覗き穴のその先は
俺の名前は佐藤勇太、どこにでもいる貧乏大学生だ。
毎日友人と遊び呆けて大学に行く事もせずに自堕落な生活を送っている。
そんな生活だが一つ気になる点がある。
それは部屋の壁に、隣の部屋と貫通した小さな穴がある事だった。
最初は好奇心で覗こうと思ったがもしバレたら大変だと思いダンボールで隠していた。
しかし今日、その隣に住む人とすれ違った。
黒髪ロングで目は前髪で隠れていたが超絶かわいい女の子だった。
彼女はすれ違う際に軽く会釈してくれ、その仕草がとても愛らしく見えてしまった。
表札には三重という文字。
三重ちゃんか……
そして今、ダンボールで塞いだ穴の前に立っている。
正直な話、彼女についてもっと知りたい、できる事ならムフフな光景を目に焼き付けたい。
邪な考えを胸にダンボールをずらし、目を当てた。
部屋は至って普通、しかし、覗いた目の前に真っ白なキャンバスが置いてある。
少しすると、ガチャッ、と玄関の扉が開く音がして三重ちゃんが帰ってきた。
タンスから着替えを取り出し、別の部屋に向かう。
このマンションの部屋の構造からして風呂場だろうか?
そして、ジャーと水の流れる音がする。
あぁ、シャワーを浴びているのか……
俺は一度覗き穴から目を離す。
冷蔵庫へと向かい中からチューハイを一本取り出し、一気にあおる。
これからどのようなものが見れるのだろうか、ワクワクでいっぱいだ。
10分後、酔いもまわってきた頃、もう一度覗き穴に目を当てる。
部屋着に着替えた三重ちゃんは、キャンバスの前に座り、なにかの準備をしていた。そして、絵を描き始めた。
しかし彼女の背でどのような絵を描いてるのかは見えない。
どれくらい経ったか分からないが、彼女はノビをし、キャンバスを裏返して持ち、俺の目線では見えない場所に持っていってしまった。
流石に腰も痛くなってきたので目を離し時計を見る。
先程覗いた時間、22時から1時間経過していた。
よく飽きずに見れたなと思いながらそのままベットに身体を預けて眠りについた。
目を覚ます、時間は10時半、久しぶりに大学にでも行くかと思い、身支度を整え外へと出る。
出た瞬間、隣の部屋の扉からも音が聞こえ、三重ちゃんも外に出てきた。
三重ちゃんは俺の方を見ると、また昨日と同じようにペコリと会釈し通り過ぎていった。
俺に覗かれているとは夢にも思わないだろう……
そこから、俺の覗き生活が始まった。
来る日も来る日も同じ時間に覗き穴に目を当て三重ちゃんの姿をみる。
想像していたムフフな光景は全く見る事が出来なかった。
しかし、今はそんな事はどうでも良かった。
彼女は決まって俺が覗くときには絵を描いている。
何度も何度も覗いてもどんな絵を描いているのかが見えない。
次第に彼女がどのような絵を描いているのかがとても気になっていた。
時間を早めて覗いてみてもキャンバスに布が掛けられており何が描いているのか見えない。
気になる、気になる。
今日も覗いたがどんな絵を描いているのか分からなかった。
あの日から2週間が経過していた。
時間は23時、そういえば風呂に入っていない事に気付き、俺は立ち上がり風呂へと向かう。
一日の汗を洗い流し、友人から悪ふざけで貰った虹色のTシャツを着る。
そしてベットに身体を預けていつも通り眠りについた。
カチャ、カチャ、何かの物音が聞こえ目を覚ます。
この音は隣の部屋からのようだった。
時間は午前2時、こんな時間に何をしているんだ?
俺はダンボールをずらし、目を当てる。
部屋には電気がついており、いつも通り彼女はキャンバスの前に座っており、絵の具の準備をしていた。
少しすると彼女は絵を描き始める。
こんな時間に熱心だな……
どれくらい経ったのだろうか、彼女は立ち上がり別の部屋に向かった。
キャンバスをそのままにして。
俺はやっと彼女が何を描いていたのか知る事が出来た。
そしてその絵を見た瞬間、俺は外に飛び出した。
全力でマンションの階段を駆け下りて友人の家へと向かう。
何故逃げたのか? それは……
あのキャンバスには、俺が虹色のクソださTシャツを着て、彼女の部屋を覗き込んでいる俺の後ろ姿が描かれていたのだから。
友人の家に転がり込みその日はそのままお世話になった。
翌朝、道行く人に奇異な目で見られながらマンションへと帰っていった。
自分の部屋の前まで来たあと、隣の部屋から彼女が出てきた。
俺は扉を開けようとしたが身体が固まってしまった。
下手くそな笑みを浮かべながら俺は彼女に会釈する。
彼女はそんな俺をみて、ふふっ、と少し笑った後、会釈をせずに通り過ぎていった。
部屋にはまだ除き穴はあるが、今後覗くことは無いだろう。
あの時、何故俺が着ていた服、部屋の内装が分かっていたのかは全く理解できない、分からない事だらけだ。
引っ越すか? しかし金が無い。
なので俺は応急処置として覗き穴をダンボールで隠した。
もう二度と覗かないように。