前日譚
「えっ……!そんなことって……」
「残念だが真実だ。すまなかった、フィオーレ。お前に今まで好きな事をさせてやれなくて」
「いいえ、お父様。そんなことはありませんわ。その代わりと言ってはなんですけれど、私はこの残された時間で自由に暮らしたいのです。どうか、お許し下さい」
「……あぁ、そうだな。これまでお前を自由にしなかったのはこの私だ。幾許か金貨を渡そう。そうすれば有り余るくらいは生活出来るだろう」
そう言うとお父様は執事に呼びかけて袋1つに10枚の金貨と50枚の銀貨を入れて渡してくれた。いつぞやか望んだ庶民の暮らしを最期の時に叶えることができるという喜びに心躍らせながら受け取り、私は部屋を出る。
「ありがとうございます。お父様。それでは、私は明日にでも出立致しますわ」
その言葉にそっと頷き、見送る。私は二階にある自室へ戻るとすぐさまメイドから貰ったボロボロのトランクに給仕服、貰った古着、下着類を詰め込むと、今は亡き母がプレゼントをしてくれたヨレヨレのバッグに先程のお金と安そうに見える櫛、髪留めを入れる。勿論、誰も読むことのない冒険記を書くためのペンとノートも。
部屋に残ったドレスや宝石類は明日私がたった後に好きにしていいと言ってあるから問題は無いだろう。大切なドレスや宝石はお父様に預けて、ペンダントは身につける。たったそれだけで私の最期の旅支度は終わってしまった。
幼い頃からの夢だった私の旅は明日に迫っている。もう面倒な婚約者探しも、貴族の矜持もそこら辺の溝に捨てて明日からの一週間は自由なんだ。
そう思うだけで私はとても楽しみで、不安で、ドキドキが止まらなかった。
「あぁ、もう数時間で私の不自由な令嬢暮らしは終わるのね。辛いことや苦しいことかあるだろうけど、きっと私の一生の思い出になるわ」
そうしてベッドに横たわりゆっくりと身体を休める。もうお風呂に入る必要だってほとんど無い分楽で、明日の服だけをベッドサイドのテーブルに置いてゆっくり眠るだけだ。私はきちんと確認を済ませてふかふかで包み込まれるような柔らかいベッドに飛び込むとそのまま意識を沈め、ゆっくりと眠りの底についた。
“空に大きな星が見えた日から、この世界があと約一週間で終わりを迎える。”それが、王国所属の魔術協会が研究の結果出した結論だった。空から降った星がこの世界に衝突する事で小さな世界は完全に壊される。
あまりのスケールの大きさに皆、笑い飛ばすことしか出来ずにいた。しかし、直ぐに正気に戻ると王国に住む民にお達しとして世界の終わりが近いことを告げると民たちは自由に生きることを決めた。
ある者は性に自由になり、またある者は食に自由になり、またある者は愛を求めて彷徨う旅に出る。混乱巻き起こる王国で、いつも通り過ごす者もいるし、自ら命を断つ者もいた。
そんな中でフィオーレは貴族令嬢という肩書きを捨てて危険な自由を求める旅に出るのだ。『まだ長かった筈の生の、ほんの少しだけしか生きることができないなら多くの者を見たい』そんな己の欲望のために。
また一日が終わる。世界の終わりまでのカウントダウンが減った。
この時期限定で書く本当に短い連載小説です。
宜しければ最後までお付き合い願います。
また、年齢制限に関しては一応という事でのゾーニングです。
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