第7話 積荷の少女
俺たちは盗賊のアジトで一夜を明かした。
「やっぱり屋根と壁があるっていいわね」
ベッドの上で気持ちよさそうに伸びをするユリアーナが、顔を輝かせて提案する。
「ねえ、たっくん。野営用に小屋を造りましょうよ」
それはもはや野営ではない気がする。
だが、雨風をしのげる空間が欲しいのは俺も同じだ。
幸い周囲は森と岩場のため、建材は十分にある。
金属類も、鋼の武器を中心に盗賊たちの貯め込んでいた武器類が洞窟の奥にあったので、材料に困ることもない。
「食事をするスペースと寝室、キッチンとトイレ、風呂があればいいか?」
「お風呂、いいわねー。出来れば温泉が欲しいところだけどー」
物欲しげに見るな。
「さすがにそれは無理だろ」
「大丈夫。どこかで温泉を見つけたら大量の源泉を収納しましょう」
収納容量がどれくらいあるか知らないが、俺とユリアーナなら問題なく実現できそうだ。
ユリアーナと二人きり、混浴の露天風呂が鮮明な映像となって浮かび上がる。
「OK、岩風呂でも檜風呂でも任せておけ」
温泉の魅力に負けて承諾の返事をすると、
「お風呂は男湯と女湯で別にしてね」
見透かしたようにクギを刺された。
寝室は当然別々になるから、2LDKでトイレ付、風呂は岩風呂と檜風呂の二つを作って男湯と女湯を日替わりで交互に変えるか。
温泉はともかく、風呂は今夜にでも使えるようにしておくか。
「あ! トイレは毎回破棄できるようにしてね」
俺も使用済みのトイレを持ち歩くのはノーサンキューだ。
「分かった。取り敢えず作ってみるから、それを見てから意見をくれ」
「馬小屋にいる馬も全部持ってくわよ」
洞窟の外に馬小屋があり、そこに三十頭以上の馬が繋がれていた。
公用語スキルを付与した二頭の馬も昨夜はその馬小屋で一晩を過ごしている。約束通り飼葉を大量に用意したので心行くまで食べているはずだ。
「と、その前に盗賊のお宝ね」
そう言って勢いよくベッドから飛び降りた。
「ところで、昨夜から気になっていたんだが……」
「何よ、歯切れが悪いわね」
「入り口のところにあった馬車、あれを中に隠れている盗賊ごと収納しただろ?」
「それがどうしたの?」
「隠れていた場所が積荷の中なんだ」
「え?」
「しかも、女の子なんだよ。何て言うか、村娘っぽい恰好をしている。もしかしたら襲われた行商人の同行者じゃないのか?」
盗賊に襲われたとき、咄嗟に積荷の中に隠れた可能性に思い当たる。いや、状況からしてその線がかなり濃厚な気がしてきた。
「もっと早く言いなさいよ」
錬金工房の中で少女が一晩中怯え続けていたのではないかと同情するユリアーナに、馬車を取り込んだ瞬間から時間を止めてあることを告げた。
「ともかく、その女の子を出しましょう」
◇
馬車の中に隠れていた少女を、先ほどまでユリアーナが寝ていたベッドの上に横たえた。
年の頃は十二、三歳。
ユリアーナと同じくらいの年齢に見える。
北欧系の彫りの深い顔立ちで、きめの細かい白い肌と淡い水色の髪が目を惹く。
端的に言って美少女だ。
どことなくホンワカとした感じのする女の子で保護欲をそそられる。
見た目はともかく、言動のきついユリアーナよりもこの娘の方が好みかもしれない。
ただし、服装はこの上なくみすぼらしい。ツギハギどころが、ところどころ穴の開いたボロ服を着ていた。
ベッドの上で眠っている少女を覗き込んでいたユリアーナが不意に顔を上げる。
「何で眠っているのよ」
疑いの眼差しが俺に向けられた。
錬金工房内の時間を停止せず、隠れていた少女が一晩中怯え、泣きつかれて眠ってしまったと思われたようだ。
気持ちは分かる。
俺も少女が眠っていることが信じられない。
だが……。
「間違いなく、時間は停止していた」
「もしそうなら、相当図太いわよ、この娘」
つまり、盗賊に馬車を襲われ仲間が皆殺しにされる中、積荷の中で息を潜めて隠れていたのではなく、隠れて居眠りをしていたことになる。
ユリアーナが寝息を立てる少女に再び向き直る。
「もしもーし。お嬢さん、起きてください」
「う、ん……」
覚醒しそうで覚醒しない。
「起きなさい」
ユリアーナの語調が強まるが、一向に起きる気配がない。
相変わらず幸せそうな寝顔だ。
少女を起こそうと揺すること数回、ユリアーナがキレた。
「いい加減に起きなさい! これ以上眠り続けると神罰下すわよ!」
「ふぇ……」
能天気そうな声を発して少女が目を覚ました。
寝ぼけ眼の少女にユリアーナが聞く。
「あなたは誰?」
つい最近、聞いたセリフだ。
「誰! 誰ですか!」
俺とユリアーナに気付いた少女は驚きと恐怖の表情を浮かべると、怯えたようにベッドの上を後退る。
「君に危害を加えるつもりはないから安心してくれ。俺は神薙修羅、この娘はユリアーナ・ノイマン」
俺の魂の名前と昨夜急遽決めたユリアーナの偽名を告げた。次いで、簡単に現状を説明しようとする矢先、再びユリアーナが問う。
「あなたは誰?」
「ごめんなさい。悪気はなかったんです」
引きつった顔で小さな悲鳴を上げたと思ったら、そのままベッドの上で泣き崩れた。
俺とユリアーナは互いに顔を見合わせた。
◇
「信じられないな」
「信じられないわね」
俺とユリアーナの声が重なった。
「本当です、嘘は吐いていません」
「嘘を言っているとは思ってない」
信じられないのはそこじゃない。
「街から逃げだすのに行商人さんの馬車に無断で潜り込んだのは反省しています。信じてください、悪気はなかったんです。他に方法が思いつかなくて……」
次の街まで三日。
三日分の食料を抱えて馬車に潜り込む後先を考えない行動力も信じ難いが、信じられないのは、盗賊に襲撃されたにもかかわらず、積荷に隠れたまま眠ってしまう神経の方だ。
泣き崩れる少女を落ち着かせてようやく話を聞きだすことができたのが十数分前のこと。
少女の名はリーゼロッテ・フェルマー。
ここから半日の距離にあるラタの街の出身で、三日前に十四歳になったばかりだという。
十一歳のときに両親に先立たれて以来、地元の孤児院で暮らしていたそうだ。
だが、最近赴任してきた代官に目を付けられ、身の危険を感じて街からの脱出を図ったのだという。
「それでリーゼロッテはこれからどうするつもりなんだ?」
「取り敢えず隣の街に逃げ込んで、落ち着いたらどこかの商家か、商業ギルドの職員として働かせてもらおうと思っていました」
十四歳の少女がそんな簡単に職に付けるものなのか、と疑問に思っていると、
「あたし、文字の読み書きと計算ができるんです」
そう言っててリーゼロッテがほほ笑む。
俺と目が合ったユリアーナがリーゼロッテの言葉を肯定するように小さくうなずいた。
なるほど、この国では文字の読み書きと計算ができる人材というのは貴重なのか。
一応、考えてはいるようだが……。
「目を付けられた相手は街の代官なんだろ? 隣町に逃げたくらいで何とかなるものなのか?」
「どうでしょう? あたしもお代官様から逃げるのは、これが初めてなのでよく分かりません」
あまり考えていないようだ。
「街の一つや二つ離れたくらいで逃げ切れるとは思えないけどな」
「その代官の執着度合いにもよるでしょうけど、本気で追いかけてくるようなら逃げきれないでしょうね」
「隣町でなく隣国に逃げ込むなら、その代官からも逃げきれるかもしれないな」
街を一つ二つ隔てたくらいで逃げ切れるなら、この世界は犯罪者で溢れ返ってそうだ。
「そんな!」
計画が根底から覆り、絶望がリーゼロッテを襲ったところに、ユリアーナが追い打ちをかける。
「そもそも、その代官は本当にあなたを狙っているの?」
それはあんまりじゃないのか?
もし、彼女の勘違いだったら、この逃亡計画そのものがギャグにしかならない。
リーゼロッテが恥ずかしそうに頬を染め、うつむき加減で話しだす。
「孤児院の帳簿確認を手伝っているときもやたらと身体を触られました」
二歳しか違わない俺ならともかく、大人ならロリコン確定だ。
「お屋敷に来るよう言われたり、無理やり馬車に連れ込まれそうになったりしたのも一度や二度じゃありません」
世界が変わっても権力者のやることは汚い。
俺の中の正義感を何かが刺激する。
「それに、昨夜は怪しい男の人たちにさらわれそうになりました」
そう言って涙を流しだした。
決まりだ。
悪代官、許すまじ。
「リーゼロッテ、君には三つの選択肢がある。一つは、ここで俺たちと別れて隣国を目指す。もう一つは隣街へと向かう。もう一つは俺たちと一緒にラタの街に戻る」
「お二人と一緒に隣国に向かう、という選択肢はありませんか?」
無理な頼みだと分かっているのだろう、額に汗が浮かび、その一部が頬を流れる。
とはいえ、意外と強いな、この娘。
「あなたねー、慈悲深いあたしでも限界があるわよ」
「ごめんなさい! 希望です、希望を言ってみただけなんです」
「それで、どうするつもり?」
「どうしましょう?」
小首を傾げるリーゼロッテに、ユリアーナがため息交じりに返した。
「聞いてるのはこっちよ」
「ヒッ、ごめんなさい」
ベッドの上で後退るリーゼロッテに言う。
「俺たちは三十一人の盗賊を簡単に倒せる力がある。その悪代官がリーゼロッテに迫ってきても俺が守ってやる」
「え?」
驚くリーゼロッテの頬がわずかに赤らんだ。
おや?
これは脈ありか?
「このままじゃ他国に逃げない限り、常に悪代官の追手に怯えて暮らさないとならないぞ」
「それは……」
「必ず守る」
彼女の手を取ると、頬の赤みが増した。
もう一押しだな。
「リーゼロッテも故郷を離れたくはないだろ?」
「それはそうです、が……」
「俺を信じてくれ。もし、途中で信じられないと思ったら逃げだしてくれて構わない」
彼女に金貨の入った皮袋を投げる。
「これは?」
「信じられないと思ったときに逃げるための逃亡資金だ」
「信じます! あたし、シュラさんを信じます!」
身を乗りだして俺の手を強く握り返した。
背後から聞こえるユリアーナの『ばっかじゃないの』という言葉は聞かなかったことにしよう。
こうして俺たちの次の目的地が決まった。