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異世界で勇者になってみた

「ん……ん……」


 俺は眩い光によって目が覚めた。

 重い瞼をゆっくりと開き、徐々に光に慣らす。


「おわっ」


 あたりの光景に素っ頓狂な声が出てしまう。

 俺の周りには、鎧のようなものを装備した人が何十人も立っていた。

 その後ろには、メイド服を着た美人な女性が整列していた。

 さらに現在、俺がいる部屋はとても広く煌びやかだった。

 一言で言えば豪華。

 マジ豪華。

 柱には大きな宝石が埋め込まれており、そんな柱が何十本もある。

 俺が寝ていた床は触り心地の良いフワフワした絨毯が敷かれていた。

 一つ一つ綺麗な絵が描かれた窓からは眩い日差しが差し込んでくる。


「そうか、ここが天国か」


 かすかな記憶をたどり、おばあちゃんを助けるためにトラックに轢かれたことを思い出す。

 俺は死んでしまったのだ。

 そして、生前に良いことをした者だけが、訪れることができると言われている天国。

 そこに俺は来たのだろう。

 おばあちゃんを助けてよかった。

 そのおかげで、俺はこんな豪華な場所で暮らせるのか。

 口角を上げながら自分に賞賛を送る。


「よく来たな、勇者よ」


 後方から声がした。

 俺はその声に特に反応することなく、天国ライフプランを練っていた。

 なにせ俺の名前は御堂太一だからだ。

 いちいち、周りの声に反応しなくてもいいだろう。

 というか、勇者って名前けっこう恥ずかしいな。

 俗に言う、キラキラネームか。

 天国でも名前で苦労するとか同情するな。

 もし将来、子供ができたらちゃんと夫婦で考えよう。


「……って、俺死んでるじゃん」


 渾身の一人ノリツッコミからは何も生まれず、形容しがたい空気が流れる。


「よく来たな、勇者よ」


 俺は返事をしない「勇者さん」に苛立ちを覚え、眉間にしわを寄せながら振り返る。

 決して、ノリツッコミがすべったからではない。

 決して。


「……………………」


 眉間からしわはなくなり、そのかわりに口があんぐりと開く。


「お前じゃよ、勇者」


 三度聞いたセリフをようやく理解する。

 これは「勇者さん」に向けて言っている言葉じゃない。

 俺に向けて言っている言葉だ。

 なぜなら、この部屋には鎧を着た人やメイド以外に俺しかいないからだ。

 しかも、すごく豪華な偉い人が座るであろう椅子に座っている王冠をかぶり、白いひげを生やしたおっさんが俺のことを見ている。

 マジガン見。


「よく来たな、勇者よ」


 ものすごく俺のことを見ている。

 早く反応しろと言わんばかりにガン見してくる。

 ひげのおっさんの眼力がすさまじい。

 真っ赤なマントを身に着けて、お前は正義のパンかよ。


「あの、俺…勇者じゃないんですけど」


 おそるおそる俺は訂正する。

 なんか周りの人が怖いし、とりあえず怒らせないようにしよう。


「いや、おまえは天により選ばれた勇者だ。魔界にて人間を滅ぼそうとたくらむ魔王を滅ぼしてきてくれ。あ、これが勇者の剣だ」


 なぜか、偉そうなおっさんは煌びやかな剣を俺に差し出す。

 だが、俺は受け取らない。

 それを見かねたおっさんは再び剣を差し出す。

 だが、俺は受け取らない。

 またも差し出す。

 だが、受け取らない。


「なぜだ!? なぜ受け取らない?」

「意味がわからないからだよ。なんでおつかいに行ってきてみたいな感覚で魔王退治命じてんの!? はじめてのおつかいの難易度高すぎるだろ。第一、俺は勇者じゃないから。無理だから」


 ちょっと涙目になっているおっさんに怒涛の反論をする。

 いきなり勇者とか言われても解釈に困る。

 だいたいなんで天国のような平和な場所に、魔王なんて物騒なものがいるんだ。

 どう考えたってそんなやつは地獄行きだろ。

 一体どういうことなんだ……


「ここはどこだ?」


 俺はおそるおそる尋ねる。


「え? ここはグランヴァニアですが」


 グランヴァニアですが何か、みたいな雰囲気を醸し出しながらおっさんは答えた。


「グランヴァニア……」


 なんだそれは……

 全く聞いたことがないぞ。

 たしかに、地理が得意だったわけではないし、すべての国を把握しているわけでもない。

 だが普通に考えておかしい。

 仮に外国だったとしてもケガをしただけで日本を出る必要はない。

 それに、そもそもここは病院じゃない、というかどこも痛くない。

 ということは……


「異世界にきたあああああああああああああああああああ」


 頭を抱えながら思いっきり叫んだ。

 某サイトで流行っている「異世界」だ。

 違う世界に飛んだり飛ばされたりするのがセオリーだ。

 俺は、自分で飛んだわけではないから、だれかに飛ばされたか召喚されたのだろう。

 そしてさっきのおっさんの言葉を信じるなら、俺はこの世界では天により選ばれた勇者らしい。

 「天」によって召喚されたのだろうか。


「勇者よ、どうかこの世界を救ってくれ」


 混乱している頭の中を整理する。

 俺は勇者として異世界に来た。

 そして、勇者になった俺がやるべきこと、それは魔王を倒すことだ。

 それが俺の生まれてきた意味。

 否、異世界に来た意味。

 ならば、おのずと答えは決まるだろう――


「だが断る!」

「ええええええええええええええ」


 おっさんは思いもしない返答に驚きを隠せていなかった。

 目を見開き、口は塞がっていなかった。

 そのうち、アゴが外れるんじゃないだろうか。


「頼ってくれるのは嬉しいですけど、剣術とか全くわからないし、運動神経もザ・普通の俺が行っても犬死するだけなんで、そんな大事なことはもっと慎重に他の人を探したほうがいいですよ」


 俺は断った理由と本音を説明する。

 魔王がどのくらい強いのかはわからないが、おそらくめちゃくちゃ強いだろう。

 そんなやつに俺が敵うはずがない。

 なら、もう一度天に選びなおしてもらうしかないだろう。

 次はあたりを引くと信じて。

 ……最悪課金して。


「そんな……」


 おっさんが頭を抱える。


「その点なら大丈夫だよ」

「え? なんだって?」


 いきなり口調を変えたおっさんをジト目で見る。

 キャラ変するタイミングじゃないだろ。


「いや、わしじゃないぞ」


 おっさんは首を横に振る。

 確認だが、俺は難聴ではない。

 聞こえたものはしっかり受け止める系男子だ。

 だが、さっきの陽気で高い声はなんなのだろうか。


「ここだよ、ここ。胸あたりを見て」


 部屋にいた全員がその声につられ、俺の胸を見る。

 ちょっと恥ずかしい。


「うわっ」


 そこにいたのは小さな羽の生えた女の子だった。


「僕はリル。職業は案内人だよ」

「え、あ、え、うん。よろしく」

「うん。よろしく」


 あまりの衝撃に虚ろな挨拶をしてしまう。

 リルと名乗った少女を今一度じっくりと観察する。

 人の手にちょうど納まるサイズの体。

 ピンク色の髪の毛に、綺麗な顔、真っ白いワンピースを着ている。

 そして何より目につくのが羽だ。穢れを知らない真っ白な色をしていて、まるで女神のような、俺の語彙力では言い表せないほどきれいな羽だった。


「そんなに見られると照れちゃうな~」

「あっ、ごめん」


 体をもじもじとさせるリルから目を逸らす。


「案内人って言っていたけど、俺を案内してくれるのか?」

「うん。それが僕の仕事だからね」

「仕事?」

「天界の命令で、タイチの新生活のサポートをしにきたよ」


 胸をポンと叩いて胸を張った。

 胸を張っても平らだった。

 おっさんは話についていけず、頭にはてなマークを浮かべていた。


「まあ、とりあえずわかった。いや、よくわからないけどわかったことにしよう」


 無理やり自分を納得させリルの話を聞く。


「気付いていないかもしれないけど、君はここに来る前に、天によって力を得たんだ。勇者として戦う力をね」

「ようするにチートか」


 これまた某サイトで大流行のものだ。


「まあ、そんな解釈でいいよ。ようするに君は、魔王に対抗できる力を持っている。だからその点は大丈夫だよ」


 ウインクをするリルは可愛らしかった。

 これで、最初聞いた大丈夫だよの意味が分かった。

 俺は魔王と戦える力を持っている。

 なら、危惧することは何もない。

 俺は力強くおっさんを見る。

 数秒ほど固まったあとに、ハッとしたおっさんは立ち上がり、目に涙を浮かべ俺に尋ねた。


「勇者よ、この世界を救ってくれ」

「まかせろ!」


 左手を腰に当て、右手を前に出し、親指を立てる。


「あびばどおー あびばどおー」


 おっさんは涙を流しながら何度もお礼を述べている、はず。

 号泣しているせいで何を言っているかはわからないが。

 周りの者も、助かった、ありがとう、などとつぶやきながら目に涙を浮かべていた。


――十七(歳)御堂太一、グランヴァニアにて勇者として降臨。そして勇者伝説が始まる。


 その後、宮殿の一室に案内された。

 俺はとりあえず大きな鏡の前に立った。

 上着を脱ぎ、上半身裸になる。

 どこを見ても傷はなく、鏡に映るのは、さほど引き締まっていない痩せた体だけだった。


「傷なら無いよ」

「うわっ」


 咄嗟に持っていた上着で上半身を隠す。


「いや、タイチの裸に興味はないよ……」


 リルが呆れた顔でこちらを見る。


「傷がないのも天界の力ってことか?」

「まあ、そういうことだね~」


 そう言って、ヒラヒラとベッドまで飛んでいく。

 俺は改めて、鏡を見た。


「ただ無難という理由だけで選んだツーブロックの髪型。白い無地のシャツに赤と黒のチェックを羽織った無難なファッション。パンツも無難な黒に、スニーカーも無難な最大手メーカーの一番売れている商品。そんな無難さだけを集めた見た目をして、タイチは前の世界では、ほんと凡人だったんだね」


 リルがベッドで寝そべりながら、俺が死んだ日のファッション、いや存在を否定してきた。

 なんなんだ、この少女は。

 異世界ナンデスのファッションコーナーか。

 だが、彼女の言葉を否定できないのが悲しい。

 たしかに無難さだけを心掛けたが……この世界ではファッションも冒険しようと心に誓う。


「まあ……僕は好きだけどね」


 頬を赤く染めたリルが俯きながら呟く。


「え……それって……」

「ウソだけどね」


 そう言って舌を出した彼女を見て、赤くなりかけた頬は元の色に戻った。

 そしてリルの元に歩み寄り、軽くデコピンをした。

 今度は額を染めたリルを見て、俺は大きな声で笑った。

 それにつられるように、リルも笑った。

 どうやら彼女とはうまくやっていけそうだ。

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