転校生に会ってみた
俺は焦っている。
焦って、焦って、焦っている。
——寝坊した。
あまりにも、いい夢を見ていたので、脳が起きることをキャンセルしてしまった。
その夢とは、佐々木が俺のことをかっこいいと褒めてくれる夢であった。
さらに佐々木は、そのままゆっくり俺の背中に腕を回し抱き付いてきた。
上目遣いでこっちを見つめてから、そっと目を閉じる。
俺は心の中で「いいんだよな……」と3回唱えてから、意を決し、ぎこちなく唇を重ね――
というところで目が覚めた。
どうせ寝坊するなら最後まで見たかった。
向けるべき場所が違う怒りを抱えながら、ダッシュで階段を駆け上がる。
「チャイムがなるまであと30秒しかない。やばいぞ」
焦った俺は、階段を1段とばしから2段飛ばしに変更してかけ上がる。
だが、それがいけなかった。
勢い余った俺の体は止まることができず、女子生徒とぶつかってしまった。
「いってぇー」
ぶつかった女子生徒は体を動かさずぐったりしていた。
「おい大丈夫か?」
俺は女子生徒の体をゆすり安否の確認をとる。
「いったー。どこを見て歩いておるんじゃ?」
んじゃ……?
「あ、よかった……!?」
女子生徒は幸いにも意識がはっきりしていて、ケガもないようだ。
ただ、俺を思いっきりにらみつけてくる。
怖い。
女子生徒とぶつかるなんて少女漫画的な展開かと思ったが、ヤンキー漫画的な展開の予感がする。
「いや、ごめんなさい。ちょっと急いでて」
ひきつった笑顔を見せながら言い訳をする。
その時、HR開始のチャイムが鳴る。
「あっ」
遅刻寸前なことを思い出す。
チャイムが鳴っている間はセーフ。
この学校には暗黙のルールがある。
「ほんとごめん。後で謝るから」
俺はダッシュで教室を目指した。
「待てっ」
聞こえないふりを決め、心を痛めながら走る。
すまん、女子生徒。
俺は遅刻しそうなんだ、決して怖いからじゃないぞ。
結果から言うと遅刻である。
俺の俊足をもってしても間にあわなかった。
コーナーで差をつけられなかったのが敗因である。
先生から「ペナルティは考えておきます」とだけ告げられた。
「みなさんにお知らせがあります」
先生の思いがけない発言に教室が騒めく。
「なんと転校生がこのクラスに来ます」
その一言に教室は大盛り上がりした。
「男子ですか? 女子ですか? 女子ですよね? ねえ?」
鈴木が体を乗り出して質問する。
どんだけ期待してるんだよ。
で、女子なんですか?
「転校生は女の子ですよ」
男子のテンションがMAXに達する。
鈴木は教室を走りまわっている。
そして怒られている。
「それではみなさんは待っていてください。今呼んできますね」
先生は教室を出ていった。
鈴木と辰海が俺の席へ来る。
「可愛い子だといいな。なあ御堂」
鈴木がにやけながら聞く。
「俺はそっちより遅刻のペナルティのほうが気になるよ。ほんと軽いのにしてほしいよ」
「そういえば遅刻するなんて珍しいね。どうしたの?」
辰海が心配そうにたずねる。
「ただの寝坊だよ。気にすることはねえよ」
夢のことを思い出し、耳を赤くするがバレないように、そっぽを向きながら早口でまくし立てた。
「ならいいんだ」
「だが遅刻はいけないことだぞ御堂。我がライバルには遅刻をしてもらっては困る。御堂には誠実な人間でいてもらわなければ」
「うおっ、橘か。いつのまに」
知らぬ間に橘も来ていた。
「起きれないというなら俺が毎朝起こしに行こう」
橘は腕を組みうんうんと頷いている。
「いや、遠慮しとくよ」
男が毎朝起こしに来るなんて最悪だろう。
妹や幼馴染や佐々木ならともかく。
「わかった。では次遅刻したら起こしに行くとしよう」
もう二度と遅刻しないと神に誓った。
扉が開き先生が帰ってきた。
「みなさん席についてください。それでは転校生を紹介します。入ってきてください」
教室が静寂に包み込まれる。
男子の唾をのむ音が聞こえる。
ドアを開ける大きな音と共に、女子生徒が入ってきた。
きれいでなめらかな黒髪の長髪。
小柄な身長。
凛とした姿勢。
力強く一歩一歩進む歩調。
彼女が着ていた制服はみんなと同じはずなのに、なぜか美しく輝いてるように見えた。
彼女はほんとに、同じ人間なのかと目を疑うほどである。
彼女の姿には男子だけでなく、女子も見惚れていた。
俺も例外ではない。
彼女に見惚れ口をポカンと開けていた。
だが——
「うぇっ」
彼女の顔を見た瞬間、よくわからない言葉を発してしまう。
不幸にも、それが彼女にも聞こえてしまい俺のほうを向く。
「……………………」
二人は目が合う。
そして沈黙する。
「ああああああああああ」
彼女が俺を指で指しながら大声をあげる。
「朝の逃走犯!!」
呼称が少し仰々しいが、あながち間違ってないだろう。
彼女は今朝、階段でぶつかった女子生徒だった。
ぶつかった女子生徒が転校してくるなんて、ヤンキー漫画ではなく、やはり少女漫画だったようだ。
そんなことを悠長に考えている暇はなかった。
彼女は俺に向かって突っ込んできたのだ。
「え、え、うそ」
頭が真っ白になり、避けることができなかった俺の腹に、彼女の拳がめり込んだ。
「ぐはあ……」
あまりの痛さに悶絶してる俺に彼女は一言だけ告げた。
「ざまあみろ」
彼女は澄ました顔で教卓のほうへ歩き出した。
クラスのみんなは驚いた顔で、彼女と白目をむきながら、ピクピク痙攣してる俺を交互に見ていた。
——これが異世界で勇者になった俺と彼女の最悪の出会いだった。
数分後、俺は無事回復しゆっくりと席に着いた。
「あの、えーと、この子が転校生です」
先生はひきつった顔で何事もなかったように彼女の紹介を始めた。
姿同様、顔も端整で綺麗な彼女は白いチョークを手に取ると、ゆっくり黒板に自分の名前を書き始めた。
その文字は斜めになったり曲がったりもしていた。
「三田さんでーす」
先生はいえーいと大袈裟に拍手をしながら彼女の名を告げた。
「ちがう」
どうやら読み間違えたのだろう。
彼女は思いっきり先生を睨みつけていた。
「ひぃぃ! え、あ、ごめんなさい。三田さんでーす」
さらに大袈裟になった拍手は、急速した心拍数を表しているようだった。
「ちがう」
また間違えたらしい。
もう睨まないであげて、先生のライフは0よ。
「妾の名は三田榴じゃ」
そう名乗った彼女は腰に両手を置き、仰け反りながら威圧的な自己紹介をした。
「「「はーーーーーい」」」
こんな自己紹介にもかかわらず男子をはじめクラス中がゆるい返事をする。
これが可愛いは正義なのだろう。
「それじゃ席は、え、えーと、ちょうど空いてる御堂君の隣に座ってください」
たまたま俺の隣の席が空いていたため、そこに座るしかないのだが、さっきのことを思い出したのか、先生が顔を青白くさせながら駆け抜けるような早口で説明した。
さっきまでの和やかな空気は一瞬にして緊張した強張った空気に変わった。
三田が睨みながら歩いてくる。
三田が睨みながら近づいてくる。
三田が睨みながら止まる。
三田が睨みながら席に座る。
三田が生気を失った目をしながら微笑みかけてくる。
「よろしく」
ほぼ棒読みに近い台詞を吐きながら右手をさしだしてくる。
「み、御堂太一だ。よろしく」
無理やり笑顔を作り右手を右手で包む。
「うげっ」
三田が思いっきり握ったためまた、変な声が出てしまった。
ここでなめられたら男として終わりだ。
そう思った俺は鋭く睨みつけた。
だが、もうこちらを見ていなかった。
「あっ、そうだ」
先生が何か思いついたのか嬉しそうに飛び跳ねた。
あれ、遅れて胸も揺れるよ。
そして男子の心も揺れた。
ぴょんぴょん揺れた。
「御堂君の遅刻のペナルティが決まりました。明日から始まるダンジョン演習で三田さんと同じチームを組んでもらいます」
なんだと……
先生は今恐ろしいことを言ったのではないだろうか。
「なんて言いました?」
恐る恐る聞き直す。
「ダンジョン演習で同じチームを組んでもらいます」
聞き間違いではなかった。
「無理無理無理。先生無理です。俺にはとてもできません。他の人を指名してください」
マシンガンのように否定を連射する。
「残念ですけどこれは決定事項です。これで朝のHRは終わりにします。それじゃあ」
先生は逃げるように言い終わる前に教室から飛び出した。
「最悪だ……」
先生は、面倒事を全部俺に押し付けやがった。
俺たちが、もうすでに仲が悪いのはわかってるはずなのに……
俺は最悪なペナルティに頭を抱えていた。
「妾は嬉しいぞ太一よ。一緒に頑張ろうじゃないか」
いきなり呼び捨てかよ……
俺のそんな疑問も全く気にせず、三田は目を輝かせながら笑っていた。
何がそんなに楽しみなんだか。
「三田はそれでいいのか?」
俺は訴える。
「妾のことは榴と呼べ」
こいつ妙に馴れ馴れしいな。
まあ、いいけど。
「わかった。……榴はそれでいいのか?」
俺は言い直す。
「いいぞ。最高に都合がいい。太一よ、演習が楽しみじゃな」
そう言うとスキップをしながら教室を出ていった。
都合がいい……?
あいつは一体、何を考えてるんだ。
俺は今すぐ世界線を越えて今朝の自分を叩き起こしたかった。
隣からの痛い視線を浴びながら先生の話を聞いていた。
「はーい、今日から始めるダンジョン演習について話しますね」
先生は順序良く淡々と説明した。
ダンジョン演習とは、その名の通り、俺ら高校生でも安全なダンジョンに、何人かのチームを組んで演習を行うことだ。
明日から一週間行くらしい。
名前だけを聞くと辛そうだが、実際は簡単らしく遠足みたいなもののようだ。
気楽にいこう。
今日はその下準備だ。
今はそのチーム決めをしているところだ。
メンバーは5人以上10人以下が目安のようだ。
俺は先生に言われた通り、何故か楽しそうな榴と組んだ。
他にも辰海と鈴木、そして何故か座禅をしている橘と組んだ。
これで5人だ。
ダンジョンは大人数で行ったほうが安全であり効率的である。
一人当たりの仕事量が減るので、当たり前のことだが。
「あと1人か2人入れないか?」
俺と同じことを思っていたのか橘が提案する。
「そうだね。だれか空いてる人を探そうか」
辰海はそう言うとあたりを見回した。
足をブラブラさせている、凶暴女子以外も続けて見回した。
すると不審な動きを見せる人物を見つけた。
正しく言うと人物たちを。
自然と全員の視線がそこに集まる。
不審者Aは堂々とこちらを凝視してきていた。
不審者BはAの後ろから顔を赤く染めてチラチラ見ていた。
Bが顔を出したり引っ込めたりしていた。
その様子は小規模なチュー・チュー・ト〇インだった。
どうしたらいいものかと、他の3人を見ると同じようにこちらを見ていた。
「御堂行って来いよ」
全員で小さな輪を作り作戦会議をする。
小さな声で鈴木が提案した。
「嫌だよ」
正直行きたい気持ちもあったが微妙に怖かった。
「御堂は強い。御堂ならいける」
いつの間にか、輪に入っていた橘が背中を叩きながら説得する。
「あまり強制はしたくないけど……」
辰海が上目づかいで俺を見る。
そんな目で見るな。
3人が俺を見る。
見つめてくる。
結局、俺は行く羽目になった。
「こっち見てるけどどうした?」
俺は不審者Aの小河と不審者Bの佐々木に話しかける。
「ぬわっ、み、御堂君。ど、どうしたって何が? 何でもないよ」
明らかに嘘をついている。
顔を真っ赤にし、首と手を全力で横に振る。
「桜があなたのチームに入りたいそうよ」
小河が佐々木のほうを見ながら言った。
「そ、そんなことい、い、い、言ってないよ。もう華怜ちゃんは何を言ってるの」
佐々木が小河の肩をペシペシ叩いている。
そんな佐々木を見て小河は1回深いため息を吐いた。
「わかったわ」
そう言って、佐々木を宥めると俺のほうを向いた。
「私たちをあなたのチームに入れなさい」
いつもどおりの上から目線だった。
だが、断る理由はないだろう。
なにせ佐々木と一緒なのだから。
「おう、いいぜ」
俺は笑顔で2人に伝え、元の場所に戻った。
戻る際に、佐々木が小河の耳元で何かを言ってるのが見えた。
佐々木と一緒のダンジョン。
佐々木と一緒の1週間。
そう思うと今から楽しみだ。
おそらく、クラスが今静かになったら、俺の鼓動はクラス中に聞こえてしまうだろう。
小河が言った「桜があなたのチームに入りたいそうよ」が本当だったらどんなにうれしいことか。
とりあえず、俺たち7人はダンジョン攻略には欠かせない、作戦会議を始めた。
まず、それぞれの得意分野を把握する。
俺、辰海、鈴木、橘は前衛の近接担当。
小河が遠距離の魔法担当。
佐々木が回復担当。
そして――
一人が何も言わなかった。
榴は何度聞いても答えようとしなかった。
「おい榴、いい加減教えてくれよ。お前は何が得意なんだ」
どんなに聞いても、何も答えず、ずっと下唇を噛んでいた。
「答えないと得意分野なしにするぞ」
何も答えない榴に俺は意地悪を言ってみた。
「う、う、うるさい」
榴がようやく話してくれた。
「ずっと黙ってるからだろ」
「それはただ、お前の愚問に答えたくなかっただけじゃ」
偉そうにそっぽを向きながら答える。
「あっそ、じゃあお前得意分野なしな」
「な、なんでそうなるんじゃ」
榴はこちらを見て慌て始めた。
「言わなきゃわからないだろ」
そう、言わなきゃわからない。
女子はなぜ、何も言わずに心を読んでもらえると思っているのだろうか。
男子は心を読むことはできません。
そう言うと、何故か佐々木が下を向いた。
「妾に不得意があるわけなかろう。全部得意じゃ。このダンジョンは妾にまかせておけ」
榴は立ち上がり右手を胸に置いた。
「そうかよ。それじゃ後衛よろしくな」
俺はてきとうに、なぜか自慢げな彼女を配置した。
その後は、武器やポーションの買出しを、みんなで放課後に行くことを約束した。
佐々木と一緒に買い物なんて夢のようだ。
1秒でも早く放課後になってほしい。
最後にダンジョンの難易度を決める。
3段階ある中からチームごとに決めていいらしい。
「初めてのダンジョンだし難易度は低めでいいんじゃないかな」
辰海が控えめに提案した。
この世界でダンジョンに行くのは初めてだし、気持ちはわかる。
だが一刻も早く勇者になりたい、俺個人としては否定したかった。
「いやじゃ」
榴が即答した。
「妾たちはもちろん一番難しいダンジョンに挑戦するぞ」
さっきまでうつむいてたのに急に元気を取り戻しやがった。
「おい、勝手に決めるな。全員の意見を聞け」
俺は慌てて制止する。
「そうだ」
橘が深く頷いた。
なんだかんだ言って、こいつもちゃんと周りのことを考えてるんだな。
「難解なことに挑んでこそ成長がある。三田に賛成だ!」
そっちかよ、と思わずツッコミを入れる。
「わかってくれるか橘よ」
なぜか二人は熱い握手を交わす。
「そうね。私の辞書に敗北の2文字はないわ。この私がいるからには安心よ」
「そうだそうだ。それに俺たちには御堂と橘がいるんだ。余裕だろ」
どうやら、このチームの大半は馬鹿らしい。
急に不安になってきた。
「佐々木はいいのか?」
会話に入ってこれていない、佐々木を気に掛ける。
うわー、佐々木に話しかけちゃった。
にやけたりしてないかな。
俺今かっこいいかな。
かっこいいよね、お母さん。
「う、うん。ちょっと怖いけど御堂君がいるから」
「え?」
それってもしかして……
「い、いや、ちがうよ。変な意味じゃないよ。御堂君強いから、きっとモンスターをバンバン倒してくれるんだろうなって」
ですよね……
佐々木は千切れるんじゃないか、心配になるぐらい手を振りまわしながら訂正した。
そんな熱心に否定しなくても……
「お、おう。俺にまかせとけ」
俺は顔が熱くなりながらも力強くかっこつけた。
「その意気じゃ。まかせたぞ太一」
うんうん、と頷きながら榴が言う。
お前じゃねえと言いたいが、アピールがバレてしまうので、とりあえず睨んでおいた。
「まかせたぞリーダー」
鈴木もこの流れに悪ノリしたのか急にリーダーを任命してきた。
「リーダーってなん――」
「それいいね。太一にならまかせられるよ」
言い終わる前に遮られた。
「辰海、勘弁して――」
「御堂よ、俺らの命預けたぞ」
「だから――」
「今回だけは私に指示することを許可するわ。ありがたく思いなさい」
橘、小河に次々と遮られる。
こいつらは、人の話を最後まで聞くことを知らないのだろうか。
「だから俺はリーダーはやらな――」
「御堂君、その、お願いできるかな?」
「まかせろ」
条件反射に佐々木のお願いを聞いてしまった。
キリッという効果音が聞こえてきそうだった。
まあ、佐々木にリーダーと呼ばれるのも悪くないだろう。
「明日が楽しみじゃな」
手足をバタバタさせながら目を輝かせてる。
こいつは何がそんなに楽しみなのか。
そんなことを思いつつ、ジト目で見てると、にやけた彼女と目が合った。