ほかでやってくれ
大学生の就職活動は、表面の辛さと裏面の辛さがあると思う。
表面の例で挙げると、単純に面接やES等で落とされたり授業との両立だったり交通費の増加だったり。正面から精神、体力、金銭を削ってくる。対し、裏面の辛さとは不本意さにあるのだろう。大学生活の話を変に盛ったり、グループディスカッションで妙に明るく振る舞ったり、そして単なる説明会なのに張り切って質問してみたり。それはつまり、少しでも熱意がありますよと伝えるための涙ぐましい我々の努力なのだ。
ただ今回のこの説明会に関しては、変に手を挙げて質問したりしなくてよかったなと思う。本当に、嘘でも冗談でもなくこの説明会は時間の無駄だった。
遡ること十二分ほど前。
「と、いうわけでこういう形の仕事をウチはやってますよ〜という説明でした。で、選考に関しては—」
中年の小柄な男は、大勢の大学生の前で気さくそうに、そして楽しそうに会社の説明をしてくれた。また、スクリーンの文字に工夫したり色んなたとえ話を交えてくれた。しかしその努力も虚しく、それをあまり深く理解できなかった。そもそも会社に勤めて仕事をした事がない我々にとって様々な事業の説明をされても実際の仕事のイメージが湧いてこない。まぁ確かに、建設業なら『建物を建てる』小売業なら『モノを仕入れて売る』金融業なら『利息、手数料で稼ぐ』みたいな表面的な意味合いなら理解できるのだが、如何せん『建物を建てる』、『モノを仕入れて売る』、『利息、手数料で稼ぐ』過程の中で何をするのかは今の段階で全く想像がつかない。なんというか、何処に行って誰に会ってどんな会話が為されるのか、そういう具体的なイメージ。
さらに総合商社だったりデベロッパーだと、タチが悪い。『〇〇扱う』の空欄に当てはまるものを日常生活で知ることがないのだ。つまりは身近ではない。このような会社の説明会はどこか抽象的な話、ぼんやりとした説明しかしてもらえない。今回も、この法則に当てはまる内容となっていた。
「じゃあ、残り十分になったから、今から先輩社員に色々質問していこ。竹内くん、よろしく!」
「はーい、紹介に預かりました竹内です。あ、軽く自己紹介しとくと、神奈川支店の営業部五年目です」
気さくな男の次は、軽妙な男が現れた。
「竹内さんがね、何でも答えてくれるから。なんでも質問して! 今まで告白して振られた女性の数とかでもいいよ!」
「ちょ、しんペーさん! やめてくださいよ、そういうの〜、もー」
多くの学生が、苦笑いしていた。
「ごめんごめん、えっと、本当に何でもいいから質問してね」
しんぺーさんは仕切り直していた。
「はい、じゃあそこの君」
後方の学生のもとに、アシスタント的な人がマイクを運んでいった。
——今の主な仕事内容を、教えてください——
「はいはい、そうよね、そういうの気になるよね。まーウチはなー、色々自由にやらしてもらえるからね、うん。ほんとこんな若い社員で、一人任してやってくれる会社なんてないからね。自由に色々やらしてもらってるかな。ですよね、しんぺーさん」
「そうね、若い人にも経験積んでもらっていきたいってのが方針だから、若いうちに色々やってもらってるかな。…こんなもんでいいかな?」
一人目の質問を皮切りに、幾つかの質問が連続していった。
——一年目はどんな仕事をしていましたか?——
「うーん、なるほど。一年目は、もう基本的に先輩についていって、先輩のフォローだったなー。時々一人で動くのもあったけど、結局先輩に電話で色々聞きながらだったし。先輩のフォローが基本だな」
「そうなの!? え、誰だっけタケのOJT?」
「ミヤさんです」
「ミヤかよ〜。いやフォローばっかさせんなよって言ってたのにさ〜。…こんなもんでいいかな?」
——内定の決め手は何になりますか?——
「お、いい質問だね。それはね、結構聞かれるけど答え決まってんのよ。もう人よ、人。結局どういう人と働くかじゃない? 仕事の内容よりもさ」
「大事だよね〜」
「そうですねー、しかもこの人、まだ大学生だった俺に子供の躾の相談とかしてきたしね。いや俺に聞くなっての!」
「いやいや、だってお前も親の子供なわけじゃん! そらそっち目線も参考にしたいのよって話!」
「…こんなもんでいいかな?」
——他にどんな会社を受けていましたか?——
「あーうんうん、いいねそういうの。やっぱね、色んな会社を見た上で就職先は選んだ方が良いと思うしね」
「そうね、やっぱ一人の女性だけを一途に想い続けるのも悪くないけど、色んな人と遊んで、その上で一人の女性と一緒になった方が良いとも思うしね。うん」
「…こんなもんでいいかな?」
——入社後に感じたギャップはありますか?——
「あー、ギャップねぇ。…てゆーか、みんな真面目かよ! ちゃんとした質問しかしないじゃん! いやほんとね、肩が凝っちゃうよ。もっと頭空っぽで答えられるやつちょうだい! …こんなもんでいいかな?」
——最終的にこの会社を選んだ理由を教えてください——
「お、その質問待ってたよ。それはね、結構聞かれるけど答え決まってんのよ。もう人よ、人。結局どういう人と働くかじゃない? 仕事の内容よりもさ」
「大事だよね〜」
「そうですねー、しかもこの人、まだ大学生だった俺に結婚記念日のプレゼントの相談とかしてきたしね。いや俺に聞くなっての!」
「いやいや、だってお前あの時も彼女いたじゃん! そらそっち意見も参考にしたいのよって話!」
「…こんなもんでいいかな?」
——なぜこの会社への入社を決めたのでしょうか?——
「お、良いじゃん良い質問だよそれ! それはね、結構聞かれるけど答え決まってんのよ。もう人よ、人。結局どういう人と働くかじゃない? 仕事の内容よりもさ」
「大事だよね〜」
「そうですねー、しかもこの人、まだ大学生だった俺にナンパのテクニックの相談とかしてきたしね。いや俺に聞くなっての!」
「いやいや、だってお前結構そういう遊びしてそうだったじゃん! そらそっちワザも参考にしたいのよって話!」
「…こんなもんでいいかな?」
この後も質問コーナーの時間は続いていたのだが、私は席を立って後方の扉から席を立ち、トイレに向かった。腹は別に痛くなかったのだが、吐き気を催したからだ。