第22話 準備は整った
「よし、運び込め」
騎士団の詰所奥にある倉庫前に到着するとパウル隊長の号令一下、配下の騎士と共に俺とロッテも盗賊たちからの押収品を騎士団の倉庫へ運び込む。
荷物を運んでいると手ぶらのユリアーナが近付いてきた。
「あきれたものね。騎士団の倉庫を利用しているとは思わなかったわ」
「まったくだ。灯台下暗しとはよく言ったものだ」
盗品を隠すのだからバレても言い逃れができるように、別名義で民間の倉庫を借りていると予想していただけに驚きだ。
「ところで、第二部隊はどうしちゃったの?」
「踏み込むタイミングをどうするか、連絡が入るはずだったんだが未だに連絡がない」
第二部隊が踏み込んでくるなら今が絶好のタイミングだと思うのだが、踏み込んでくる気配はない。
「第一部隊と行動を共にしていたから、あちらさんとしても接触する機会を逸したのかもね」
「そんなところだろうな」
「楽しみにしてたのに……」
心底残念そうに肩を落とした。
その姿に、第二部隊のコンラート隊長の提案を話して聞かせたとき、 踊りださんばかりの喜びようが蘇る。
『あのいけ好かないオヤジが犯罪者になる瞬間を間近で見られるのね』
実際、軽やかな足取りでターンを決めていたな。
「そのうち接触してくるだろ。パウル隊長が犯罪者として捕えられるところを間近で見たいのは俺も一緒だ」
「そうね、そうよね……」
そう言い残して馬車へと引き返すユリアーナを見ていると、年配の騎士が声をかけてきた。
「あの娘、孤児院から引き取ったんだって?」
視線の先には誰よりも多くの荷物を抱えたロッテがいた。
「ええ」
「ありゃ、相当量の魔力をもっているな。うちの騎士団に欲しいくらいだぜ」
ロッテが大量の荷物を抱えて足早に倉庫へと消えていく。
少しやり過ぎたかな。
彼女の魔力はかなり増強していた。それに比例して魔力による身体強化も格段に強化されており、並みの騎士など足元にも及ばない身体能力を発揮している。
「勘弁してください。彼女はもううちの商会になくてはならない人材なんですよ。それに商人になりたいと言うのも、私たち兄妹と一緒に来たいと言うのも彼女の希望です」
年配の騎士は『別にとったりしないから安心しろ』と言って笑うと、
「働き者だし気立てもいい。それにあれは将来美人になるぞ」
そう付け加えた。
同感だ。
抜けたところもあるがそこも可愛らしいと言えば可愛らしい。元の世界に戻らなかった場合、ロッテを嫁さんにしてもいいかもしれないな。
「とてもよくやってくれています」
将来美人になる云々について下手に言及すると不名誉な噂が広がりかねないので触れずにおこう。
「大事にしろよ。逃がしたら後悔するぞ」
「ご忠告ありがとうございます。大切にします」
年配の騎士が照れた演技をする俺からユリアーナに視線を移した。
「それに引きかえお前さんの妹はまるで働かないな」
同感だ。
「実家では奉公人に指示を出すだけでしたから……」
『女神様なので』とは言えない。
「俺の知っている商家の娘ってのは、どんな大商人の娘でも皆働き者なんだがな」
「国が違うので、その辺りも違うのかと」
「まるで貴族のお嬢さんみたいだな」
言わんとしていることは分かる。
「父親に甘やかされて育ちましたからね」
ボロがでないうちに切り上げたいと思ったところに、若い騎士見習いに声を掛けられた。
「シュラ・カンナギはお前か? 魔術師ギルドから使いがきている」
「使いの方はどちらに?」
騎士見習いが視線で扉の一つを示した。
俺が視線を向けると扉のすぐ側に立っていた男が軽く会釈を返してよこした。
「兄ちゃん、手伝いはいいから行ってきな」
年配の騎士に促されて、扉の側に立つ男の方へと歩を進めた。
魔術師ギルドの使者を名乗る男は握手をするなり本題を切り出した。
「代官様がカンナギ様との面会を承諾くださいました。時間は今夜、二十時から一時間とのことです」
「お骨折り頂き、ありがとうございます」
急がせておいて何だが、予想していたよりも随分と早く面会できる。正直なところに三日先になると思っていたが、こちらとしてはありがたい誤算だ。
「十九時過ぎに宿へ迎えの馬車を差し向けます」
「そこまでして頂かなくとも――」
「万が一遅れるようなことがあっては当ギルドとしても面目が立ちません」
男は最後まで言わせずにクギを刺した。
「承知いたしました。準備万端整えて宿で待たせて頂きます」
「それでは私はこれで失礼いたします」
男は深々とお辞儀をして去って行った。
◇
第一部隊から解放され、宿へ戻るとすぐに第二部隊の騎士から接触があった。
俺は騎士に呼び出されるまま、近くの酒場へと入る。
「こんな格好ですまないね」
第二部隊の騎士を名乗った男は街中で見かけるゴロツキのような恰好をしていた。少なくともまっとうな仕事についている人間には見えない。
オーガ討伐の際に見かけていなかったら、紀章を見せられても信用しなかっただろうな。
「いいえ、騎士だと知られると不都合なこともあるでしょう」
「それで、押収品の保管場所は分かりましたか?」
注文したビールが運ばれるや否や騎士が小声で訊いてきた。
「騎士団の詰所奥にある倉庫です」
「まさか!」
驚く騎士に向けてさらに言う。
「信じられない気持ちも分かります。まさか騎士団の施設を、それも詰所の中にある倉庫を犯罪に利用しているとは思いませんでした」
「ご領主や代官に知られたら大ごとだ……」
騎士の独り言を聞こえなかった振りをして、俺は接触してきた騎士に盗品を隠した倉庫と、倉庫の床下が隠し場所になっていることなど詳細を伝えた。
一通りの情報提供を終えると、騎士が静かにささやく。
「今夜踏み込むので君には案内を頼みたい」
パウル隊長の逮捕劇を特等席で見るのを半ば諦めていただけにこの申し出は願ったりかなったりだ。
二つ返事で飛び付きたいところだが、ここは出来るだけ高く恩を売っておこう。
「どうしても、という事であればご協力はさせていただきます。しかし、私が案内したのがバレたら、そちらが不利益を被りませんか?」
「むしろ証人としての君が必要なんだ」
「証人ですか……。証言をするために『保護』という名目で、身柄を拘束されるようなことはないでしょうね?」
「証言までこの街を離れないでもらいたい」
「私たちは行商人なので移動できないと商売ができません」
「代官の裁きがある当日以外は自由にできるはずだ。第二部隊としても、ある程度の便宜は図れると思う」
『はずだ』と『思う』、か。
何ともグレーな答えだ。
というか、明言を避けるあたり絶対に不利益を被るよな。
「この辺りで商売をするならラタの街の騎士団の覚えがよくなるのは金銭に換算できない利益があると思うが、どうかな?」
思案している俺に騎士が強い口調で言った。
なるほど。
協力しないと後々に禍根を残すことになると言うわけか。
「分かりました。協力させて頂きます」
「では、私は隊長に報告をしなければならないのでこれで失礼する。踏み込む時間は追って知らせる」
「その時間ですが、二十時から二十二時まで先約があります」
「申し訳ないが我々を優先させて欲しい。先約は断ってもらえないだろうか」
言葉は丁寧だが口調と雰囲気が高圧的だ。
「先約は代官様との商談です。実は献上品をお持ちすることになっております。お断りするとなれば第二部隊の隊長のお名前を出さないとなりませんがよろしいでしょうか?」
「代官様との約束だと先に言え!」
本性を現した感じだな。
「如何しましょう」
「代官様との面会は二十二時には終わるのだな!」
「はい、遅くともその時間には終わる予定です。とは言え、時間が来たからと言って私から面会を切り上げるというのも……」
眼前でイラついている騎士をさらにからかう。
「もういい! 夜中だ! 夜中に踏み込めるよう、私の方から隊長へ進言する」
用事は済んだとばかりに立ち上がる騎士に問い掛ける。
「料理が来るのはこれからですが?」
「急いでいる! 料理は勝手に食べてろ!」
吐き捨てるようにそう言うと、騎士は足早に酒場を出て行った。