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追憶の夜と贈られた私の月

作者: ゆずちゃ

雲ひとつない冬の夜空。

他の星々の輝きを一切許さないように輝く月は美しい丸で、白金の輝きを放っていた。

先日積もった雪が月の光を反射し、街灯いらずの明るい夜。

私・・・─ ルナマリア・カリシュトア ─ はポロポロと溢れる涙を我慢もせずに流しながら、自分の髪と同じ色のその月を見ていた。


・・・あなたがいなくなってもう一週間。未だに私はあなたがいなくなったことが信じられない。


私の婚約者、ジルベール・アルファメロ・・・アルファメロ侯爵の長男である彼は、一週間前に神のもとに旅立った。

事故だった。

彼は連日の雪でその重みに耐えきれず折れた木々が関所付近の道を塞いだという連絡をうけて、その場所に向かう途中、雪崩に巻き込まれてしまったのだ。

怪我一つなく助け出されたが、すでに彼の魂は神のもとに旅立ったあとだった。

葬儀のとき、血の気はなくとも傷一つない彼の姿を見たとき、実は立ち上がるんじゃないか、まだ生きてるんじゃないかとそう思うくらいキレイだった。

ただ、触れたその肌は固く、まるで石のように冷たかった。


彼と私は歳が6離れていて、私は今年15になったばかり。彼だってまだ21だったのに、若すぎる死だと周りは嘆き悲しんだ。


彼との婚約は私が5歳くらいの頃に決まった。

私はカリシュトア伯爵の長女で、上に4つ離れた兄がいる。もともとお父様とアルファメロ侯爵が親しくしていて、兄と彼も仲が良かった。

初めて会ったときも両親と一緒に侯爵家を訪ねたときだった。




「さぁ私のかわいいレディ。ご挨拶なさい。」


通されたバラの咲き誇る美しい庭のガゼボ。白い陶器のような美しい机には美味しそうなお菓子と温かい紅茶が湯気を立てていた。

お父様に促されて私は恥ずかしくてうつむきそうになる心を叱咤して前を向いた。


「お、お初にお目にかかります。私はルナマリア・カリシュトアと申します。」


水色に白のレースリボンをあしらったワンピースドレスの裾を軽くもって、先生に教わったとおりにカーテシーをする。ちゃんと出来てるかどうか分からなくてちょっと不安で、ちらっとお父様とお母様をみると、よくできましたといい笑顔になっているのを見て心からホッとした。


すると私の目の前に誰かが来る気配がしてふっと視線を上げると、そこには金色の髪と空のような青色の瞳のきれいな顔があった。


「はじめましてレディ・ルナマリア。僕はジルベール・アルファメロ。ようこそ我が侯爵家に。」


私よりも6も歳が上なのだからなめらかな挨拶なのは間違いないのだけれど、私には彼が王子様に見えた。

実際ジルベール様な本当に王子様だった。

私のお兄様はよく私に虫を見せてきたりやんちゃなことをして私をいじめてきたから、私は兄と同じくらいの男の子はみんなそうやっていじめてくるんだと勝手に誤解していた。

絵本の中の王子様は絵本の中にしかいないんだと、幼いながらも達観していた部分があったと思う。


でも、ジルベール様はお兄様なんかとはぜんぜんちがった。

いつも私に優しくて、いつも私を優先してくれて。

絵本の王子様は本当にいたんだと、ジルベール様は私にとって初恋で・・・いや今も恋している。

でも当時は彼はきっと、私のことは妹のように思ってたんじゃないかと、今ではそう思う。


ともかく、そんな仲のいい私達を見て、婚約を結ぼうとお互い仲のいい両親たちが話出すのにそんなに時間はかからなかった。



妹のように思っていたとおもう彼の気持ちが変わったと思うのは、侯爵家に二人目の子供ができた頃だった。年の離れた弟が彼にできたのだ。

私とは8つ離れた弟君・・・ユージーン様はジルベール様とおなじ金色の髪で瞳は夫人からもらった夕日のようなオレンジ色の瞳をしていた。

でもとてもジルベール様ににていて、彼が小さい頃はこんな姿だったのかとおもうと、とても愛おしく感じて、侯爵家を訪問するたびにユージーン様にかまっていた。


「ねぇルナマリア、君は僕の婚約者じゃなかったかな?」


ある日の昼下がり。

いつものように侯爵家にお邪魔して、ユージーン様を膝の上に抱えてお茶をしていた時のことだった。

お母様と侯爵夫人も仲がよく、ユージーン様に会うためだけではなく、お母様と一緒に行くことも多かったのだ。

この日はジルベール様は出かけられていて、会えないと思っていたから、後ろから声をかけられてびっくりした。


「ジ、ジルベール様!お帰りになられたんですか?お邪魔しております。」


私は慌ててユージーン様を抱きかかえて立ち上がると、ジルベール様は眉に軽くシワを寄せて、私からユージーン様を奪い取った。


「あっ・・・」

「・・・ルナ?君は僕の婚約者だよね?」

「えっ・・・あ、はい、そうです・・・けれど・・・?」

「けれど・・・なんだい?」


とても素敵な笑顔で笑っていらっしゃるジルベール様ですが、なぜでしょうかすごく・・・すごく悪寒がはしります。

すると我慢できず思わずといった感じに笑い出したのは侯爵夫人だった。


「ふふふ、ジルベール。あなたったら仕方ない子ね。ユージーンを連れていらっしゃい。それからルナマリア嬢と少し庭でも散策してくるといいわ。」

「すみません。」

「あぁおかしいったら。あなたったら顔だけじゃなくてそういうところもお父様に似たのねぇ・・・」

「・・・ルナマリア、行こうか。」


ジルベール様は若干ムスッとした顔をしてユージーン様を夫人に預けると私の手を優しく引いて庭に案内してくれた。

お茶をする薔薇の庭を抜けるとそこには季節の花を育てているという庭で、初夏に入る頃のこの季節には白い花びらの美しいクレマチスが咲き乱れていた。


そんな美しい庭のなかで、ジルベール様は何も言わずにただゆっくりと歩くだけ。

私はそんな彼にエスコートされながら、ゆっくりと花を眺め・・・るなんてことはできなくて、自分が何かしたかと先程のことをずっと考えていた。


「あの・・・ジルベール様、私なにかしてしまいましたか・・・?」


ついぞ思いつかず、その沈黙とその重い雰囲気に耐えられなくなって思い切ってジルベール様に尋ねることにした。


「いや・・・すまない、僕の勝手なわがままだ。君は何も悪くないよ。」

「ですが・・・ジルベール様はその、苛立っていらっしゃるでしょう・・・?」


つい足を止めてジルベールを見上げると、彼は困ったような顔をしたあとに何かを考え込み、そしてちょっと意地の悪そうな笑顔を浮かべた。


「・・・そうだね、ルナ、君が悪い。」

「は、はい。もうしわけ・・・」

「うん、僕のことをジルって呼んだら許してあげるよ。」

「・・・ジルベール様?」

「ジル。」


更にいい笑顔で私に強制してくる。

コレは逃げられないと思うと同時に恥ずかしさで私の顔が熱くなるのを感じた。

愛称を呼ぶのは仲の良い証拠で、心を許した間柄ということだ。親兄弟ではない男女のそれは愛情を示している。


「ジ・・・ジル様・・・」

「様はつけなくてもいいけど、でもいいよ許してあげる・・・・・・・ルナ愛してるよ。」


ぎゅっと私を優しく抱きしめてくれたそのぬくもりに更に恥ずかしくてくすぐったくて、私はジルベール様の言ったことのほとんどが耳に入らなかった。


このあとからジル様は私に対する態度が変わってきた。

以前は妹のように思っていたであろう優しい眼差しだったのが、目の奥に熱がこもった光があった。

それにふれあいも以前のようなどことなく義務感も感じるものではなく、明らかにその回数が増えたし、何かに付けてエスコートしてくれたり、とにかく愛情がこもるのが手にとるようにわかるのだ。


そんな彼はデビュタントを迎え、父君である侯爵様の仕事を手伝うようになりました。跡取りであることから、侯爵としての仕事をお義父様から学ぶことがまず1つ。

それからアルファメロ侯爵領は肥沃な大地が多く、この国にとって重要な領土の一つです。そのためその領土を守るための軍事力があり、侯爵領には侯爵家直属の騎士団がありました。

ジルベール様はその騎士団にも所属し、一兵卒から様々なことを学ぶようになるそうです。


もともと貴族の子息・子女が通う学園があり、ジルベール様はそちらにデビュタントを迎えるまで通っていたのですが、それをきっかけに学園もやめられたそうです。


そもそも勉学はすでにある程度修められているので、学園には交友を深めるためでもあったそうで。

・・・そういえば私のお父様と侯爵様は学園で親友になったとか・・・。



ジル様はどんどん大人になっていき、可愛らしさがのこっていた顔も男性特有の顔つきになり・・・それでもやはり美しさがのこって、ずっと顔を見ると私はなんだか恥ずかしくて俯いてしまうことがよくありました。


物腰もやわらかなままでしたから、社交の場に出られたらそれは美しい女性たちが騒ぐのではないだろうかと、見たこともないのに想像して勝手に嫉妬もしていました。


「ジルはあの顔だろう?よく女性がむらがってるよ。お前もデビュタントしてからは周りに気をつけろよ・・・女の嫉妬は怖いっていうからな・・・。」


学園に言ってから口が更に悪くなったお兄様に言われたりしました。



そして今年は私のデビュタント。

エスコートしてくれるのはもちろん婚約者でもあるジル様。

デビュタントの令嬢には特別なドレスコードがあり、白いレースをあしらった白いドレスであること、そして胸には桃色の花を飾ることが決まっている。


そして毎年デビュタントを迎える若者たちは王族と近い血筋である公爵家主催の夜会がそれとなる。

格式の高いその夜会に私は緊張で動悸が早く・・・緊張しすぎて死ぬんじゃないかと本気で思ったほどだ。


「大丈夫だよ、僕がついてる。」


馬車から降りて見上げる長い階段に思わず息を飲んだ私に、ジル様は優しい笑顔で腕を差し出した。

その姿に鼓動が一瞬止まった気さえした。


「ありがとう・・・ジル様。」

「うん、それじゃ行こうか・・・僕のお姫様。」


ゆっくりと登るその長い階段。

再び高鳴る自分の鼓動に不安と・・・それから期待が膨らんでいく。

ファーストダンスはジル様と踊るのだ。

たくさん練習した。先生に叱られてもめげずにがんばった。

何度夢見たかわからない。練習の時間が終わっても自分で鏡の前でステップを踏んだ。


ジル様が大好きで、本当に好きだから、デビュタントで完璧な私を見てほしかった。


デビュタント用にと彼から送られた髪飾りは本当にうれしくて今日はしっかりつけてきた。

私の白金の髪に合うようにと、()()()()()()()()()の石とそれに寄り添うように私の瞳の色によくにた紫色の石があしらわれた青い花の髪飾りだった。


ドキドキと高鳴る鼓動に飲まれそうになりながら階段を登り、開いた大きな扉をくぐれば、そこは絵本や話で夢見た世界が広がっていた。

眩しくて目がくらみそうになった時、大丈夫だよと私にだけ聞こえるように言ってくれたジル様の優しい声が聞こえて、胸がいっぱいになった。


ジル様のエスコートで主催の公爵夫妻に私の両親と共にご挨拶をして、何人かの縁のある方々と会話をする。

夜会効果というのだろうか、顔見知りの方でもいつもよりもずっとずっとキラキラしていて、私は夢見心地だった。


それからはダンスの時間。

いっぱい練習した成果をと、気合を込めてジル様の手をとった。

ゆったりとしたテンポの優しい曲を聞きながら、ジル様に体を預けてステップを踏む。

いつもよりちょっと高いヒールの靴とドレスに若干慌てながらもなんとかがんばって踊っていると


「ルナ、ちょっと眉間にシワが寄ってる。もっと笑顔で、僕のお姫様。」


ちょっとキザだとおもう。

でも、その言葉が恥ずかしくて笑ってごまかしたけど、そのときにはもうヒールの高い靴やドレスのことは頭からすっかり消えていて、練習どおりのダンスができた。



デビュタントを迎える令嬢たちはこのあと令嬢たちだけでのダンスがある。

2列で輪になって踊り合うのだ。

私はそこで数人の友人を作ることができた。

もちろんソレだけではなくて、ジル様の婚約者なことは知られていて、ちょっとした嫉妬を含んだお言葉を頂いたけれど・・・社交界の洗礼を受けたんだとそう思っている。



何より私はその後のことが幸せで、そんな些細なことは忘れてしまったのだ。




「そろそろ、お暇しようか?」


ご挨拶もして、ダンスも踊って、楽しい時間はあっという間。

満月も夜空にその存在を主張するようになった頃、ジル様は私にそう声をかけた。

確かに気を張っていた事もあってなんだか疲れた気がする。


ジル様の言葉にうなずくと、私の両親に断りを入れて、笑顔で私をエスコートしながら公爵夫妻にお暇のご挨拶をして初めての夜会をあとにした。


アルファメロ侯爵の家紋のはいった馬車に乗り込むとゆっくりと動き出す。


「ルナ、必ず今日家に帰すから、ちょっと時間をもらえないかい?」


馬車に乗るとジル様は私の隣りに座って瞳を覗き込むようにして私を見つめて言った。

熱をはらんだその瞳に自分の鼓動が早くなったのを感じて、コクンと首を縦にうごかして頷くことしかできなかった。


「今日は楽しかった?」

「・・・はい、夢のような時間でした。」

「そっか。僕も君の初めての夜会を一緒に過ごせて本当に幸せだったよ。」

「・・・私も、私もです。ジル様と一緒に過ごせて本当に良かった。」


甘い空気に酔いそうになった時、馬車が動きを止めた。

若干残念そうな顔をしたジル様にもしかしたら同じ気持ちなのかなとそう思ったら恥ずかしくて俯いてしまう。


「さ、降りようか。といっても勝手知ったる我が侯爵家だけどね。いつものあの薔薇に庭に行こう。」


馬車を降りてジル様にエスコートされながらついた薔薇の庭はいつも見る昼の景色とはまた違っていて、月の光を反射する瑞々しいその葉や、夜風を受ける音がとても新鮮だった。


「さ、どうぞ座って。」


いつものガゼボ。

でもそこにはいつものお茶やお菓子もなにもなくて、白いテーブルが月の光を浴びてキラキラ光っているように見えた。


「君に贈りたい物があるんだ。受け取って?」


私を座らせてから跪いて手を握りながら顔を覗き込むようにいうジル様はいつもと違って見えて、顔に熱が集まるのがわかった。

彼がそういうと静かに存在を表した執事がお盆に乗せているのは銀細工が底から柄の部分にあしらわれた黒いワイングラス。

それをジル様は執事から受け取り、再び私の前に跪いた。

私はそのグラスを受け取ると、中には葡萄ジュースがはいっているのか、甘い香りがした。


「ジル様・・・これは?」

「ルナ、僕は君を月の女神のようだといつも思っていた。その白金の髪はまるで今日の満月と同じ色で、紫の瞳も日の沈んた時や朝焼けのときの夜空との境界のような色で・・・だから僕はこの日に君だけの月を贈りたいんだ。」

「・・・月?」

「そう、僕の女神が月に帰らないように。月を贈ってしまえばもう帰る必要もなくなるだろう?」

「でも月ってどうやって・・・。」


そういうとジル様はワイングラスをもった私の手にご自分の手を添えて、そっと机の上にグラスを置くように移動した。


「さぁ、グラスを覗いてみて。」

「・・・?」


わけも分からずグラスを覗き込んでみるとそこには映り込んだまんまるの月がキラキラと光って見えた。


「君に月ごとソレを贈るよ・・・だからどうかずっと僕のそばにいてくれないか?・・・愛している。」

「・・・はい、私も・・・愛してます・・・っ」

「ありがとう。僕は君とずっと一緒にそばにいるよ。君を寂しくさせないと・・・一緒に幸せになるとそう誓う。」


月を贈るだなんて・・・でも私はこの時本当に嬉しかったのだ。

帰る必要もなくなるだろう?とか言っていたけれど、ちゃんとその日のうちに家に帰してくれた。


・・・私は帰りたくないなんておもってしまったけど、これは秘密だ。





でもそんな幸せな時間は・・・

私の愛おしい時間は・・・




目頭がまたぎゅっと熱くなり、鼻の奥がツンとする。

溢れる涙はとどまることを知らなくて、ポタポタポタと静かな夜に音を立てる。

今日のような満月をこれからも見るとまたあの日を思い出すのだろうか。

これからもずっとこんな辛い思いをしながら生きていかなくてはいけないのか。

いっそ私も一緒に神のもとにいってしまおうか。

そうおもっても私のことを愛してくれるお父様とお母様、そしてなんだかんだで優しいお兄様をおいていくことなんて私にはできないし、そんな勇気もない。


結局のところ何もできなくてただただ涙を流すばかりの自分が嫌になりそうだった。


あの日、あのもらった月・・・

私はもらったワイングラスに思いを馳せた。

あのあと頂いたワイングラスを大切に箱に入れていたのだ。

質のよい青い布が敷き詰められた箱の中に保管されていたその黒いワイングラスを取り出すと、またあの日のことが蘇る。


侍女が置いてくれた水差しにはまだ水がはいっていて、私はワイングラスに水を注いだ。

黒いグラスは水を注いでも真っ黒であの日の葡萄ジュースのように水面は鏡のようだ。

窓辺にそのグラスを置くと、私はあの日のように月を水面に捕まえた。


「あなたのくれた月はここにあるのに・・・。」


そういいながらワイングラスの水面の月につんと指でつついた。

つついた先から水面が揺れ・・・そしてキラキラと光の粒子がこぼれはじめた。


「えっ・・・なに・・・?」


光は揺れた月から溢れてくるようで、その粒子は私を優しく包みはじめた。

暖かなソレはまるで、ジル様に抱きしめられているようで、そんな事を考えてしまって胸が苦しくなる。


『・・・ごめんね、君を置いてしまってごめん・・・。』


声が聞こえた。


『君とずっと一緒にいると誓ったのに、本当にごめん・・・。』


恋焦がれた声。ジル様の声が聞こえるのだ。


「ジル様ですか・・・?」


それでも彼だと信じられなくて、震えそうになる声を抑えながら私はどこともなく尋ねた。

あまりにも自分が焦がれすぎて幻聴が聞こえるようになってしまったのではないかと、そんな風に考えてしまうが、それでも彼の声を忘れずにいられるならと喜ぶ自分もいた。


『うん・・・君をこんな風に悲しませているのは僕なのに、悲しませたくないと思っているのに、でもそんなに想ってくれることが嬉しくて・・・矛盾しているね。』

「いいえ・・・っ!そんなことはありません!」

『ありがとう。ねぇルナ・・・君ももうわかっているんだろう?前に進まないといけないって。』

「・・・。」


キラキラと光の粒子が優しくそっと頬を撫でた。


『僕はとても未練がある。それは自覚しているし、君が僕を忘れてしまうのは嫌だと思っているし、忘れてほしくないと思ってる。だから、僕を忘れて幸せになってなんて言えない。忘れてほしくないから。』

「忘れるわけありません!!」

『うん、だからね・・・僕は僕として忘れないでちゃんと君の心に住ませてもらったうえで、君のこれからの人生を君が思うように生きてほしいんだ。もちろん他の人と恋をしたっていいんだよ?僕はもうそれを止める権利はないから・・・悔しいけどね。』

「ジル様・・・。」

『僕はそのうちこの魂に刻まれた記憶が消えて、新しい命として生まれると、神に言われてね?だからお願いをしたんだ。彼女にもう一度あわせてくれって。そうしたらね、昔・・・僕が罠にかかった白い小鹿を助けたことがあってね、それが神の使いだったんだって。だから願いをきいてくれたんだ。善行は行うべきだね。』

「ふふふ・・・そうですね、私もこれからはいいことをするように心がけます。あ、別に今悪い事してるわけじゃないですよ?」

『うん、わかってるよ。・・・あぁ、もう時間だ。ルナ、僕はもういかなくてはいけない。僕という魂と記憶は消えてしまうけれど、でもこの気持ちはこれだけは嘘じゃない。君を愛している。ジルベール・アルファメロは君を永遠に愛している。これからの君の人生に幸せがあるように・・・・。』

「ジル様・・・!!ジル様、まって・・・私も、私もずっと愛しております!ずっと忘れませんっ!」


『ありが・・・う・・・』


光の粒子はふっと闇夜に紛れてきえていき、ジル様の声も聞こえなくなった。

静かな夜の空気がその場を支配する。

私は手元にある月を映した黒いワイングラスの水を飲み干すと涙でぬれた目をハンカチでふいた。


ジル様の心は、ジル様の気持ちは私の中にある。

私のこれからの人生はまだ続く。彼の思うように・・・彼に恥じない人生を送ろう。

悲しむことはこれからもずっとするだろうけど、想うたびに悲しくなるけど。

でも幸せであったと、そう思う人生をこれから歩もう。




この後は私は両親にお願いして王宮侍女を目指す貴族の令嬢が通う学園に入った。

既に15歳の私は学園に通う他の生徒より歳が高く、周りとの兼ね合いやいざこざがあるのではないかと心配されて、今更目指さなくてもいいのではないかと、両親にいわれたが、まだ結婚を考えられなかったし、ジル様が死んでしまった辛い現実から逃れたいのだと思われたらしく、説得もそこまで難しくなかった。なぜかお兄様も私の味方だったし。


元々侯爵家に嫁ぐため、幼いころからマナーなどはしっかりと躾けられていたので、学園の授業はほとんど苦にならなかった。

本来なら・・・まあ10歳くらいの令嬢が通う学園であるわけだから、5、6年ほどかかるらしいが、私は2年足らずで卒業することができた。

もちろん先生からの推薦状もいただき、アルファメロ侯爵夫妻からの後押しもあり、王宮侍女になることができた。


この後私は王宮侍女として働き、その働きが認められ第二王女殿下の側仕えになったし副侍女長にもなれた。

もちろん婚期もまずいことになっているけれど、仕事がとても楽しくて、今私は幸せなんじゃないかとそう思う。


そんな私はいま25歳。5歳になる愛らしい第二王女殿下ソフィア様の友人・婚約者候補と10歳になられた第二王子殿下アインハルト様の友人・側近・婚約者候補の集う大きなお茶会でのちの人生を左右する運命的な出会い ・・・─ 再会といってもいいのかもしれない ─ ・・・を果たすのはまた別のお話である。



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