第十六話「鍛え上げたこの伸び縮む美ボディ」
こんにちは、オロボ46です。
今回は「むま市」の続きです。
それでは、どうぞ。
「あ、あの・・・・・・とりあえずそのことは置いておいて、
"日本語"、てことは日本から来たんですか・・・・・・?」
優柔不断な青年、ティルムは目の前にいる化け物に聞いた
化け物のタビアゲハは静かに頷いた
「どうやって・・・・・・ここ、ロシアに・・・・・・?」
「・・・・・・船ニ乗ッテキタノ」
「船・・・・・・」
「ウン、コッソリダケド・・・・・・」
「こ、こっそり・・・・・・」
ティルムはすぐに"密航"というひとつの単語を思い浮かべた
(犯罪じゃないか・・・・・・いや、化け物病にかかってるから
普通には乗れないよな・・・・・・)
その時、ティルムは気になることがあった
「あ、あの・・・・・・どうして・・・・・・この国・・・・・・」
そこまで言ってティルムは口をつぐんだ
(密航してまで来たんだ。
訳はあまり聞かないほうが・・・・・・
いや、でも気になるし・・・・・・)
ティルムが悩んでいるのを見て、
タビアゲハは口を開いた
「旅シテイルノ」
「た、旅・・・・・・?」
「ウン。私・・・・・・キット人間ダッタコロカラ
旅スルコトガ夢ダッタノ・・・・・・」
「夢・・・・・・」
"夢を叶える為にはこれしかないから"
恋人だった女性の声がティルムの頭に響く
「外国ニ来タノハ初メテダケド・・・・・・」
「・・・・・・」
化け物ですら夢を持っている
元人間だからそんなことを言っては失礼だが、
ほとんどが夢を奪われる化け物病に蝕まれた者が
今、夢を叶えている
(それじゃあ・・・・・・僕は・・・・・・?)
自分は優柔不断で迷いに迷って、
最終的にはいつも他人に決めてもらっていた
だから、夢なんて浮かべたことがなかった
夢を持ったところで、また迷うに決まっているからだ
「ネエ、コノアタリデ珍シイ場所ッテアル?」
「あ・・・・・・えっと・・・・・・
むま市で有名な所といえば・・・・・・港ぐらいですね・・・・・・
あそこの歴史は結構面白いので・・・・・・」
「港・・・・・・」
(ソウイエバ、見ツカラナイヨウニ急イデイタカラ
ユックリ見レテナカッタナ・・・・・・)
「ウン、アリガトウ・・・・・・行ッテミルネ」
タビアゲハはローブのフードを被った
頭の触覚はすっかり隠れて、ギリギリ正体は分かりにくくなった
「あ、あの・・・・・・!」
ティルムは立ち去ろうとしたタビアゲハを引き留めた
「あの・・・・・・その・・・・・・えっと・・・・・・
いえ、何もないです・・・・・・」
「・・・・・・?」
タビアゲハは首を傾げたが、すぐに立ち去って行った
(また・・・・・・選択しそこねた・・・・・・)
ティルムはため息をつき、その場に座り込んだ
その時、上から何かが落ちてくるのが見えた
ティルムは考える暇もなくただ目を見開くことしかできなかった
「ウワア・・・・・・大キイ・・・・・・」
港に戻ってきたタビアゲハは
ちょうど止まっていた豪華客船を見て呟いた
たくさんの人々が降りてきていて、
タビアゲハが乗ってきた貿易船とは偉い違いだった
「ネエ、アノ船ッテドコニ行クノカナ・・・・・・」
タビアゲハはそう言いながら後ろを振り返った
しかし、後ろにいるのはタビアゲハの知らない人ばかりだった
「・・・・・・」
心の中には、虚しさだけが残った
(坂崎サン・・・・・・)
「う・・・・・・うーん・・・・・・」
ティルムは部屋の中で目覚めた
がしゃん、がしゃんと音がする。
周りを見渡すと、
多数のジム用具が並んでいた
一瞬スポーツジムかと思ったが、どうやら民家のようだ
「おう、気がついたか?」
男が扉を開けて入って来た
その男の姿を見たティルムは
悲鳴を上げそうになった
男の体は多数の筋肉で包まれていた
それは全然自然だ
その筋肉は彼の今までの努力の結晶であろう
問題は、男が歩くごとに胴体がゴムのように上下に伸び縮むことだ
「お前、ここに連れて来たときから気を失ってたぞ」
男は伸び縮みしながらティルムに話かけた
「あ、あの・・・・・・どうして・・・・・・」
「今朝、窓を覗いたら化け物が寝てたんだよ。
俺、こんな体だからさ、人前にでれないだろ?
だからあいつに俺の美ボディを見てもらおうと思った訳なんだよ。
でも、起こすのはかわいそうだからさ、起きるまで待ってったんだ。
そこにお前が来てあいつが起きただろ?
お前とあいつが何か話しているから終わるまで待っていた訳だよ。
そしたらあいつがどっか行っちまったから
代わりにお前を連れて来たんだよ」
「でも、僕をここに連れてきて大丈夫なんですか・・・・・・?」
「お前、言ってただろ? 誰にも言わないって。
それに、おかんは今買い出し行ってるから
すぐには帰ってこないよ」
「そうなんですか・・・・・・」
ティルムは再び周りのジム用具を見て、
何回も使い込まれているのがよくわかった
「どうだ?俺の体を作った相棒たちは?」
(ど・・・・・・どうだ、って言われても・・・・・・)
筋肉に興味が湧かないティルムにとって
非常に困る質問だった
「筋肉は俺にとって生き甲斐なのさ。
筋肉がなければ、俺はこの姿に絶望していただろう。
それに、俺自身で決めた生き甲斐だからな。」
「自分で決めた・・・・・・生き甲斐・・・・・・?」
優柔不断なティルムにとって
非常に興味深い言葉だった
鍛え上げた筋肉と伸び縮む胴を持つ男と出会ったティルムと
心細さを感じたタビアゲハ
二人は「むま市」から始まる選択を決めることができるのだろうか・・・・・・
いかがでしたか?
次回で「むま市」は終了なので、
もう少しだけ待ってくださいね。
次回もお楽しみに。




