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16.襲撃は続く

 ぐちゃぐちゃと、いろいろな感情が混ざり合う。絵の具を溶かしていくように。いろいろなものが、混じっていく。

 僕は、アントレからイシュのことについて、いろいろなことを聞いた。アントレがはみ出し者だったように、イシュもまたはみ出し者であったこと。アントレとイシュは、婚約を考えていたということ。あるとき、アントレはイシュが人狼であるのだと知ってしまったこと。イシュが、夜な夜な何処かへ消えていってしまうこと。その行動のワケが、人間を襲い、人間の血や肉を貪り喰らうことだったこと。

 重たい話や笑い話、それらを僕はアントレから聞いていた。

 アントレとイシュはお互いがお互いに依存し合い、お互いのことを求め合った結果、それが恋に発展した。

 でも、何時からか、二人の間に綻びが生じてしまう。その綻びが、お互いの心を……いや、人間であるアントレの心が、イシュから遠ざかっていってしまったのかもしれない。

 アントレは、幼いとき、屋敷の人間やまわりの人間に騙され、殺されそうになったことがあるらしい。それ以来、誰かに嘘をつかれたり偽られたりすることに強い抵抗感を覚えてしまったようだ。

 その、強い抵抗感を覚えたまま、順調にグレていってしまい、やがて、アントレはイシュと出会った。銀色の髪をした、人のフリをした獣と。

 イシュはアントレに人狼であることを隠して生きていく。自身の境遇も。今までのことも。すべて、嘘を織り交ぜて。織り交ぜて。

 その結果、アントレはイシュに対して、不信感を少しずつ高めていってしまうことになった。

 そして、先程、イシュは、恋人であるアントレの手によって、息の根を止められてしまう。アントレには、罪悪感とか後悔とか、そのようなものは感じていないようだった。ただただ、吹っ切れた。らしい。

 アントレにとっては、この出来事はつらくはないのかもしれない。……いや、アントレは人間である。だから……本当は表にそういった感情を出さないだけで、何か、いろいろなことを思っているのかもしれない。

 アントレ曰く、イシュはよく「幸せになりたい」と言っていたらしい。イシュがどのような生き方をしてきて、どのようにアントレと出会ったのか、その真相は今や、闇の中だ。僕は勿論のこと、アントレにも、わからないらしい。

 お互いがお互いのことを本当に想い合っていたのかも、定かではないと、アントレは言う。イシュの都合の良い駒として現れて、イシュに利用されていただけなのかもしれない。と、アントレは言った。

 真実はわからない。もう、わからない。イシュを、殺してしまったのだから。

 だが、一つだけ、わかることはある。

 イシュは、アントレのことを利用していたのかもしれない。だけれども、アントレの話を聞いた限り、イシュはアントレの命を狙おうとはしていなかった。

 大切な駒として見られていたから、命を狙うのが惜しかった説はある。その説も、真実がわからないのだから、考え得ることができよう。

 でも、僕はイシュがアントレの命を狙わなかったのは、やはり、イシュはちゃんとアントレのことを愛していたからなのだと考える。


 ……あれ。これは、悪いのは誰だ?


 アントレか。イシュか。誰でもないのか。全員か。

 自分の思考がおかしくなってしまう。悪いのは、人の命を平気で奪いに来る、人狼だ。そのはずだ。イシュも、このホテルで殺しを行っていた……はずだ。平気で嘘をつき、偽り、騙し、牙を向き、人間を狩る。それが、人狼であるはずだ。

 だと言うのに、僕は今、そんな化け物に、多少の同情みたいなものをしてしまっている。それは、おかしいことではないか?

 どうして、同情をしてしまっているのだろう。それが、よく理解できない。

 ……僕の目的は、クロリアと共に、人狼を討伐すること。僕の目的は、それであるはずだ。そうであったはずだ。人狼に同情心を向けてやることが目的ではない。本来の目的を履き違えてしまってはいけない。


 僕は、人狼を倒さなければならない。


 ……あれ。本当に、そうだっけ?


 いや、僕はクロリアを護衛することが目的であり、人狼を倒すことが目的だったのは、クロリアだったような気がする。考えていけば、考えていくほどに、頭が麻痺していってしまう。わからないことが、次々と増えていってしまう。

 何が本当で、何が嘘なんだっけ。わからなくなってきてしまったから、考えないと。考えて、うーんと考えていかないと。

 僕は、思考の無限ループに陥ってしまう。




「アキくん、だ、大丈夫……?」




 ヴェルが僕の顔を覗くようにして、見ていた。ヴェルの顔が、至近距離にある。慌てて、僕は後ろに飛び退いた。

 そして、気がつく。僕は、ホテルの床にうつ伏せの状態で倒れていたことに。

 何故、倒れてしまっていたのかはわからない。だが、体調が悪かったとか立ち眩みがしたからとかそのような理由で倒れてしまったわけではないことは、なんとなくわかった。




「えっと……僕はなんで、倒れていたんだろう?」


「わからないけど……急に倒れたから、心配したよ」




 ヴェルに迷惑をかけてしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。




「アキくん。見えない壁はやっぱりまだあったし、このホテルの窓から伝って外に出ようとしたけど、窓自体がぴっちりと固定されていて、ダメだった」


「なら、続行かぁ。他の抜け道をなんとか探さないと」




 人狼は死んだが、魔術師は生きている。それ故に、僕たちを逃がさんとしている魔術はまだこのホテル内にかかってしまっていた。

 魔術師は、人狼が死んでしまった今、何の目的があって、僕たちをこのホテル内に閉じ込めているのだろうか。

 人狼は、人の命を摘み取りに来る化け物である。そこから、魔術師の目的を推察するに、魔術師は人間の命を狙っているということである。

 その、人間の命を狙う理由だが、考えられることとしては幾つかある。

 一つ。人間への恨み。魔術師の生き様、境遇、そんなものは知らないが、何かが原因となって人間への恨みが増幅してしまい、このような行いをしてしまっているという説。

 二つ。愉快犯。人間の苦しむ姿や人間が殺されてしまうところを、悦に思うような人物であるが故に、人間を死に陥れるようなことをしてしまっているという説。

 三つ。人間の命を狙うことはあくまで副次的な目的で、主となる目的ではないという説。

 今、自分のない頭で考えたところ、以上の説が頭の中に浮かび上がってきたが、この三つ以外の何か想像のつかないような理由の可能性だってある。

 魔術師は人狼ではなく人間である。故に、魔術師を殺すということは殺人に値してしまうので、魔術師を捕まえて、所定のしかるべき機関に罪を裁いてもらうのが良いと僕は考えている。だが、やむを得ない場合は、殺るしかないだろう。これは、生きるか殺されるかの戦いなのだから。

 魔術師を見つけ出すためにも、もっと、情報を集めなければ。




「……うん?」




 前方を確認する。重要な人物として目をつけていた太っちょの男と、小さな男の子がそこにはいた。あれは、フラグを残ししばらく姿を見せていなかったコングリーと、あちらこちらで何やら独断で行動しているアダンだ。

 それから、あと何人かいた。人集りができている。何かあったのだろうか。




「どうされましたか?」


「あっ、アンタたちは。あそこを見てみなよ。また、人狼によって殺されてしまった人が出たみたいだ」


「えっ……?」




 僕はアダンの言葉を疑ってしまっていた。だって、人狼はイシュであり、少し前に、そのイシュをアントレが始末したわけである。なのに、直近で人狼の襲撃があった。

 ここで、僕は今までの発言や情報等を思い返してみる。

 そして、この結論に辿り着く。

 人狼は、イシュ以外にもこのホテル内にまだ潜んでいる。

 僕は、何時から人狼が単独であると勘違いしていたのだろうか。思い返してみれば、ペースの早い襲撃、イシュのみで行うには容易ではない殺人、等々、複数いることを仄めかしている要素は多分にしてあった。

 そもそも、人狼ゲームにおいては、人狼は一人に限らず、複数人がなれるように設定することができるゲームが多い。そのことについて、すっかりと忘れてしまっていた。

 人狼は何も、裸一貫で、且つ、一匹で人間の群れを襲撃しに来ることは、しない。何故なら、人間の数が多すぎてしまうと、アントレのように銃を持ち抵抗をする者や僕やクロリアのように人狼についての知識があり、発言や言動から人狼の正体を正確に暴こうとする者が複数存在する可能性があり、逆に人狼が返り討ちに遭ってしまうからである。人狼は頭を使うので、機会を窺って、人間たちに襲い掛かるか、もしくは、人狼たちもまた群れをつくり、人間たちの中に潜り込んで、襲い掛かるか、どちらかの手段を取ってくる。

 イシュが死んだ後でも襲撃が続くということは、つまり、そういうこと。奴等もまた、群れをつくり、僕たち人間を狩り尽くそうと考えているのである。




「ひ、ひぃ!? ワ、ワタシは、部屋から一歩も出ん、というのに!? こ、こんなところでひ、人が死にやがって!」


「…………?」


「ああ。あのおっさんの部屋の前で襲撃されたらしいよ。だから、もうあのおっさん部屋に籠っていたのに、パニックになって部屋から飛び出してきてしまったわけ」




 アダンが状況説明をしてくれるが、それでもまだ情報が足りないので、コングリーの部屋の前をよく見てみる。コングリーの部屋の前には、たしかに、人狼の爪によって引き裂かれてしまった死体がある。その死体をさらによく見てみることにする。


 ……うん? 何処かで、見たことがあるような……?

 いや、それは情報収集をしていたのだから、当たり前か。当たり前だ。

 当たり前であるはずなのに、『何処かで見たことがあるような』程度の印象である人物。何とも不思議な感覚だが、被害者は、それくらい、僕の記憶の中でも薄い人物であった。


 被害者は、バルトア、か。


 風貌だけは如何にも怪しい雰囲気を放ち、聞き込みも拒否され、ホテルの人からも名前しか聞けず、一番、情報のない人物。それが、バルトアである。

 しかし、如何にも怪しい風貌に人狼が化けるわけがない。故に、僕はこの人のことを人狼ではない可能性が高いと白く置き、それ以降、すっかりと記憶から抜け落ちてしまっていた人物だ。




「こんな感じだ。ボクたちが生き残るためには、そろそろ人狼を特定しなきゃいけないわけなんだけど、何か、良い方法はないかな?」


「うーん……聞き込みをしていくしかないのかな……」




 アダンの問いに対して、僕はそれだけのことしか返せなかった。

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