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第4話 盗賊との遭遇

 ユリアーナが焚火代わりの竃に枯れ枝を投げ込む手を止め、東へと延びる街道の先に視線を向けた。


「人が近づいてくるわ。人数は七人」


「目がいいな」


 俺もそちらを見るが、それらしい人影は見えない。


「二キロメートル以上先よ」


 なるほど、人間は魔力があるから魔力感知に引っかかったのか。


「魔力感知で魔物と人間の区別がつくんだな」


「人間と亜人族との区別はつかないけど、魔物か人族かくらいはね。結構な速度で近づいてくるから馬に乗っているのかも」


「こっちの世界の人間との初めての接触か」


「こんな時間に馬を駆けさせているってことは何かあったのかしら……?」


 声音から警戒しているのが分かる。

 だがそれ以前に、この状況を何とかしないとさすがに不味いだろう。


「旅人風にカモフラージュした方が良くないか?」


 旅人が持ち歩きそうにない、椅子とテーブル、ベッドや竃を視線で示す。


 異空間収納はレアなスキルだと言っていたし、収納量は魔力量に比例するとも言っていた。

 相手がどんな人間なのか分からない以上、不用意に情報を与えるのは避けたい。


 俺は旅人が持ち歩きそうにない椅子とテーブル、ベッドを片付け、イノシシの皮を加工したリュックサックを二つ作成する。

 その間にユリアーナが竃を片付け、それらしい焚火を用意した。


 (はなは)だ軽装だが、二人の旅人の出来上がりである。


 程なくして馬蹄の音が響き、騎乗した七人の男たちが姿を現した。

 男たちは全員が剣や槍で武装している。


「盗賊ね」


 ユリアーナが断定して言い切った。

 人を外見で判断するのは反対だが、今回ばかりは彼女に賛成だ。七人の男たちは抜き身の剣を手に俺たちに近付いてくる。


 対するこちらは丸腰だ。


 焚火の明かりで盗賊たちの表情が見て取れる。

 下卑(げび)た笑いと言うのはあんなのを言うんだろうな。見本のような七つの笑みに嫌悪感を覚えた。


 焚火の炎に照らしだされたユリアーナの顔を見た盗賊の一人が口角をつり上げる。


「こりゃ大当たりだ」


 他の男たちも次々と下品な言葉を並べ立てた。


「ちょっと若すぎるが美人じゃねぇか」


「若すぎるのが趣味だっていう貴族や金持ちは大勢いるから大丈夫だ」


「むしろそっちの方が高く売れるってもんだ」


 これまで感じたことのない感情が俺を襲う。

 自分の連れの女の子に下品な言葉を投げかけられることが、これ程までに不快なことだと初めて知った。


「さっき(さら)った村娘みたいに、なぶり殺したりするんじゃねえぞ」


「アジトに連れ帰って数日楽しもうとおもったのによー」


「まったくだ。お前はやり過ぎるんだよ」


 頭の禿げあがった年配の男が左の頬に傷のある若い男を小突くと、


「勘弁してくださいよ。今度は殺さないようにしますから」


 そう言って悪びれるようすもなく笑った。

 こいつら、近隣の村から娘を攫ってなぶり殺しにしたのかよ。


 沸々と怒りが込み上げてくる。

 それはユリアーナも同じだった。


「神罰を下しましょう」


「俺たちに何か用か?」


 彼女の抑揚のない静かなささやきと、爆発しそうになる感情を抑えた俺の声とが重なった。


「このガキ、大人に対する口の利き方も知らねえみてえだな」


「ちーっと、(しつけ)をしてやるか」


 男たちの間から下品な笑い声が上がった。


「それじゃ、逃げらんねえように脚を切り落とすか!」


 突然、一人が大声を上げると、これ見よがしに剣で焚火の明かりを反射させた。

 威嚇(いかく)のつもりなんだろうな。


 視線でユリアーナに合図を催促するのと別の男が声を上げるのが同時だった。


「まてよ、男の方も可愛らしい顔してんじゃねか」


「傷物にするなよ、値が下がるからな」


「どっちも高く売れそうだ」


 男たちが上機嫌で笑う。

 彼らの反応に怒り心頭のユリアーナが冷たい笑みを口元に浮かべて聞く。


「大丈夫?」


「問題ない」


 七人全員、いつでも錬金工房に収納できることを告げた。


 初めて生きた人間を収納することになりそうだが、俺の精神状態は極めて落ち着いている。

 むしろ、酷く不快にさせる連中を『さっさと視界から消したい』、という感情が急速に膨れ上がっていく。


「顔が怖いわよ」


 どうやら自然と口元が綻んでしまったようだ。

 俺は口元を引き締めて彼女にささやく。


「もう十分だろ?」


「まだよ。言質を取ってからね」


 文字通り、女神様の愛らしい笑みだ。


「あたしたちをどうする気かしら?」


 そう言葉を発したときには、たった今、俺に向けられた愛らしい笑みは消えていた。

 そこにあったのは酷薄な笑み。


「まずは俺たちのお屋敷にご招待だ。そこでたっぷりと楽しんでもらったら街へ連れてってやるよ」


 何が待ち受けているのか容易に想像ができるような言葉をわざと選んでいる。

 彼女が怯えるのを見て楽しむつもりなのだろう。


「そっから先は貴族や金持ちの商人のところだ」


「もしかしたら外国に連れてってもらえるかもな」


 盗賊たちの下品な笑い声が沸き起こる。

 大声で笑う盗賊たちにユリアーナが冷笑を浴びせた。


「あなたたちは人さらいね? あたしたちを奴隷商人に売るつもりなんでしょ?」


「良くできました」


「お嬢ちゃんはこっちのガキと違って賢いな」


「たっくん、やっちゃって」


 盗賊たちの笑い声が響くかな、ユリアーナのささやきが俺の耳に届いた。

 次の瞬間、笑い声もろとも盗賊たちが消える。


 刹那の出来事。何の動作も必要ない。

 残像だけを残して七人の盗賊たちは消えた。


「終わったよ」


「ご苦労様」


「こいつらどうする?」


「情報を聞き出したいから、取り敢えず拘束した状態で一人吐き出してくれる?」


「アジトを襲撃するのか?」


 自分でも声が弾んでいるのが分かる。

 俺は武装解除した盗賊の一人を手枷と足枷とで身動きできない状態にして地面に転がした。


 止まった時間が動きだす。

 収納する直前に響いた笑い声が再び辺りに響き、すぐに戸惑いの声に変わる。


「なんだ? てめえら、何をしやがった!」


「これからあなたに質問をするから正直に答えてね」


「おい、お前らこいつらを痛めつけろ!」


 盗賊が自由にならない手足を必死に動かして大声を張り上げた。


 状況が把握できていないようだな。

 この男にある最後の記憶は、武装した仲間たちで俺とユリアーナを囲んで笑っていた瞬間なのだから無理もない。


「誰もいないぞ」


 地面に転がった男は初めて周囲を見回す。


「皆、あなたを見捨てて逃げていったわよ」


 楽しそうなユリアーナの顔が焚火の炎に照らしだされる。


 盗賊が顔を蒼ざめさせた。

 自分が独り取り残され、拘束されていることをようやく理解したようだ。


 ◇


 盗賊の一人からアジトの場所と戦力を聞きだすのにそう時間はかからなかった。


 ユリアーナ曰く。


「所詮、盗賊。命を対価に脅せば、義理も根性も罪の意識すらないから簡単に口を割るわよ」


 その通りだった。

 自分の命惜しさにベラベラとしゃべる。


 こちらが聞いてもいない情報まで教えてくれた。

 浅ましい大人を目の当たりにすると、青少年としては『ああはなりたくない』と本心から思う。


「さあ、盗賊のアジトに乗り込むわよ!」


 盗賊のアジトを急襲しようとかけ声をかけたのが十分程前のこと。


 俺とユリアーナの口から洩れたのは諦めの言葉だった。


「そろそろやめないか? これ以上時間を無駄にするわけにはいかない」


「そうね、ちょっとハードルが高かったかもね」


 荒ぶる二頭の馬を錬金工房に収納した。


 聞きだした連中のアジトに馬で駆け付けようとしたのだが……、それが大きな間違いだった。

 一度も乗馬なんてしたことがないのに何故乗れると思ったのだろう。


 他人のせいにするつもりはないが、ユリアーナの軽いノリに惑わされた気がしてならない。

『乗ったことはないけど、見たことはあるんだし、何とかなるでしょ』とはユリアーナ。


 結局、なんともならなかった。

 七頭の馬全て試したが歩くことすらままならない。


 端的に言うと、馬に乗ってすぐに放り出された。


「歩くしかなさそうね」


 盗賊たちのアジトはここから五キロメートル程先にある洞窟。


「ユリアーナ、提案と言うか相談がある」


「五キロメートル歩くのが嫌だとか言わないでよ。盗賊を掴まえて騎士団に突きだしたら報奨金が貰えるのよ」


 先程の尋問で、盗賊団のボスを含めた五人の盗賊たちに賞金がかかっていることを聞きだしていた。

 さらに盗賊が盗んだ財産は討伐した者に所有権が移ることも確認済みだ。


「先立つものは必要だし、善行を積んで大金を得られるんだから反対するつもりはない」


「じゃあ、歩きましょう」


 そう言って歩きだす彼女の背に言葉を投げかける。


「盗賊の持っているスキル」


 そこで言葉を切ると、案の定ユリアーナが即座に反応した。


「何か面白そうなスキルでもあったの?」


「全員、公用語のスキルを持っていた」


「当たり前じゃないの」


 期待に輝いた瞳を落胆の色に染めて力なくうなだれた。


「そのスキルを馬に付けられないかな?」


 声帯が違うからしゃべることはできなくても、こちらの命令を正しく理解することができるようになるかもしれない。

 理解できれば俺たちでも馬に乗れるはずだ。


 公用語を理解できなくなった盗賊の末路を想像すると若干の罪悪感を覚えるが、これも因果応報と諦めてもらおう。


 振り返ったユリアーナの口元に笑みが浮かぶ。


「盗賊が公用語を理解できるよりも、馬が公用語を理解できる方がずっと価値があるわ」


 予想はしていたが迷いがない。


「言いだしておいて何だが、反対しないんだな」


「公用語スキルを失った盗賊には、女神であるあたしから感謝の祈りを贈りましょう」


 胸の前で両手を組むと静かに目を閉じる。


「それだけ?」


「過分な同情は禁物よ」


「それじゃ……」


 俺は盗賊の公用語語スキルの剥奪を試みることにした。

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