[五 一枚公平] 一枚マネージメント
公平は、作業報告書を作り終えると、ため息を一つ吐き出した。
時々、自分の仕事がなんなのか、わからなくなる時がある。
本業は、システム開発業の営業である。元々は開発にも従事していた。それが今やゲームプレイヤーである。冒険をし、ミステリー事件を体験し、今度は疑似恋愛ものに出演し、人々の見世物になる。
おかげと言うべきか悩ましいが、公平が勤める会社の仕事は増えた。
まさかゲームで売名することになるとは。営業も多様になった、と実感する他ない。
「課長。作業報告書を出しましたからね。読んで下さいよ。件名見るだけで満足しないで下さいよ。絶対ですよ」
「わかったよ。差出人までは見るよ」
全然分かっていない、この課長。差出人は、件名の直前にあるのに。件名すら確認する気がない、と言われた気がする。
確かに、公平の努力の成果があった……とは断言できるかはわからないが、会社は仕事に困っていなかった。一部は炎上している程で、人手が足りていないことが伺えた。時には、見積もりすらせずに、仕事を断ることもある。
「一枚さん、この案件、現場で揉めてるみたいですけど」
「それ、問題に発展するまで、どれくらいの感触?」
後輩女子が相談に来たので、猶予を聞いた。
「すでに問題そうですけど……、伝えてくれって言われただけですので」
電話で済ませたいところだったが、結局現場に赴いた。プロジェクトメンバーを確認して、どうせ行くことになる、と直感したからだ。
結果として、行ってよかった。
到着すると、口喧嘩をしているところだった。客の目があるので、争っている二人を外に連れ出すと、客の目がなくなったことで殴り合いに発展した。だが二人に実害はなく、間に入った公平が両側から殴られただけで終わっている。
客に挨拶をするころには、顔が二箇所、腫れ始めていた。
帰社すると、もめていた件を報告した。あとは上の判断だが、呼び出されて怒られる程度だろう。あるいは出向者の入れ替えか。問題があったとはいえ、首を切るほどではない。人手不足でもある。公平が黙っていれば、それで終わりだ。
思わぬことに時間を取られたが、続けて靴の広告の付き添いがある。顔の腫れが引かないが、そのまま行くしかなかった。
車で待ち合わせ場所に行くと、高校生はすでに揃っていた。
「遊々もなの?」
「ええ。先方の希望でして。お願いしたら、快く引き受けて頂きました」
「んふー。公平ちゃんの頼みじゃねえ」
実際には、最初は断られそうになっていた。面倒臭いといった理由で。
遊々が引き受けてくれた決め手は、至極簡単な理由だった。長政と公平がいるなら気楽そうだ、というもの。
遊々は、キャンペーンガールなどを引き受けた過去があるはずだが、あまり良い経験でもなかったのかもしれない。
「それより公平ちゃん、顔腫れてるけど、大丈夫? どうしたの?」
「そんな目立ちますかね?」
角度を変えながら、遊々にジロジロと見られた。以前交際していた彼女を思い起こす動きだ。苦手だった。
「んー、腫れてるー」
「諸事情による不慮の事故にあいましてね。気にしないで下さい」
「なに、公平の仕事って、殴られる仕事もあんの?」
「まあ、普段はないですよ」
スタジオ入りすると、偉そうな人に挨拶をした。公平にとっては、取引先の専務の……、いや、新しい取引先になり得る。
リサーチによると、新しいシステムを提案する余地が、この靴ブランドにはある。……が、仕事を新たに作る余力はないので、関係だけ築いておきたい。
打ち合わせの時間になった。
長政と遊々は、簡単な説明を受けたあと、打ち合わせから抜け出させてやった。二人が聞いていても、退屈な話がほとんどだと思えたからだ。
公平は、長政達が解放されても、打ち合わせに残った。全体の雰囲気を感じておきたい。
代理店の人が取り仕切っているらしく、進行は慣れたスムーズさだった。クライアントが口を挟んだ時だけ、いくらか進行が滞る。情報共有に抜かりがありそうに見受けられた。
発言力のありそうな人物に目星をつけると、公平も打ち合わせを抜けた。
撮影準備が始まった。現場には、活気が溢れてきている。
長政と遊々は、用意された衣装に着替えている。メインは靴なので、靴以外は、いくらか控え目なコーディネートになっている。
他にも衣装はあり、各構図ごとに数パターンの撮影をするようだ。
「こう跳ぶんだってよ」
「ん、できるできる。見てみて。やれてるでしょ?」
「俺はできるけど、遊々のは違うだろ」
「ええっ。よく見てよ。カッコよくできてるでしょ。ほら、ぴょーん」
「違うだろ。ぐわっと跳ぶんだよ。ぴょーん、じゃねーよ」
長政と遊々は、練習をしながらも、十分にリラックスしていた。
ここでの公平の役割は、対人関係における緩衝役などのマネジメントだ。要は、双方にストレスを溜めさせないこと。評価される仕事ではないが、必要なリスクマネジメントだ。
「二人共、いいですか。今日は、最長十九時までという話でしたが」
「パシャパシャって、二、三枚撮って終わりじゃないんだな」
「まあ、そうですね。ですが一応、二十一時で覚悟しておいて下さい」
「えー」
「なんで言われてた最長の時刻より後ろなんだよ」
「そんなもんなんですよ。最悪は別日までかかるでしょうね」
こういう撮影業界に詳しくはないが、物事の進行における感覚的なものは、どの業界も似たようなものだろう。
契約などの書類確認を済ませると、あとは二人を見ているだけになった。
長政は見てくれのイメージと違い、普通に対人コミュニケーションこなす。礼儀正しさも見せ、見ていて安心感があった。遊々は、可愛げで失敗をごまかそうとする嫌いがある。二人合わせるとメリハリがあるので、周囲は対応しやすそうではあった。
二人がブルーバックの前に並んで立ち、証明や画角などを調整している。撮影セットから推察する限り、あとで何かと合成するのだろう。
準備にかなり時間をかけてから、ようやく実際の撮影が始まった。
二人で跳んだり、個別のジャンプを撮影したりしている。複雑なセリフなどもないので、何度か撮り直しがあった。長政は表情、遊々は跳び方で問題があった。
十八時頃、複数人のチェックが終わり、撮影が終わりそうな気配が出てきた。これで本当に終わるなら、公平の読みは外れたことになる。
少し経ち、中抜けしていたクライアントが戻ってきた。成果をチェックしている。首を捻る仕草をしていた。
「うーん。ロールクエストの時はさ、もっとこう、疾走感のあるジャンプをしてなかった? ぐぐっとさ。ぐぐっとね」
「ですがあれは、専用の装置と演出があったからこそ、ああいう迫力があったわけで」
「でもねえ。これだと、うちが提示していたコンセプトから外れているでしょ」
要件通りじゃないと言いたいようだ。ただの付き添いでしかない公平は、黙って見ていることしかできない。
こういう撮影は、感覚的なものでの評価となる。見る人によって、印象が変わるのも仕方がなかった。
結論として、全て撮り直しになった。クライアントが要望するなら仕方がない。撮影に従事する他の面々も、ほとんどは不満顔を出していなかった。公平と同じように、ある程度予想していたのだろう。もしくは慣れているのか。
「疲れたでしょう。もう少し頑張って下さい。夕食はおごりますよ」
準備の間、笑顔で二人に声をかけた。飲み物も渡す。とにかく二人のモチベーションを維持しなくてはならない。
「すげーな。事前に公平から言われてなかったら、もう嫌になっていたかもしれねえ」
「あたしが前に経験した時は、もっとひどかったよ。今くらいの時間経過で、やっとスタートみたいな感じだったし」
「そりゃキレそうだ」
キレてもらっては困る。
二十二時になろうかという時間で、ようやく撮影が終わった。結局六時間以上の拘束だったのだ。
最後に挨拶をしてまわり、円満に解放された。
「これはあれだ。そう何度もやるもんじゃねーな」
帰りの車内で、長政が愚痴った。
「ん、だよねー」
「まあ、現場によってピンキリだと思いますよ。それより食べたいものは、何かリクエストありますか?」
「もう遅いから帰るよ。今度で」
「あたしもー。早くシャワー浴びて落ち着きたい」
「わかりました。じゃあ、今日はありがとうございました」
二人と別れると、会社に戻った。仕事が残っている。
一通りの作業を済ませると、誰もいない社内で、一人大きくため息をついた。
今日は、ツインパンチを喰らい、マネージメント業をしただけだ。本当に本業が分からなくなりそうだ。