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[七 東雲羽瑠] 上げていきましょう

 警察署の長椅子に座っていた。隣には婦警がいた。


「最後に確認しますが、被害届は出さない。それでいいですね?」


 局所を見せつけられたことによる被害届である。


「はい。出しません。彼は本当に、堂安さんを助けようとしただけなんです」

「最近の人は、なんでもかんでも訴えようとするから、一応ね」


 堂安と遅れてやってきたマネージャーは、別の場所で聴取を受けているようだった。


 羽瑠は、包帯が巻かれた手首をさすった。二人を殴った時に痛めてしまったようで、婦警が処置してくれたのだった。少し大袈裟である。


 しばらく待っていると、堂安がやってきた。

 堂安の片頬は腫れていた。羽瑠が殴った痕だろう。

 マネージャーは、どこかに電話をかけ始めているようだった。


「迷惑をかけたね」

「こちらこそ、叩いてしまってごめんなさい。でも、もうやめて下さいね」

「僕の人生は終わったんだ。社会的な死は、いつ訪れてもおかしくない」


 社会的な死というのは、自殺未遂のことではなく、下半身を視られたことについてだろうと思えた。

 痴態が拡散される恐れがある。その恐れが、堂安を絶望に追い込んだ。自分がそんな被害にあったら、どうなるだろうか。夜毎にうなされ、インターネットを見るのが怖く、他人の視線が怖くなる。

 それを自分がやった。そう思うだけで、体内を快楽物質が駆け巡りそうだ。


「美杉君も言っていましたが、ちょっと視られただけです。今の御時世、裸になる人は沢山います。もちろん、そういった人たちと堂安さんを同列に語るのは、失礼かもしれません。ですが、それでも生きれますし、羞恥に負けてもならないと、わたしは思うんです」

「君も同じ被害にあったって、言っていたね」


 それで押し通すしかない。


「わたしたちは、仲間です。頑張りましょう」


 堂安の手を取り、希望のない瞳に訴えかけた。

 あの人気俳優の堂安翔也と触れ合っている。今日は来て良かった。本当に良かった。心からそう思う。


「孤独じゃない。それがわかっただけで、僕は救われた気がするよ」

「前を見据えましょう。これまで何も起きていないんです。これからも何も起きないのではないでしょうか」


 晒せるわけがない。アイシステムの装用は禁じられていたので、羽瑠の脳裏に焼き付いているだけだ。仮に視界データがあったとしても、他の人に見せるなんてとんでもない。自分だけの貴重な記憶だ。


 それに、貴重な思い出の価値を高めるため、必要なことがある。堂安翔也の復活とさらなる活躍。


 このまま堂安翔也が凋落(ちょうらく)の一途をたどると、羽瑠の貴重な記憶も、色褪せ価値がなくなってしまう。

 だからこそ、ここで(くじ)けてもらっては困る。


 もはや靴下収集程度では満足できない。そんな気がした。それほどに、ロールクエスト1の報酬は、羽瑠にとって刺激的すぎた。

 本気で恥じらう姿。事後を不安に思う姿。謎の存在を恐れる姿。諦めをにじませる姿。悲しみに沈む姿。どれもが素晴らしい。


 そして今、希望を見せ始めている。活きる希望を。頼れる希望を。

 倍プッシュが必要だ。もっと。もっとこの飢えを満たしたい。


「わたしも、堂安さんが本当に同じ被害に合っていると知って、とても救われた気がしました」

「こんな女の子にも、非道なおこないをしているなんて。なんて許せないのだろう。もう後先考えず、警察に言うべきか」

「駄目です。これ以上広まってほしくありません」

「だが」

「わたしのことはいいんです。堂安さんの将来に傷が付いてしまいます。それがわたしには、とても耐えられそうにありません」

「自分のことより僕のことを……。なんて心清らかで、優しい人なんだ」

「堂安さん……」

「東雲さん……」


 もう引き返せない。

 堂安のマネージャーが戻ってきた。もう解放されて、帰れるらしい。


「じゃあ、また」

「はい。今後のご活躍をお祈りしています」


 つかの間、見つめ合った。それから背中を見送る。

 堂安の後ろ姿を目で追っていると、すれ違うように見知った顔がやってきていた。美杉の父だ。


「美杉君のお父さん」


 羽瑠に気がついた美杉の父が、会釈をしてくれた。

 どうやら事情を知らないようだったので、署員に呼ばれるまでの間、状況を説明してあげた。

 一通りの説明を終えると、美杉の父は眉間を押さえた。それから、深い溜め息を吐いていた。


「美杉君は悪くないです。怒らないであげて下さい」


 美杉の父のことは知っている。他人の目があっても、容赦なく息子を叱る人だ。


「自殺を助けたところまでは、確かに悪くない。だけど、脱ぐ必要はないでしょう」


 脱いだことについては、理由を言えなかった。わからないで通している。


「止めることができなくて、ごめんなさい」

「いえ、東雲さんは悪くないですよ。あいつが悪いんです」


 どうしよう。美杉に対する借りが増え続けている。




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