第12話 オーガ襲来
重傷を負ったシスター・アンジェラと子どもたちは神聖教会に運び込まれてるとのことだったので、若いシスターに説教されている最中のロッテを伴って教会へと向かうことにした。
大通りをしばらく走ると、いままで黙り込んでいたロッテが泣き出しそうな顔で俺を見た。
「シスター・アンジェラを助けてくれますよね?」
答えたのはユリアーナ。
「シスターや子どもたちだけじゃなく、他にも怪我人は大勢いるんでしょ? 助けられるなら全員助けるわ」
孤児院を出るときは、『あまり目立つ真似はしたくないのよね』と言っていたユリアーナだが、力をセーブするつもりはないようだ。
ロッテが再び黙り込んだので、彼女の気を紛らわすついでに訊く。
「シスターが孤児院の子どもと一緒に、魔物の出現するような森に出掛けるのは普通のことなのか?」
「割とよくありますよ。住民たちでお金を出し合って冒険者を護衛に雇うんです――――」
これに孤児院のシスターや子どもたちも同行させてもらっていた。
森の浅いところにある薬草や野草を採取するのは日常のことだという。
採取した薬草を錬金術師ギルドに卸すことで貴重な臨時収入となるし、果物や野草は普段の食卓に上る。
「――――年長者の何人かは弓や槍を使えるので、鳥やウサギを狩ることもあるんです」
随分とたくましいな。
年に何人かの死人や怪我人がでるのは織り込み済みのことだが、それでもここ数年は孤児院の人間が被害に遭うことはなかった。
例年にない甚大な被害で他のシスターたちも気が動転してしまったのだろう。
「教会です」
ロッテが緊張した様子で口にした。
教会に着くと行きがけに通りかかったとき以上に大勢の人々で溢れ返っていた。
「怪我人です! 怪我人を通しますから道を開けてください!」
冒険者らしき人たちが運び込まれ、辺りは痛みを訴える声と肉親や知人を心配する悲痛な声とが入り混じっていた。
「孤児院の者です! 通してください! シスターや子どもたちが教会の中にいるんです!」
ロッテの声が周囲の喧騒に掻き消された。
「光魔法が使えます! 治療の手伝いをするので通してください!」
人々の視線が俺に集まり眼前に道が拓けた。
効果覿面だな。
「行くぞ!」
ユリアーナとロッテを伴って教会へと飛び込んだ。
教会の中も混乱をしていた。
怪我人たちが無造作に横たえられ、教会の神父やシスターたちが悲壮な面持ちで走り回っている。
「重傷者と軽傷者の区別をする余裕もないみたいね」
「妹は光魔法が使えます。治療のお手伝いをさせてください」
治療を申し出る傍ら、ロッテにシスター・アンジェラと子どもたちを探すように指示する。
「見つけたらすぐに知らせろ」
小さくうなずいてロッテが足早に奥へと向かった。
◇
「何があったの?」
ユリアーナが比較的軽傷の冒険者を治療しながら訊ねた。
「オーガの群れだ――――」
八体のオーガとそれを追いかけるアンデッド・オーガに襲われたのだという。
「――――ギルドが募った冒険者が足止めしているが数が足りない。戦える者をもっと集めなきゃだめだ」
「騎士団は何をしているんだ?」
「街の外壁を突破されないよう、防備を固めている」
最後の砦ということか。
続いて隣の男からも答えが返ってきた。
「大型兵器を用意していた」
「投石機やバリスタか?」
「運ばれるときに攻撃魔法が使える部隊とすれ違ったから、街への侵入はしばらく防げるはずだ」
「しばらく?」
投入された戦力がどの程度か判然としないが、安心できる状況じゃないと言うことか。
「八体のオーガは冒険者と騎士団でなんとでもなるだろうが、アンデッド・オーガを倒すには火力が足りねえ」
「攻撃魔法が使える魔術師が必要と言うことか?」
「回復も追い付かねえはずだ」
それはこの状況を見れば想像がつく。
できるだけ早めに駆け付けた方が良さそうだな。
俺とユリアーナの目が合った。
互いに小さくうなずいたタイミングで、よく通るロッテの声が響く。
「シュラさん、ユリアーナさん、こっちです!」
声のする方を振り向くと、二十代半ばと思われる女性の傍らにしゃがみ込むロッテがいた。
俺とユリアーナはロッテの下へと足早に駆け寄った。
横たわるシスターを見たユリアーナが優しい声で言う。
「大丈夫よ、この程度の傷ならすぐに治るわ」
「ありがとうございます。私よりも子どもたちを先にお願いします」
「子どもたちなら心配ないわ」
子どもたちは軽傷なので後回しにされているのだがそのことは適当にごまかして、シスター・アンジェラの治療を開始した。
細かな裂傷が瞬く間に消え、背中にあった大きな傷もみるみる塞がっていく。それに伴って、血の気が失せていた顔にも生気が戻る。
「シスター!」
ロッタの喜びの悲鳴と同時に周囲からどよめきが沸き起こる。
やはりユリアーナの光魔法は驚愕に値するようだ。
覚悟はしていたがこれは後が大変そうだ。
そう思った瞬間、俺たちの周囲で湧きおこったどよめきを遥かに凌駕する歓声が上がった。
「奇跡だ!」
「助祭様が奇跡を起こされた!」
歓声の中、確かに聞き取れた。
人混みの隙間から見えたのは二十代後半の青年。恐らく彼が赴任してきたばかりの助祭なのだろう。
ユリアーナに集まりかけた注目を攫ってくれたことに内心で感謝しながらユリアーナへと視線を戻す。
「このシスターはもう大丈夫なのか?」
「ええ、問題ないわ」
「ありがとうございます。ありがとうございます!」
涙で顔をグチャグチャしたロッテが何度も頭をさげた。
「他の重傷者の手当てをするから、ロッテちゃんはこの女性の側を離れないでね」
ロッテにそう告げながら立ち上がり際に俺に耳打ちをした。
「あの助祭、神聖石の恩恵を受けているわ」
「分かるのか?」
ユリアーナがうなずいた。
俺とユリアーナの最大の目的である、この世界に散った百余個の神聖石の回収。
その一つが早くも見つかった。
思いもよらぬ幸運に鼓動が早まる。
手が震える。
自分でも緊張しているのが分かった。
いますぐ行動を起こすつもりなのだろうか、とユリアーナを見つめると彼女は穏やかな笑みを浮かべた。
「穏便に返してもらう算段も考えないとならないし、細かいことは後で話し合いましょう」
「分かった」
神聖教会の助祭だからといって、話し合いをするつもりということはないよな。
乱暴に扉が開かれる音で俺の思考が中断される。
視線を巡らせると、そこには傷だらけの冒険者と衛兵がいた。
どうやら新たな怪我人たちが運び込まれてきたようだ。
「怪我人だ!」
「重傷者なんだ! 優先してくれ!」
「冒険者と衛兵に怪我人が続出している! 頼む! 光魔法が使える魔術師を門へ派遣してくれ!」
そんな悲痛な叫びと共に次々と怪我人が運び込まれてくる。
「ユリアーナ、ここは任せていいか?」
「まさかアンデッド・オーガを仕留めに行くつもり?」
「元を断たないとキリがないだろ」
「錬金工房を頼らずに戦えるの?」
作成した魔道具だけでアンデッド・オーガを倒せるかは分からないが、錬金工房を使えば楽に倒せる自信はある。
だが、錬金工房の能力を知られるのは避けたい。
特に生きた魔物を百メートル以上離れた位置から収納できることは秘匿する必要がある。
「錬金工房は俺のスキルだ。存分に利用するつもりだ」
「大勢の見ている前で?」
「安心しろ。魔道具による攻撃と併用して錬金工房の能力を悟られないように戦って見せる」
「できるの?」
「問題ない」
実践するのは初めてだが脳内シミュレーションは十分だ。
自身満々に言い切る迫力に気圧されたのか、ユリアーナは何かを言いかけて口をつぐんだ。
「俺だってバカじゃないんだ。自信のないことは口にしない」
「信用しましょう。でも、念のためあたしも同行するわ」
こいつ、信用してないな。
「あたしも行きます。一緒につれて行ってください」
そう口にしたロッテの目に涙はなかった。
「よし! アンデッド・オーガを倒しに行くぞ!」
俺は教会の外へと駆けだした。
◇
門にたどり着くと既にバリケードが築かれ、防壁の内と外とに二重の防衛ラインが構築されていた。
防壁の隙間から外の様子を確認する。
防壁の外は冒険者と思しき臨時戦力を中心に騎士団の下部組織である衛兵たちで、馬防柵のような簡易なバリケードに取り付いたオーガと交戦中だった。
防壁の内側は騎士団が中心で、防壁の上からの攻撃魔法や弓矢での遠距離攻撃による援護に終始している。
「二体だけ、随分と後方にいるが……」
俺が絶句する横でロッテが悲鳴を上げる。
「食べてます! オーガを食べてますよ!」
グロいものを見てしまった。
そこではオーガの共食いが起きていた。
皮膚の黒ずんだ不健康そうなオーガが褐色の健康そうなオーガの内臓をむさり食っている。
あの不健康そうなオーガがアンデッド・オーガで間違いなさそうだ。
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