第17話 魔術師ギルド
ユリアーナとロッテを孤児院に向かわせ、俺自身は魔術士ギルドへと向かった。
彼女たちの目的は赴任してきたばかりの助祭とこれから赴任してくる新しい司教に関する情報収集。
俺の目的はロリコン代官に接触するための伝手を作ることだ。
その第一段階の魔術士ギルドのギルド長との会談は、『アンデッド・オーガの素材の買い取りを頼みたいのと、ここでは口にできないような性能の魔道具を鑑定して欲しい』という一言でいとも簡単に実現した。
アンデッド・オーガの素材を引き渡した後、魔術士ギルドの応接室に通された。
俺の前にはテーブルを挟んで二人の男女がいる。
一人は俺の正面に座った初老の男性――魔術士ギルドのギルド長で、もう一人は魔道具の鑑定を担当する三十歳前後の女性。
俺は二人の前に長剣を置く。
「これが硬化と自己修復能力を持った鋼の長剣です」
オリハルコンやミスリル辺りならもっと恰好が付くのだろうが、生憎と鉱石の素材がない。
この辺りの希少鉱石の入手は今後の課題だな。
「鑑定をさせてもらってもいいかな?」
「もちろんです」
俺が承諾の返事をすると鑑定役の女性がテーブルの上の長剣に手を伸ばした。
「では、失礼いたします」
長剣の外観は以前俺が遊んだRPGゲームに出てきた聖剣を参考にし、必要以上に華美にならないようデザインしている。
女性が長剣の鑑定を終えるまでの数分間、応接室に緊張と沈黙が流れた。
「どうだ?」
女性が長剣をテーブルの上に戻すとギルド長が即座に訊いた。
「本物です……。確かに硬化と自己再生能力が付与されていました」
鑑定役の女性の声が震えている。
この剣がどの程度の価値があるのか判断できないが、彼女とギルド長の表情から見て相当に価値があると考えて良さそうだ。
「カンナギ殿、鑑定の依頼と言うことだったが、この剣を譲ってもらうことはできないだろうか?」
「その長剣は差し上げます」
「な?」
「え?」
ギルド長と女性が息を飲む。
「その代わりと言っては何ですが、この街の代官に私をご紹介願いたいのです」
「理由をお聞きしてもよろしいかな?」
驚きの表情を浮かべていたギルド長の顔が瞬時に真顔へ戻り、鋭い視線が俺に向けられた。
成人まもない若造が地方都市の代官に引き合わせて欲しいと言われて、『はい、そうですか』とはいかないよな。
現代日本なら高校一年生が政令指定都市の市長に会いたいと言っているようなものだ。
いや、権力を考えると知事以上か。
それに、どこの馬の骨とも分からない男を要人に近付けたくないのも分かる。
「お話した通り、私は父の跡を継げませんでしたが商人としてやっていくつもりです。その上でこちらの代官様の面識を得たいというだけです」
「なるほど」
商人が成り上がるために権力者や有力者とパイプを持つのは地球も異世界も同じようだ。
俺の嘘を簡単に信じてくれた。
「もちろん、代官様への手土産は用意しております」
錬金工房から長剣と盾を取り出してテーブルの上に置く。
いましがた鑑定してもらった長剣よりもやや豪奢な装飾を施してある。こちらも地球で有名なRPGに登場する聖剣を参考にデザインしてある。
新たに眼の前に置かれた長剣と盾に視線が釘付けとなっている二人に言う。
「どちらも硬化と自己再生が付与されています。さらに長剣には炎の魔法も付与されています。剣身に炎をまとわせることができるので戦場で映えるでしょうね」
「炎に自己再生だと!」
「国宝級ではありませんか!」
ギルド長と鑑定役の女性が同時に腰を浮かせ驚きの声を上げた。
事前にロッテに訊いたときには『聞いたことのない魔剣ですけど、修理しなくていいのは凄く便利そうですね』、と言っていたが……国宝級だったのか。
炎をまとわせる剣は耐久性に問題がある。
これは性質上やむを得ないことなのだが、この剣は自己再生機能があるので剣身に炎をまとわせながらも常に再生し続ける
「魔力が続く限り。という条件はありますが簡単に壊れたりはしません。この剣なら代官様にも気に入って頂けると確信しております」
代官が派手好きなら尚更だろう。
「おっしゃる通りです。献上品がこちらの品なら魔術師ギルドとしても自信を持ってご紹介できます」
ギルド長の言葉遣いが代わった。
「ギルド長にそう言って頂け、私も気が楽になりました。可能なら今夜か明日にでも代官様のお宅を訪ねたいのですが?」
「随分と急ですな」
「父から『商人は時間を無駄にしてはいけない』と教えられて育てられたので」
ずるずると引き延ばされるのは困る。
今夜や明日の訪問をこの場で約束できないのは分かっている。だが、ロリコン代官のところにいますぐにでも使者を出すくらいはできるだろ?
「しかし、幾ら何でも急すぎますな……」
ギルド長が額の汗を拭う
そのとき誰かが扉をノックした。
「いま、来客中だ」
「申し訳ございません。そちらのお客様からご依頼されたアンデッド・オーガの査定が終わりましたので、買い取り明細と代金をお持ちいたしました」
絶妙のタイミングじゃないか。
「差し支えなければ彼女を入室させて頂けませんか?」
「カンナギ殿がそれでよいなら」
ギルド長のその一言で扉を代金を持った女性が応接室へと招き入れられる。
俺は彼女から受け取った買い取り明細に視線を走らせた。
アンデッド・オーガの素材一式で金貨三十五枚かよ。
日本円にして三千五百万円ほどだ。
受ける被害や損害、討伐に参加する人数を考えると妥当な額なのかもしれないが、ついこの間まで日本の高校生だった俺からすればちょっと想像し難い金額だ。
「参考までにお伺いしたいのですが、通常のオーガだとどれくらいになりますか? 大体の金額で構いませんので教えてください」
常識なのだろう、三人が不思議そうな顔をした。
俺は『この国の相場をまだ理解していませんので』と付け加える。
すると、ギルド長と入室してきた女性の視線が交錯した。
答えたのはギルド長。
「金貨二枚から三枚といったところです」
十倍以上か。
アンデッド・オーガも普通のオーガも戦闘力的には大して差はなかったから、希少価値ということなのだろう。
「献上品の鑑定をお願いしてもよろしいですか? 魔術師ギルドの鑑定証明証を発行頂ければ心強いです」
たったいま女性から受け取った代金から、金貨五枚を最初に渡した長剣の横に積み上げる。
ギルド長と二人の女性が息を飲んだ。
「こちらは鑑定証明証の発行手数料と急いで頂くことへの私の気持ちです」
鑑定証明証の発行費用は、代物によって多少の差はあるが、銀貨十枚――日本円にして十万円程度だ。
押し黙るギルド長に向けて言う。
「商品はまた仕入れればいい。金はまた稼げばいい。ですが、時間だけは取り戻すことができません」
さっきも言っただろう。
時間は何よりも貴重なんだよ。
特に今はな。
「分かりました、すぐに代官の屋敷まで人を走らせます」
そう言って代金を持ってきた女性を見ると、
「畏まりました」
彼女はそう言って即座に退室した。
「無理をお願いして申し訳ございません。このご恩は近いうちに返させて頂きます」
俺はギルド長と握手を交わし、魔術師ギルドを後にした。
◇
続いて、第二部隊のコンラート隊長に会うために騎士団第二部隊の詰所を訪れた。
さて、第一部隊と第二部隊、この二つの癌をどうやって排除するかな。
先ずは敵情視察と行こうか。
出迎えたのは十二、三歳ほどの少年騎士。
「ご丁寧にありがとうございます」
案内の少年騎士に笑顔を向けると、
「コンラート隊長から『アンデッド・オーガとオーガ八体を単独で撃破した英雄に失礼のないように』、と言われています」
そう言ってキラキラとして瞳で見返された。
純粋な英雄への憧れなのか?
崇拝するような目で俺を見ないでくれ。
チクリと胸が痛む。
ごめんよ。
第一部隊と第二部隊には配置転換してもらう予定なんだ。
本当、ごめん。
俺は心の中で少年騎士に詫びながら隊長室へと向かった。