第11話 シスター・イーリス
孤児院に到着すると、ロッテが戻ったことで院内は大騒ぎとなった。
よく考えたら騒ぎになって当然だ。
ただの失踪でも大ごとだが、権力者から付け狙われた挙句、誘拐未遂事件にまで発展した直後の失踪事件である。
真っ先に疑う相手はロリコン悪代官。
立場の弱い孤児院は、頼るところもなく絶望していたのだろう。
そこへ当の本人がお土産を抱えて戻ってきた。
真っ先にロッテに駆け寄った若い女性神官など、涙を流して彼女の無事を喜んでいた。
だが、それも束の間。
一分後には鬼の形相に豹変し、『お土産、お土産があるんですよー』と必死に話を逸らそうとするロッテを教会の奥へと引きずっていった。
次第に小さくなるロッテは俺とユリアーナに助けを求めていたが、シスターの気持ちを考えると手を差し伸べるのは躊躇われた。
ユリアーナに至っては、
『少しは思慮深くなると助かるわー』
と声が遠退いていくロッテに手を振りながらほほ笑んでいた。
叱られたくらいで思慮深くなるなら、ロッテはこの上なく思慮深い少女になっていたはずだ。
ロッテと入れ替わるように現れたのは、三十歳前後と思われる落ち着いた雰囲気の女性神官で、名前をシスター・イーリスという。
神聖教会の助祭であり、この孤児院の院長であると自己紹介された。
彼女の案内で院長室へ通され、ことの詳細を説明することとなった。
「――――襲われた行商人一行の皆さんはお気の毒ですが、襲撃が成功したことで盗賊も油断していたのでしょう。馬車の積荷の確認もせずに酒盛りをしていました」
騎士団へ報告した内容との食い違いがあると後々面倒なことになり兼ねないので、俺とユリアーナが不利になりそうなことを伏せて、できる限り本当のことを話した。
「そうですか……、積荷の中で眠っていたことが幸いしたのですか……」
院長が疲れた表情でうつむいた。
盗賊が襲撃してきたことすら気付かずに眠り続けていたことも伝えたが、院長は敢えてそのことには触れない。
院長室を沈黙が支配した。
気まずい。
「これも女神ユリアーナ様のご加護ですよ」
「そうですね。ユリアーナ様はとても寛大な女神様ですから」
院長の口から乾いた笑いが漏れた。
ユリアーナが寛大かどうかはさておき、ロッテが普段どんな態度で女神ユリアーナを信仰していたのか想像がつく。
横でユリアーナが『あんにゃろー』とつぶやいたが、俺も院長も聞こえなかった振りをした。
寛大さとは縁遠いことを改めて露呈させたユリアーナが本題を切りだす。
「それで、リーゼロッテさんを引き取らせて頂くお話ですけど」
「私どもとしては大変ありがたいお話ですが、本当にロッテでよろしいのでしょうか?」
心配そうに俺とユリアーナを見た。
「リーゼロッテさんがこちらの孤児院を脱走するに至った経緯は本人から聞いています」
ロッテが悪代官にロックオンされ、誘拐されかけたことを含め、すべてを承知の上でロッテを守るつもりであることを告げた。
院長が突然涙を浮かべる。
「カンナギ様、お心遣いに感謝申し上げます」
「それ以上、何も言う必要はありません」
少しの間、院長の咽び泣く声が静かに流れた。
落ち着いたところで院長が話を戻す。
「ところで、ロッテがお役に立ったと伺いましたが?」
「私も妹もこの国には疎く、リーゼロッテさんには多くのことを教えて頂き、とても感謝しております」
「あの、ロッテは本当にお役に立ちましたか?」
扉の外で子どもたちが聞き耳を立てているのに配慮して院長が声を潜めた。
とことん信用がないな、あいつ……。
「教えてもらったのはこの地域の一般的な常識についてです。特別な知識などではありませんでしたので十分に助かりました」
「たとえば、どのようなことでしょう?」
「この地域の商人が着る、一般的な服装などです」
院長がユリアーナをチラリと見る。
黒を基調にしたフリルのたくさん付いた、いつものゴスロリ服をまとった彼女がいた。
「もしよろしければ妹さんの服をお見立ていたしましょうか?」
俺が返事をするよりも早く、寛大なはずのユリアーナが頬を引きつらせて言う。
「それにはおよびませんわ。これは故郷の服で、あたしが好んで着ているものですから」
「あら、失礼いたしました。てっきりロッテが自分のセンスで選んだのかと勘違いしてしまいました」
院長とユリアーナの笑い声が辺りを包む。
二人の間に立ちはだかる理解の壁と微妙な空気を感じ取った俺は話を早々に切り上げることにした。
「私と妹の気持ちは固まっています。リーゼロッテさんを引き取らせて頂くのに何か不都合や不足があればおっしゃってください」
――――結果、ロッテは俺とユリアーナが引き取ることとなった。
孤児を引き取るのに必要な条件のうち、『この国に三年以上定住している』という条件を満たしていなかった。
しかし、来年成人を迎えるというロッテの年齢と本人の強い希望が決定打となり、彼女を引き取ることが認められた。
「この街はいつ頃出発されるご予定ですか?」
すべての書類のサインを確認し終えた院長が訊ねた。
ここまで素振りすら見せなかったが、外国人の俺たちがロッテを引き取るのを認めた最たる理由は、『強硬手段に及ぶような権力者に狙われている彼女を何とか助けたい』、という思いからだろう。
「盗賊の騎士団への引き渡し手続きなどが終わったら出発するつもりです」
「少し時間がかかりそうですね」
声のトーンが落ちた院長に『御心配にはおよびませんよ』、と微笑みかけて言う。
「少女趣味の悪代官を黙らせる程度に価値のある魔道具を、眼の前に並べるくらい造作もないことです」
「差し出がましいようですが、希少な品や高価な品をお持ちになっていることはあまり口にしない方がよろしいですよ」
俺たちってそんなに危うそうにみえるのだろうか?
「ここだけのお話です」
「そうですね、私も忘れることにいたしましょう」
席を立つ直前、俺は街中で気になったことを訊ねた。
「教会の付近がとても賑やかでしたが何かあるのでしょうか?」
この街の住人であるロッテですら驚くくらいに教会の前に人が集まっていた。それも、老若男女を問わずに教会の外からお祈りを捧げていた。
「昨日赴任していらした助祭様が、とても徳の高い方で着任早々、数々の奇跡を起こされたとか。それで一目見ようと大勢の住民が集まっています」
ロッテの脱走後に着任したのか。
廊下を走る音が急速に大きくなり、
「院長! 大変です!」
けたたましく扉が開かれ、若いシスターが廊下で聞き耳を立てていた子どもたちと一緒に院長室に転がり込んできた。
「何事ですか」
「魔物です! 魔物に襲われてシスター・アンジェラが重傷です! 一緒に薬草採取に森に行った子どもたちも、怪我をしたと知らせがありました!」
おいおい。
この街じゃ、シスターが子どもと一緒に魔物のいる森に出掛けるのかよ。
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