え、意地悪な姉!? なんで!?嘘でしょ!?いやいやいやいや!!?
その日は穏やかに晴れていた。
「シンデレラ!二階の掃除は終わったの!今度の舞踏会に着るドレスが汚れたらただじゃおかないわよ!」
母の再婚で妹が一人増えた。今、階下から少し困った顔で見上げている使用人は、男前な義父によく似た美人な義妹のシンデレラ。淡い金髪は嫌味なく輝き、青い瞳は大きくて羨ましい……
貧乏男爵家の出戻り娘の母は、経営の苦しい男爵領のために一息つく間もなく貴族と繋がりが欲しかった成り上がり商人の義父とあっさり再婚。おかげで男爵領は首の皮一枚繋がった。
義父は王都に商会を構えている。離縁前の子爵家でも王都での生活だったので、実家とはいえ田舎暮らしはしたくなかった私たちは喜んだ。さらに好きに過ごしていいと言われ、成金もかくやというくらいに豪遊。
茶色がかった金髪にグレーの瞳の私たち母子はこの国に一番多い見た目。平民に毛の生えた貴族と馬鹿にされた過去により、派手な服やアクセサリーを買い漁っては身につけた。
しかし出張に行った義父が行方不明になると、その生活も一変。
義父管理の私たちのお小遣いは当然ストップ。義父の実の娘である義妹だけが生活費の出し入れができた。
妻である母はそれが気に食わず、義妹を苛め始めた。もちろん私たち姉妹も美しい義妹にはただならぬ嫉妬心があったので、母に使用人のようにこき使われる義妹にいちゃもんをつけた。毎日毎分、髪の毛の先が見えただけでも。
なのに。
灰かぶりという意味の『シンデレラ』と呼ぶようになっても、義妹はちょっと困った顔をするだけで、私たちの言いなり。
我が物顔で商会を仕切ろうとする私たちを嫌がり、使用人たちは続々と辞めて行った。それでも義妹は私たちの言いなり。
「だって、やっとお母様やお姉様ができたのだもの。お父様のお仕事が忙しくても、これで寂しくないわ」
屋敷を最後に去って行った料理人に義妹がそう言ったのを聞いてしまった時、なぜかとてつもなく悔しくなった。それからもいびりにいびる日々は続く。
でも。
何か虚しい。
いつもなら息をするようにシンデレラに嫌みを言うのに、その時に限って言葉が詰まった。
神様はちゃんとご覧になっていらっしゃる。
その日私は、階段の最上段から落ちた。
・ー・ー・ー・ー・
「きゃああああっ!! お姉様ーっ!!」
シンデレラの悲鳴を他人事のように聞きながらスローモーションな世界に浸る私。この角度だと家ってこんな風に見えるのね、なんてのん気に考えた瞬間に大量の映像が目の前を流れた。
その大量の情報を浴びるように受けても不思議と混乱はなかった。
まあ、今の世界と全く違うけど、日本人だった時の自分の記憶だし。懐かしいと思ってしまえば、あっさりと受け入れ完了。
そしておののく現状。
はあ!? あの『シンデレラ』の『意地悪な姉』なの!?
物語!? 時系列どうなってんの!? 生まれ変わりって未来にじゃないの!? 物語ってなんで!?
私、そんなに前世で罪深い事した!? 普通な人生だったと思うけど!?
結婚はしてなかったけど……彼氏もいなかったけど! 仕事は充実してたし、友達と海外旅行にも行ったし。兄のとこの甥も姪も可愛いがったし、嫁ちゃんとだって仲良かったし。親孝行は足りなかったかもだけど、誕生日とかイベントはいつもお祝いしたよ!
まあ……親より先に死んでしまったのが罪と言われれば反論はない。診断された時には末期だったし。
立つ鳥後を濁さず……には近い事ができたと思ってたけどな……
なんで『シンデレラの姉』なの……私には王子は現れないって事かい?
……ん? シンデレラが王子様と結ばれて結婚した後に姉はどうなるんだっけ?
確か……ガラスの靴を履くために踵を切り落として? あれ?爪先だっけ? あと、鳩に目をくり貫かれるんだっけ?
あ、それは結婚する前か。
…………どっちにしろ処刑されるより辛い!!!!
自分で足を切るって! そこまでかよ玉の輿!!
嫌だ!無理! 身の丈に合った人生がいい! だって庶民だもん!
あ、今は貴族だった。いや!商人だった!ん?あれ?どっち!?
何でもいいけど身の丈に合った生活があるはずよ! そうしよう! 今からでも! 生きてたらーーっ!!!!
ぼふん
「お姉様!! お、おおねええさささまま……!? ど、どど、どうしたら……お医者を? その前にベッドへ? あ、意識確認を?」
「……落ち着いて……」
趣味の悪い、生地をたくさん使った成金ドレスがクッションになったおかげで衝撃が軽く、意外とどこも痛くない。グッジョブ成金。けど、それはそれでめっちゃ恥ずかしい。
……いい大人が階段を踏み外して転がり落ちるって……あ、今は16歳だっけ……
でも心臓はドクドクと鳴っている。そりゃそうだ。意識はスローモーションだったけど二階から落ちたのは恐かった。
とりあえず、落ちた格好のまま息を整える。
荒い息のまま、シンデレラを見上げる。
私を覗き込む目からは涙がこぼれそうになっていて、床についた両腕は震えている。「おねえさま、おねえさま」と小さく呟く口。
……ああ。顔色がくすんでいても美人だわー。眼福眼福。
じゃなくて。
「大丈夫……ドレスのおかげでどこも痛くないわ……びっくりしたけど……」
「ちょっと!あなたの掃除がなってないからお姉さまが落ちちゃったでしょ!」
シンデレラに微笑もうとしたら、おやつ中だった実の妹がキッチンの方からドタドタとやって来た。
マテ妹。シンデレラは掃除用具を放り出して私に駆け寄ってくれたけど、お前はおやつ片手に文句かい。つーか問題はそこじゃないよ?
「きゃあ!せっかくのドレスにシワが! シンデレラ!ドレスを綺麗にしなさいよ!」
どこの部屋にいたのやら、駆けつけたお母様のキンキン声も響く。
マテお母様。まずはドレスの心配てオイ!? 娘が階段落ちしたんですけど!?
「はい! すみませんでした、お姉様、お母様」
ああ、シンデレラ。これは貴女の謝る事ではない。
・ー・ー・ー・ー・
コンコン
控えめなノックの後にそっと開いた扉からシンデレラが現れた。
「お姉様、具合はいかがですか」
お茶セットが乗ったトレイを持って私の部屋に入ってくると、ベッド脇の猫足サイドテーブルに置いた。そして、その場でモジモジしている。
……だよねー……
今まで「汚れるから同じ部屋に入らないで!」が私からシンデレラへの毎日の挨拶だもん。階段落ちの後に部屋に運んでくれるんだって、恐る恐ると肩を貸してくれたシンデレラ。いつも怒鳴っていた私によく肩を貸してくれたよ。まあ、お母様も妹もさっさといなくなっちゃったからしようがなかったもんね。
その後もドレスを脱ぐのを手伝ってくれて、体に痣ができていないかチェックしてくれて、寝間着を準備してくれて、シワになったドレスを持って行こうとしたシンデレラを止めた。このドレスのおかげで助かったから感謝はしてるけどとりあえず放置。シワはできたけど大して汚れていないし。
ドレスは後ででいいなんて言ったくらいでは何にもならないけど。
何でこんなに献身的なんだろう。
我が事ながら、そんな価値は全くないのに。
「一杯だけ淹れてくれる?」
ベッドに起きている私の加減をみたいけれど、医者的な事が分からないだろうシンデレラは小さくオロオロとしていた。お茶を淹れるという仕事にホッとしたのか、肩が少しだけ下がった。
あぁ、いい香り。
シンデレラの淹れる紅茶は美味しい。プロの料理人には敵わないけれど料理も美味しい。ごくたまに拭き残しがあるけれど、掃除だって丁寧だし、天気が良ければ洗濯物のついでに寝具も干したりする。
いつでも私たち優先で。
「シンデレラ、話があります」
手渡された紅茶を一口飲み、そのままカップとソーサーを両手で持つ。
私の雰囲気に圧されたのか、シンデレラはベッドの側で畏まった。
「シンデレラ、いいえ……エラ」
瞬間。シンデレラは息を飲み、私を凝視。
「あなたの知る現在の我が家の財政状況を教えてちょうだい」
罰だとしても、目をくり抜かれるのはやっぱ嫌だ。
■感想の辛口or甘口
優しく甘やかす感じの「甘口」で!




