[四 美杉長政] 饅頭を求められて
トースケが映像番組に出演していた。バラエティと討論の中間くらいの内容の番組のようだ。
「だからこの人は、食べるだけ食べて、太りまくって、好きなだけ後悔すればいいのよ」
「あの、ダイエットの番組ですので。太れって話はちょっと」
「だってみんな、本当は分かってるでしょ? この人、痩せたい痩せたいって口では言うけれど、痩せる気なんてサラサラないわよ。もっと食べたいって、メダカみたいな顔に描いてあるもの」
「ですから、痩せたい人にクローズアップしているのに、なんで逆のコメントをされちゃうんですか。それにメダカって、本当に余計なアイドルですね」
「余計なことを言うアイドルでしょ。正確に言って頂戴。ちょっと、誰が余計なことを言うアイドルなのよ」
どっと笑いが聞こえてきた。
ロールクエスト2でやっていたようなやりとりが、映像の中で繰り広げられている。どうやらトースケのいち芸となったようだ。もはやアイドルというより、一発芸人のようですらあった。
いいのか、それで。
良し悪しを別とすれば、よく見かけるようにはなった。
ドゥエッジ社の放送も見た。ロールクエスト2優勝者が出演している。ロールクエスト2では優勝しなかったせいか、今回は招待されなかった。
放送を見続けた。ロールクエスト3の情報が開示されるかもしれない。その期待があったからだ。
しかし番組構成は、長政たちが出演した時と、特に変わりないようだった。ロールクエスト2を振り返り、新しいロールラバーという作品の宣伝があった。それで終わりで、ロールクエスト3に関する話は、希望的観測を誰かが述べただけだ。
ロールクエスト2が終わって、まだ半月も経過していないが、既に懐かしさを感じる。恋焦がれるような想いですらあった。
求めているのは、ロールラバーのような恋愛ゲームではない。そんなものを作ってる暇があるなら、はやくロールクエスト3を作って欲しいものだ。
「お友達が来てるわよ」
ある休日の明るい時間。外での自己トレーニングから帰ると、母が言った。
友達。板倉くらいしか思い浮かばなかったが、家の住所を知らないはずだった。美杉饅頭店で調べられないこともないが、そこまで来訪するくらいなら、先に連絡があってもいいはずだ。
羽瑠だろうか。羽瑠だとしたら、友達という表現ではなく、名前を母は言うはずだった。長政がサッカー部に在籍していたころ、一応の面識が母と羽瑠にはある。
「なんでだよ」
部屋には、遊々と知らない女が居座っていた。勝手にくつろぎ、アイシステムでゲームをやっている。
「あ、帰ってきた」
「お邪魔してまーす」
遊々は相変わらずそうだった。時々饅頭を買いにも来ているようで、一応客である。客かつ長政の友人。母の認識がそうなっているようだ。
もう一人の女は、全く覚えがなかった。おそらく同年代で、少なくとも遊々とは親しい関係に見受けられた。
長政の訝しむ視線に気がついたのか、遊々が他己紹介を始めた。
「この子はね、典ちゃん。あたしの幼馴染」
「遊々の同級生の日向典子です。よろしく」
「おまえな、人を紹介するのに愛称使うなよ。結局本人の自己紹介ありきじゃねーか。つか、なんでここにいるんだよ。俺の部屋だぞ」
とりあえず窓を開けた。お菓子のにおいが室内に充満している。飲食の残骸が、においの発生源だ。そのゴミを片付けながら話した。
「ん、おばさんがね、部屋で待ってたらって」
「何を」
「饅頭作ってくれるっていうから、ね」
「うん。あたしたち、饅頭を買いに来たの。そしたら売り切れていたみたいで、作ってくれるっていうから、お言葉に甘えたの」
うちの饅頭は、基本的に売れる見込みがある分しか作らない。突然買いに来られても、買えないことがちょくちょくある。昔ながらの顧客以外は、注文しておくのが無難だった。
「ああ、お客さんか。おまたせして申し訳ないですね。でも、わざわざ俺の部屋で待つ必要はねーけどな」
「ねえ、長政ちゃん。一緒にゲームしよー。典ちゃん、さっきから疲れたって言うから」
どんだけここにいるつもりだよ。
「うん、丁度良かった。変わってほしい」
「やるとは言ってないぞ」
額を汗ばませた日向から、器具を押し付けられた。どうやら、体の各部位に装着して使うようだ。
やったことのないゲームシステムのようなので、少し興味が出てきた。
眼鏡型のアイシステムを装用すると、遊々からゲームデータを共有された。
格闘ゲームのようだ。実際に遊々と殴り合うわけでなく、視界に遊々の分身と思われるキャラクターが現れている。
「なんだこれ? これが遊々? 倒せばいいの?」
「うん、そう」
「ふふーん。長政ちゃんには負けないよ」
「戦いのゲームで俺に勝てると思っているのか」
試合が始まった。
腕を突き出すとパンチに。足を出せばキックになるようだ。感覚はすぐにつかめた。
遊々の分身は、少女のような姿だった。その姿を殴るのは気が引けるが、ゲームだし遠慮する必要はない。
距離を詰めようとすると、分身少女が大きく手を動かした。
「んんんーーー! ファイアービィィィム」
分身少女の動作が終わると、向けられた手のひらから、火の光線が飛び出てきた。それを何度も喰らい、為す術なく長政は倒された。
「おい、遊々。全然格闘ゲームじゃねーじゃねーか」
「格ゲーなんてー、言ってませんー」
こいつ、ムカつく。
「マニュアル、どうやって見るんだよ」
徒手空拳で勝てる気がしない。操作を覚え、特殊な技があるなら、それを使えるようにならないと、勝負にならない。
「お、やる気だねー。でも、このユユ六世様に勝てるかなー?」
「なんだその古い世代番号は。相当やりこんでるだろ。確か、ロールクエスト2では、四十八世だったよな」
「ん、その通ーり。もはやプロ級だよ。今の長政ちゃんにとっては、魔王に挑むようなものだねー」
「なに、魔王だと。絶対勝ってやる」
「ん、来い! 村人よ!」
「村人扱いとは、こしゃくな。馬鹿にしやがって」
「解放されて助かるわ……」
日向の声が少しだけ聞こえた。
結局、身動きする気力がなくなるまで戦い続けた。トレーニング後だったので、さほど体力が余っていたわけでもない。
遊々も、力尽きたかのように横になっていた。
長政の戦績は、三十戦ほど戦い、たったの一勝だった。
「今さらだけど、うちまで饅頭を買いにくる必要があるのか? 近場に別の甘味屋はねーの? スーパーでもコンビニでも」
日向に訊いた。
「あるよ。でも、おばあちゃんが泣くほど気に入ったみたいで。あたしは普通の饅頭だと思ったけど」
「あー、年寄には人気があるからなあ、うちの饅頭」
なんとなく納得した。古くからの顧客は、みんな年輩だ。饅頭の味は、実質一種類だが、常連客はその味を求めて買いにくる。
「泣くほど美味しいなら、また食べてほしいから」
「そういうことか」
我が家の饅頭は、不思議な食べ物である。
二人が帰ったあとの夜には、ドゥエッジ社から連絡があった。契約の更新に来いとのことだった。都合の良い日時の選択を促されている。
長政は、どこかホッとするような気持ちになった。契約を更新するというのなら、ロールクエストは続くだろう。