13.盗み聞き
僕たちは、もっと情報を得るために、周囲の状況の確認や聞き込み等を継続して行った。誰が人狼であり、誰が人間であるのかはわからない。無闇矢鱈に誰かを疑うこともできないし、処刑や追放を行うこともできない。故に、僕たちは情報を得て、正確な推理を行い、誰が人狼で誰が人間であるのかを狭めていかなければならないのだ。
僕はクロリアに誘われてこの世界にやって来ている。クロリア自身が人狼を倒したいと言い、僕のことを護衛役として買っている。そのため、クロリアは人狼ではないだろう。
一応、クロリアが人狼ではない保証もないためにクロリアが人狼であるか否かを考えてみたが、無論、クロリアが人狼であるわけがない。主を疑うのは、従者としては失格なのだろうが、クロリアはたぶん、それについては気にしないと思われる。
「皆、動揺しているようだ。まともに話せない者もいるくらいには」
「そりゃあ、人が死んでいるんだもの。動揺しない方がおかしいくらいだよ」
「お前たち、あまり詮索するな」
「ほう、何故だ?」
「得体の知れない何かを刺激するような行動をすると、その何かに命を狙われてしまうかもしれない。命は一つしかないんだ。慎重に行動しろ」
「へえ、キミは見た目に寄らず、意外と優しいな」
「それも皮肉か?」
「いいや、本心だよ。本心でキミを信じているから一つ情報を提供しよう。アントレ。あれは白……人狼ではない」
「人狼だかなんだか知らないが、つまり、アイツは人殺しではないと」
「ああ」
「何故、そう言い切れる?」
「アキには言っている。私は『占い師』だ。魔術師による魔術の効果と通常状態でも力を消費してしまう関係で、一日に一回しか能力を発動することができないが、私は指定した者を一人だけ『人狼か人狼ではないか』を知ることができる。と、言って、キミは信じてくれるかね?」
クロリアはニヤリと笑う。アーノルドのことを試しているのだろうか。
クロリアが今、アーノルドにクロリア自身の情報を話した意図はおそらくアーノルドのことを信頼しているがためのことなのだろうが、クロリアが笑んだ理由は予想がつかない。
また、アーノルドのことをからかっているとかアーノルドの反応を見て楽しんでいるとか、そんな感じなのだろうか。
クロリアの目を見る。目から、何処と無く、暗い雰囲気を感じる。何か、自分自身のことを卑下しているような、あるいは、自分自身のことを恨んでいるような、そんな風にも見えなくもない。
……負い目を感じている。ようにも、見える。何か、負の感情をクロリアから感じる。
普段と少しおかしな様子のクロリアに気づいたのか、アーノルドは何か考えるような顔をして、俯き始めた。そして、寸刻空けて、クロリアの方に再び向き直って、こう呟いた。
「……ああ、信じるさ」
と。クロリアはそれを聞いて、満足そうな顔をした。
「人狼とかいうのが悪さをしていて、俺たちはそいつをとっちめて殺人を止めさせる、ってのが目的なわけだな?」
「ああ。だが、人狼は人間に化けるのを得意とし、嘘をつくのも得意な厄介な存在だ」
「ああ、さっきあいつらがそんなことを言ってたな」
「私たちが元通りの生活に戻るためには、ヤツらの命を仕留めなければならない。是非、協力してほしい」
「勿論だ」
アーノルドは首を縦にして、強く言った。
人狼を倒す上で、味方が増えることは良いことだ。それに、僕たちには人狼を倒す手段がわからないでいた。だが、アーノルドは警官である。体術もできるし、拳銃も持っている。僕たちより、人狼を倒すことができる可能性は高い。
その、人狼を倒すことのできる可能性が高い人物が味方に加わるということは、心強いことこの上ない。
最初から、思っていた。僕では、クロリアの護衛役など、務まらない。僕では、人狼に対抗できる力がない。
不安、だったのだ。僕一人でクロリアのことを護衛することが。僕だけで、クロリアのことを守ることができるのだろうか、なんて、ずっと思っていた。
だから、良かった。アーノルドが、クロリアの味方に加わってくれて。
そのとき、僕の心に何処かモヤモヤとしたものが纏わりついてきて僕の心を締めつけていった。
何故、僕はモヤモヤとした気持ちになっているのだろうか。この心は、よく理解できない。
「俺たちは固まって動いていた方が良いか?」
「いや、アーノルドは単独で情報を収集してほしい。固まっていたら、逆に人狼側に怪しまれる可能性がある」
「了解した」
アーノルドはそれだけ言って、去っていった。また、僕とクロリアの二人になる。
「さて。そこで盗み聞きしていたのは誰かな?」
「……ッ!?」
盗み聞き? それは、どういうことだろう?
僕は、クロリアの発言によって、辺りを見回し始めた。先程まで、気配を感じなかったのだが、今は、誰かがいるような気配がある。
何者だ。何の意図があって、盗み聞きをしていたのだろう。
僕たちの宿泊している部屋とか、個室とかで話すべきだった。迂闊だった。不用心だった。
盗み聞きをしていた者が、人狼なのかもしれないのに。
僕の身体に突如として緊張が走る。
怖い。怖い。僕が、クロリアのことを守らなくては。僕は、クロリアのことを守らなくてはならないのだ。
初めの覚悟は何処に行ってしまったことやら。身体の底から、恐怖がわき上がってくる。震えが止まらない。
竦むな。怯むな。気を正常に保て。僕は、僕自身のプライドとクロリアのために、クロリアを命と引き替えにしてでも守る。ブレるな。覚悟をしただろう。僕は、僕のことを認めてくれた、僕のことを大切に思ってくれている、その人物を守る。守りたい。守ってみせる。
そのために、僕は此処にいる。
「来るなら来い……!」
「ど、どうしたの……?」
ん?
僕は、盗み聞きをしていた者の正体を見る。見慣れた金色の髪。何処か、ガサツな感じの服装。
そこにいたのは、僕もクロリアも知っている人物であった。
「あれ、ヴェル……?」
「ご、ごめんごめん、驚かせたくて隠れていたんだけどさ」
「ほう?」
「さっきの話、盗み聞きした?」
「どういった話ー?」
どうやら、聞かれてはいないらしい。僕的には、ヴェルもそこまで怪しい人物とは思っていなかったので、ヴェルと情報を共有しても良いとは何度も思ってはいるが、念のため。念のため、クロリアから指示があるまでは秘密にしておこう。
身近な者が実は人狼だった、なんてケースもなくはないのだろうから。
とは言っても、僕は実は、ヴェルの白要素……所謂、人間である要素を拾うことができている。
ヴェルが今、嘘をついているとしたら、僕たちの話を盗み聞きしているわけである。僕は兎も角、クロリアはヴェルのことを未だ、疑っている。
既出の情報であるが、人狼は人間に化けることを得意とし、嘘をつくことも得意である。この情報を今、ヴェルが人狼であると仮定した上でヴェルのムーブと照らし合わせると、ヴェルは人狼であるのに人狼である特徴に合致しないことになる。
人狼というものは、怪しまれる行動をすることを嫌う。これは、人狼ゲームで学んだ経験則だ。故に、クロリアには未だに怪しまれていて、ヴェル自身もそれを理解しているはずだろうに、さらに怪しまれるような行動をしていたヴェルという人物は、逆に白い。人間であるのではないかと考えられるのだ。
従って、僕はヴェルのことをやはり疑うような目で見ることはしない。ヴェルはおそらく人間だ。
僕はヴェルの目を真っ直ぐに見つめた。
「な、何ぃ? そんなにジロジロ見んといてー」
「あっ、ごめん。本当になんでもないよ」
「?」
明らかに不審すぎる。僕は嘘をつくことがなんと下手なことだろう。嘘をついたとき、僕は表情や声色、行動、言動等に、顕著にちがいが表れてしまう。
ちがいが表れてしまう。そう。僕が良い例である。いくら、人狼が嘘をつくのが上手であっても、僅かな表情・声色・行動・言動のちがいがあるはずだ。
しかし、それを知るためには、その者の普段の様子を知っていなければならない。それがネックである。
人狼の嘘を見破らなければならない場面が出てくるはずだ。そのために、僕は知らなくてはならない。まだ、知り得ていない情報を。
「ツンツン。おーい?」
「あれ、ごめん。もしかして、僕、またぼうっとしていた?」
「うん! バッチリ!」
「騒々しい女だな」
クロリアが鬱陶しそうな声をヴェルに向け、ヴェルのことを手で払って「あっちへ行け」と言いたそうにしていた。しかし、それは逆効果で、ヴェルは余計にクロリアのことを好いてしまっているようであった。その証拠に、ヴェルはクロリアの頭を撫で回しているのだから。
クロリアは、さらに不機嫌そうな顔をしてしまった。クロリアとヴェルの間で大きなすれ違いが起きていることは、ヴェルには言わないでおこうと思う。飼っているペットに愛情を注いでいるかのように、クロリアのことを撫で回したり抱いたり頬を擦りつけたりしているくらいなのだから。
「アキ。この女を置き去りにして、部屋に戻ろう。ええい、鬱陶しい」
「ひどーい」
「全然酷くないが」
クロリアはヴェルの足を踏んでから、スタスタと行ってしまうので、慌てて僕もクロリアのことを追う。ヴェルには一応、あとで僕が謝っておくことにしよう。ヴェルはクロリアに踏みつけられたのが痛かったのか、身悶えていたし。
などと思って、ふと横を見たら、置き去りにされてしまったはずのヴェルがそこにいた。意地でも逃がさん、みたいな顔をして、僕たちが何処かへ行こうとすることを阻もうとしている。
「邪魔だ。退け」
「やだ! アタシだけ仲間外れにしないで!」
僕はクロリアとヴェルが揉めている光景を見て、何故だか和やかな気持ちになっていた。本当に、何故だろう。僕は意外にも、『ドS』な性質なのだろうか。いや、自分で思うのもアレなのだが、僕は何を考えているのだろう。本当に。
僕が『ドS』だとか『ドM』だとか、そんな話はどうでも良くて、これでは情報収集どころの話ではなくなってきてしまうから、一旦、ヴェルの方をクロリアから引き剥がそう。良し。
と考えて、僕はヴェルの肩をトントンと叩こうとしたのと同時に、何処からか聞こえる悲鳴がホテル内に響いた。
人狼は、僕たちのすぐ近くに、潜んでいる――。