第1話 異世界へ(2)
本日、二話目です。
「なるほど、この世界が正常に近づくにしたがって女神様の力も復活すると言うわけだ」
「そう、そうなのよ。理解が早くて助かるわー。それと、女神様じゃなくて『ユリアーナ』ね」
愛らしい笑顔でウィンクをした。
心臓の鼓動が途端に早まる。
俺は鼓動が早鐘のように打っているのを気付かれないよう、平静を装って一つの疑問を口にする。
「ところで、最後の力ってことは、ユリアーナにはもう力が残っていないのか?」
「いまのところ、よ。そのうち凄い力が復活するんだから」
「つまり、戦えるのは俺だけってことか。それで俺はどんな力を持っているんだ?」
俺は期待に胸を膨らませて聞いた。
「こっちが知りたいわ」
「は?」
今の一言はなんだ?
『こっちが知りたいわ』というユリアーナの声がリフレインする。
放心しかけた俺に気付かないのか、彼女が説明を続けた。
「世界を渡るときに何かしらの特別な能力を一つ手に入れたはずよ――――」
召喚された人間や動物、魔物が異世界へと転移する際に何らかの特別なスキルを手に入れる。
そのほとんどがこの世界でも上位のスキルか、他に存在しないユニークスキルだ。
「――――どんな能力なのかは本人にしか分からないのよ」
「特別なスキルかー。どうやって調べればいい?」
「自分の中に力を感じるはずなんだけど? 取り敢えず目を閉じて意識を集中してみて」
俺は言われる通りに目を閉じて心を落ち着ける。
すると、直ぐに身体の奥底で今まで感じたことのない何かが感じられた。
「これか!」
「あったのね、スキル! どんなスキル?」
ユリアーナが期待に目を輝かせた。
俺は頭に浮かんだ単語をそのまま告げる。
「錬金工房だって」
「生産系かー」
途端、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「随分な落ち込み様だな」
釈然としない気持ちを抑えきれず、それが口調に現れてしまった。
だが、ユリアーナはそんな俺の口調など気付かずに虚ろな表情を浮かべている。
「ここは危険な世界だから、攻撃系のスキルが欲しかったわー」
「その危険な世界を生産系のスキルしかない俺と、俺以上に能無しのユリアーナとでどうやって生きていくんだ」
「目的が変わってる! 神聖石を集めるの! 世界を救うのよ! それにあたしは役立たずじゃないわよ。女神の力を失ったとは言っても、治癒系の光魔法と地、水、火、風の四属性の魔法を全部使えるんだからね」
誇らしげに胸を張りユリアーナが『それだけじゃないのよ』、とさらに続ける。
「魔力感知と異空間収納に簡単な飛行能力もあるのよ」
「戦闘はユリアーナに任せて俺は生産に精をだすことにするよ」
戦う女神様の傍らで生産に従事してスローライフ。
それも悪くないかもなー。
「安心しなさい。たっくんも前衛で十分に戦えるから。属性魔法の才能がなくても魔道具の助けを借りて強力な魔法を使えるわ。つまり、錬金術で魔道具を自作して戦えばいいのよ」
「錬金術じゃなくって錬金工房な」
スキルの正式な名称を告げた。
「それよ。あたしも長いこと女神をやっているけど、錬金工房なんて初めて聞くスキルよ」
「この世界にはいままで存在しなかったスキル、俺だけのユニークスキルか」
未知のスキルであることに若干の優越感を覚えた瞬間、ユリアーナが冷水を浴びせる。
「誰かに使い方を教えてもらうこともできないから自力で何とかするしかないわね」
「頼むから俺の前途に不安の影を落とさないでくれ」
「落ち込みたいのはこっちよ」
ユリアーナが憂わしげな表情を浮かべた。
悩みは俺と同じ、多難そうな前途のようだ。
「でも、普通は誰かに教えてもらうまでもなく、自分のスキルなら直感である程度分かるはずなのよねー」
「やめてくれ。心が折れそうだ」
「先ずは魔道具ね。試行錯誤して何とか魔道具を作れるようになりましょう」
立ち直ったユリアーナが当面の目標を打ち出した。
俺に自作の魔道具を装備させて戦わせようという計画だ。
「根本的に無理がある。俺は運動神経があまりよろしくないんだ」
「運動音痴なんて気にしなくても大丈夫」
オブラートに包んだのに、俺のブライドを一言で打ち砕いてくれたな。
言葉に詰まっている俺を置き去りにしてユリアーナが続ける。
「魔力による身体強化が可能よ。たっくんの魔力は容量も出力もこの世界の住人とは比べものにならないくらい大きいの。魔法による身体強化だけで上位の戦闘職以上の肉体能力を簡単に得られるわ」
「つまり、俺は十分に強いってことか?」
俺の中で一度は失われた意欲が再び頭をもたげた。
そのタイミングでユリアーナがさらに持ち上げる。
「そうよ、たっくんは強いわよー。悪人どころか魔物だって簡単に倒せるくらいなんだから」
あの笑顔に騙されたんだよなー。
「真偽の程は後で確かめるとして」
当面どうするのか訊こうとする矢先、俺は視界の端に動く影を捉えた。
影に視線を向けると巨大な黒毛の猛獣と目が合う。
「魔物?」
「魔物じゃないわ。普通に猛獣よ」
後退りながら『たっくん、頑張って』、とささやくような声援。
「いやいや、無理だろ。動物園でも見たヒグマの三倍はあるぞ、あれ。だいたい武器の一つもないのにどうやって戦うんだよ」
「錬金工房で武器は作れないの?」
「無理だ。使い方が分からない」
「魔力で身体強化を図りましょう。武器はその辺の岩で大丈夫なんじゃないかしら? あ、怪我しても光魔法で治してあげるから安心して」
明るく振舞っているが声が切迫している。
これはかなりヤバい状況だ。
「属性魔法が使えるって言ったよな? 魔法でチャチャっと片付けられないのか?」
「それこそ無理よ。力がほとんど失われているんだから、属性魔法なんて申し訳程度のことしかできないわ」
「それじゃ怪我したって治せないんじゃないのか?」
「それは大丈夫。光魔法だけは健在よ」
どこまで信じていいのか怪しいな。
だが、いまはそんなことを気にしている場合じゃない。
突如、猛獣が駆けだした。
速い!
距離が一気に詰まる。
「魔力による身体強化ってどうやるんだ?」
まずい!
百メートルを切った!
「身体強化の方法を教えてくれ!」
俺の言葉が終わらないうちに、彼女の左手が俺の背中に触れた。
刹那、身体中に何かが流れ込んでくる。
「分かる? いま、強制的に魔力を身体中に循環させて身体強化を施したわ」
猛獣が咆哮を上げた。
鼓動が早まる。
全身から汗が噴きだしたような錯覚を覚える。
「属性魔法で牽制するから突進をかわして!」
巨体が眼前に迫った。
五十メートル。
間に合わない!
そう思った瞬間、身体強化とは別の力を感じる。
その力に意識を集中すると自分が持つ力を一瞬で理解した。
「これが、俺の力……」
高揚感が湧き上がる。
自然と口元が綻ぶのが分かった。
「……錬金工房」
「たっくん?」
「属性魔法は必要ない。ユリアーナは下がってろ」
「ちょっと、大丈夫なの!」
迫る巨体と凶悪な眼光に女神が悲鳴にも似た声を上げた。
「安心しろ。ただの猛獣なんて俺の敵じゃない」
恐怖心と高揚感がない交ぜとなって襲ってくる。
「来るわよ!」
巨体に似合わぬスピード。
瞬く間に距離が詰まる。
眼前に迫った猛獣が咆哮を上げて後ろ足で立ち上がった。
刹那、膨れ上がる高揚感が恐怖心を飲み込んだ。
「問題ない」
自分のものとは思えない程落ち着いた声が静かに響く。
凶悪な前足が俺へと向かって振り下ろされるタイミングで錬金工房を発動させた。
【お願い】
あと少しで日間総合に載れそうなところまで来ています。
皆様の応援次第です。
是非とも【ブックマーク】【評価】をお願いいたします。
下記よりブックマークを頂けますと今後の励みとなります。
是非ともよろしくお願いいたします。
↓