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4.占い師と騎士

 街は華やかではあるが、それは一部分を切り取ってみたら、というお話。

 大通りは灯りやネオンが輝いていて明るいのだが、そこから抜けた路地は、薄暗く狭い。

 まるで、別世界に来たみたいな。あるいは、人間の裏表、みたいな。そんな感じ。

 歩いていると、街の姿がくっきりとしてくる。光と闇。その表現がぴったりと言っても過言ではない。この街は、二面性を持っている。




「人狼が出没するには、もってこいの場所だな」


「そうなの?」


「人通りが疎らで、だけれども人がある程度は通る。そして、薄暗いので犯行にも気づかれにくい。騒がれても、入り組んだ場所であるから、すぐに姿をくらますことができる。絶好の場所じゃないか?」




 言われて、たしかに、と思った。それは、人狼以外にも言えることではあるが。

 とにかく、この路地は暗い。闇という闇を溜め込んでしまったのではないか、というほどに。

 薄暗いので、足元が見えにくい。うっすらとは見えるのだが、地面には華やかで綺麗な表とは異なり、ゴミが散乱し、埃や煤があちらこちらで舞っている。

 僕はその光景を見て、咳き込みそうになった。見ているだけでも、喉がやられてしまいそうな光景だ。

 気をつけよう。埃や煤が気管に入りすぎないように。

 そして、ゴミが散乱しているので、それを踏んですっ転んだり、衣服を汚さないようにしたり、しなければ。そのためにも、僕たちはこの路地を慎重に進む。




「見たところ、人狼はいなさそうだけど」


「そう簡単に見つかるものではないさ。奴らはぬけぬけと姿を表して襲ってくるような輩ではない。いたとしても、タイミングを見計らって襲いに来るはずだ。ああ、それに、ここはべつに目的地ではないからな」




 と、クロリアに言われ、変に身構えてしまった自分の姿を、少し滑稽に思ってしまう。用心するのに越したことはないのだが、クロリアの口振りと自分の勝手な思い込みで、さもここが目的地なのだろうと勘違いしてしまったその不甲斐なさに悔いてしまう。

 僕は、クロリアの護衛役。クロリアを護衛する者。

 人狼というものは口達者で、嘘を自由自在に操り、人を騙す、というではないか。

 たしかに、クロリアはこの路地が目的地だとは言っていなかった。このような叙述トリック的な何かにも気づけないようでは、人狼に欺かれ、殺られてしまう。これでは頼りのない、ただ護衛役という名称だけを与えられた人、となってしまう。




「心配ないよ。キミはきっと頼りになるから」




 クロリアに僕の考えていることを見透かされる。

 僕はクロリアのその発言を聞いて、余計に、自分の中にプレッシャーというものが生じてきてしまう。

 頼りにされるということ。それは嬉しいことなのだが、それと同時に、怖さ、というものも感じてしまう。

 頼りにされているというのに、思われているほどの働きが出来なかったとしたら? 相手を失望させてしまったとしたら?

 ……そう考えてしまう。特に相手はクロリアだ。僕の大切な友達。その友達を失望させてしまったとしたら?

 ……堪えられない。もう、ダメだ、これ以上は。プレッシャーというものを感じないようにしなければ。

 相手から失望されるだとか失望されないだとか、そんな印象の話、一回何処かに投げ出してみよう。それによって、多少、気持ちがマシになるはず。

 本当に? それで、マシになるのか? それでは、ただ、逃げているだけなのではないか。

 ……やめよう。既に、思考は負の連鎖を始めている。これ以上、マイナスなことに囚われてしまうのは、まずい。自分を保つことができなくなる。




「えいっ」


「い、痛っ!?」




 突然、クロリアから額にチョップを入れられた。おかげで、思考が我を取り戻してくる。

 完全に、見透かされているのだ。僕の心情を、クロリアにバレないようにするには、どうしたら良いのだろうか。

 きっと。それは、僕が魔法使いにでもなって、心を読まれない魔法でも使わない限り、難しいのだろう。




「ごめんね。クロリア」


「ふむ。何が?」


「いや、なんでもないよ」




 なんでもなくはないけれども。




「もう少しで目的の地に着く。そうしたら、キミは存分に警戒してくれると良い」


「あ、あはは。まるで、警戒することが生き甲斐、みたいな言い方だね」


「おや、ちがうのかな?」




 クスクスと笑われる。なんか、重たい気持ちが一気にぶっ飛んでいった気がする。




「さてと。着く前に、キミに話がある」


「話?」


「ああ。重要な情報だ。キミにだけしか話せないような」




 クロリアが強調して言う。『キミにだけ』と。

 そもそも、僕の知っている限り、クロリアの周りに人がいる気配はない。僕を除いて。

 だから、『キミにだけ』という言い方に僕は引っ掛かりを覚えてしまう。

 信頼できる人物にだけ話せる。という、意味なのだろうか? でも、だとしたら、そんな言い方はしないような気がする。

 重要な情報だとクロリアは言った。それならば、僕はその情報をしっかりと聞き、思考して行動するべきだ。

 クロリアが何をしたいのか。それを他の者に知られずに、僕がサポートをする。表情が表に出やすい僕には、合っていない仕事だ。

 でも、任されたのならば、やらねばならない。絶対に。




「まあ、そんなにやつくな。私が可愛いからって」


「えっ、今、僕、にやついてた!?」


「いや、べつに? 面白そうだからちょっとからかってみただけだが?」


「あっ、そう……」


「で、重要な情報を話すわけだけれど、心の準備はできているかな?」


「やけに溜めるね」




 気を遣われているのか、将又、天然なのか。クロリアの考えていることはさっぱり読めない。

 そのミステリアスなところも、僕がクロリアに惹かれてしまった点でもあるのだが、ただ、やはり、僕はもっとクロリアの考えていることを理解して、クロリアの良き理解者になりたいと思っている。故に、クロリアの心が読めないことは、僕にとって歯痒いことでもあるのだ。

 もしかしたら、クロリアは見た目に似合わず、喜劇的なことばかり考えているユニークな者なのかもしれない。或いは、憂いと哀しみに満ちていて、ガラスのように脆い心を持った者なのかもしれない。それとも、常に優しくあり続ける聖母のような心をしていたり、その反対で、腹黒い悪魔染みたことを考えてばかりいる者だったり、するのかもしれない。

 と、想像することもある僕は、実際のクロリアの心情はどうなのか。クロリアの内面はどうなのか。なんて、最近、気になってきていた。

 僕がクロリアに誘拐されるということ。それはクロリアの内面を知る、良いチャンスなのではないだろうか。

 僕はクロリアと共に行動をすることで、クロリアのことをもっと知ろうと思う。友達のことを知ろうとすることは、変なことではないだろう?




「…………」


「? どうしたの、クロリア」




 上目遣いで見られると、困る。




「ああ、なんでもない。それより、先程の話しぶり的に、キミはどうやら人狼というものを少しは知っているようだね」


「うん。ええっと、遠回しな言い方だね?」


「人狼ゲーム。たしか、そんな名前のゲームがあるらしいが。キミはそれを熟知していると」


「うーん。熟知、とまではいかないけども。まあ、知ってはいるし、プレイしたことはあるね。ルールも把握しているよ」


「そうか。なら、話が早い」




 そう言って、クロリアは僕に背を向けた。




「私は『占い師』というやつだ。これが重要な情報だ。そして、その『占い師』である私を『騎士』のキミが守ってほしいわけだ」


「『占い師』……」




 人狼ゲームに登場する、役職というものがある。役職と言っても、役職にはいろいろあって、村人、人狼、占い師、霊媒師、騎士、狂人、等といったものがある。

『占い師』という職業は、毎夜、生存している者の中から一人を選択して、その人を占うことができ、その占った人が人狼か否かを確認することができる役職である。

 言ってしまえば、このゲームで村人が勝つためには『占い師』という役職は非常に重要なのである。

 クロリアは、僕に、その『占い師』であるということを語ってくれた。つまり、僕はクロリアの占いに従って人狼が誰なのかを知り、クロリアと協力して人狼を倒さなければならないということなのだろう。勿論、僕はクロリアの『騎士』に任命されたわけなので、クロリアのことを守りながら人狼を倒すわけだ。

 人狼ゲームにおける『騎士』という役職は、文字通り、誰かが人狼から襲われるのを守る役職である。ただし、毎夜、選択した一人しか護衛できないし、『騎士』自身が襲われてしまえば意味がない。

 でも、『騎士』という役職も充分なくらいに重要な役職である。

 僕はその人狼ゲームにおける『騎士』という役職に当たる役割に任命されてしまっているわけだ。




「キミは絶対に人狼ではない。私目線、それを知っている。キミは純粋に人間として生まれてきたのだから」


「絶対に人狼ではない。所謂、確定白……確白、ってやつだね」


「ああ。だから、キミを誘拐したんだ」




 信頼されていた。僕は、クロリアに信頼されていたから、クロリアに誘拐された? それを直接クロリアの口から聞けたのは、嬉しい。

 僕のことを誘拐しようとした理由もある程度はわかった。

 だけれども、まだ、やはり、何故僕でなければダメだったのか、という理由には弱いような気もしてくる。

 いや、単に、人間の知り合いが僕以外にいなかったから僕に頼んだというだけのことか。これが例えば僕以外にも、筋肉ムキムキ、身長が二メートル、体重百五十キロの大男がクロリアの知り合いにいたとしたのならば、話はちがってきたのだろうか。この場合であったら、僕ではなくて、筋肉ムキムキの大男が選ばれていたにちがいない。

 クロリアがその大男に頼る絵面を想像しただけで、寂しい気持ちが僕の心の中に溜まっていってしまっていた。




「……ねえ」


「うん?」


「ごめん。やっぱり、言うのやめた」


「それは気になる。教えてくれ」


「クロリア、好きだ」


「……んっ!?」


「友達として」


「……それは嬉しいね。真に受けるところだったよ。それは良いとして、ほら、見なよ。あそこが目的地さ」




 僕はクロリアの指差した方を見る。どうやら、僕たちは目的地に到着したらしい。

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