第〇〇二七話 温泉と助けを求める声
オートマトンの腕を伝って降りると、いよいよ温泉三昧だ。聖泉に飛び込むと、冬の夜風が厳しかった中、結界を通して冷えた体がじわぁっと暖まる。わかっていた話ながら、結界には温度を遮断する能力はない。
万が一の場合も考慮し、オートマトンを草むらの立木の陰に、目立たないようしゃがませておこう。ラーゴは潜れば、隠れられるはずだ。もう、歩く・しゃがむ・立つなどの基本動作は、わが身のように自由にできる程マスターしている。
思った通り、寒い夜に露天の温泉は最高であった。
首輪の上までつかりながら、顔を泉の淵にのせ、オートマトンのほうを眺める。それでもこのまま、お湯に浸かっているだけでは手持ち無沙汰だ。魔法灯火の呪文暗号を書いたのと同様、頭の中にオートマトン用にひとかたまりの動作を、定義して試してみた。
定義_ラーゴに近づく :
〔呪文 探す『ラーゴ』 〔位置 『定義 ターゲット』〕.
もし 〔ターゲット がある〕なら ─
〔もし〔状態 姿勢 が立つ でない〕なら ─
呪文 立つ〕
呪文 歩く ターゲット.
呪文 しゃがむ.
呪文 手を出す ターゲット.
〕
〕
定義_草むらに隠れる :
もし〔状態 姿勢 が立つ でない〕なら ─
〔呪文 立つ〕
もし〔情報 危険察知 が発生したなら〕 ─
〔呪文 探す『隠れられる草むら』〔位置 「定義 ターゲット ──」 〕.
もし 〔ターゲット がない〕なら ─
呪文 しゃがむ.
さもなければ ─
〔呪文 歩く ターゲット.
呪文 しゃがむ.
〕
〕
試行錯誤を頭の中で繰り返し、すでにある呪文暗号の、書き方などを参考に考えがまとまると、まず『ラーゴに近づく』を詠唱する。オートマトンは草むらで立ち上がると、首を振ってラーゴの認識に成功、歩み寄りしゃがみこんで、手を差し伸べてきた。まずは成功だ。しゃがんだり、寝ころがっていてラーゴを認識できない場合も、『探す』の呪文にかなりのバリエーションがあるので、対応可能だろう。
デバッグも完了したと考えて、セーブ詠唱を行なうと、新たな命令題句が登録された。
次は『草むらに隠れる』だが、草むらを見つけるのは、なかなか難しい。条件式の省略なども試してエラーの出ている部分を洗い出し、すぐ誤り部分は発見できた。オートマトンの定義ワードに、『隠れられる草むら』がないからだ。
定義ワードは、『定数定義』のページに多くのワードが定義されている。外部記憶がないため、ほとんどのデータベースがここにあるだろう量を、すべて把握するのは容易でない。だがそこに新たにワードを定義すると探せるようになり、無事隠れることができた。暇にあかせ、こうした複合動作の定義もどんどん追加して行く。徐々に長い呪文暗号が、スラスラかけるまでになっていた。
とはいえ、今のところどんな言葉がシステムの予約ワードであるのか、とてもすべては覚え切れない。不便なので、時間は余っているのだから、ツールプログラムを作ってみたい。オートマトンシステムの全容を解析してドキュメント化するとか、予約ワードや定義済み手続き、変数などをリスト化できるものだ。
それができる能力こそが、魔法を自由に操る魔族の所以かも知れなかった。まるでそういう作業にあたった経験を、備えるかのごとき能力と言える。しかし、出力装置のないこの世界でやっても、残しておく方法に困るだろうか。
(紙は使われているようだから、オートマトンに書かせることになるのかな?)
読み出し可能な記憶媒体が手に入ればいいのだが、そんなうまくは行かないだろう。
実際テストの困難な呪文暗号は、エラーがあっても確認できないが、登録するだけなら問題ない。とはいえラーゴの知っている形であっても、文字を書かせるのはかなり難しそうだ。けっこう作るのに時間がかかった『壁をよじ登る』などは、いつか機会があればテストしてみたい。
そこで、ひとつ疑問が生まれる。オートマトンはしゃべれるのだろうか、ということだ。
探してみるが、しゃべる呪文はない。というより、呪文を唱えてしまうと、オートマトンに話させるセリフが発声できなくなるのだ。『Echo Hello!』とかのように、呪文暗号で記述されたことしか、言えないのでは意味がないだろう。さらに探すと、定義ワードに、『術者の言葉』『術者の送出意識』といったワードを発見した。
術者とは何かと調べたところ、現在のように魔力を送出している自分のような存在。あるいは体内に保持するエネルギーで動いた場合は、このオートマトンを起動する手続きがあって、起こした者を術者と特定する。そのくせ多くの呪文は、術者かどうか関係なしに受け付けてしまうらしく、そこは工夫が必要なようだ。
ためしに、呪文を唱えてみる。
「エコー こんにちは」
すると、目の前のオートマトンがしゃべった。
「こんにちは」
自分の声だ。なるほど。『エコー』は予約ワードのようだ。なら応用である。
定義_呪文 スピーキング :
〔呪文 シャラップ〕が唱えられるまで繰り返す.
〔エコー $術者 の$言葉〕
そして、『スピーキング』の呪文を唱えると、ラーゴの言ったことがタイムラグなしに発生できるようになった。テストは終わったので『シャラップ』を告げる。だがそれでは、ラーゴ自身が人前でいるときはしゃべれない。そして次の実験だ。
定義_呪文 シャドウスピーキング :
〔呪文 シャラップ〕が唱えられるまで繰り返す.
〔エコー $術者の $送出意識〕
これもうまくいった。しかし、意識をかなりはっきり持たなければ、ちゃんとした言葉をしゃべらない。まるで外国人の片言のように、なってしまうことが多いようだ。
基本的なしゃべり方とかを、すべてオートマトンにコーディングしてやると、少しは聞きやすくしゃべれるかも。とはいえオートマトン自身が、ある程度自意識を持って会話の構成につとめてもらう必要がある。そうでないと一言一言の脈絡は、支離滅裂になってしまうのではないか。
そろそろ行き詰まってきたとあきらめ、オートマトンは、草むらに隠すと、潜って温泉の湧き出るところまで泳いで行った。
するとそこからの流れが、自分の体 ── に張った結界の外側だが ── を洗っていくようで、さらに心地よい。たまに温泉の湧き出る部分から、小さな気泡が吹き出しており、その気泡が自分の顔にあたると人の声が聞こえた。
「オカエリナサイ」
(─ え?)
以前、この聖泉を汲んだ聖水に、潜ったときも聴こえた声だ。しかも今日は、温泉の湧き出し口のほうから、別の声までが聞こえてくる。
「あなたさまを、待っておりました。ここへおいで下さい。そして、身共らにどうか救いの手を ──」
(─ なんだ? また蚊の仲間か、いやしゃべり方とかも違う。もっと神聖で、高位の存在だ)
声の主を見ようと念じる。そこにはあたかも魔法使いふうの、やや怪しい姿が一つ。周りを無数に取り囲み、佇んでいるのは明らかに人でない、ずんぐりした小人のような影。何のために呼ばれるのかは解らないが、蚊の軍団よりはましなように思う。なによりも、助けを求めているのだ。
(─ そこへ!)
次の瞬間、ラーゴの姿はその場になかった。




