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それぞれの心境

 佐々木 桜side


 私は臆病だ。

 自分の思ってることも言えない臆病者だ。


——私は御堂君のことが好きである。


 好きなのに、ものすごく好きなのに。

 ……好きなはずなのに。

 行動に移すことができない。

 いつも華怜ちゃんの陰に隠れて見ているだけ。

 今回も、ちゃんと自分からチームに入れてもらえるように頼もうと思っていたのに。

 結局、私は華怜ちゃんに「ありがとう」を言うことしかできなかった。

 演習に向けての買い物でもダメだった。

 仲良くなるチャンスだと思っていたのに、交わした言葉は


「これ何個買う?」

「5個かな」


 これだけであった。

 自己嫌悪をしながらカバンとスマホを放り投げる。

 なんで……

 なんで……


「なんで……」


 なんで、こんなにも好きなのに行動に移すことができないのだろう。

 私が御堂君を好きになったのは1年生の文化祭の時だ。

 演劇のときに、緊張のあまり、セリフを忘れてしまった私を助けてくれたのだ。

 きっとお客さんは、失敗したのが御堂君だと錯覚してしまっただろう。

 痛いほどの静寂から暖かい光を差してくれた。

 劇の後に泣きながら謝った私にハンカチを渡しながら


「失敗はだれでもあるだろ。気にするな」


 そう言ってくれた、御堂君の笑顔は、今でも胸に残っている。

 そうだ、私はあの時から御堂君のことが好きなんだ。

 反動をつけて、ベッドから起き上がりクローゼットを開ける。

 明日着ていく予定の服を確認する。


「大丈夫だよね?」


 鏡に映った自分に問いかける。

 最近、臆病な自分の中に勇気を持った自分がいる気がする。

 少年漫画みたいな言い方だけど、内なる自分がいる気がする。

 だけど秘めてるだけじゃダメだ。

 私も強くなりたい。

 御堂君の隣に並べるように。

 明日からの演習で私は変わってみせる。

 モンスターとともに臆病な私も倒す。


「がんばるぞ」


 杖を握りしめた右手を、天井に突き刺さるように突き上げた。


 鈴木 哲平side


 小さい頃は、自分は天才だと思っていた。

 何をやってもある程度こなせた俺は、努力という言葉とは無縁だった。

 高校に入ってからは現実を知った。

 中学までは、何もせずとも成績は上位だったが、高校では中間にいることが精一杯だった。

 だが、努力と無縁だった俺は這い上がろうと、もがくことはなかった。

 そしてそのまま現在を迎えてしまった。

 買い物から帰ると、ベッドにもたれながらマンガを読む。

 明日からダンジョン演習だとわかっていても特に準備はしない。

 今回も努力なんていらない。

 きっとなんとかなる。

 なんとかしてくれる。


 丑三つ時を過ぎたころ、いつものように俺は寝た。


小河 華怜side


 完璧で完全。

 私はそのように躾けられてきたし、その通りにしてきた。

 窮屈と思うことは一度もなかった。

 人から求められたものを完璧にこなす。

 それが私。

 泡にまみれた、大きなお風呂に鼻歌を歌いながらつかる。

 不安などない。

 心配などない。

 演習だって、自分に与えられた役割を完璧にこなせばいいだけ。

 なんの問題もない。

 ただ、少々気がかりといえば桜のことぐらいだろう。

 あの小心さはどうにかならないのだろうか。


「頑張りなさいよ、桜」


 泡を丁寧に流しながらつぶやく。


 友の心配をして明日に備える。


橘 翔太side


 準備を怠ったことなどはない。

 100%の力を発揮するためだけに前日を費やす。

 今日も明日のため準備する。

 1時間ほど精神を集中する。

 ブレることのない、真っ直ぐな精神を築く。

 体を痛めつけない程度の運動をする。

 剣を振るう。

 剣を振るう。

 剣を振るう。

 精神を集中したはずなのに……

 剣を振るい集中しきれない弱い自分を斬る。


——あの日俺は初めて負けた。


 俺は決して天才ではない。

 それはわかっている。

 だが、その分を努力で補ってきた。

 それなのに負けた。

 退院したばかりの、体が鈍ってるはずの御堂太一に。

 負けた後、握手を交わし友となったがどうしても拭いきれない。

 別に恨んでるわけでも、憎んでるわけでも、嫌ってるわけでもない。

 ただ勝ちたい。

 それだけなのだ。

 控えめにしようと思っていた素振りも、気がつけば息が上がり、肩が上下していた。

 道場を後にし汗を流す。

 水をかぶった。

 だがあの日のことだけは流れてはくれなかった。


「うおおおおおおおおおお」


 腹の底から響く魂の叫びをし、風呂を出る。


——俺はもう負けない


荒木 辰海side


 不安もあるが楽しみのほうが大きかった。

 明日に備えるために、いつもより早く布団に入ったが寝付けなかった。

 時計を見ると2時間も過ぎてしまっている。

 遠足の前日に眠れない子供のようだ。

 友達の太一は、前より明るくなった気がする。

 いや、明るくなった。

 それが嬉しいのだ。

 みんなで演習を楽しみたい。

 ケガは怖いけど、それでも強くなりたい。

 結局、眠りについたのはさらに2時間が経った頃だった。


 御堂 太一side


 結論、買い物は大失敗であった。


「これ何個買う?」

「5個かな」


 これしか話すことができなかった。

 部屋で激しく、グルグル回転しながら自分の行動を振り返る。

 さりげなく隣に行こうとするも、タイミングがつかめず失敗。

 会話を試みるも、小河と離れない佐々木に近づき、ガールズトークにダイブする勇気はなかった。

 結局、全部自分のふがいなさが悪いのだ。

 異世界で女子の口説き方も学んでおけばよかった。


「うわあああああああああ」


 嫌なことを思い出したことにより、後悔は倍増し回転速度も倍増した。


「うるさい」


 下の階から怒鳴った母の声でようやく回転は止まった。

 大きなため息を逃がすように窓を開けた。

 気持ちのいい風のおかげで、幾分か冷静さを取り戻した。

 佐々木との恋はとりあえず忘れよう。

 いつか、きっとチャンスは来るだろう。

 今考えなくてはいけないものは、明日のことだった。

 他のやつはダンジョンを甘く見すぎてる。

 いくら演習とはいえ危険と隣り合わせなのだ。

 もっと緊張感を持ってもらいたい。

 いくら異世界で勇者になったからといって、どこまで強さを引き継いでるかわからない。

 少なくても知識はあったが、技術や体術などは大丈夫なのだろうか。

 勇者の時と同じように、体は動いてくれるのだろうか。

 不安でしかたがなかった。

 俺はリーダーだ。

 押し付けられたとはいえリーダーなのである。

 なら、みんなを守る義務がある。

 佐々木はもちろん、だれにも傷ついてほしくない。

 ましてや、死ぬなんてもってのほかだ。

 俺はこの世界でも勇者になれるのだろうか……

 勇者か……


「勇者斬り(スラッシュ)


 かつての俺の必殺技を叫んだ。


「うるさいって言ってるでしょ」

「うぇ!?」


 さっきよりも大きくなった母の声に恐縮する。

 母の怒鳴り声に、びびる勇者がいるのだろうかと笑いがこみ上げる。


「よし」


 顔を叩き自分を鼓舞した。


「寝よう」


 明日のために、未来のために、世界のために。

 十分に気合を入れて寝た。


 三田 榴side


「明日は演習じゃ」


 だれもいない、殺風景な部屋で一人はしゃぐ。

 わけのわからないステップを繰り返しながら踊る。


「妾に不得意があるわけなかろう。全部得意じゃ。このダンジョンは妾にまかせておけ」


 学校での出来事を思い出す。

 踊りを中断し赤くなった顔を腕で覆う。


「大丈夫じゃ。安心しろ妾よ。妾の中に流れる血を信じるのじゃ」


 そう言うと手を腰に当て高笑いをする。

 そして、御堂太一の顔を浮かべる。

 好意の反対に位置するであろう、この感情をぶつける。

 真面目な顔で、燃えるように熱い目で、凍えそうな冷徹な口調で、血の気のない言葉を口にする。 


——御堂太一よ、必ず殺す


 そして、それぞれの思いを胸にダンジョン演習を迎える。


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