第〇〇六九話 オートマトンの血液製造システム
ラーゴの元にクラサビが戻ってきたのは、ユスカリオが軍で朝食配膳の仕事を終わらせ、冷血獣の朝食を運び終えた後だった。
中庭の出入りを監視する宿直の衛士も、そろそろ朝食を済ませた者と交代する時間だ。だれもがそわそわしており、小屋の近くには人が少ない。
(─ しかし、いつの間にこんな話になってしまったんだ?)
ラーゴは自分の将来が、たった一日でとんでもなく危ない状態に至っている現実に当惑する。
自分はつい二日前、生まれてまもない変わったトカゲということで、次期女王らしきお姫様にかわいがられるペットとなったばかりだ。その人のためにと、魔族の身ながらいろいろと手を広げるうち、慌て者の誤解が元で『憂慮すべき事態』が転がり込んできてしまった。
とはいえ、これも自分が魔族である事実を隠し、安定した幸せを手に入れるのには必要なこと。力の尽きかけた魔族の復活戦を、先に延ばすくらいはしなければならない。そのうち自分に感化され、自堕落な安定生活が望まれるようになってくれることを期待しよう。
幸い自分には、何でも見通せる千里眼と、相続者の知識による魔法の道具を操る力、くわえて結界を張るのに十分な魔力があるのだ。しかも、少し間抜けな吸血鬼の助手と、その二十二人の仲間たち。さらには外回りをしてくれる、代理のホムンクルス ── ラゴンまで手に入れた。実はお金もあり、魔法使いや、聖霊たちの味方もいる。
個々がどの程度の実力かはわからないが、慣れればうまく活用できるだろう。ただそこには、魔族の仕業である痕跡を残してはいけないという足かせがある。ただし大っぴらにはなってないとはいえ、街の治安を乱す暴力組織と一戦交えてしまった。いささか余計なことに首を突っ込んだきらいがあるかも知れないが、彼女らの能力でもみ消せたと信じている。
さてミツと逃亡したラゴンだが、とりあえず街中に身を隠すところは確保したようだ。しかしそのうち、仲間全員の二十数名と、ラゴンをゆっくり暮らさせる居場所がほしいものではある。だがそれには、王都内での確たる身分が必要というのが悩みの種といえた。
「あ、ところでクラサビ、すごいこと発見したんだよ」
「え? なあに、主様。すごいことって?」
戻ってきたばかりのクラサビを捕まえ、ラーゴはオートマトンのシステムにおける新たな発見を告げた。
クラサビの働きにより、ラゴンの肺に魔力たっぷりの血液を溜め込んだので、システムに備わった予備の血液補充回路が動作している。これによってしばらく外からの血液補充は必要なく、継続的に動作可能だとわかったのだ。
ただオートマトンの作る血液と比べて、ラーゴのそれは性能が良すぎた。このままではいつか肺から溢れ、口の中へつながった血管を通して吐血する恐れもある。その対策として余剰血液は、排尿システムで外へ出せるよう、修正したことも付け加えておいた。
クラサビは、どうもわからない話らしかったが感心してくれたようだ。そもそも呪文記述は魔族の能力と思い込んでいたため、クラサビも解るだろうかとまくしたててしまった。だがそれはやはり相続者の智慧によるものらしく、予備知識なしには難しすぎたかも知れない。
クラサビが自分を人形使いなのかと問うが、その道では魔法述師と呼ぶらしいと教えておき、状況説明にくわえて次の指示を出す。
「実は、あと一時間くらいで、殿下がボクを連れて王城の外へ出かけるらしい。そのとき、クラサビはボクの耳の中で、もし何か親衛隊のみんなから連絡があったら聞かせてほしいんだ」
殿下というのは、表面上ペットを装いながら、隷べとして飼い慣らしつつあるこの国の次期王だと説明すると、感嘆の声があがる。
「 ── 面接でも驚いたけど、えと、え ──、さすが主様ね」
変な反応だ。どこに驚いたのか意味不明なので、念のため心を覗いてみた。
{魔族としての能力は三流だけど、次期王をすでに取り込んでいる知略は、ロノウエさまに匹敵するかもね。さすがに魔王の後継者、凄いわ}
『よっしゃあ!』と、ガッツポーズをとりたいくらいの高評価だ。低い魔族としての能力評価は、結界を除いて反論できないので甘んじて認めよう。ちなみに外出は、今朝食事を持って来たクリムが、漏らして行った情報だ。確認したところ、ミリンが忙しそうに準備をしている。昨日、どこかで話に出た、ミリンパパ ── レオルド卿の王都邸宅を訪ねて、もうすぐ生まれる両足蛇の卵と対面させたいらしい。
実は、嫁入りの決まった娘を連れて、明日にも自領へ帰るはずのハーンナン公爵の王都邸宅を訪問。自分付きだったメイドに婚約祝いを届けたいというほうが主要件である。
だが自分付きのメイド筆頭だっただけで、主人が使用人の屋敷に出向くのはいろいろと問題らしい。
そこでラーゴがらみを口実に、ミリンの趣味のわがままついでという話となっていた。ただし、王位継承首位の殿下が場外に出る準備には、お忍びでもかなり時間がかかりそうだ。
リムルが同行者の人選を、ああでもないこうでもないと、周りの者ともめているのも見えた。もちろんミリンは再三、『大げさにしないで』といった意味の声をかける。ただ王都の中とはいえ、治安の悪化が著しい昨今、何か起こったらリムル一人の責で済まない話であろう。
しかし街が厳戒下でもなく真王が外出しない以上、王を守る近衛隊が動くわけにもいかず、衛士では物足りない。そこで余裕のある教会軍から、精鋭を抜き出す準備が行なわれるため、まだまだ時間はかかりそうだ。
「わかったわ。エリートさまたちからも、連絡があるかも知れないしね」
「それとボクは起こされない限り、ラゴンの様子を見るために寝た振りしてると思っていて。ところで、クラサビにお願いがあるんだ」
ラーゴは、親衛隊に選ばれた仲間たち一人一人の得意分野を、クラサビに教えて欲しいと依頼する。一部面接のときにも聞かせてもらった者もいるが、クラサビは嬉しそうに引き受けた。
「といっても、ミツのことはわからないから、本人に尋ねてね。きっとなんでも得意だと思うけど」
(─ まあ、そうだね。彼女には得意なことより、不得意な部分を聞いたほうがいいかも知れない)




