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14.銃声

 腐敗した臭い。まただ。また、犠牲者を出してしまった。

 人狼に襲撃されたのは、このホテルの従業員の方だった。アーノルドは念のため生存確認を行い、その人物が亡くなってしまったことを確認する。




「まずいな。そろそろ、特定して、策を打たねばならない」




 昨日の夜から現在に至るまで、まだ数人の安否がわかっていない状況だ。このホテルの一部のみ、といった限られた空間であるのに存在を確認することができないというのは、やはり、神隠しでも起きているかのように思えてしまう。

 早急に、人狼の正体を見破らなければ。

 そのために、今現在、持っている情報をまとめてみる。

 まず、僕とクロリアとアーノルドは協力関係にある。そして、クロリアの占いの能力により、アントレが人狼ではないことがわかっている。また、僕の推理的には、ヴェルも人狼ではないと考えている。

 残りは情報不足であり、人狼であるのか、人狼ではないのかを判断するには要素が足りない。白と黒の判別が難しい立ち位置の者が多数存在している。

 白か黒か、どちらであるのか定かではない者に対しては、迂闊な行動を取ることができない。

 怪しい者は全員排除する、という思考や方針もあるのだけれど、この方針を進めていくことができるのはゲームだけ。現実では、殺されたくない、殺されたくない、と誰しもが思う。命は一つしか存在しない。故に、闇雲に命を摘み取ることはできない。

 この方針を掲げて人狼を排除していくということは、例え、その者が人狼ではない無実な人間であっても問答無用で処刑を行うということ。これを行うこと、それ即ち、通常の倫理観から逸脱した行動を取るということである。簡単に言えば、サイコパスであるということ。僕は、そこまで残虐非道な人間に落ちぶれたくはない。

 ……だが、生きるためには、やむを得ず、この手段を取らざるを得ない場面は出てきてしまうだろう。それは、僕だけでなく、他の誰でもに当てはまることだ。




「人狼っていうのは、なんでこんなことをするんだろうね」


「それは……」


「人間の肉を食べるためだよ。人間だって食物を食べるし、魚や牛やネズミやヘビやカラスだって、食物を食べる。でないと、生きていけないからね。それは自然の摂理。だが、人狼という存在は、半分が人間で、半分が狼。奴等は、人間のように雑食で、人間の肉を食べなくてもべつに生きていける。だというのに、あえて、人間を襲い、残虐非道な行いをして、人間の肉を貪る。厄介な存在だ」




 僕が答えようとしたところをクロリアが僕の代わりに答えてくれる。ヴェルはそれを聞いて「そっか」と消え入るように呟き、頷いた。何処か、納得のいっていないような顔をしている。

 納得のいっていないような顔。

 全く、納得のいっていないような、顔。

 不満があるような顔。

 僕は何処か違和感を覚えてしまった。どういった違和感を覚えてしまったのかは知らないが、この違和感は、とても心がモヤモヤするような違和感だ。

 あれ。おかしい。どうしてだろう。重大なことを、見落としているような気がする。拾えていないような気がする。

 何か、知ってはいけないような情報が、あるような、気がする。あくまで、僕の直感にすぎないのだが。

 僕は、心の何処か隅に存在している靄を拭い去るために、他のことを考えてみようとするが、一向に靄が消える感じはしない。むしろ、増えてしまったような感覚がある。

 何故、逆効果になってしまう? 何故、何故、何故? これは、心が靄に支配されてしまうくらいに重要なことであるからだろうか?

 僕は、この靄の謎を明らかにしようとすることで頭がいっぱいになってしまっていた。




「お前に言われた通り、聞き込みをして情報を得ることを試みているが、さっぱりだな。身を守る手段を考えることを最優先にした方が良いと思うが、それは愚策なのか?」


「ずっと人狼がこのホテル内にいるという状況では、休むこともままならないだろう。疲弊していくばかり。身を守る手段を最優先に置くということは防戦一方になるということであって、人狼を撃滅することを先延ばしにしてしまうということ。時間が惜しいこの状況下で、時間だけ無駄に削ってしまう防戦に走るというのは良い策ではない、と考えるが」


「まあ、言われてみればそうだなと思う」




 クロリアの言っていることは間違ってはいない。

 防御はするが、攻撃はできない。これでは、結局、人狼を討伐することはできない。上手いこと、魔術師を倒すかこのホテルから抜けることができる方法を思いつくことができればまだ話は変わってくるのかもしれないが、それでもやはり、人狼をどうするのか、ということに関しては先延ばしにするだけで終わってしまう。ホテルから逃げ出したところで人狼をどうするのか、という問題は解決されない。問題が解決されないから、次の犠牲者が出てきてしまう。終着点が不透明だ。

 防戦一方では、意味がない。従って、僕たち人間は、人狼に立ち向かわなければならない。攻撃手段がない。撃退方法がわからない。そうではあるけれど、それでも、人狼を何らかの方法で倒さなければ、僕たち人間に、明日はない。それをしなければ、僕たちに待っているのは、死、のみ。

 僕はギュッ、と拳をつくってその手をもう片方の手で思い切り握り締め、痛みで自分の中にある不安を掻き消そうとした。




「えっと、アタシはどうすれば良いかな……」


「キミはそこで突っ立っていれば良いよ」


「えっ」


「簡潔に言おう。キミは邪魔だ、非常に」




 クロリアは厳しい言葉をヴェルに向ける。敵対心剥き出しだ。ヴェルのことを、敵であると睨み、ロックオンしている。

 それを受けて、ヴェルは悲しそうにエメラルド色に輝く瞳を濡らしていた。さすがに、これは言い過ぎなのではなかろうか。

 僕はクロリアの方を見た。クロリアは首をクイックイッと小さく動かし、「こっちに来い」というサインを僕に向けて送っている。何か、あったのだろうか?

 そう思って、クロリアの方に近づこうとしたとき、おかしな現象に遭遇した。




「……行けない!? そっちに行けないよ!? クロリア!?」




 見えない壁のようなものが僕とクロリアの間に出現して、僕たちを二分する。その壁を叩いたり蹴ったりして、合流を試みようとするのだが、壁はびくともしない。

 僕とヴェル。クロリアとアーノルド。僕たち四人はこのように二人ずつの固まりに分断されてしまった。

 人狼がもう僕たちのすぐ近くで命を狙いに来ているというこのときに、分断されてしまうのはまずい。一刻も早く合流しなければならない。

 どうにかしてべつのルートからクロリアたちと合流できる方法はないかと辺りを見回してみる。

 ない。ダメだ。あそこも行けそうにない。外はまず魔術師による能力によって、出ることができない。

 合流する方法が思いつかない。仕方ないが、時間を空けて、この壁が消えるのを待つしかないか?

 待ったとして、この壁が消えてくれる保証はないのに、か?

 僕は考えて、考えて、自問して、最適解を探そうとする。僕は、数学も国語も全くと言って良いほどに苦手である。故に、こういったことは、とても苦手なのだが。




「俺たちの方は行ける箇所が少ない。べつのルートを模索するのは厳しいだろう」


「うむ。そうだな」


「アタシたちはとりあえず、此処でじっとしていた方が良い?」


「…………」


「クロリア?」


「……でも、じっとしているだけじゃ、何も解決できないか。行こう、アキくん! 壁を壊す方法を探さないと!」


「えっ、う、うん……?」




 ヴェルに強引に手を取られ、僕はクロリアたちがいる方向とはちがう方向に身体が勝手に進んでいってしまう。




「……気をつけろよ、アキ」


「う、うん」




 クロリアのその言葉には、「人狼に気をつけろよ」とはまたちがった意味が込められているような感じがした。クロリアはじっと僕のことを見て、僕とヴェルがあの場から遠ざかっていくのを見ていた。




「とりあえず、窓でも何でも良いから、探そう。あわよくば、外に出られるなら外に出て、応援を呼ぼう」


「そうだね、ヴェル」




 完全にヴェルに主導権を握られてしまっている。僕はヴェルの言っていることに、ただ頷くことだけしかできない。それが、とても情けなく思ってしまう。自分が、何もできないような人間に見えてしまって仕方がない。

 クロリアの護衛役であるはずなのに、クロリアと離れてしまった。状況的には仕方がないのだろうけれど、僕はあのときクロリアとぴったりくっついていればこんなことにはならなかったかもしれない。だから、これは僕のミスだ。僕がやらかしてしまったのかもしれない。

 クロリアにはアーノルドがついている。従って、僕なんかと二人でいるよりも安全であるはずだ。だから、そこまで不安になる必要はないはずだ。

 だと言うのに、何処か不安な気持ちが僕の心の中に注がれていってしまっている。

 嫌な予感が、する。途轍もなく、嫌な予感が。




「ストーップ!」


「…………? どうしたの、ヴェル」


「ほら、前を見て」




 僕はヴェルに促されて、前方を見る。そこにはアントレとイシュの二人がいた。




「チッ、人か。間が悪ぃ」


「間が悪い?」


「……脅えるのなんざ、もう終わりにしてぇーよなぁ」


「何が言いたいんですか――」




 ……ジャキッ、という音がする。それは、何か、聞き慣れない音。

 僕はアントレが何処からか取り出したそのものを見る。

 ……散弾銃。アントレが持っているのは、武器だ。それを携えて、僕たちの前に見せびらかすようにしていた。

 何処から。何処から、そんなものを? 僕は疑問に思った。

 場を支配することのできる力。それを手に入れるためには、強力な武器を用いることで手に入れることができる。その武器を持つことで『此処にいる者の命はすべてオレの気分次第』といった状況をつくり出すことが可能だ。

 独裁。逆らえば、殺される。歯向かえば、葬られる。今、この場は、アントレによって、支配されてしまっていた。

 どうして、こんな状況になっている? クロリアの占いによれば、アントレは白……人狼ではないはずだ。なのに、目の前にいるアントレは殺気を放ち、今にもその携えた銃を撃たんとしている。

 アントレが魔術師だとでも言うのだろうか。いや、それとも、僕たちはアントレに人狼ではないのかと疑われている?

 わからない。アントレ、という存在がわからない。

 僕は、緊迫感によって、思わず、生唾をゴクリと飲んで、自分自身の死を覚悟した。




「死に晒せ、この獣め……」




 小さくそう呟き、アントレは散弾銃の引き金を引く。

 銃声がホテル中に轟いた――。

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