[三 博雄道三] 休憩、そして再動
ロールクエスト1と2の開催に従事した全社員を対象に、特別休暇を与えた。
さらに、有給休暇の使用も推奨した。ロールクエスト2は連休を使用して開催したので、その代休と合わせると半月くらい連休となる者も珍しくなかった。
一週間は、社長である博雄道三も、しっかり休んだ。その間の会社の代表は、副社長が務める。
社内は、大きくは二つの開発部署に分けている。ロールクエストを主とする部署がひとつ。もうひとつは、家庭用ゲーム開発をする部署だ。
家庭用ゲームを開発する部署は、ほとんどの統括を副社長に任せてしまっていた。それで道三は、ロールクエストに力を尽くすことができる。
多くの社員はまだ休んでいるので、その間に庶務をこなし続けた。秘書の常磐秋香も休ませているため、効率は著しく悪い。普段頼り切っているので、いざいないとなると困ってしまうのだ。
「計画通り、ロールクエスト関連の開発は進めてくれ。必要であればプレイヤーも呼び出す。従事可能なプレイヤーは、通達したものから変更ない」
出席者が半分程の定例会議にて、いくつか指示を出した。その中には、ロールクエストを家庭用ゲームとして再開発する計画があった。
他に、既存ゲームのダウンロードコンテンツとして、ロールクエストのプレイヤーを登場させる計画もあった。
自社で生み出したコンテンツは、最大限活かす。
うまく事が運べば、ロールクエストの赤字は回収できる可能性があった。
設備の貸出も試みる。主なターゲットは、映画製作など、大規模なセットを必要とする業者である。次に使用する時まで、空いている設備やノウハウを、少しでも収入に結び付けられればといった狙いだった。
常磐が出社してくると、ようやく仕事がしやすくなってきた。
さらに日数が経過すると、残りの社員が休暇から復帰してきた。元気な姿を見せるかと期待していたが、休み疲れしたかのような表情をしている者が多い。
道三は、積極的に社員へ姿を現した。時には声をかけたり、仕事ぶりを眺めてもみる。
そうこうしていると、少しずつ社員たちの顔に、活力が戻ってきた。
「ロールラバーの進捗を、今週から逐次出したまえ。ロールクエスト3は、企画会議からやり直しだ。計画線も引き直せ」
計画している仕事は山積している。
まず当面は、ロールラバーのプロジェクトを推し進める。ロールラバーは、プレイヤーとAIとの恋愛をテーマにしたゲームだ。
AIとの恋愛や結婚を夢見る者が、昨今では増えてきているらしい。
現実の恋愛や結婚は、性犯罪や美人局などの危険が常に付きまとう。そんなリスクや面倒は避けたい。でも、恋愛や結婚はしたい。そういう人は、AIとの関係を選択するらしい。道三には理解に苦しむ選択である。
そんな流行に先乗りするつもりで企画されたのが、ロールラバーだった。
ロールラバーは、ロールクエスト3までのつなぎだった。それでもおそらくは、ロールミステリーと同程度には成功する。予想収益だけで考えれば、ロールクエストより、よっぽど優秀となる。
「映像秘書の販売も、計画通り開始しますが、よろしいですか?」
「承認する。遺漏なく進めよ」
最近テレビでも話題になっていた映像秘書を販売する。受け入れテストは終わっており、あとは事務的な手続きがほとんどだった。
映像秘書は、過去二回のロールクエストで実績がある。ユーザーも安心して購入できるはずだ。ただし、モデルは天津悶ではなく、ま行姉妹などのオリジナルキャラクターを用いる。
映像秘書として、有名人をモデルとして使うことは、特に法律や契約面でハードルが多かった。ゲーム会社として、そのリスクに対応する余裕はない。限定された場所だけでの利用が精々である。ロールクエストのような。
一通りの計画の推進を始めると、道三はようやく落ち着いた。常磐が茶を出してくれたので、すすりながら一息をつく。
全てが思惑通りにうまく運べば、ロールクエストの赤字は取り戻せる。そうなってもらわないと困る。
問題があるとすれば、社員が足りないことだった。下請け業者に任せられる仕事は限られている。AIに任せられる仕事ばかりでもないので、どうしても社員が足りない。
「社長、EIAI社の方が、面会を希望されておられます」
EIAI社。AI事業社である。ロールクエスト1と2では、大金で契約をしていた。映像秘書のAIも業務提携を結んでいる。
「長い話でないなら構わんが」
用件はなんだ、と思った。猫の手すら借りたいほどに、今は忙しい。とはいえ、無視もしづらい相手だった。
「では夕方で調整いたします」
面会の希望は、EIAI社だけでなかった。夕方までに、他に二社からも、面会の申し入れがあった。電気メーカー。通信販売メーカー。業種は違うが、どちらもAIを手がけている会社だと気づいた。
何かが起きているのかもしれない。
こうなってくると、内容に興味が出てきた。悪い話とも思えない。
「ロールクエスト3……に限りませんが、AI提供を、無償でさせて頂きたいと考えております」
「どういうことですかな?」
これまで大金を払っていたのに、突然無料でいいよ、である。さすがに信じられない話だった。ロールクエスト3の情報は一切公表していないが、その計画を否定する気にならないほど、道三は呆気にとられた。表情にも出てしまった。
「経営会議で決まったことです。前向きにご検討頂きたく、お願い申し上げる次第です」
どういう風の吹き回しか。それが知りたい。
他二社とも面会することで、理由の検討はついた。他二社は、金を出すから弊社のAIを使ってくれ、と言う。その出資額は高く、交渉を続ければ数千万になりそうに思えた。
つまり、金を払ってでもドゥエッジ社で使われた方が、メリットになると判断された。そういうことだ。
結局、一週間で七件、同様の提案があった。その動きを受けてか、EIAI社も出資するという提案内容に切り替えてきた。
思わぬところで、大きな収入の目処が立ってきた。
しかし、問題もあった。
使用するAIを切り替える場合、受け入れ可能なAIかどうか、事前に調査する必要がある。これまでより悪い動作をしては、劣化したと見られてしまうからだ。それは許されることではない。
各社の提案を吟味した結果、急きょ調査をおこなうことにした。
「社長、すでに人的余裕は、ほとんどありません」
調査班の統括者として、運用部の平手を向かわせることにした。道三が信用している部下の一人だ。その平手が、開発現場の人員不足を引き合いに、否定的な表情をしていた。
「分かっておる。しかし、場合によっては、現行の開発に大きく影響する。速やかに調査せんと、交渉の材料にもできない。優先度はトリプルAといったところだな。他を止めてでも進めてくれ」
「どれほどの調査期間を想定しておられますか?」
「早ければ早いほど良い。一週間くらいで終わると、再計画の必要もなくて良いのだが」
「一社につき一週間ですか。それでしたら、突貫でなんとかなるかもしれません」
「いや、七社で一週間」
「それは」
平手が絶句するのも無理はなかった。
「開発部長にも伝えておくから、具体的なやり方は、彼と相談してくれ」
おそらく、開発部長も似たような反応をする。
仕事はやはり山積しているが、これ以上の社員の酷使は、現場から怨嗟の声が聞こえてきそうだった。
計画の線を引き直す作業自体は簡単だが、趣味でビジネスをやっているわけではない。採算の取れる計画であり続けなければならないし、株主などを含めたステークホルダーとの兼ね合いも考慮しなくてはならない。
今は頑張れ、としか言いようがなかった。
道三は、精力的に動き続けた。
ある日には、ロールクエスト3の課題会議に参加した。ロールクエスト2での失敗を繰り返さないためにも、できるだけ会議に参加する。参加できなければ、議事録に目を通す。
道三が参加する会議は、椅子があるにも関わらず、立ち会議とした。普段は着座の上で、会議を進行しているはずだ。
とにかく時間を節約したい。そのためには、座って落ち着かない方が、フットワークの軽い会議になる。二時間の会議を一時間に。一時間の会議を三十分に。不要な会議ならば、即刻終了する。
「リアルタイプのプレイヤースキルについてです。スキル開発の負荷が高く、業務の効率化に向けて、改善したい考えがあります」
課題が次々と消化される中では、道三の気を引く課題もある。そんな時は、どんな発言が出てくるか、じっくり聞いてみる。
リアルタイプは、そのプレイヤーの素行調査をし、人物の特徴を汲み取ったスキル内容にしている。さらには、作られたスキルの分だけ、実際の開発やテストでも、労力を消費する。負荷が低いわけがなかった。
「賛成です。バトルタイプと合わせてしまっても良いと思います」
「ですが、他にはないロールクエストならではのスキルシステムでもあります」
「負荷という意味では、どのスキルタイプでもあるでしょう。いっそ十種類くらいのスキル構成を用意するだけにし、ランダムに割り当ててはいかがでしょうか? 負担はかなり減ります」
「それをやってしまっては、ロールクエストらしさを失ってしまいます。私は逆に、リアルタイプを増加してもいいくらいと考えます」
「ロールクエスト1の優勝パーティは、リアルタイプ主体のパーティでありました。そして成功していました」
「それを言ったら、ロールクエスト2の優勝パーティは、バトルタイプが主体だったでしょう」
「優勝はできずとも、活躍したパーティは、リアルタイプ系でしたよ」
「みんな落ち着け。それはプレイヤーの質の問題が絡んでくる」
「結局のところ、面白くなるのであれば、なんであれやるべきじゃないですか」
「楽をしたいだけでしょう」
「不要な労力を使うべきでない。それだけです」
意外な議題で、皆がエキサイトしていた。
道三の考えとしては、現状維持が適切と考えていた。どのスキルタイプも一定の需要はある。そしてそれらのスキルが、今のロールクエストを形作ってきたとも言えるのだ。
もし、バトルかリアルかの、スキルタイプのどちらかを削るとしたら、リアルタイプを残したい。他にない特徴というのは、やはり大事にしたいものだ。
真似をする他社も、まず出てこないだろう。人的負荷が異常に高いからだ。それでも道三は、今の開発方針を気に入っている。
道三が社長権限で決めてしまうのは簡単だった。しかしできれば、自然に同じ考えへと着地して欲しい。議論の末にまとまれば、それがドゥエッジ社の総意、ということだ。
結局、結論が出ないという形で、現状維持になった。
会議はスピーディに進み、次々と課題は消化されていった。スキルタイプのように、議論に発展する方が珍しい。ロールクエスト二作を通じて、みんなが新しい形態のゲーム開発に慣れてきている。そういう慣れが必ずしも良いわけではないが、今はまだ、大きな問題はなかった。
少しでも時間ができると、進捗や報告書に目を通した。アイシステムがある限り、いつでも見ることができる。
報告書の中には、ロールクエスト2で発覚した不正操作の件もあった。巧妙に足跡は消されているが、ほぼほぼ間違いなくコネテカ者の蔵岩衛が首謀者とみて間違いなさそうだった。館内の映像カメラでも、引き抜かれた社員と同行する姿が写っている。
いずれ、会う必要があるだろう。