第二話~気弱な私と気丈なあたし~
……つ、ついにこの日が来ました。
つ、ついに言うんです。行っちゃいますよ、言っちゃいますよ!?
(はあ……覚悟はいいから、とっとと言いなさいよ、行きなさいよ)
頭の中で、声が響きます。
ええと、私の名前は迫水 渚です。
で、こっちの頭の中で響く声は、私の……ええと、なんでしたっけ、ええと……確か……
(イマジナリーフレンド、『想像上の友達』って意味よ。でも、人間は頭の中に友達がいたらいけない、ってわけじゃないんだから気にすることないわよ)
そうそう、イマジナリーフレンド、でした。
で、そんな私のイマジナリーフレンドさんの名前は、迫水 疾風。私が凪なら、はやては疾風。何物にもとらわれず、進むのです!
(進むのはあんたよ、渚。私はただの友達。友達はあんたが今からすることを肩代わりなんてできない。そんなの、わかってるでしょ?)
はい、わかってます、わかってますけど……
代わってくれないかなあ……?
(嫌よ。なんで今、この状況であんたと代わらなきゃいけないのよ。わけわかんない)
うう……言いすぎです……
でも、ここまで言ってくれる友達なんて、頭の外にはいないんですよね……
私は、クラスの人気者です。
弱気だけど、ちゃんと発言したりは、できるんです。
でも、自分の意思は、言えない。
ただ同調したり、そうだよね、とか言ったり、『……もだよね』とか言ったりして、合わせているだけです。
私の本当の友達は、今のところ疾風しかいません。
でも、いつか本当の友達を、疾風以外にも作るんです!
(そうそうその意気。いやあ、長い間友達やってきたけど、あんたかなり強くなったわね。……今なら、あいつにだってなんでも言えるわよ?)
はい、きっとそうです!
だって、私は、学校一と言われている不良で同級生の風水陽さんを学校の屋上に呼び出せたんです!
今なら、なんだってできます!
(がんばれ、応援してるわよ渚)
はい!頑張ります!
そして、今私は呼びだした時間に呼び出した場所、つまり屋上へと来ています。待っているだけなんです。お昼休みの鐘が鳴ったのと同時に、ここにご飯も食べずにやってきました。
でも、もうお昼休みはあと五分しかありません。
……来ないの、かな……?
と、私が思った時でした。
「……んだよ、迫水」
鋭い目つきで私をにらみながら、件の彼がやってきました。
「あ、あの!おお手紙、読んでいただけたでしょうか!」
「ああ、読んだよ。……で、用事があんだってな、風水陽に」
「はい!」
風水さんは、ピンク色の私の手紙をひらひらさせながら、ぶっきらぼうに言います。
(頑張れ、頑張れ!)
疾風も、応援してくれてるんだ、頑張らなきゃ!
「わ、わた、あ、あの!わ、私、あ、あなたの、あなたのことが、……す、すすすすすす……
好きです!付き合ってください!」
あああああああああああああああああ!ついに言っちゃった!言っちゃった!
(おお~~!パチパチ!すごいすごい!あとは返事だけね!)
はい!あとは返事だけです!
「……あ、……お、おう……そ、そうか。……うん、じゃ、じゃあ、しばらく考えさえてくれるか?」
「はいどうぞ!」
(ばか!)
え?
「おお、悪いな。急だったもんで、少しビビっちまってな。……まあ、一週間後、またここに来てくれよ。返事するから」
そう言って、風水さんは屋上から降りて行きました。
……はふう、成功です……!
(もう!全然予定と違うじゃない!)
「違うって……そんなことないです!」
(声!)
あ……声、出ちゃいました。
ごめんなさい……
(私に謝ってどうすんの。ほら、さっさと携帯電話出す!)
言われるまま、私は携帯電話を取り出します。
「……もしもし、疾風ですか?」
(ええ、そうよ。あなたは渚?)
「ええ、渚です」
こうしておけば、もし誰かに独り言を聞かれても、電話をしているものだと思ってくれます。
「…………あ、眠く、なってきました」
「そう?じゃ、眠りましょうか」
それと、最近どうも電話を、それも疾風とおしゃべりをするととても眠くなります。
次に目が覚めるのが必ず自分ちのベッドの上なので安心と言えば安心なんですが……
「おやすみ、渚」
私は眠りました。
「……おやすみ、渚」
あたしは携帯電話を介して渚の体を乗っ取ると、立ち上がる。
久々に行動するからか、少し体の動きが鈍い。……いや、これは体の方がなまってるからだ。
渚、さんざ運動しておけと言っておいたのに、さぼったな。
まあ、これはもともと渚のなんだから、私がどうこう言えた義理じゃないが。
「……それにしても」
失敗した。
渚には説明する前に代わってしまったが、今回は失敗の部類に入るだろう。
普通、高校男子なんて恋人や彼女に飢えているわけなので、告白した勢いでなら、付き合ってもらえる可能性はあった。
しかし、一週間も時間を与えて大丈夫だろうか?『友達から始めさせてください』なんて言われたら……いや、それでもまだいい方か。だまされて何かされる、ということの方が危険性は高い。
あたしはあんな貧弱そうなクソ不良、好きでも何でもないんだが、まあ、あたしの友達が好きになってしまったんだ、少しぐらいなら手伝う。
あたしの唯一の友達、渚。
渚は人気者だ。けれど、あたしはそうじゃない。
あたしは代わってもらっているときはちゃんと渚を演じてる。もしあたしが勝手なことをしたせいで友達を失ったら大変だ。
……でも、あたしだって、いくら渚が創り出した人間だとはいえ、れっきとした人格なんだ。
友達の一人ぐらい、ほしい。
そりゃ、渚は友達だ。でも、渚みたいに外の友達もほしい。
……無理か。
無理ね。
そう結論付けると、あたしは自分の教室に戻っていった。
さあ、演劇の時間だ。