第〇〇三一話 神の目と無尽蔵な魔力
ペスペクティーバの見る限り、ラーゴにはこの能力でできる大技を、ふんだんに使っても余りある魔力が、備わっていると見えたらしい。ラーゴにはまだわからないが、ほとんどエネルギーを消費しない透視、遠隔視とは一線を画すという。今聞いたような多彩な技を使いこなすためには、かなりのエネルギーが必要になるようだ。
自分の魔力は他と比較した試しがないので、今度別の人間を見たときにはいろいろと観察したい。いずれにせよ、ここはとりあえずペスペクティーバの魔力を見通すことにした。
〔ペスペクティーバ 魔法使い 魔力×〇・〇〇‥‥〕
と見える。少なすぎて、表示できないといったところか。
(─ 使えない。人間基準の絶対魔力というものを表示してくれるよう、呪文で工夫する必要があるかも ──)
「ペスペクティーバさんの魔力は、どれくらいなのですか?」
聞いたほうが早かった。だが、聞けない場合も多い。絶対魔力の看破については早急に対応する必要がある。
「そもそも魔力の大きさなどと言うのは、その脈内に溜められる限界 ── 対人間比魔力保持容積とともに相対的なもの。よって身共からあなたさまが保持されている魔力も、計り知れないほど大きいとしかわかりません。ちなみに人間が蓄える魔力は比較的均一であり、我々に比べればかなり小さいものであります」
「我々 ── ?」
自分の魔力保持量の定量は、聖霊が感じたものらしく、どうも『我々』にはラーゴも入っているようだ。
「魔力保持量は、それとの対比で表現するのが一般的になっており、その限界が魔力保持限界とも言われる所以。身共は、ヒトの大人を一として、ざっと二十五倍くらいの対人間比魔力保持容積を備えるはずです」
対人間比魔力保持容積がヒト、つまり人間のそれを越えなければ、体外にその力を影響をさせることはできないとされているらしい。
「もしかしたら、そのどちらかって、エムピーとかエイチピーとかよばれています?」
いつものラーゴに突然ひらめく既成知識だったが、どうやらペスペクティーバや聖霊の知りうる言葉にはないらしい。ちなみにラーゴの認識でエムピーは魔力、エイチピーは生命力とでも言ったらよいだろうか。既成知識の中に保持容量の限界というものの名前はない。ところが、ペスペクティーバによるとそのほうが重要なファクターであり、それこそ個体の潜在能力を決定づけることになるようだ。
「単に魔力保持限界とも申しますが。ですから ──」 そう言いながらペスペクティーバは、持っていた杖をラーゴのしっぽのあたりに向けると、何の断りもなしにいきなり呪文をとなえた。「スポット ライトニング!」
瞬間、杖の先から巨大な電流が流れ、ラーゴのしっぽをかすめる。しっぽは、ほの温かい感じだけで済んだが、かなりのエネルギーの流れを感じた。さながら、稲光といった感じである。
「ぎゃ! な、なにをするんですか!」
聖霊たちも光と音に反応し、ギャーギャーとわめきたてた。しかし、ペスペクティーバが手で静かにするよう指示すると、すぐに落ち着く。
「失礼いたしました。どうぞお許しを。この程度の魔法では、あなたさまの結界に、蚊の刺すほどの力も与えられないのを、知ってのことでございますので。なにとぞご容赦を」
「は、はあ、たしかに‥‥」
当たってはなかったようだし、まあ問題ないか。 ── と思ってみると、しっぽがあった地面に直径十センチほどの穴が開き、土が真っ黒に焦げた跡。そして中でまだ、煙を出してくすぶっていた。
「ご覧ください。スポットライトニングは熱エネルギーこそほとんどありませんが、この杖で出せる最高域の攻撃魔法。その効果は三メートル超のモンスター三匹を貫いて、まだ大木を倒すほどのエネルギー集中です。それでも、あなたさまの結界には、傷一つつけられません」
「い、いや。でも、当たってなかったですよね?」
「何を言われますか、十里眼持ちの身共が、標的を寸分も外すわけはございません」
(─ え、当たってたの? 命中?)
ペスペクティーバの本気度に、ドン引きのラーゴをさておき、空気を読まない魔法使いは先へと進める。
「あなたさまの結界には、簡易な今の状態でも、その程度の魔法やいかなる物理攻撃も役に立たないでしょう。一時的にでもあなたさまの力を封じるならば、身共の知るところでは現世最高の魔法使いであった、彼をしても難しい。 ── というのは想像に難くありません」
(─ 魔族の結界の力ってすごいんだな、やっぱり)
「ですから、せめてアレサンドロさまの診断にお力をお貸しください。身共の力では、ほとんど何もわからないのでございます」
最初ひれ伏した相手にいきなり電撃攻撃を仕掛けておきながら、いけしゃあしゃあと頼みごとをする神経が理解できないラーゴ。
だが、アレサンドロといえばラーゴの飼い主、ミリンの兄のはずであり、その容体についてはたいそう悲しんでいた。
マーガレッタの言葉の端から推察するに、ミリンへラーゴをあてがった経緯も、もとはと言えばアレサンドロの意識不明だ。兄の悲報で失意の底にあるミリンを、立ち直らせようという意図に基づいたものだった、と理解している。
そんな事件がなければ、この玉の輿はあり得なかったといってもよい。ここは、一宿一飯以上の恩義にこたえるため、一肌脱がざるを得ないと心に決める。
「わかりました。他にボクに、できる仕事はありそうですか?」
「もちろんあなたさまの魔力を持ってすれば、いろいろなことが考えられましょう。とはいえいままでご説明したような現状を、まったく気付かずにおられたあなたさまは、魔法についての知識が皆無に近いと拝察します」
(─ たしかに。ただ最近、ちょっとかじりましたけどね)
「まずは、アレサンドロさまがなぜ、昏睡状態であるか明らかにできるならば、次の打つ手も考えられるかと思いますが」
「わかりました。それでボクも、神殿に入っていいですか?」
「はい。身共も先ほど行ってまいりました。実は聖霊と司祭との盟約により、本日深夜まで霊廟のある地階には、余人を入れないということに、なっているようでございます」 ペスペクティーバによると、隠し階段につながった扉が霊廟の裏に続いており、上がって行けるそうだ。「しかし、あなたさまはこの場所へ、おそらく龍脈の流れに乗って転移してこられました。見たこともない場所へ、です」
「それは ── あなたがよんでくれたからですよね」
「そうでございますが、あなたさまには今のように説明しただけで、真上の階に上がるくらいは可能なのではありませんか? 神殿や王城には、いたるところに脈の支線が走り、聖水を満たす杯が置かれておりますから」
ペスペクティーバによると、体内に脈をもつ者は、脈の入り口などから一度でも見たり行ったりした、別の脈の出口へ転移できる。自らの体内脈と龍脈を結合することによって、龍脈の出口の向こうに存在するものに、触れたり取り出したりもできるそうだ。
ただしいずれも出口の向こうのどこになにがあり、そのあたりがどうなっているか、わかってこそ成せる技である。だから一般には視認できる範囲でしか行なわれない。
たとえば王族なら、聖泉を引き込んだ部屋にあるものは、手元に置かれたそれのように持ってくることができるという。つまり、聖泉の蒸気が満たされた部屋の中なら、どこでもいいのだ。ラーゴには、思い当たる記憶があった。自分の知る人間の中で、唯一聖脈 ── 聖霊の言う龍脈を、体内に持つ王族。
(─ あぁ、そういえば女王様が、呼び鈴をとったのは ──)
他にも自分しか使わない箱や、現状を熟知した無人の部屋などからであれば、問題のない場合があるそうだ。それでも自分が認識した状態が、知らないうちに変化するところへの転移や、取り出しは危険なのでやってはいけない。
つまり十里眼の能力を持っていてこそ、安全にできる話のようだ。ラーゴのように脈を体に備えた者が千里眼使いなら、かなり使い出があるはずというのが、ペスペクティーバの研究成果である。
それはいいことを教えてもらったと、感謝するラーゴ。しかし、そううまく行くのだろうかとやや疑問に思いながら、千里眼で透視を試みた。目標はこの真上にあるらしい、アレサンドロが安置される、霊廟前の部屋という場所だ。
たしかに、坑道のはるか上でそびえる建物の地下には、大きな部屋が儲けられていた。ここには何人もの人の骨が収められ、その隣に生きて ── いや、ほぼ生命活動の絶えかけた肉体が、横たわる部屋を確認する。
(─ そこだ)
── と思った瞬間にそこにいた。もちろん一人というか、一匹だけだ。転移とはかくも簡単、かつ素早いものだと感心しながら周りを見渡す。
真冬にもかかわらず、寒くもなく、かといって暑すぎもしない温度に保たれた、石づくりの部屋。真後ろに在るのは聖水を溜める聖杯に違いない。どこからか伸びてきた金色の管から、ポタポタと聖杯に聖水を継ぎ足して、枯れることの無いよう作られていた。




