第16話 次の一手
俺はアンデッド・オーガの素材だけを自分のものとし、オーガ八体の素材は防衛戦に参加した冒険者たちへ提供した。
見返りはラタの街の情報である。
「有用な情報は聞けたの?」
孤児院へ向かう道すがら、ユリアーナが聞いてきた。
「助祭の詳しい情報はなかったが、悪代官と騎士団については面白い話が聞けた」
神聖石を所有していると思われる噂の助祭については、赴任してきたばかりということもあり詳しい情報はなかった。
だが、赴任後間もなくても悪代官は違った。
意外なことに代官としての職務はまっとうしていた。
それどころか、真面目で熱心な仕事ぶりを評価する話が幾つも出てきて驚かされた。
そして予想通り、仕事ぶりが霞むほどの悪評が次々と飛び出す。
曰く、
『有能かもしれねえが、人格は最低だ』
『人の性癖に口を出すつもりはないが、あれだけは許せねえ』
『あいつは人間のクズだ!』
『間違いなく行方不明者がでるぜ』
悪代官に関する情報収集はそんな前置きから始まった。
ロッテに言い寄っている話も十分に有名だったが同様の話が次々と語られた。
代官という地位と金銭を武器に、あまり裕福でない家庭の、年端もいかない少女たちを狙っていたようだ。
そんな潜在的な被害者集団のなかで、行方不明者に最も近いのが親のいないロッテと言うことだった。
そのことを二人に伝えるとユリアーナは、
「クズね」
とバッサリと切って捨て、ロッテはすがるような目で俺を見上げた。
「御代官様とお話をしてくれるんですよね?」
「安心しろ。ロッテは俺たちが引き取ったんだ。誰にも手出しさせやしない」
「ありがとうございます」
明るい声と笑顔が返ってきた。
「それに、ロリ代官にはご退場願うつもりだ」
ロッテの表情が笑顔から驚きに変わった。
「あのー、御代官様も根は悪人じゃありませんから、あまり酷いことは……」
実行力のあるロリ野郎は、それだけで十分に悪人だ。
「ロッテちゃん、誘拐されそうになったんじゃないの?」
「それはまあ……」
「孤児院に迷惑がかかるようなことにはしないから安心していい」
「え?」
ロッテが驚いたように俺を見た。
「孤児院だけじゃない。被害にあっている他の女の子たちも救いたいからな」
「禍根が残らないようにしましょう」
「証拠も残らないようにしないとな」
賛同するユリアーナと視線が交錯する。
不安げな表情で口をパクパクさせているロッテをよそに騎士団の話に移る。
「半年ほど前に騎士団の半数が入れ替わったそうだ――――」
半年ほど前に前騎士団団長と半数の騎士たちが中央に移動となり、入れ替わりで新しい騎士団長が二つの部隊を率いて赴任してきた。
それが現在の第一部隊と第二部隊である。
因みに第三・第四部隊はそのまま留任していた。
冒険者たちの話では、前騎士団団長は人格者で配下の騎士たちも公正な行いで評判が良かったそうだが、新しい団長と彼に率いられて赴任した第一・二部隊の評判は著しく悪い。
横暴さが目立つくらいは可愛いもので、公然と賄賂の要求をしてくるそうだ。
「――――代官と騎士団、二つの上層部が変わってからは酷いものらしい」
「この街の人たちも災難ね」
「それでも御代官様が騎士団に圧力を掛けてくださっているので、他の街のように酷い目に遭わずにすんでいます」
フォローするロッテをユリアーナが信じられないものを見るような目で見る。
「それ本当なの?」
「ロッテの言う通りらしい」
「迂闊に悪代官を懲らしめられないじゃないの」
恨めしそうに俺を見ないでくれ。
「それもあるが、もう一つ気になる話を聞いた。ラタの街の教会の司教、つまりこの地域全体の教会を管理する責任者も変わる。この新しい司教がここから三日程の距離にあるグラの村に滞在している」
「不幸の種の予感しかしないわ」
隣を歩いていたロッテが、両手を胸の前に組んだ。
「これも女神・ユリアーナ様の与えた試練です」
「そんな試練を与えた憶えないわよ。何でもかんでもあたしのせいにしないでくれる」
「ひっ、ごめんなさい」
ユリアーナも理不尽な思いだろうが、怒られたロッテも理不尽な気持ちだろう。
「話には続きがあってだな、どうやらその新しい司教というのが、噂の助祭と同じように奇蹟が起こせるらしい」
「ちょっと、それって……」
「まあ! 素晴らしいです」
信者を疑う女神と司教に対する尊敬の念に溢れた少女、二人から正反対の反応が返ってきた。
俺は二人の反応をスルーして話を続けることにした。
「司教が到着するまで三日以上必要だ。司教に関する情報は逐次集めるとして、ロリ代官と騎士団を何とかしよう」
「助祭はどうするつもり? 司教の到着を待ってまとめて対処する?」
司教と助祭は特に悪事を働いているという情報はない。
むしろ、助祭は奇跡の力で積極的に治療を行い多くの人を助けている。結果、教会からも住民からも好意的に受け入れられていた。
評判通りの為人なら穏便に神聖石を回収したい。
「司教と助祭の情報が不足している。ユリアーナとロッテは孤児院のルートから教会に接触して助祭の情報を集めてくれ」
「司教の情報は?」
「無理に集めようとして怪しまれても困る。助祭に集中しよう」
俺の提案にユリアーナがわずかな時間思案する。
「そう、ね……。すべてを解決した状態で、司教の到着を待つ方がいいかもしれないわね」
「よし、決まりだ」
俺とユリアーナのやり取りを聞いていたロッテが不思議そうに聞く。
「どうして司教様と助祭様の情報を?」
「ロリ代官にしろ騎士団にしろ、新しく赴任してきた連中が諸悪の根源だろ? 新しく赴任してくる司教と助祭がそうでないとは言いきれないからな。特に孤児院は教会とのつながりもあるから念のために調べておくだけだ」
「孤児院のことをそこまで気にしてくださったんですね。ありがとうございます」
感激したロッテが瞳を潤ませた。
胸が痛い。
小さな嘘かもしれないが、目の前の少女を騙していると思うと良心がとがめる。
そこへユリアーナが割って入った。
「代官や騎士団と揉めるのはいいとして、ロッテちゃんだって教会とはもめたくないでしょ?」
「いやいやー、御代官様や騎士様とももめたくありませんよー」
「もめるというのは語弊があったわね。大丈夫よ、神罰を下すだけだから」
屈託のない笑みのユリアーナが、引きつった笑みのロッテの手を取った。
「神罰って……」
「いい、ロッテちゃん。あなたはあたしの使徒なの」
「そうなんですか?」
ロッテが使徒に昇格したようだ。
「その使徒であるロッテちゃんに不埒を働こうとしたロリ代官は有罪」
「大丈夫ですから。あたし、大丈夫ですから」
ロリ代官が有罪なのには俺も賛成だ。
「騎士団に至っては取り調べ紛いの失礼極まりない態度だったわ」
「穏便にー、穏便にー」
憤慨しているのよ、とでも言いたげな顔つきのユリアーナの前で、いまにも泣き出しそうなロッテが懇願するように言った。
確かに俺も騎士団の態度には思うところがあるが、ちょっと意地の悪い仕返しをする程度で終わらせるつもりだった。
女神であるユリアーナと人である俺やロッテとでは、感情面で随分と乖離があるようだ。
「あたしはこの世界の神よ。気に食わない国は亡ぼすし、気に入らないヤツには報復する権利があるの」
報復じゃなくて試練を与える、な。
「穏便にー」
祈りだした。
「大丈夫よ、国を亡ぼすなんてよっぽどのことだから」
当たり前だ。
表情をなくして固まったロッテにユリアーナが優しく語りかける。
「穏便に済ませるから大丈夫よ。たっくんの錬金工房に収納しちゃえば誰にも疑われずに失踪者が出来上がるわ」
予想はしていたが実行犯は俺か。
「失踪者……」
ロッテがそれだけを口にして祈りをやめた。
「錬金工房の中で解体して森の中に捨てちゃえば証拠も残らないでしょ」
「人間を解体するのはちょっと遠慮させてくれ」
躊躇を示す俺の傍らでロッテが激しく首を縦に振って同意している。
「意気地なしね。じゃあ、言語関係のスキルを取り上げて放り出しましょう。気がふれたと思われて、すぐに交代要員が送られてくるでしょう」
「御代官様は街にとって必要な方なんです」
ロッテが止めに入った。
退場願うつもりだったが方針変更するか。
「交代要員に問題が無ければそれでもいいが、もっと悪くなる危険性もある」
ロリ代官には腹が立つが、無闇に優秀な人材を排除する必要もない。
「じゃあ、どうするのよ」
「金品なり希少な魔道具を賄賂にして言うことをきかせるのと、弱みを握って言うことをきかせる。この二重の束縛が最善の手立てじゃないか?」
だが、具体的なプランはない。
「弱みは?」
「これから探す。無ければ作ればいい」
「騎士団は?」
「幸い、以前からいる第三・四部隊はまともだ」
『騎士団長と第一・二部隊にはご退場願おう』、というセリフは口にしなかったが、ユリアーナには伝わったようだ。
「いいわ、たっくんの案を採用しましょう」
女神の口元に笑みが浮かんだ。




