幸福
少子高齢化
そんな言葉をスルーできなくなったこの時代。
どこぞの国の一人っ子政策もあっけなく無駄に終わったこの時代。
新しい制度が10年前から行われている。
人生60年
誰がそんな言葉を唱えたのだろう。
結局頭の行かれた政治家は
人生を65年と制定した。
年金もこれだったら余裕があるらしい。
本当が嘘かわからないが。
お婆も8月で65になった。
法律では3月と9月の年2回『お迎え』がくる。
『お迎え』老人を乗せ、ソレっきりになる。
お婆と過ごす夏休みも今年で終わりということだ。
家は複雑で、おとん、お姉、お兄、お婆、自分。
ちなみに兄弟はみんな腹違いだ。
お姉は絹さんの娘で
お兄は員子さんの息子で
わたしはお婆の一人娘愛の娘だ。
ちなみにわたしの母はとっくの昔にぽっくりだ。
お爺もお婆と結婚し、母を身ごもったときには死んでいた。
こんな複雑な家庭をもち、
今までお世話になり、大嫌いだったお婆とも今年が最後。
「弓!おきなさい!」
今日も元気なお婆の声は
長期休暇初日も変わらない。
「お婆、今日。夏休み」
「だったら、ちゃっちゃとものやらんか!!」
「う~。鬼婆」
「なんかいったか?」
「なんでもござりませんよー」
ぼさぼさな頭をかき回し、布団から脱出する。
ちなみにお姉もお兄も社会人でこの家にはいない。
おとんも出張から帰ってこない。
お婆がいるから、居にくいのだろう。
「はい、いただきます!」
「・・・・・・いただきます。」
目の前にはすばらしいほどの和食。
食事は一緒にが、お婆のモットーだ。
そのほかにも
華美厳禁、門限八時、アルバイト禁止、早寝早起き。などがある。
この年になって電車に乗る理由は「図書館へ行く」ぐらいである。
「お婆。」
「ん?」
「今日なにすんの?」
「庭の掃除、家事炊事、畑の水遣りと収穫」
「ふーん。」
「ちなみに弓の仕事が、畑」
「・・・・・・・・・」
「トマトが採れるね。あと茄子と胡瓜」
「・・・・うん」
ちなみにわたしはお婆に逆らえない。
だから何度も、死ねと思った。
なんであんなに言われなくてはいけないのだ、消えろ!
とかたくさん思ってた。
今ではそんなこと考える余裕もなくなった。
お婆についていくのが精一杯だから。
「ご馳走様。」
「じゃぁ、玄関に農作業のものあるから。お昼はお婆がお弁当もって畑に行くから。弓がやることは草むしり、水遣り、間引き」
「行ってきます。」
玄関の道具を左手に持ち、家を出る。
畑は自転車で5分ほどのところに土地を借りている。
着くと周りの畑の持ち主は誰も来ていない。1番だ。
とりあえず、帽子をかぶり長袖を羽織草むしり開始。
虫をみて、きゃー!!とか騒ぐこともできなくなってしまった、この神経。周りからは女の子として見られないであろう。お婆は芋虫を素手でつぶすし。
お婆の行ったことをこなしていく。
草むしりや水遣り、間引き。すべてを終わらせると周りにはちらほら人間、自分の頭の真上には太陽。そして、畑の外にはにこやかにお弁当を持っているお婆。
「お疲れ様」
「うん。疲れた。もんのすごく疲れた。」
「そ。じゃ、夜は宿題しなさいね。」
ポンとおにぎりを渡された。
やはりお婆は人間の皮をかぶった鬼であった。
遠くになく蜩の声。自転車のかごには大量の野菜共。
満足げなお婆に、汗と鼻水の自分。
こんな二人が自転車で並んで帰ると、そこだけ時代が違うように見えるのではないか・・・。
家へ着くとお婆は問答無用でわたしをバスタブに放り投げた。
一言、汚い!!と言って。
「あがったよ。」
「ご飯もできてるよ。ぐっとなたいみんぐ」
「おなかすいた。いただきます。」
「はい、お爺ご飯。いただきます。」
お婆は夕飯時にお爺に挨拶する。
リビングから直結な和室。お婆の部屋にはお爺の遺影がある。
仏壇はおとんが嫌がって物置の中。罰当たりだ。
「茄子。おいしいね。好き」
「そりゃ今日採れたもんだもの」
「茄子。いいよね。茄子。」
「トマトも食べなさい」
茄子好きのわたしにはトマトはえらくきつかった。
お婆が入浴中、わたしはリビングで宿題中。
テレビを見ていてまた自覚した。
お婆が今年でいなくなることを。
なにか思い出を作らなきゃねー、など一人でボツボツおもっていると、お婆は風呂から上がってきた。その足でシンクの前に立ち、洗物をする。
「ねぇ、お婆」
「ん?」
「今年、したいことや。行きたいとこある?」
「宇宙に行きたいねー」
「そんなんじゃなくて」
今年が最後でしょ?まじめに答えて!
とか、言う勇気はわたしにはなかった。
「なんか、えーと。わたしができることの範囲で。お婆がしたいこと」
「じゃぁ、宇宙はだめだね」
「そーですね。」
あきれた。さすが鬼婆だ。
「なんかないの?」
「んー。」
「ないならいいや。」
「別に気使わなくていいんだよ?」
「いいの!なんかないの?お婆、わたしに大きいお願いしたことないじゃん!!」
「じゃぁね。」
「なに?」
「一緒の部屋で寝ましょう。」
それがお婆の最初で最後の
大きなお願いだった・
お婆はエアコンが駄目で、昭和を思い出させる扇風機1台を回し寝ている。そんなお婆の領域にわたしは足を踏み入れた。
お婆の布団の隣に、苦労して階段を下りる原因となったわたしの布団を並べる。お婆の部屋の小さなテレビには天気予報が映っていた。
「明日、晴れるってね」
「うん」
「明日は、シーツ洗って、布団干そう」
「うん」
「ちなみに明日、家の仕事はすべて弓」
「・・・・・・・・・・」
「はい、お休み。」
部屋の壁掛け時計は9時過ぎを指していた。
翌日の朝はお婆の声ではなく、網戸を通して聞こえる蝉の声と首を流れる汗で起きた。
タイマー入りのエアコンではなく、タイマーが使えるかどうかわからない扇風機が首を振っていた。
当たり前のごとく、お婆は隣にいなかった。
「おはようございます。」
「はい。おはよう。で、シーツ剥いできて。洗濯機に入れて」
「うい・・・・」
お婆の朝食準備が終わるまで、洗濯係りを任されてしまった。シーツは枕カバーをあわせ計4枚だが、洗濯機はかなり奇妙の音を立てて回ろうとしていた。
しかし、気がつく。水がでない。
「お婆ぁ!!!」
「うん?」
「水でない。」
「あー。バケツあるから、風呂桶から水汲んで入れて。」
まさかの朝からの重労働。バケツを往復し終わると、自分が洗濯機に入りたくなった。
「いただきます。」
「いただきます。」
やはり和食は変わらない。今日の予定を聞けば、やはり昨日とチェンジらしい。今度はわたしがお弁当をもって畑へ行かなくてはならないらしい。おかずのリクエストはごまあえだった。
「じゃ、シーツ干して、洗濯して、掃除機かけて、洗物して、掃除して、お弁当もっておいで」
「あい・・・」
お婆は元気に飛び出していった。
お婆に言われた仕事をこなしていく。シーツを干して、洗濯物を干す。上をみれば紫外線をはなつ太陽は目が痛くなるほどまぶしかった。
お弁当をつくるさなか、あと10日ほどでお婆の誕生日だと気がつく。
まだ畑に行く時間には余裕がある。
これまた昭和を思い出させる黒電話を握りダイヤルを回した。
『はい』
「お姉?」
『弓?なに?仕事中。』
「3日にね、お婆誕生日なの。帰ってこられる?」
『無理。てかアンタのばーちゃんと血つながってないし』
「そうだけど。」
『わかってんだったら電話するな』
電話は切られてしまった。
『もしもし?』
「お兄?」
『弓?なに?』
「3日にね、お婆のたん『いかない。血縁ないし』
切れた
『はい?』
「おとん?弓だけど」
『なんだ?』
「3日にね、お婆の誕生日なの。帰ってきて」
『そんな急に言われても。無理だよ』
「おとんまで、そんなこというの?」
『わがまま言わないでくれ、花おくるから』
切れた。結局冷たく薄情な家族なのだ。
仕方なく、お弁当をもって畑へ向かう。着くと、お婆はお隣さんと話していた。笑っているお婆。
「おーばーばー!!」
「ん?」
「ごはん」
そこからお昼ご飯は始まり、収穫を手伝わされて家へ帰宅した。
勿論夕食もわたしが作り、食べた。茄子ばかり・・・とかお婆は言っていた。
昨日と同じように布団に入る。シーツと枕は太陽の匂い。
本でも読もうかとしたが、やはりお婆に電気を消された。
「愛はね、お婆が一人で育てたんだよ。」
「?」
「愛も茄子が好きだったよ。弓みたいにね。愛と弓はそっくりだよ。」
その日から、お婆は昔の話を寝る前に少しだけするようになった。
おかんの話、家の前の川で蛍が見れた話、おかんが初めて茄子を料理したとき、火事になるとこだった話、
お爺との出会いと別れ、お姉とお兄の話。
毎日、毎日。少しずつわたしに教えてくれた。それと変わったことがもう一つ。
わたしと一緒に料理をするようになった。やっぱりお婆は口煩くて、猫の手で包丁!!とかもっと早く混ぜろとか、
弱火でやらんとこげる!!だとか言う。
けれど、お婆は楽しそうだった。
8月3日 お婆の誕生日。
お婆はお茶会があるとかで、朝から出かけていた。わたしはその間に準備をする。
生クリームが得意ではないお婆には、バタークリームのケーキにすることに。後は、野菜中心の料理を作った。
お婆は夕方に帰ってきた。とても驚いていた。わたしがここまですると思っていなかったから。
しかし、わたしは微妙な気分であった。おとんもお姉もお兄も電話の通り、来てはくれなかった。
そんな時、玄関のチャイムが鳴った。行ってみると花屋が立っていて。葵さんへ。といった。
お婆のもとへ花束を持っていった。カードには『幸彦』とおとんの名前が書いてあった。
なんだかんだで、ありがとう。おとん。
お婆にそれを持っていったら目を細めて微笑んだ。お婆の好きな向日葵の花束だ。
「電気消して」
「あい・・・」
やはり時計は9時を回っていはいない。
しかし、お婆はすでに布団の中。仕方がない。付き合うしかない。
「今日はありがとね。弓」
「うん」
「素敵な日をありがとう」
「うん」
「絶対に忘れないよ。」
「うん」
「死んじゃってもね」
「うん。」
その日の会話はそれだけだった。
次の日はわたしが畑へ行きその日も終わった。
長期休暇とは驚くべきスピードで終わってしまうものである。
お婆のおかげでいいテンポで宿題は、夏休み終了10日前には終わっていた。お婆の計算かと思うと恐ろしいものがある。
9月1日
始業式が始まり。久々に見る友人たちはお土産を交換しあったり、いろいろな部分が焼けていた。
それに関してはわたしは輪に入ることができなかった。
今日はお婆の『お迎え』の日。そんな気分でもなかった。
家へ帰るとお婆は掃除をしていた。お昼ごはんはお中元の定番素麺だった。
お婆がバッグに荷物を詰めると、お爺の遺影に手を合わしていた。
玄関のチャイムが鳴った。残暑が厳しいこの暑さにチャイムを鳴らした人は真っ黒なスーツだった。
「じゃ、お婆。行くからね」
「うん。」
「ちゃんと生活するんよ?弓」
「わかってる。茄子食べる。」
「バランスよく」
「はい・・・」
「あ・・・お婆!!」
「うん?」
「なんでもなや。」
「そ!じゃ!!」
「またね!」
車は遠くへ走り去った。空には大きな入道雲。
お婆。わたしと一緒で幸せでしたか?
end 20080812