表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/39

[一 華道遊々] アイシステムまみれ

 自分のベッドから、人の動く気配が伝わってきた。


「おはよ。(のり)ちゃん。起きちゃったね」


 華道遊々(かどうゆゆ)はそう言うと、そこにいるはずの日向典子(ひゅうがのりこ)に声をかけた。

 典子からは、身体を伸ばしているかのような声が、漏れ聞こえている。


「何時?」


 アイシステムの眼鏡をズラし、時計を確認する。アナログ時計は、四時をさしていた。


「四時ごろ。寝てていいよう」


 ズラした眼鏡を戻すと、ゲームの世界である。眼鏡から視える視界は、アイシステムによって、ゲーム画面となっていた。


「あんたも寝なさいよ。いい加減に」


 あくび混じりに典子が言う。

 寝たい。寝たい気持ちは遊々にもある。しかし今寝ると、プレイ中のゲームの経過が中途半端だ。


「ん、でも、ちょっといいところでさ」

「それは、あたしが寝る時も聞いたでしょ。いいところが何時間続いてるのよ」

「五時間くらいだよ」


 恋愛アドベンチャーは、中盤を過ぎたあたりから、止め時がわからなくなることが多い。クライマックスが連続するのだ。

 ゲームよっては、感情を訴え訴え……と続くと、段々と感情移入できなくなってくることもある。しかし今やっているゲームは、アタリかハズレかと言えば、アタリの部類だった。


「だってさー、好きになっちゃった女の子が、とっても可愛くて良い子でさー。見てよ、この子を。超可愛いでしょー。こんないい子が、主人公のトラウマの原因だったことが判明しちゃってさー。かわいそでしょー?」

「ゲームのキャラクターの事情なんて、心底どうでもいいでしょー。今すぐ電源を落として寝るよ。ほら、来なさいよ」


 また眼鏡をズラして典子に顔を向けると、タオルケットを広げて添い寝を誘われていた。


 確かに限界の眠気を感じてはいた。寝るべきか。

 明日は出かけるので、次にプレイできるのは、明日の夜になってしまう。それまでお預けとするのか。クリアまでやってしまいたい。そうは思っても、睡眠欲求には、もう負けそうだった。


 寝よう。


 決めたら、ゲームをスリープ状態にし、眼鏡を外した。

 のそのそとベッドに近づく。転がるようにして、典子の横に落ち着くと、タオルケットが身体にかけられた。典子の温もりが残っており、冷えた感じはない。


「んんんー。ぬくぬくだねー。お肌が気持ちいいねー」

「トラウマの原因でもさ、大事なのは、その時の気持ちよね」


 さっきの話が続いていた。どうでもいいとか言っておきながら、ちゃんと話は聞いてくれている。典子の好きなところだった。


「でもほら、トラウマの内容がすごいよ」

「何よ。よっぽどショックな経験でもしたとか? や、聞くのやめておくわ。どうせまたろくでもない内容なんでしょ」

「どうかなー」


 いつの間にか眠っていたらしく、目覚めたら昼が近かった。


 終わったばかりのロールクエスト2の夢をみた。そんな気がする。二作続けて出場したが、ロールクエスト1に負けず劣らずで、ロールクエスト2も面白かった。遊々自身の活躍の場もあったので、内容については大満足だった。


 早くもロールクエスト3が待ち遠しい。必ずしも遊々自身が活躍できるとは限らないが、自分ならやれるはずだ。遊々はそう思っていた。


 隣を見ると、典子の姿はない。だが、部屋に近づいてくる足音は、すぐに聞こえてきた。歩き方が典子のものだ。


「遊々ー。そろそろ起きてー。夜に眠れなくなるよ」

「起きてるよう」


 遊々は、手を典子に向けて自己主張した。


「おばさんは仕事だってさ。出かけるなら戸締まりよろしくって」


 おばさん……つまり遊々の母だ。

 家の中には、他に人のいる気配がないので、典子と二人だけのようだ。こういうことは、ままある。小さい頃からなので、父も母も、典子のことは信用しきっていた。娘の遊々より信用しているかもしれない。


 朝ご飯代わりの味噌汁を、典子と二人、居間ですすった。


 典子は空間ディスプレイを観ていた。ワイドショーが映し出されている。司会者と何かの専門家が意見交換をしているようだった。


「最近でもありましたが、視界映像を悪用されるケースもあります。自衛のためにも、常に視界をレコーディングしておき、誰かと共有しておくことが必要な時代なのかもしれません」

「最近といいますと、ロールクエストで話題になっていた美杉長政(みすぎながまさ)君が有名ですね」

「ええ、そうですね。彼のケースでは、たまたま目撃者がいたから良かったですが、仮に目撃者がいなかったら、一方的に悪のレッテルを張られていたでしょう。しかも、不特定多数の無責任な見知らぬ人達からです」

「もはやアイシステムの装用は、必須なんでしょうか」

「監視用の空撮ドローンの巡回なども検討されてはいますが、プライバシーの保護や現行法律の敷居の高さから、難しいと考えられてもいます。そもそもアイシステム関連の法整備も、まだまだ遅れていますからね」


 半分くらい、よくわからないことを喋っているが、長政の話が出たことはわかった。美杉長政暴行でっちあげ事件、などと呼称されるようにもなっている。長政の被害を証明する視界映像の中には、遊々の名前も出ており、遊々自身無関係ではなかった。


「あんたんところのリーダーも大変だったね。変なのに巻き込まれてさ。一躍有名人にもなっちゃって」

「ん、そうだよね。あたしも危なかったよ。同じ場所に呼び出されてたからさ」

「え、そうなの?」

「うんー。無視してたけどね」

「うわー、やだやだ。有名税高すぎでしょ」

「有名税って?」

「有名になると色々な問題を抱えるってことよ。それを国に税金を払うように受け入れるしかないみたいな」

「そうなんだー」


 忘れそうだ。わからなくなったら、また聞こう。


「あんたも気をつけなさいよ。フォロワー数がとんでもない人数になっているんだから」


 ロールクエスト1が始まる前は、SNSのフォロワー数は二万人程度だった。それでも一般人としては、相当に多い。それが今や、二十万人近いフォロワー数になっている。ロールクエスト参加の影響だった。長政と一緒に行動したことも、大きなフォロワー数増加の理由に思えた。


「そうだよね」

「何かあったら相談すること。いい?」

「ん、ありがと、典ちゃん。優しいねえ」


 食事が終わると、部屋に戻り、典子とアイシステムのテーマ作成を始めた。典子と二人で作り、売ってみる。そういう試みだった。利益が出るかも、ということで、典子もやる気になっている。


 今の世は、デザイナーの需要が高まっている。アイシステムの普及でそうなった。

 アイシステムを通して世界を視れば、街のいたる箇所で設定された描写を表示可能なのだった。つまり、遊々が創ったテーマを適用すれば、遊々が創った映像が、その人の視界内に表示されるようになるのだった。

 視界内には、広告や宣伝といった類も表示可能なので、企業や行政も取り組んでおり、ユーザーに選んでもらうための決め手となる絵やモデルの魅せ方は、重要と考えられている。


 最初は遊々が絵を描いて、それをテーマに組み込んでみようと思っていた。


「遊々の実写の方がいいんじゃない?」

「そかなー?」

「その方が買い手は嬉しいと思うけど」

「じゃあ、そしよっかな?」


 絵を描きたい気持ちもあったが、典子が言うならと、あっさりと方針転換をした。


 まずは、アイシステムのナビゲートに表示してみよう、という話になった。

 アイシステムでは、視界上で目的地までのナビゲートを表示させることができる。その通りに進んでいけば、最短距離で到着できるシステムだ。

 そのシステム上に、動く人物を表示させてみる。モデルは遊々自身だ。例えば右折時、右だよ、といった所作を視界上でする。


 忙しいのは典子だった。視ることで遊々を撮影し、それを編集しアイシステムのテーマに組み込む。専門家でないと出来ないわけではないが、それなりに勉強をする必要はあった。遊々も手伝っている。


 時々おかしなポーズができあがったり、変な動きができあがると、二人で笑い合いながら作業をした。


「暗くなってきたし、そろそろ帰るわ。あとはオンラインでね」


 典子を見送ろうと、腰をあげたところで、ふと思い出した。


「そうだ、典ちゃん。饅頭持ってって?」

「なんで?」

「おばあちゃん食べるかなーって買っておいたんだよ。おばあちゃんにあげてよ。きっとおばあちゃん好みの味だよ」

「じゃ、渡しとく」

「典ちゃんの感想も聞かせてね。おいしーって」


 美杉饅頭と書かれた手提げ袋を、玄関で典子に手渡した。

 ほのかに甘い饅頭の香りが、鼻孔をくすぐっている。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ