表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

幸福

作者: 神水たゆら

少子高齢化

そんな言葉をスルーできなくなったこの時代。

どこぞの国の一人っ子政策もあっけなく無駄に終わったこの時代。

新しい制度が10年前から行われている。


人生60年

誰がそんな言葉を唱えたのだろう。


結局頭の行かれた政治家は

人生を65年と制定した。


年金もこれだったら余裕があるらしい。

本当が嘘かわからないが。




お婆も8月で65になった。

法律では3月と9月の年2回『お迎え』がくる。

『お迎え』老人を乗せ、ソレっきりになる。


お婆と過ごす夏休みも今年で終わりということだ。



家は複雑で、おとん、お姉、お兄、お婆、自分。

ちなみに兄弟はみんな腹違いだ。

お姉は絹さんの娘で

お兄は員子さんの息子で

わたしはお婆の一人娘愛の娘だ。

ちなみにわたしの母はとっくの昔にぽっくりだ。

お爺もお婆と結婚し、母を身ごもったときには死んでいた。

こんな複雑な家庭をもち、

今までお世話になり、大嫌いだったお婆とも今年が最後。



「弓!おきなさい!」


今日も元気なお婆の声は

長期休暇初日も変わらない。


「お婆、今日。夏休み」

「だったら、ちゃっちゃとものやらんか!!」

「う~。鬼婆」

「なんかいったか?」

「なんでもござりませんよー」


ぼさぼさな頭をかき回し、布団から脱出する。

ちなみにお姉もお兄も社会人でこの家にはいない。

おとんも出張から帰ってこない。

お婆がいるから、居にくいのだろう。


「はい、いただきます!」

「・・・・・・いただきます。」


目の前にはすばらしいほどの和食。

食事は一緒にが、お婆のモットーだ。

そのほかにも

華美厳禁、門限八時、アルバイト禁止、早寝早起き。などがある。

この年になって電車に乗る理由は「図書館へ行く」ぐらいである。


「お婆。」

「ん?」

「今日なにすんの?」

「庭の掃除、家事炊事、畑の水遣りと収穫」

「ふーん。」

「ちなみに弓の仕事が、畑」

「・・・・・・・・・」

「トマトが採れるね。あと茄子と胡瓜」

「・・・・うん」


ちなみにわたしはお婆に逆らえない。

だから何度も、死ねと思った。

なんであんなに言われなくてはいけないのだ、消えろ!

とかたくさん思ってた。

今ではそんなこと考える余裕もなくなった。

お婆についていくのが精一杯だから。


「ご馳走様。」

「じゃぁ、玄関に農作業のものあるから。お昼はお婆がお弁当もって畑に行くから。弓がやることは草むしり、水遣り、間引き」

「行ってきます。」


玄関の道具を左手に持ち、家を出る。

畑は自転車で5分ほどのところに土地を借りている。

着くと周りの畑の持ち主は誰も来ていない。1番だ。

とりあえず、帽子をかぶり長袖を羽織草むしり開始。

虫をみて、きゃー!!とか騒ぐこともできなくなってしまった、この神経。周りからは女の子として見られないであろう。お婆は芋虫を素手でつぶすし。

お婆の行ったことをこなしていく。

草むしりや水遣り、間引き。すべてを終わらせると周りにはちらほら人間、自分の頭の真上には太陽。そして、畑の外にはにこやかにお弁当を持っているお婆。


「お疲れ様」

「うん。疲れた。もんのすごく疲れた。」

「そ。じゃ、夜は宿題しなさいね。」


ポンとおにぎりを渡された。

やはりお婆は人間の皮をかぶった鬼であった。



遠くになく蜩の声。自転車のかごには大量の野菜共。

満足げなお婆に、汗と鼻水の自分。

こんな二人が自転車で並んで帰ると、そこだけ時代が違うように見えるのではないか・・・。

家へ着くとお婆は問答無用でわたしをバスタブに放り投げた。

一言、汚い!!と言って。


「あがったよ。」

「ご飯もできてるよ。ぐっとなたいみんぐ」

「おなかすいた。いただきます。」

「はい、お爺ご飯。いただきます。」


お婆は夕飯時にお爺に挨拶する。

リビングから直結な和室。お婆の部屋にはお爺の遺影がある。

仏壇はおとんが嫌がって物置の中。罰当たりだ。


「茄子。おいしいね。好き」

「そりゃ今日採れたもんだもの」

「茄子。いいよね。茄子。」

「トマトも食べなさい」


茄子好きのわたしにはトマトはえらくきつかった。



お婆が入浴中、わたしはリビングで宿題中。

テレビを見ていてまた自覚した。

お婆が今年でいなくなることを。

なにか思い出を作らなきゃねー、など一人でボツボツおもっていると、お婆は風呂から上がってきた。その足でシンクの前に立ち、洗物をする。


「ねぇ、お婆」

「ん?」

「今年、したいことや。行きたいとこある?」

「宇宙に行きたいねー」

「そんなんじゃなくて」


今年が最後でしょ?まじめに答えて!

とか、言う勇気はわたしにはなかった。


「なんか、えーと。わたしができることの範囲で。お婆がしたいこと」

「じゃぁ、宇宙はだめだね」

「そーですね。」


あきれた。さすが鬼婆だ。


「なんかないの?」

「んー。」

「ないならいいや。」

「別に気使わなくていいんだよ?」

「いいの!なんかないの?お婆、わたしに大きいお願いしたことないじゃん!!」

「じゃぁね。」

「なに?」

「一緒の部屋で寝ましょう。」



それがお婆の最初で最後の

大きなお願いだった・


お婆はエアコンが駄目で、昭和を思い出させる扇風機1台を回し寝ている。そんなお婆の領域にわたしは足を踏み入れた。

お婆の布団の隣に、苦労して階段を下りる原因となったわたしの布団を並べる。お婆の部屋の小さなテレビには天気予報が映っていた。


「明日、晴れるってね」

「うん」

「明日は、シーツ洗って、布団干そう」

「うん」

「ちなみに明日、家の仕事はすべて弓」

「・・・・・・・・・・」

「はい、お休み。」


部屋の壁掛け時計は9時過ぎを指していた。



翌日の朝はお婆の声ではなく、網戸を通して聞こえる蝉の声と首を流れる汗で起きた。

タイマー入りのエアコンではなく、タイマーが使えるかどうかわからない扇風機が首を振っていた。

当たり前のごとく、お婆は隣にいなかった。


「おはようございます。」

「はい。おはよう。で、シーツ剥いできて。洗濯機に入れて」

「うい・・・・」


お婆の朝食準備が終わるまで、洗濯係りを任されてしまった。シーツは枕カバーをあわせ計4枚だが、洗濯機はかなり奇妙の音を立てて回ろうとしていた。

しかし、気がつく。水がでない。


「お婆ぁ!!!」

「うん?」

「水でない。」

「あー。バケツあるから、風呂桶から水汲んで入れて。」


まさかの朝からの重労働。バケツを往復し終わると、自分が洗濯機に入りたくなった。

「いただきます。」

「いただきます。」


やはり和食は変わらない。今日の予定を聞けば、やはり昨日とチェンジらしい。今度はわたしがお弁当をもって畑へ行かなくてはならないらしい。おかずのリクエストはごまあえだった。


「じゃ、シーツ干して、洗濯して、掃除機かけて、洗物して、掃除して、お弁当もっておいで」

「あい・・・」


お婆は元気に飛び出していった。

お婆に言われた仕事をこなしていく。シーツを干して、洗濯物を干す。上をみれば紫外線をはなつ太陽は目が痛くなるほどまぶしかった。

お弁当をつくるさなか、あと10日ほどでお婆の誕生日だと気がつく。

まだ畑に行く時間には余裕がある。

これまた昭和を思い出させる黒電話を握りダイヤルを回した。


『はい』

「お姉?」

『弓?なに?仕事中。』

「3日にね、お婆誕生日なの。帰ってこられる?」

『無理。てかアンタのばーちゃんと血つながってないし』

「そうだけど。」

『わかってんだったら電話するな』


電話は切られてしまった。


『もしもし?』

「お兄?」

『弓?なに?』

「3日にね、お婆のたん『いかない。血縁ないし』


切れた


『はい?』

「おとん?弓だけど」

『なんだ?』

「3日にね、お婆の誕生日なの。帰ってきて」

『そんな急に言われても。無理だよ』

「おとんまで、そんなこというの?」

『わがまま言わないでくれ、花おくるから』


切れた。結局冷たく薄情な家族なのだ。

仕方なく、お弁当をもって畑へ向かう。着くと、お婆はお隣さんと話していた。笑っているお婆。


「おーばーばー!!」

「ん?」

「ごはん」


そこからお昼ご飯は始まり、収穫を手伝わされて家へ帰宅した。

勿論夕食もわたしが作り、食べた。茄子ばかり・・・とかお婆は言っていた。


昨日と同じように布団に入る。シーツと枕は太陽の匂い。

本でも読もうかとしたが、やはりお婆に電気を消された。


「愛はね、お婆が一人で育てたんだよ。」

「?」

「愛も茄子が好きだったよ。弓みたいにね。愛と弓はそっくりだよ。」


その日から、お婆は昔の話を寝る前に少しだけするようになった。

おかんの話、家の前の川で蛍が見れた話、おかんが初めて茄子を料理したとき、火事になるとこだった話、

お爺との出会いと別れ、お姉とお兄の話。

毎日、毎日。少しずつわたしに教えてくれた。それと変わったことがもう一つ。

わたしと一緒に料理をするようになった。やっぱりお婆は口煩くて、猫の手で包丁!!とかもっと早く混ぜろとか、

弱火でやらんとこげる!!だとか言う。

けれど、お婆は楽しそうだった。


8月3日 お婆の誕生日。

お婆はお茶会があるとかで、朝から出かけていた。わたしはその間に準備をする。

生クリームが得意ではないお婆には、バタークリームのケーキにすることに。後は、野菜中心の料理を作った。

お婆は夕方に帰ってきた。とても驚いていた。わたしがここまですると思っていなかったから。

しかし、わたしは微妙な気分であった。おとんもお姉もお兄も電話の通り、来てはくれなかった。

そんな時、玄関のチャイムが鳴った。行ってみると花屋が立っていて。葵さんへ。といった。

お婆のもとへ花束を持っていった。カードには『幸彦』とおとんの名前が書いてあった。

なんだかんだで、ありがとう。おとん。

お婆にそれを持っていったら目を細めて微笑んだ。お婆の好きな向日葵の花束だ。


「電気消して」

「あい・・・」


やはり時計は9時を回っていはいない。

しかし、お婆はすでに布団の中。仕方がない。付き合うしかない。


「今日はありがとね。弓」

「うん」

「素敵な日をありがとう」

「うん」

「絶対に忘れないよ。」

「うん」

「死んじゃってもね」

「うん。」


その日の会話はそれだけだった。

次の日はわたしが畑へ行きその日も終わった。



長期休暇とは驚くべきスピードで終わってしまうものである。

お婆のおかげでいいテンポで宿題は、夏休み終了10日前には終わっていた。お婆の計算かと思うと恐ろしいものがある。


9月1日

始業式が始まり。久々に見る友人たちはお土産を交換しあったり、いろいろな部分が焼けていた。

それに関してはわたしは輪に入ることができなかった。

今日はお婆の『お迎え』の日。そんな気分でもなかった。


家へ帰るとお婆は掃除をしていた。お昼ごはんはお中元の定番素麺だった。

お婆がバッグに荷物を詰めると、お爺の遺影に手を合わしていた。

玄関のチャイムが鳴った。残暑が厳しいこの暑さにチャイムを鳴らした人は真っ黒なスーツだった。


「じゃ、お婆。行くからね」

「うん。」

「ちゃんと生活するんよ?弓」

「わかってる。茄子食べる。」

「バランスよく」

「はい・・・」

「あ・・・お婆!!」

「うん?」

「なんでもなや。」

「そ!じゃ!!」

「またね!」


車は遠くへ走り去った。空には大きな入道雲。



お婆。わたしと一緒で幸せでしたか?






end 20080812


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ