心の弱さ等で手一杯になってしまっていて、考える余裕がなかった。

 余裕がない、のだ。今の僕には。余裕がないから、心がどんどん苦しくなっていってしまう。僕の心は既に負の連鎖が始まっている。負の感情が続々と心の奥底から込み上げてきて、自分の心を縛っていく。

 この負の連鎖から抜け出すためには、もしかしたら、ヴェルみたいないっしょにいて楽な人が傍にいる方が良いのかもしれない。

 人というものは孤独を感じると、不安になってしまうものだ。

 それ故に、ふれあいを求める。人との繋がりを、人の温もりを、求める。

 そのことにより、心に溜まった不安を拭い去ろうとするのだ。今の僕には、人の温もりというものが必要なのかもしれない。




「ヴェルは、さ。優しいよね」


「え。ど、どうしたの急に」


「優しいな、って思って」


「へ、へへへ。なんか照れるね。そんなにまじまじと言われると」




 ヴェルは下の方を向いて、しどろもどろに言う。明らかに取り乱している。

 さっき、ヴェルと僕は性格的には似てないみたいなことを思ったのだが、実はそんなことはないのかもしれない。ヴェルも僕も、どちらも、感情が表に出やすいタイプらしい。




「アキ」


「うん? どうしたの、クロリア」


「……なんでもない」




 何処と無く、クロリアが不機嫌そうな顔をしているのは僕の気のせいだろうか。

 ……いけない、いけない。僕の目的はクロリアの護衛。クロリアを人狼の襲撃から守ること。それが僕の目的。それを忘れてはいけない。常に頭の端にいれておかなければならない。

 ヴェルと話をしていたことによって、完璧に、その僕にとって重要なことが頭から抜け出してしまっていた。

 これでは、いざ襲撃された、というときに対応することができない。対応が遅れてしまって、クロリアも僕もヴェルも殺されてしまうかもしれない。それだけは嫌だ。だから、僕とクロリアの本来の目的を忘れないようにしなければ。

 僕たちは、人間を脅かす人狼を倒す。そして、人々を救う。それだけだ。

 そのとき、僕の心の中に、何処か違和感というものが生まれてきていた。




「…………?」




 なんだろう。この違和感は。とてもぞわぞわする。ぞわぞわしていて、もやもやしている。心と頭の中に、靄のようなものが掛かったかのような気分。

 これは……?

 何か。何か、重大なことを見逃しているような気がする。あるいは、重大な何かに気づけていないような感じがある。

 おかしい? ああ。おかしい、と思うような感覚。何処か。心の何処かで変に思うような感覚。それが僕の中から離れようとしてくれない。

 意識的に、なんでもないように振る舞おうと考える。でも、おそらく、それは根本的な解決にはならないだろう。

 くっ。僕はいつも、いつでもわからないことだらけだ。謎に翻弄されてばかりいる。それが悔しくて堪らない。

 一旦、悔しさもモヤモヤもすべて忘れるためにぼんやりと談話室の外の方を見ていると、談話室に黒髪の若い男が入ってきて、男が僕たちの方を見ていた。




「……クロリア。漸く、見つけたぞ」




 男の口から、クロリアを知っている風な言葉が飛び出した。そして、男はクロリアの肩を両手で捕まえる。強い力でクロリアの肩を掴んでいるように見える。

 何者だ? 僕は咄嗟に男の手を振りほどくために、男の方に近寄って、男が乱暴にしないように押さえようとする。

 しかし、男は微動だにしなかった。まるで、僕という人間についてこれっぽっちも興味がないとでも言っているように。

 僕は警戒しながら、男に訊く。




「あの、あなたは誰なんです? クロリアに何の用事ですか?」


「……俺はただの警官だ。こいつの知り合い。話をしに来た」


「彼はアーノルド。執拗に私のことを追ってくるストーカーだよ」


「ストーカーではない」


「いや、決めるのは私だ。キミに決める権利はない」




 クロリアの様子からも、この男……アーノルドがクロリアの知り合いだということはわかった。知り合いとは言っても、クロリアの応対とアーノルドの様子を見る限り親しい間柄というよりは、何やら確執でもあるような関係のようだが。

 いきなりクロリアの肩を力強く捕まえたものだから、てっきり乱暴をするような不届き者なのかと思ったが、今のところクロリアに危害を加える様子はない。

 それに、クロリアも顔を見知っているようだから、危害を加えるような人物であれば警戒しているだろう。クロリアは警戒していなかった。

 で、あれば、僕が構える必要はないだろうか。僕が構え続けて、警戒心を表に出してしまっていては、相手としても心持ちが良くないだろう。失礼に値してしまう行動である。

 故に、僕は警戒していた心を緩めて、相手の邪魔になるようなことをしないことにする。詫びも入れなければ。




「あの、ごめんなさい、アーノルドさん。不審者だと思ってしまって、失礼な行いをしてしまいました」


「気にするな。そう思われても仕方ない」




 第一印象とちがって、案外、話のわかりそうな人だ。




「それで、アーノルド。キミは何用でここにいるのかね?」


「あくまでもシラを切るつもりか。お前のまわりで次々と事件が起きている。お前は何かを知っているはずだ。今日こそ、洗いざらいすべて話してもらおうか。お前は重要参考人だ。痛いようにはしない」


「……ふむ。稚拙な警官ごっこは楽しいのかな。良い歳した大人のごっこ遊びなんぞ、この目には滑稽なものにしか映らんぞ?」




 クロリアはアーノルドのことを煽る。

 話に置いていかれている。僕は二人の言い合いが始まったとき、そう思った。

 同じく話に置いていかれているヴェルがコンコンと僕の肩を軽くつついて、「私はどうすれば良いの?」みたいな顔をして僕のことを見ていた。

 あ。完全に忘れていた。ヴェルの存在のことを。

 どうすれば良いか。話を聞いている限り、僕とヴェルが介入できるような雰囲気ではなさそうだ。

 アーノルドが何か言う。それに対してクロリアがアーノルドを煽るようなことを言う。またアーノルドが何か言う。それでもクロリアはアーノルドのことを煽るか、アーノルドの話には耳を傾けずに冷ややかな応対をする。その繰り返しである。

 僕とヴェルがこの話に加わったところで、お邪魔になるだけだろう。




「ヴェル。僕らは二人と少し離れた場所で話でもしている? たぶん、暫くはこの言い合い、終わらなさそうだよ」


「そうしよっか。じゃあ、私の部屋で話してる?」


「えっ?」




 忘れてはいけない。僕はクロリアの護衛役である。クロリアの近くにはいなければならない。




「え、ええと……こ、ここで良いかな。談話室で。ほら、僕が何処に行ったのか、クロリアも探してしまうだろうし」




 適当な理由付けをする。特に不審がられることはなかったので良かった。ヴェルが残念そうな顔をしていたような気はしたが。


 こうして、僕は暫く、ヴェルと楽しく世間話をした。

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