俺以外全部トラックに轢かれたので
無限に広がる大宇宙。
超巨大な三角錐型宇宙船。
白く発光する保護フィールド。
頭を床にこすり付ける、宇宙妖精。
「あのね、わるいとはおもうけどね、もう免許の点数ヤバヤバなのね。ニートリーヒちゃんがたいほされると、地球さんにも補償とか払えないの。だからね、ここは地球さんにも非があったとみとめて欲しいの」
この、ニートリーヒと自分を名前で呼ぶヤバい系のセリフを吐いているのは、身長30cmほどの可憐な妖精だ。
薄手のシルクを何枚も重ねたようなワンピースに身を包む少女の外見は、いかにもファンタジックで保護欲すら誘う物だった。
だが、それは外見だけ。中身はクレーマー的なおばちゃんと、ストロング系を愛飲するおっさんのヤバさを併せ持つ、職業:時空間トラック運転手であった。
彼女は、酔ったまま長距離貨物輸送宇宙船を運転し、そのスペースデプリ破砕用の保護フィールドで地球を粉々に轢き壊したのだ。そこに暮らす全ての生命体と共に。
たまたま地球上に居なかった俺だけがただ一人の生存者である。
地球上に居なかった理由は簡単だ。
宇宙旅行中だったのだ。宝くじで一生楽に暮らせるほどの金額をあてたので、俺はその金で宇宙旅行を買った。
この俺、猪野猛は賭け事が好きだ。宝くじは毎回買うし、競馬に競輪競艇も軽く嗜む。ガチャを引くのも好きなのでいくつかのソシャゲもインストールしている。当たり外れで一喜一憂して楽しんでおきながらリターンまで帰ってくるのだから良い趣味だと思う。
この趣味の一環として買っていた宝くじが大当たりしたのだ。これを俺は次の賭け事の種銭にするのではなく、全部使い切る事にした。それが宇宙旅行だった。
結果的にはそれが事故からの回避に繋がったのだから、またしても大当たりと言える。
事故にあう原因というものはどのようなものがあるのだろうか。
例えば、車などの衝突事故であったならば、機器の整備不良や不注意から来る人的ミスなどが挙げられるだろう。
だが、事故は自分の責任だけでは無い。相手がいるケースがあるのでどんなに注意しても完全に防ぐことはできない。
車同士の衝突事故で、保険の責任割合が10対0に成り難いのと同じ。『運転していたのが悪い』『そこにいたのが悪い』という事だ。
今日、地球が消滅したのも同じケースにあたる。というのが加害者であるニートリーヒの主張だ。
太陽の周りをフラフラ回っていたのが悪い。大型星間トラックの運行経路に地球が飛び出したので、ぶつかった。
地球の住民は努力して経路を変えるべきであった。
彼女の言い分を要約するとこういう事になる。
「言いたい事はそれだけですか」
「あのね、ニートリーヒちゃんは悪くないと思うんだ?」
「宇宙にも警察みたいな組織ってあるんでしょう? まずはそこに連絡しましょうよ」
「いやだよぉ。宇宙警察に連絡したら免停になっちゃう」
事故を起こしたのに警察には連絡したくない。そんな話が通るはずはない。
国内での事故ならさっさと警察を呼んで保険屋に連絡すれば終わりなのだが、今回の事故はちょっと問題がある。俺から宇宙警察に連絡する手段は無いのだ。
それに、俺が生きていたのは幸運と言えば幸運だが、地球が無いのではこの後生きてはいけない。金銭で補償をされても困る。元通りにしてもらわないと。
地球が壊れたから直してくれと言って直せるのか、それはわからないが、このニートリーヒという宇宙妖精が名乗った職業に一縷の望みを見出している。
『時空間トラック運転手』過去や未来という時間軸への移動も出来そうじゃないか。相手の責任を追及して、なんとかして事故が起こる前の状態にさせる事。それが俺の目的だった。
そもそも俺は他では得られない鮮烈な体験というヤツをしたいんだ。ギャンブルにはまっているのもその一つ。お金に固執しているわけでは無い。当たったらパーッと使うタイプだ。
民間のロケットによる宇宙旅行も、だいぶ敷居が下がったとはいえ、余裕で都内に家が建つような金額だ。そんな高額な宇宙旅行に金をつぎ込んだのも、他では得られない体験だからだ。
だから、正直に言って俺は地球を粉々に壊された事自体には怒っていない。むしろ珍しい経験に感謝すらしている。
友人や知人に故郷を全て粉砕されたわけだが、文字通りの天災だろう。俺の身体も五体無事というわけでは無かったらしいが、応急救急キットで元通りに戻せたらしい。宇宙人の技術は凄い。きっと地球も何とかしてくれるはずだ。
「んー、なるほどね。タケル君の考え、よーくわかるよぉ」
「ン、どういう事だ?」
「思考観察レンズを目に入れてるから、考えは全部見えてるんだぁ」
土下座の姿勢をやめた宇宙妖精は、ふわりと宙に浮くとニンマリと笑う。
しまった。交渉事がそもそも成り立たないか……
「なら率直に言うが、地球は元に戻せるか?」
「無理ぃ。確定した事実は履歴が残っちゃうから」
くっそ、こいつの話し方イラつくな。しかし何に履歴が残るのかわからんが、地球を元通りにするのが無理なのはキツイ。
「でもね、宇宙免停にならない為ならなんでもしちゃうよ。ちょっとタケル君、共犯になろっか?」
彼女はとんでもない提案を持ち出してきた。すいーっと宙を滑る様に移動すると俺の肩口に腰かけて耳を掴んで囁いた。
「ここに地球と言う星は無かったことにしようよ☆」
まさに悪魔の囁きだった。
「どういう事だ」
「地球のソウルエネルギーとかの情報を全部持って、宇宙警察の手の届かない未開の文明レベルの低い惑星に行かない? 地球は生命のいない大きめの小惑星だって事にすればニートリーヒちゃん悪くないし」
「事故のもみ消しに協力しろと?」
「宇宙開発どころか産業革命もまだの文明世界に、私の持ってる宇宙ツールを持ち込めば王様にでも英雄にでもなれるよ」
そういうと、奇妙なガラクタを山のように並べ始めた。
「単分子ナイフ、干渉拒絶フィールド、通信機能付き万能翻訳機、相対座標固定装置、あと生体増殖剤とナノマシン錠剤に思考観察ゴーグルと物理複製材。あと小惑星破壊用の防御レーザーもあげる。これだけあれば一生死なないでしょ☆」
「これを俺に提供して、お前になんのメリットがあるんだ?」
「『事故なんて起きてない』という事実だけで良いよ。その代わり全力で逃げてネ」
「何から?」
「未開惑星の観察ドローンとか、観光客とかから。見つかったらあなたも有罪になっちゃうの」
宇宙妖精のフワフワした目が真剣な物になっている。おそらくこれだ。こいつ、事故の証拠をすべて消した上でその証拠隠滅の事実すら俺の責任にひっかぶせて逃げる気なんだ。
無茶苦茶な提案だ。だが、俺はわくわくしていた。
「つまり俺に分の悪い賭けに乗れって言ってんだな?いいじゃないか」
「そこに食いついたかー」
地球のみんなには悪いが、遠い星で好き勝手に生きる。この魅力には勝てないよ。
「あ、地球の生命体のエネルギーをあなたに移すから、人間以外の動物の能力は全て再現できるからね」
「それ、詳しく教えて欲しい」
「あなたの意志力以下の生命は全て支配下に入るの。生き物なんてソウルエネルギーを抜いたらただのたんぱく質とかの塊だからね。その辺の肉があれば一時的にであれ、永続的にであれ再現できるよ。やり方は翻訳機に入れておくね」
それはつまり。
「馬の体重分の魚を用意したら馬に変えて走り回らせたり、できるって事か?
「理解早いね、そうだよ。あなたの身体も材料に出来るよ。翼はやしたり爪伸ばしたり」
「ゴリラの握力にしたりも?」
「ゴリラでもなんでも」
宇宙ツールなんかより全然凄いじゃないか!神にもゴリラにも成れる力を手に入れた!
俺はこの宇宙妖精と固く握手を交わし、共犯関係になる事に決めた。
そして、ギャンブル中毒な上に、神にも成れると言われているのにわざわざゴリラを志向してしまう残念な男による異世界逃亡劇が始まるのであった。
■感想の辛口or甘口
優しく甘やかす感じの「甘口」で!




