第五話 過密なパーティピーポー
子供のころ、僕は自分がこの世界でたった一人なんじゃないかって不安に覚えていた事がある。とても強い不安だった。この世界は僕一人だけで成り立っていて、他の人間はみんな生きてなくって、ただそこにあるだけだっていう、空想の世界を築き上げていた。
僕の身の回りには監視カメラがそこらにあって、僕は何かしらの実験や試練を受けているのではないか。それが神と呼ばれる存在か、宇宙人と呼ばれる存在か、或いはもっと偶発的で突発的なナニカなのか。それは分からないけども、幼いころに抱いていた世界観が、やたら怖かった事を覚えてる。
僕は世界に一人ぽっちで、一人ぽっちで生きていって、そうやって死んでゆく。やがて永遠に闇の中に溶け合ってく。それが幼いころの死生観だった。この考えの唯一の救いは、『だったら僕は僕が存在する前は僕は闇だったんだ、無だった。それならその場所に還るだけって話なんだ。ちょっと怖いけど、それはやがて還る場所なだけで、それは特別な事なんじゃない』って思ってどうにか発狂せずに済んだ。この考えが浮かぶ前は、怖くて怖くてたまらなく、寝る前に考え出すと寝ないまま学校に行く事もあったぐらい。
今はそうじゃないって思ってる。
世界には、大人がいる。すばらしいものがあって、なによりグロテスクで、残酷で容赦というものがまるでない。
在るべきレールから外れた、僕とは違う生き物が世界には映されている。罪悪感と、僕が僕であるための証明、そして自分が一つの動物だって自覚してしまう悲しい時間だ。―――救われてるって思う。僕の世界観を否定してくれるもう一つの世界がそこには間違いなく映されている。
理知的な動物である事と、残酷さの証明だ。これが日本だからまだいい。人伝から聞いた発展途上国では僕という人間が丸ごとぶち殺されるような現実も事実として存在している。
世界をどうしようだとか、在り様を変えようだとか、僕はもう世界に対しての向き合い方を固定させている。僕は世界の中心じゃなくって、ただのちっぽけな一人の無価値な動物ってことだ。その証拠に、僕は他人に何かしてあげた事がない。もし、自分の命と世界の破滅なら、迷うことなく後者を選ぶ。自分を犠牲にするほど、素晴らしい世界なんかじゃ決してない。
誰かが、僕の考えは間違いだって否定してくれるならどれほど幸せな事だろうか?誰にでもあるべきであって、それが必要不可欠な、ついつち忘れてしまいがちな人生のシンボルのなり形。
親友や恋人、分かり合える仲間。笑ってしまうような基礎的人間関係。
そんなに、どうやって出会うっていうんだ。
第四話 過密なパーティピーポー
鮮やかなガラス細工で作られた町ボーエン。大きな教会が門越しに見える。門や塀も半透明なガラスでできていて、門の側面にはそれぞれ一人ずつプレイヤーがモンスターが入ってこないように守ってくれてる。ルーキー始まりの町の一つということもあって、周囲には僕たちと同じようなルーキーが随所に見られて、モンスターと呼ばれるものを狩ったりしてる。結構リアルな描写がなされていて、VRMMOは凄いなって思う。モンスターへ攻撃した時、血しぶきやモンスターの攻撃された反応もかなりリアルだ。血痕の跡も残って、死体は光になって散ってゆく。
「イノシシや牛みたいな動物を殺す事でしか経験値って稼げないんですか?」
「そんな事ありませんよ~」
なんか、抵抗を感じてしまう。これがパーティメンバーと一緒に、夢中になってライヴ感の中を突っ切るようなスピードで楽しめれば、きっと疑問なんてものも無かっただろう。だけど、ちょっと冷めた目で見ると、周辺のモンスターをぽこぽこ倒すって事それ自体に、何の意味があるんだろうかって思う。
チュートリアル的な意味合いにしたって、正直、何かを殺す事に対して抵抗感を感じる。グロテスクな生物も、原始的な生物も、間違いなく生きている。それを快楽的な目的として終わらせてしまって良いのかと。―――ゲームでも、いくらなんでも現実的過ぎる。モンスターを狩り終わったプレイヤーの顔が、残虐で醜悪な笑みのように思えてしまう。
「なんか、強者が弱者になにしてもいいって感じですよね」
ふと、そんな事を口に出した。ヴァミリヲンドラゴンにとって、例えば遊びで人類を全滅させても、それがコミカルな事に思えてきた。僕の家族を焼かれても、誰か知らない大勢を殺しても、それがなんだかとっても理に適ってるような。
「あれ…」
ふと。バッグに熱さを感じた。見た目以上に収納可能な魔法のバッグに手を入れると、ヴァミリヲンドラゴンのカードが熱くなっていた。結構熱い。それから目から、涙が。それを右手でごしごしふきあげると、やがて熱さは収まった。妙な感じがする。それから、ちょっとだけ、誰かの認識が頭の中に入ったような、素晴らしい考えが急に沸いたようなハッとした気持ちになった。
「聞いてますか~?マッキー聞いてますか~?」
「えっ」
ふと、隣を見た。
「さっきから無視を決め込んでるような、聞こえてないような、我を忘れてるような、そんな感じ悪いですよ~?」
「ご、ごめんごめん。ちょっと考え事……」
「ティーンエイジャーだ。思うところは多々にあることは、素晴らしいじゃないか。大方、動物を殺してレベル上げをやってるプレイヤーに不思議を感じたんだろう。そうじゃないか?マッキー」
デイヴィがそんな事を言ってくれる。なんか、僕の事を結構理解してくれてるよね。このおじいちゃん。ボケてるおじいちゃんってばかり思ってたけど、案外、面白い事を言いまくる人気者タイプのファンキーなおじいちゃんなのかもしれない。現実ではヘビメタのロゴの入ったティーシャツを着ているのかも。案外似合ってそうだ。
「です…ね」
思わずいつもどおり、現実どおりの敬語で受け答えをしてしまった。駄目だ駄目だ。元気良くってさっき決めたばっかりだろう!?テンション高めでいかなくては。
「優しいな、君は。食卓に出される卵に対して、困惑と違和感を持ったタイプだろう?」
「えっ。よくわかりますね…」
「私も同じタイプだからだよ。しかし、世界は少年を少年のまま生かしてはくれないものなんだ。他者が作り上げたルールにも寛容になる必要があるんだよね。ミルフィーはこの問題に対してどう考える?」
デイヴィはミルフィーに話を振った。ミルフィーは少し考える素振りを示して言う。
「弱肉強食ですね~食物連鎖だからしょうがないですよ~。そもそもそうやって生きてきたのに、今更だって思っちゃいますし~。何よりも、そんな考えを持っていられるのは贅沢な事だってわからないお子様ですね~」
むっとした。大切な事を軽くあしらわれたようだ。
「しかし、口に出してどう思うのかと友人に尋ねる姿勢は素晴らしいよ。そもそも私はマッキーに対して素晴らしい関係性を保ちたいから答えよう。世界の在り方を変えようと思わないで、自分を変えるべきだ。そして、これが最も私からの最大のアドバイスになる事なんだが…、よくよく聞いてほしい」
人差し指を立てて僕に注意を向けるように促す。おじいちゃんの最大のアドバイス。ゴクリと喉元が鳴った。
「恋人をつくることだ」
「えっ」
「もう一度だけ言おう。恋人をつくることだ。恋愛ではなく、恋人だね。それが人ではなくてもかまわないよ。夢中になれるものを探すんだ。マッキーの人生で急務な事。なによりも優先される事柄だね。寝る暇なんかない。まずはその一歩を踏んで、それからだ」
「恋人ですか!?」
「ハハ、君の人生の優先順位を教えてあげただけのことだよ。君には時間がある。しかしそれは永遠ではない。君のしたい事、ほしい事全てを手に入れる暇なんかとてもない。だからこそ、優先順位を決めて、高いほうからこなしてくのが、君の人生の急務なんだ。君のってのは限らないがね。君の思う、優先順位の低いこと、全てを無視し、先ず、何よりも優先順位の高い事柄を達成することだ」
「それが恋人なんですか!!?」
「君みたいなタイプは、だよ。君は一人で生きるべきではないタイプだ。私も同じだったからよくよくわかるんだよ。一人だとろくな考えをしないだろう?どうだい?君の理想とするタイプの女の子、君はそんな女性を空想してみる事はできかな?」
毎晩やってますだなんては言えない。
「できますよ」
そりゃね。焦った。確かに、理想の女性やら、恋人やらの事をちょっとでも妄想しようものなら、確かにテンションは跳ね上がる。その他一切、考えられなくなってしまうだろう。もしそれが現実に発生してしまったら、僕は毎日ヘヴン状態だ。それは間違いない事だって思う。
「でも!」
「でもじゃない、やれ!!」
「えーー!!?」
デイヴィは大声を出した。かなり命令口調にびびってしまう。
「君にも私にも時間なんかない。君は生まれてきて良かったと思う永遠にも似た時間をすごしたくはないのか?君はきっと、それを願ってるはずだよ。そしてね、ここからが本番だが」
「えっ。あっ。ハイ!!」
「生涯の伴侶を見つけてなら、君は人間を越えられるね。間違いない。立派な大人になれることだよ」
「えーー!」
激しいボディランゲージを加えて強い口調でいってのけた。なんか、なんか、僕もそんな気になってきたぞ。
「なんならそこのミルフィー君でもいいぞ。ちょっとぐらいの恋愛ごっこでもかまいやしない、マッキーは立派な奴隷……ではなく、立派な君の肯定者になってくれるぞ。ミルフィー君。どうだい?悪い話じゃないだろ?しかも最高な事に、この手のタイプは忠誠心が有り浮気もまずやらない。どうだい?素晴らしい話だし、マッキーにとっても悪い話じゃない」
「ちょっとおおおおおおおおおおおお」
「そうですね~ちょっと……ごめんなさいですね~」
「なんか僕ちょっとショックだよ!!なんか変な心の痛みがでてきたよ!なにしてんだよおじいちゃん!僕の心にぽっかり穴があいちゃったよ!」
「ハハ。どうだい?つまらないしくだらない事を今考えてるかい?人生はもう少しおもしろ楽しく生きたほうがいい。そして私は常にそう思ってる。今、君は楽しいだろう?」
「そりゃあね!」
なんかしらないけど、僕がミルフィーなんか幼児体型したアバターを持つ二十代半ば女性から一方的に振られたようなイベントがイキナリ発生しちゃって、頭がてんぱっちゃってるよ!!しかもなぜかよくわからない心臓の鼓動の高鳴りがあったし。わけわかんないよ。なんだよ、このリア充のノリは!
「ほうら。少しばかり人生が楽しくなっただろう。さぁ、街へ行こうか。大丈夫だよ。こう見えても私は口が上手でね。美味しい食べ物と美しい女性は得意なんだ。ナンパ行為はいつも楽しいからね。マッキーもきっとこれから楽しくなるはずだよ」
「ナンパすんですか!!!?やめてよ!」
なに言ってるんだ、このおじいちゃん、しかも僕の顔を見てさらにニヤニヤと笑い出してやがる。なんだこのおじいちゃん、悪趣味だぞ!
「VRMMOの世界観を崩さないでよ!ここファンタジーなんだよ!そんな浮ついた事にこの空間を使わないでよ!」
「だからこそだよ?人間関係はビジネスの基礎だ。基本中の基本だよ。特に世界の半数は女性で成り立ってる。君は男の付き合い方よりも女性との付き合い方を学んだほうが人生はうまく回るよ。なにより、楽しく、ハッピーだ。男と食事をすることと、女性と食事をすること、どちらが君にとっては魅力的なのかな?」
「そりゃ……」
女性だろう。って思う。けど。
「僕は女性とはあまり話しなんてしたことないから、男性の方が気苦労がなくっていいですね」
「なら女性と会話したり魅力的なダンスもやらなければね。それが世界構造、ひいては社会構造を成り立たせるものだ。いいかい?男と女が巡り合わなければ、人類は滅んでしまうんだよ?」
「僕が女性と出会わないと人類が滅んでしまうなんて言い方はやめてよ!」
「ハッハハ。君はからかい甲斐があるなあ。君みたいな未来を担う少年のために、私が英知を与えてあげよう。―――まずはナンパ術からだな」
「おじいちゃんがナンパするんですか~?」
「当然だよ。セールスには自信があるよ、今だってそこらのナンバー1よりも稼ぎだせる。話術はなによりも人生の初歩的なものだ。マッキーにはその初歩だって歩き出せていない。いいかい。マッキー。今ここで君が学ばなければならない基本的な事を怠ってしまうと、将来君と素晴らしい関係を築き上げる女性たちを不幸せにさせてしまうことになるんだよ。そんな事、フェミニストのマッキーが許さないだろ?」
「あ、あえっと」
そんな事考えてもなかったし、そういう考えを持ったことすらなかった。そもそも何言ってるんだこのおじいちゃんは。
「そもそもおじいちゃんがナンパできるわけないです!」
断言する。こんなおじいちゃんにホイホイされちゃう人間が居たら、僕の世界は変わっちゃうよ。
「人類が誕生し有史栄えて幾年が過ぎて尚も変わらない事が確かにある。きっと後一万年経っても変わらない事だろう。君はその認識を確認すべきだね」
「いいですよ。やってみせてくださいよ。ナンパってやつを。やれるんなら、いいですよ、ちょっとぐらいのお酒でも無理して飲みますよ」
このおじいちゃん、あんたが本物なら、僕だって覚悟を決める。仮初の張りぼてじゃないってんなら、それを証明してもらう。
「人生楽しんでますね~」