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活躍してみた

朝のHRが終わり、授業が始まったが俺はずっと考え事をしていた。

現実世界を狂わせたもののことを。

当然だが、元の世界に勇者なんてものは存在しない。

必ず、この世界を作り替えた奴がいる。

そいつはもしかしたら、サターンを殺した犯人と何かつながりがあるかもしれない。

それに俺を急遽、グランヴァニアから日本へ送った意図も分かるかもしれない。

とりあえず、今は勇者になることを最優先にしよう。

そのためにはまず、この世界を把握しなくては。

冒険において一番大事なことは、事前調査である。

何も知らずに冒険に出ても、無駄な被害を被るだけだ。

これは勇者として冒険した2年間で学んだことである。

だが、今は授業を聞いていなかった罰として持たされた、両手のバケツを降ろしたかった。


 午前の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。

 この音だけは、以前と変わっていなかった。

 入院前と同じように、俺は鈴木と辰海と机を囲んでいた。


「御堂マジですごいよな。あの問題解くなんてさ」


 エビの入った卵焼きを口に運びながら、鈴木が言った。


「なんのことだ?」


 身に覚えのない賞賛に寒気すら覚える。


「なんのことって、そんなの4時間目のことだよ。先生に聞かれた薬草の配合の問い」

「4時間目?」


 俺は焼きそばパンを片手に必死に記憶をたどる。

 4時間目……4時間目……

 思い出した。

 廊下に立たされた反省から、先生の一言一句に頷くことだけはしていたが、それを熱心に聞いてると勘違いされ問題を出されたのだ。

 だがそんなに難しかっただろうか。


「あんなの常識じゃないのか?」

「うわっ、自慢かよ」

「そんなんじゃねえよ」


 鈴木が顔をしかめてこっちを見る。


「先生があの問題は、ものすごく頭のいい人か、実戦を積んでる人にしか分からないって言ってたよ」


 コーヒー牛乳を飲み干した辰海が補足をする。


「入院中猛勉強してたんじゃねえか?」

「してねえよ」


 勉強はしていない。

 俺は辰海の言う後者の人間なのだ。

 ようするに、勇者だった俺にとっては常識だが、普通に高校生をやっていた二人たちにとっては、非常識なのだろう。

 どうやらあの経験は無駄じゃなかったらしい。


「それより午後は実習だよ。はやく校庭に行こう」

「実習?」


 調理実習だろうか。

 それなら、なぜ外でやる必要が。


「いつもそうだったじゃん。また忘れちゃったの?」

「まあな」


 辰海がやれやれといった顔を浮かべ少し微笑む。


「剣術の実習だよ。いわゆる戦闘訓練だね」


 剣術か。

 まさかもう一度、しかもここで、剣を握ることになるとは思ってもいなかった。

 俺たちは、胸にでかでかと名前が書かれた体操着に着替え、外に出た。


「みなさん剣は持ちましたか?」

 

 ものすごく広い校庭に整列させられ、各々、剣を渡された。

 先生から配布された剣は、以前使ったものより軽く切れ味の悪いものだった。

 安全面を考慮したら当然のことだが。

 それより、ここの校庭はこんなに広かっただろうか。

 以前は全国の高校の平均的な広さしかなかったはずだが、今は某ドームと同じくらいの広さはあるん じゃないか。

 ところで、なぜ日本人は広さをドームで表すのだろうか。

 行ったことのない人間からすると、余計にわかりにくい。

 まあ、それは置いといて、一クラスで使うには十二分なほどの校庭も、現実世界が狂った影響だろうとスルーすることにした。

 ……スルーする。


 準備体操も終わり、模擬戦が始まるようだ。


「それでは近くの人と組んで模擬戦闘を始めてください」


 先生が十分注意すると同時に、各々が始めた。

 俺は鈴木と辰海と組むことにした。


「僕たちが先にやるから太一は見ててね」

「ああ」


 これは俺への配慮だろう。

 辰海は優しいやつだ。


「うおおおおおお」

「やああああああ」


 二人の模擬戦闘が始まった。

 だが、それは退屈なものだった。

 ただただ剣をぶつけあってるだけで、戦闘でも何でもない。

 でも、仕方がないことだ。

 こいつらが普通なのだから。

 しばらくして模擬戦闘は終わった。


「次は俺とだな御堂」

「わかった」


 剣をかまえる。

 戦闘で大事なのは最初だ。

 相手の呼吸、鼓動を感じ取り最善の一手を打つ。

 深呼吸を一回して足を動かす。


「みどおおおおお」

「すずきいいいい」


 俺の剣は鈴木の剣を弾き飛ばし、一瞬で勝負をつけた。

 一瞬の静寂のあとに鈴木が叫ぶ。


「御堂すげー!」


 やりすぎてしまった……のだろうか。

 気付いた時には時すでに遅し。


「太一、剣術もすごいじゃん」


 辰海が俺の手を取り自分ことのように喜ぶ。


「御堂、お前すごいな。やっぱただものじゃないな」

「たまたまだよ」

「たまたまでこんなことできるかよ」


 鈴木が騒いだせいで周りもこちらにきてしまった。


「すごーい」

「すげー」


 歓喜の声が周りを包む。


「どうしたの?」


 この騒ぎを気にしてか先生が走ってきた。

 推定Fカップが揺れる。

 男どもの心も揺れる。

 ぴょんぴょん揺れる。


「先生聞いてくださいよ。御堂のやつすげえ強いんですよ」


 色んな意味で興奮してる鈴木は説明する。


「ほんとに御堂君?」

「ま、まあ」


 先生は目を見開き信じられない顔をしている。


「御堂は剣術の達人ですよ。きっと学校で一番じゃないですか」

「おい、やめろ」


 俺は慌てて止めた。

 なぜなら同じクラスに、ものすごい負けず嫌いがいるからだ。


「それは俺よりもか?」


 案の定、橘剣心(たちばなけんしん)はこっちに来て鋭い眼光で俺を睨んだ。


「ど、どうかな」


 俺は必死に首を横に振った。


「それなら俺と勝負をしろ」

「え?」

「いいじゃん、御堂勝負しろよ」

「「「勝負!!勝負!!勝負!!」」」


 鈴木がもてはやしたせいで、校庭は大合唱となった。


「わかったわかった。やるよ」


 異世界で勇者になった俺がしぶしぶ勝負を決意すると歓喜が湧いた。


「仕方ないですね。安全には気をつけてくださいね」


 諦めたのか先生も認めた。


 二人が位置についた。

 最初は、てきとうにやろうと思っていたが事情が変わった。

 この勝負をクラス全員が見ているのだ。

 ということは、おそらく俺が密かに行為を抱いてる、クラスのマドンナの小河華怜(おがわかれん)の友達、佐々木桜(ささきさくら)も見ているはずだ。

 何を隠そう、俺は佐々木が好きなのだ。

 告白する勇気などは当然なく、そんなに会話もしたことがない、残念な片思いなのだが。

 思えば、俺は高校1年の入学式の時から惚れていた。

 クラス発表の掲示板の前で何気なくつぶやいた


「1組か」


 という言葉に反応してくれて、さらには


「一緒のクラスだね。よろしくね」


 と言ってくれたあの笑顔を忘れない。

 守りたい、あの笑顔。

 もちろん、他にもいいところはたくさんある。

 だがいいところを語るには、あまりにも時間が無さすぎる。

 そのため、これは後日にしよう。

 そういうわけで、俺は入学式の日から隙があれば佐々木を見ていた。

 決してストーカーではない。

 一歩手前で踏みとどまっている。

 訂正、五歩手前。

 佐々木はそこまで派手ではないが、ひそかにモテている。

 いつだれと付き合うのか、不安でしょうがない。

 だがモテるのも納得ができる。

 肩にかかる緩いウェーブのかかった茶髪。

 優しい瞳に色っぽい唇。

 手が届きそうな身近なオアシス、そんな柔らかい雰囲気に惹かれてしまう。

 そしてなんといっても、あの笑顔である。

 2年連続、守りたい笑顔ランキング1位のあの笑顔だ。

 ちなみに、ランキングをつけたのは俺である。

 2位以下は省略。

 だれにでも優しく、平等に分け与えてくれる、あの笑顔にだれもが心を打ち抜かれているのだ。


 俺はこの場を、最大のチャンスとして活用させてもらう。

 柔軟体操をするふりをしながら周りを確認する。

 ……いた。

 小河と一緒に楽しそうにしている。

 ここは俺のかっこいい所を見せつけ、アピールしてみせる。

 深呼吸をして集中する。

 鈴木とはちがうのだ。

 橘は負けず嫌いなだけに、努力を惜しまないやつだ。

 勉強ではいつもトップだった。

 剣術のほうはわからないが、おそらくこちらもトップだろう。

 集中力を高め全身に力をこめる。

 お互いに睨みあう。

 一挙手一投足見逃すわけにいかない。

 そして――

 俺は足を大きく踏みこんだ。

 

「行くぞおおおおおおおおおおおお」

「うおおおおおおおおおおおおおお」 


 お互いの剣と剣がぶつかりあう。

 視線が合うが逸らさず、真っ直ぐ睨む。

 火花が散りあうほどの激しい攻防は、どっちも引かない熱い勝負となった。

 大きく振りかざした橘の剣をかわし、こちらも斬りかかる。

 さすが努力家であるだけあって、動きがいい。

 お互い一歩も後退せず向かっていく。

 攻め、守られ、攻められ、守る。

 そんな攻防を幾度か繰り返すうち、焦ったのだろうか橘が剣を振りかざしこちらに突進してきた。


「もらった」


 決着は一瞬だった。

 宙を舞った橘の剣の破片が地面に突き刺さる。


「俺の勝ちだな」


 さりげなく佐々木のほうに笑顔を向けた。


「うおおおおおお」


 歓声が包みこむ。

 拍手や口笛が鳴り渡り、まるで祭りのような大騒ぎだった。

 辰海がこちらに走ってきた。


「太一、すごいよ」


 息切れ交じりの賞賛は素直に嬉しかった。


「おい御堂どうしたんだよ? 入院してから絶好調じゃん」

「そんなことねえよ。元からだよ、元から」


 冗談交じりに笑顔で返す。


「俺の負けだ御堂」


 橘が静かに右手を出した。


「ああ」


 俺も静かに右手を出した。

 そして右手と右手を交わした。

 お互い、汗で湿っていたが、決して悪いものではなかった。


「俺はいつか御堂、お前を倒す。覚悟しておけ」


 橘は真っ直ぐに言った。


「次勝つのも俺だよ」


 汗が滴った男二人がニカッと笑った顔で宣戦布告しあう。


 教室に戻る途中は、まるでヒーローインタビューを受けているようだった。

 気恥ずかしかったが、何より嬉しかった。

 入院前はただの生徒A、下手したら生徒Cぐらいだった。

 俺がこんなにも、みんなから賞賛されるとは思ってもいなかった。

 勇者になったことは、決して無駄ではなかったのだと、今改めて胸に刻んだ。 


 制服に着替え、俺の席で鈴木と辰海と話していると、女子が二人近づいてきた。

 一人はクラスのマドンナ小河だ。


「さっきの模擬戦はよかったわ。賞賛に値するわ」


 小河は腕を組み、のけ反ったような格好で、靴を舐めなさせてあげると続きそうな様子で言ってきた。


「あ、ありがと」


 やや返答に困る。

 何と言っても、小河は中身にやや問題ありなのだ。

 一応クラスのマドンナなだけあって、一本の枝毛も許さない整った金の長髪に端整な顔立ち。

 その顔は、見つめられただけで惚れるという魔性の力が秘められているとか。

 また背が高く姿勢もいい。

 それに、ちょうどいい具合に大きく隆起した二つの乳房、かといってウエストは太すぎず引き締まっている。

 まさにミス・パーフェクトなのだ。

 だがしかし、内面は少々高圧的なお嬢様タイプなのである。

 そのため、実際に話しかける男子は少ない。

 だが、俺は嫌いではない。

 なぜなら、佐々木の友達だからである。

 佐々木の友達が悪いやつのわけがないからな。

 もう一人は、俺がひそかに好意を抱いてる、佐々木だった。

 こちらに来てくれただけで涙が出るほど嬉しい。


「あ、あの御堂君。そ、そのかっこ……すごかったよ」


 すごいと言ってくれた。

 あ、あの佐々木が俺にすごいと言ってくれた。

 こんなに嬉しいことはあろうか、いや、ない。

 しかも耳を真っ赤に染めて照れてる佐々木が超かわいい。


「あ、ありがと」

「うん」


 おそらく、俺も耳を真っ赤にしているだろう。

 ああ、このまま時が止まればいいのに。


「なにボーっとしてるんだよ」


 鈴木のツッコミで我に返る。

 気づくと佐々木の姿は無かった。


「なんでもねえよ」

「なに怒ってるんだよ?」

「怒ってねえよ。ほら、先生が来たぞ。席に戻れ」


 手を前後に動かし鈴木を追い払った。


 ここに戻ってきたときは、何に対してもやる気が起きず生きる屍のようだったが、ここも案外悪くないと思い始めた。

 何より『勇者になる』という目標ができたのがよかったのかもしれない。

 なんとなく、ここでもやっていけそうな気がした。

 ……あの転校生が来るまでは。

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