17.魔術師の正体
「さあて、困ったね。どう、人狼を炙り出していくべきだろうか」
クロリアのように冷静な口調でアダンが言う。
アダンは、人狼が怖くないのだろうか。物怖じせずに、前をしっかりと向いている。そして、人狼を見つけようという姿勢を見せている。
僕は直感で思った。アダンは白い。アダンは実に白い行動をしている。人狼を炙り出そうというその態度、人狼でもそのような振る舞いは行うのかもしれないが、行動自体は白い。黒くは……人狼には、とても見えない。
たしかに、人狼は白い行動を取り、人間の信頼を勝ち取るような行動をし、人間に気がつかれないような嘘をつき、人間を喰い殺していく。故に、白そうな行動をしていることは、逆に黒くも感じてしまうところはある。物怖じをしていないというのは、異なる視点で考えてみれば、自身が人狼であるために、まず、恐怖というものがないのではないか、という捉え方もできてしまう。
しかし、今までの発言から、アダンは人狼がどういうもので、人間がどのような行動を取るべきか、理解している可能性の高い人物だ。人狼を倒す・追放する、というのが人間の最終目的でもあるわけなのだが、それよりもまず、自分の命が大切であるのならば、生き残らなければならない。
それはつまり、どういうことなのかと言うと、その者が仮に人間であったとしても、誰かに人狼であると疑われてしまい、人間同士での殺し合いが発生してしまう懸念があるということで。誰かが誰かを人狼ではないかと疑うのであれば、当然、自分自身も誰かに人狼ではないかと疑われる可能性があって、それを回避するためには自分が人間であるという証明をする、もしくは、自分が人狼とは程遠い存在であると行動で示さなければならないのである。でなければ、人狼であると疑われてしまう可能性が高まり、人狼の襲撃とは異なるベクトルの死のリスクが高まってしまうのだ。
おそらく、アダンは人間であり、それを理解しているので、白い行動を取ろうとしている。
だが、白すぎると人狼にも狙われてしまう。人狼は嘘をつき人間の中に紛れるが、バレてしまうケースを考え、自分よりも人狼であると疑われてしまうほどの怪しい人間を用意したがる。白い人間が多い場合、人狼はすぐに疑われてしまうだろう。そのために、人狼たちは、白い人間はある程度排除し、怪しい人間を作為的に用意し、人狼自らが疑われないような展開を構築していくのだ。
故に、白すぎる人間は消されてしまう。
だからなのだろう。あのときから、アダンが単独行動で動き回り、『独り』という状態をつくろうとしていた。それは、自分自身の怪しさをあえて残しておくことで、人狼からまだ襲撃するに値しない人間であると思わせる行動である。
と、考えれば、アダンは人狼という存在からは遠い者であるという風に捉えることができる。
「ねえ。さっきからお前、結構ぼーっとしてるけどさ、もしかして、お前って、人狼?」
「……えっ、僕が!?」
からかわれているのか、将又、本気で聞いているのかわからないが、アダンはニヤッとした顔で、僕に人狼であるか否かを聞いてくる。僕はいきなりのことで、驚き、一歩後退る。
僕は今、疑われている?
疑われているのであれば、弁明をし、自分が人間であることをアピールしなければならない。
さて、僕は何処に人間である要素があっただろうか。自分の思考をよく巡らせて、自分の人間要素を提示することができるようにしなければ。
「なんてね。冗談だよ。たぶん、お前は人間だ。なんとなくだけど、否定の仕方やそのタイミングが、人間な感じがした。それに咄嗟に聞かれて『僕が』って、お前、言ったね。『僕が人狼なの!?』、ってたぶんお前は言いたかったんだろうけど、『僕が人狼なの!?』、って、人狼なら言わないよ。これ、何もわかってないヤツの発言だもん」
言われてもよくわからなかったのだが、どうやら、アダンからの信用は得られているらしい。僕はアダンから疑われていないようだ。
「お前も、誰かに訊ねるときには、一回、反応を窺ってみると良いよ。そうしたら、何か掴めてくるかもしれない」
「あ、ありがとう」
上からな物言いなのが少し引っ掛かるが、アダンに悪気はないことを理解はしているので、普通に僕はアダンに感謝をする。
そして、僕は再び抜け道を探すために、一度アダンとわかれようとし、ヴェルと一緒に、クロリアと再会する方法を模索しようとするときだった。
ビシッ、ビシッ。ゴゴゴ、ゴゴゴ。
何かが、隆起してくるような、音。その音が聞こえてすぐに、地響きのようなものが鳴り、地面が激しく揺れ始めた。
地震……? それにしては、何かおかしい感じがある。
僕は後ろを振り返ってみた。そして、ふいに僕はあることが頭に過り、後ろを思い切り殴ってみる。ガツン、という音が響き、僕の拳が赤く腫れそうになった。
これは――見えない壁だ。
先程、クロリアたちと分断された、あの壁と同様の。
僕は思わず息を呑む。
ギリギリ、僕たちと分断されずにいたアダンは何か言いたそうな目をして、僕の方に視線を向けていた。
「危険サインを決めよう。ボクは悪戯用に音の鳴る玩具と爆竹を持っている。ボクが危険なときにはたまたま持っていたこの爆竹を鳴らす。お前が危険なときにはボクのこの悪戯用の玩具を鳴らせ」
「わかった」
「ボクたち二人じゃ、おそらく人狼には勝てない。この壁はおそらく、ボクたちの命を狙うために人狼やそのお仲間が仕掛けてきたものだ。生存率を上げるために、ボクとお前は別々の方向に散る。分散させて、一方が狙われても時間を稼ぎ、もう一方が逃走して、全滅することを防ぐんだ」
「そうだね。そして、狙われなかった残りの片方が助けを呼び、情報を生存者に伝える」
「人狼は、ボクたちのすぐそばにいやがる。ワン、ツー、スリー、でお互い駆け出すぞ。行くぞ!」
と。そこで、僕は気がつく。
ヴェルがいないことに。
……ヴェル?
「行くぞ……ワン、ツー、スリー!」
アダンの合図で、僕とアダンは瞬時にお互いがお互い異なる方向に全速力で走り始める。
止まったら、死ぬ。殺される。そんな、予感がした。クロリアと分断されたときには感じなかった、生死を分ける空気を感じてしまった。これは、冗談ではない。本気だ。
ヤバい。ヤバい。息が切れても、走り続けて、逃げ続けなければならない。背後から、じわり、じわり、と恐怖が、絶望が、死が、やって来ている。
逃げろ。例え、吐瀉物をぶちまけ、醜い姿を晒してでも、立ち止まるな。振り返るな。生きることを信じ続けろ。命を摘み取りに来た侵略者は、もう、そこに、いる。すぐ、そこに。
僕はそれを想像しただけで、余計に気持ちが悪くなってしまった。走ることを止められず、心臓の鼓動も激しくなるので、非常にまずい。
恐怖が身体を支配してしまっていると、ここまで酷いものなのか。早く、その『恐怖』の対象の視界から消え、自分という存在を隠さなければ。でないと、物理的ではなく、『恐怖』という心情的な何かよくわからないそれに、僕という存在は殺されてしまう。その『恐怖』とかいう実体のない某かに。
「はぁ……はぁ……」
二分ほど走った。言葉に表せば、べつに普通のように聞こえる。だが、今、この状況下において、それはおかしなものであった。
このホテルはさほど広くはない。そもそも、現在は一階と五階にしか行けない状況であり、さらには、見えない謎の壁によってもっと行くことのできる場所が制限されてしまっている。
つまり、今、僕が移動可能なスペースは『二分ほど走ることのできる広さ』ではないことなど、明らかなのだ。
そのおかしさに気がついた僕は、走りながら辺りを見回してみた。
同じ光景。走っても、走っても、変わらない光景。無限に、同じところをぐるぐると走り回っているような感覚。
無限に、無限に、同じところを僕は今、走り回っている。
これは――魔術か。
そうとしか考えられない。いくら走っても同じ場所から動いている気配がないわけで。これが、魔術師による魔術ではないのだとしたら、何によるものなのかとまた新たに考えることが増えてしまう。
さて、走り続けても走り続けても同じ場所に居続けたままの状態、謂わば、無限ループに陥ってしまっていることは理解できたわけなのだが、問題は、この状況を僕はどう打開するべきなのだろうか。
答えは簡単。
それは、僕が魔術師を探し出し、この魔術を止めさせる。あるいは――魔術師を殺す……いや、これは最終手段だろうか。そもそも、魔術師の息の根を止めると魔術が止まるという確証はない。そのため、この方法は結局、やる意味があまりないので、やはり、魔術師を探し出して止めさせる以外の方法はないように考えられる。
「……クソッ!」
思わず、荒い言葉が僕の口から飛び出てしまった。限界が来ている。
何か、何か、この状況をどうにかできる手段はないのか。
焦り、焦って、気疲れしてしまっていた僕は、ついに立ち止まってしまい、ふと後方を見る。すると、後方には僕の探していた人物がゆっくりと歩み寄ってきていた。
「……ヴェル?」
息切れしながらも、なんとかその人物の名前を口にする。僕の発言に対して、ヴェルはニコリと笑い返した。
良かった。急にいなくなってしまったものだから、心配した。
急にいなくなってしまう、後方、見えない謎の壁、分断……五階。五階。五階……?
僕は、引っ掛かりを覚えてしまう。
アダンと別れた。それは、人狼が僕たちの近くに迫り、僕たちの命を狙おうとしている気配があったから。確か、僕の後方からは、そんな気配があったはず。
あった、はず。
「……どうしたの? アキくん」
「…………」
都合良く現れた、見えない謎の壁。都合良く、五階も行動することが可能。都合良く、僕の背後から現れた。
確か。確か、僕の背後には、人狼の気配があったはずである。人間の血肉を狙う、人狼の気配が。
その方向から、ヴェルは此方にやって来ていた。
ヴェル。きみはいったい、何者なの。
「どうして、逃げようとするの……?」
「…………」
僕が後退りをしていることに気がつかれてしまう。心臓の音が止まらない。
「……ヴェル」
都合の良い、出会い。都合良く、僕たちと共に行動をしていた。都合良く。都合良く。都合がとても良く。
本当にそれは、都合の良いものなのか……?
例えば、これらが意図的なものなのだとしたら……?
「……ヴェル。きみが――『魔術師』なんだね」




