第四話 続・強くてキュートで頼もしくてカワイイもふもふ
変てこな空虚感がいつも心を満たしていた。それは今も変わらないものだと思う。もしかしたらそれは僕じゃない誰かにも当てはまるものなのかもしれないって最近は密かに考えていたりもするものだ。多分、僕と同じ高校生の多くは、アニメみたいに充実した生活を送って満足してるものではないっても思ってる。それでも、間違いなく青春を謳歌してる連中はいるわけであって、多分それは、僕の人生に対するアプローチが根本的に間違ってる証明に他ならないのかもしれないってのも密かに思ってることだ。
だけど。それでどうする?それこそ誤った考えかもしれないじゃないか。それでもって、もし僕の、僕なりの人生の生き方とやらが間違っていたのだと証明されたのなら、僕がこれまで生きてきた学生生活、小学校、中学校、高校一年生、それらをすごした人生の時間が、間違ってるってことになる。そういうことになってしまうわけだっ。―――なんて救いようがない。
何かちょっとしたこと、何かほんの些細なきっかけさえあれば、僕の人生は一変するんじゃないか。別に星空から小さな女の子が降ってきたなんてファンタジーじゃなくっていい。その考えは中学校を卒業したあたりやらで捨てていた。丁度僕の家は両親とも家に居ないし、好きな事やって人生を生きてるんだから。もう一人分ぐらいの空きスペースがあるんだからだなんて考えは、もう一切無い。いや、一切無いからってもしそれが実現されてしまった場合それを拒絶したり否定したりだなんてことはしないけど。
本当に少しの何かで人生は変わると思う。そう思ってるし、今だってその考えを変えたことはない。多くにアニメなんかやらゲームなんかの影響を色濃く受け継いだ考えだと思うけど、この考えはとっても良いものなのだと思ってる。
現実的な考え、正しい人生の歩み方。人生を、もっとポジティブに生きていこう。人の目を気にしないようにしよう。自分らしく生きていこう。市川駅南口前の本屋でぺらぺらめくった本にはそう書いてあった。それらの本が置かれていたコーナーの名前は自己啓発って表示だ。そのコーナーの本を全部読めば億万長者になりそうな気がするし、実際そうなれるのかもしれないって思っちゃうけど、それはきっと多分に疲れることなんだって思う。それは何よりも自分らしくないって思う。欲望盛りだくさんであんなことやこんなことをやってみたいって真剣に思ってるわけじゃないし、お金もコンビニでちょっとした贅沢のアイスが買えるだけあれば万々歳だ。
何か、変わること。何か、変えることはできないか。僕の今現状で置かれている状況でとびっきりの最適解は何だろう。その果てしなくとんでもない哲学的思考からうんうん唸って考え出した結果が。―――Real。それをプレイということだった。
そうしてそれは今も続いてる。何か、ちょっとした。なにか。
ヴァミリヲンドラゴン。君は僕を変えてる、そんな存在なのかな?
第四話 続・強くてキュートで頼もしくてカワイイもふもふ
「すいません~~」
ファンタジーストーリーのメインキャラクターで一人は居そう小さい小人の女の子。そんなカワイらしい人がてくてくやってきた。よくよく見ると、それは結構遠くじゃないらしい。大分小さい、ゲームセンターで二千円ぐらいでゲットできそうな景品みたいだ。だけどもそれは間違いなく動いている。
「シノノメ・マツキさん~良かったらパーティ組みませんか~?」
「あっハイ……えと」
思わず反射的に答えてしまった。急に名前を出されて驚いた。
「え~っと……デイヴィいいかな?ちなみに僕達初心者ですよー」
「私はかまわないよ、先達の指導があればとても助かるね」
おじいちゃんとは30分前から少しずつ話してた。名前で呼び合う中になれたのは、きっとおじいちゃんのコミュニケーション能力が高いせいだろう。僕の頭の中ではおじいちゃんは間違いなくおじいちゃんなので、優しく接してあげようって気になって、フレンドリーな感じの関係を築いた。まぁおじいちゃんっておじいちゃんだよね。結構おもしろい。だけども、おじいちゃんなのだ。ゲームで出てくる登場人物のイケメンの主人公とかカワイイ女の子でも無い、ちょっとビッグマウスなおじいちゃんってだけだ。そんなおじいちゃんはにっこり笑って言う。この人若いころはリア充だったなって思う。世界制覇の一歩手前ぐらいいってるかもしれない。
「ところでマツキさんにご質問があるのですが~」
よくよく見ると、幼児体型って言ったら失礼かもしれないけど、なんか奇妙だ。小人が身長の背丈ぐらいのでっかい弓を背中にしょってる。ランドセルを背負ってたら間違いなくそれは小学生に見えると思う。悪いけど………ううん。ヒトはそれぞれ千差万別。いろんな考えをもっていいじゃないか。そしてここはそれが許される特別な場所なのだ。誰かの考えや想いを、否定するのは悪いことに繋がる。アバターはプレイヤーキャラクターであり、そして中のヒトなんて居ない。それが僕のRealに対する一つのアプローチ。そして、それだと皆幸せになれる素敵な考えだって思う。
「なにかな?」
それにしても不思議だ。本当に不思議だ。ぬいぐるみとしゃべってるみたいだ。これほど奇妙奇天烈な体感があったものかと思っちゃう。
「ドラゴンの名前はなんていうんですか~?」
「えっと……」
一瞬思い出せない。その不思議なアバターをまじまじと見てしまったからだ。確か。
「ヴァミリヲンドラゴン、だよ」
そして一呼吸おいて気づく。
「っていうかどうして僕がドラゴン持ってるって分かったの!?」
おかしい。初対面でそんなこと言われるのは間違いなくおかしい。それとも、そういうのは結構割かし常識だったりするんだろうか。『ヘイボーイ!昨日のスコッチが効いてて今日はちょっぴしヒャッハーだぜ!!ところでお前のドラゴンイカしてんなァ……』だなんていわれることも珍しくないのかもしれない。
正直。取扱説明書とか攻略雑誌とか、あんまりそういうの見ないでRealをプレイしちゃってるからその辺わかんない。
「簡単な推理なのですよ~」
そう言って胸を張ってどやっちゃうのはちょっとカワイイ。やっぱり中のヒトを考えないって素敵だと思う。そして僕のこの考えはいつだって勝者だ。
「そ、そうなんですか」
「ですよー。早速パーティ組みましょう~」
「よろしくお願いします!」
「宜しく頼むよ」
「こちらこそですよ~。あっちょっと電話いいですか~?」
「いいですよー、へぇ凄いな。電話とかあるんだ」
そう言って小人ホビットはバッグから紫色の紙を一枚取り出した。
「お姉たま~~!遂に発見しましたですよ!お姉たま~~!!」
お姉たま。ふーむなるほどなるほど。なるほどー。いいな。結構仲良いフレンドいるんだ。
「まずは・・・お約束ですよ~~!お姉たま~~!」
ちょっとだけ、羨ましいナって思う。そういう関係を築き上げることができるこのヒトは、結構素敵なRealライフを送ってるんだろうって思う。僕もこんな思うだけじゃだめなんだよね。
「ありがとうございます!お姉たま~~!」
どうやら約束が果たされるらしい。あんまりプライベートなこと目の前でイキナリ言われても正直困るナぁ。デイヴィの方を見ると、ハリウッド映画みたいに肩をすくめてみせた。やっぱりこのおじいちゃん面白い。
「現在、ガラス細工の街ボーエンで発見しました~!」
そういえば、そういう町の名前だっけ。草原の遠くに、そんなファンタジーがあるんだ。なんかうきうき。
「当然ですよ~。だって今パーティ組んでますから~~」
そういえば、まだ自己紹介やってなかったよね。元気良くいこうかな。なんか、目の前に変なアバターがあると、なんかちょっと違うなぁ。いかにもゲームやってる。別世界にいるって感じがする。
「分かりました~お姉たま~~」
そう言って紫色の紙が消えていった。そういうアイテムなのだろう。通信機器は別なんだ。チャットを飛ばしたりってのもできない感じか。リアルだな。だとしたら、結構そのアイテムも高そう。僕らが普段使ってるケータイも、出始めは滅茶苦茶高かったらしいし。
「さて~」
そして僕をちらっと見た後、にんまりしてから。
「早速クエスト屋に行ってフィールドモンスター狩りますよ~。私の名前はミルフィーです~ミルフィーで結構ですよ~」
「僕はマツキ・シノノメ、でいいのかな」
そういえば表記とかどうなるんだろうか。シノノメ・マツキとか。順番。ううん、その辺も変換してくれてるんだろうか。最近スパコンぱないの。ってニュースでやってたし。
「ジョーン・デイヴィだ」
ミルフィーは軽く首を傾げた後、言った。
「なんて呼ばれたいですか~?」
なんて答えればいいだろうか。もう少し、もう少しだけ仲良くなってから……あだ名とか言いやすい愛称で呼ばれたいっても思う。思うけども。…そうだ。自己啓発本に書いてあった、ポジティブに、自分らしくを実演してみよう!
「マッキー、マッキーでいいよ」
「デイヴィでいいよ。ジョーとか。いつも役職やコードネームで呼ばれてたからね。本名で呼ばれたいんだ」
「はーい。短い間ですが宜しくお願いしますね~」
そう言ってミルフィーはぴょこんと跳ねてペコリと頭を下げた。なにこれかわいい。
「早速お二人とフレンド登録宜しいですか~?」
「えっあっ」
早い。早い。いろいろ飛ばしてないだろうか。もしかして海外のプレイヤーはガンガンフレンド登録するのが主流なのだろうか。一期一会ではなく、フレンドとして名前が残るって、なんか特別な感じがするんだけど。
「はい…」
それでもポジティブに。もしかしたら僕の、今までの人生は間違ってたのかもしれない。そんな最悪を認めるわけじゃないけど、こういう場面で、こんな場所だから、特別な事って始まるものなんだって思う。だったら僕も格別にスペシャルなテンションで踊るのも一興じゃないか。僕は、そうやって、そんな大切な特別に出会うためにここに来たんだ。
「握手ですよ~」
「あっ。はい!」
「もしかしてガチ初心者の方ですか~?」
「ガチ初心者です…」
やっぱり分かっちゃうのか。ログアウトしたら攻略サイト見よっと。
「握手がフレンドの条件なのですよ~」
なんか、ちょっぴり恥ずかしい。そう思いながら、屈んで小さい手と握手した。なんかあったかい。それに少し水っ気がある。変な感じだ。
「がんばってルーキー卒業しますよ~」
「だね!」
ルーキーっか。この世界の新参者だ。僕はこの世界で何かを得る事は出来るだろうか。ヴァミリヲンドラゴンというアイテムや、品物、ガチャって手に入るラッキーじゃない。僕自身が掴み取れる素晴らしい幸運についてだ。友達、とか。ね。いや、これもフレンドなんだけど。
一緒に歩いてると、さっきまでおじいちゃんと一緒に居た時のテンションよりもわずかながら高くなってることに自分でも驚く。男ってのはゲンキンなものだ。それに自分でもちょっぴり失望したり、やっぱりってなっちゃう。外見なのか、性別なのか、それとも男性じゃない喋り方なのか。このへんちくりんで素敵な出会いに、妙に嬉しくなった。
「マッキーってもしかしてRealの事あんまり知らないですか~?」
道中、ミルフィーがだしぬけにそんな事言った。
「うん。そうだよ。勢いでね。別に何かに追われたり逃げたりしてるわけじゃないけど、何か、ガッツリファンタジーで、今までの自分をちょっと忘れてみたくなってね」
凄い。自分でも何言ってるかちょっとわかんないけど、結構とんでもない事を喋ってしまった。あんまり、僕は自分の事を誰かにしゃべったりするのは苦手なんだ。そんな機会だって普通は持てないものだし。そういう機会に首を突っ込んでくタイプでも無い。それが悪かったって絶対認めたくないけど。
「そうなんですか~。デイヴィーもですか~?」
「マッキーと、そう、私もマッキーと呼ばせてもらうよ」
そう言って僕に悪戯っぽく顔をくしゃっとさせて言った。この人、本当に嬉しそうに喋る人だ。多分、幸せな人なんだって思う。ずっと幸せに人生を送ってきた人なのかもしれない。
「置かれてる現状はマッキーと同じだね。立場も同じ、金銭的な面でもだね」
「ですか~」
そう言ってミルフィーはにんまり顔をした。デイヴィーの言い方と物言いが受けたのかもしれない。でも、僕にはデイヴィーみたいなことはできないなぁ。
「とりあえず、僕は魔法使いタイプになりたいから、あっちの物理系統を教える町じゃなくってこっちの町に移動してるとこ」
「なるほど~」
「私もそうだな。いろいろな魔法を知りたいところだ」
「魔法タイプは厄介ですよ~。物理の方が楽ですよ~。多くの場合というよりも、ほとんど物理から進んでいって魔法の英知を取得するって感じですね~。魔法はセンスが要りますよ~」
魔法ってセンスいるのか。ミルフィーの言葉にちょっとギクリとした。僕にセンスと呼ばれる才能の類は未だ発見されないままなのだ。ただ、人には言えない信念みたいなものはあるけどね。ただ一つだけ、守りたいものを守るって信念はあるさ。オトコノコだからね。
「その点は大丈夫だろう。魔術の類も魔法の類も多少の心得はあるし、マッキーも見たところ魔法を使う事に長けていそうだ」
デイヴィがそんな事を要ってくれた。おじいちゃんがそんな事言ってくれるなんて、正直かなり嬉しい。僕には魔法の才能があるかもしれないという事実。やっぱりおじいちゃんは慧眼の持ち主だった。
「どうしてそう言いきれるんですか~?」
「私には人のオーラが見えてね。オーラというのは西洋的な言い方であって、東洋では気、宗教的な言い方では霊気、ファンタジーの世界ではマナだなとも言われてるな。人にはそれぞれマナには多寡があってね。そして極稀に色を伴う人も存在する。マッキーほど白く輝く人間はいない」
お、おだてられてる。う、嬉しい。正直、誰かに褒められた経験が無いからこそばゆいぞ!おじいちゃん!
「なるほど~。そういうスピリチュアルな方なんですね~」
「ああ。感じていたのは貧しい幼少時代からだったが、最近ではよく視えるようになったんだよ。ちなみにミルフィーは穏やかに波を打っていてとても安定してるね」
「たまに巡業でやってくるジプシーみたいな事いいますね~。お金はあげませんよ~」
そう言ってミルフィーはぴょこんと弾んだ。ジプシーって海外か。ってことは二人ともヨーロッパからか。なんかすごいなぁ、海の外だもん。
「ハハ。私は視えて感じる事が出来るだけだよ。癒したり、なにか特別なことをしてあげられるわけじゃない。アドバイスは出来るがね。例えばミルフィーの場合は、おっと。君の個人的な事柄をここで公表しても構わないかね?」
「かまいませんよ~」
「そうか。では。ミルフィー君は成人した女性だ。健康状態も良いし、心理状態も同じく。金銭的な面や社会的な地位も満足している。しかし、時折見せる揺らぎは、とても奇妙なものがある。友人にも似た揺らぎがあった。彼女は同性愛者だったな。間違ってる点は何かあるかい?」
デイヴィーの言葉にミルフィーは三回弾んだ。
「当たってますよ~~~!凄い特技ですね~」
「これもちょっとした魔術の類に入るのだろうか、オカルトも案外軽視できない点もある事を留意しておくべきだね。そしてこれがこんな世界でも使えると」
「ぱちぱちぱち~」
今、確かに聞こえた。やっぱり男はゲンキンなものだと思う。Real初日に女性とフレンドになってしまった。駄目だ。駄目だ駄目だ。こんなことぐらい、たったこれぐらいなのに、僕のテンションはフルスロットルに達しようとしてる。
「それじゃちなみにマッキーはどういうかんじなんですか~?」
「見た目のままだね。特に私から言える事は何も無いよ。普通の珍しい高校生だ」
「はい……まんまです…デフォですよっと。あ、あの」
あのさ。もうちょっと気を利かせてハンサムだよぐらい言ってほしいなぁ。
「そのとおりですよっと」
それを言えれば、もうちょっとだけ、お互いの距離が近くなれる気がした。あんまり、僕は、他人とおしゃべりするのが、苦手なんだ。
分かって貰おうとしても、分かってくれるつもりが無い人間がいたり、逆手に取ってきたり、そんな人間もいる。あまり他人と関わるとロクな目にあわない。そう思ってた自分がいた。だから、まだ僕は苦手だ。
「案外普通って大切ですよね~。普通ってキライじゃないですよ~」
そんなフォローをミルフィーから頂いた。いいさ。僕は大器晩成型なんだ。って、言っちゃえ。
「いいさ、僕は大器晩成型なんだ。これからなんだよ、僕はリアルルーキーだからね」
「いいますねぇ~」
言ってやった。言っちまった。それが、なんとも自分で痛快に感じて、なんかちょっとだけ幸せだなって思っちゃう。もうちょっと、更に一歩だけ、はっちゃけよう。
「良い大人になるって意味合いだよ。もしくは良い悪党か。どっちを選んだとしても、君は幸せな人生を得られるだろうね。だから、安心していいよ」
「若いですからね」
ちょっとだけいきりたって言っちゃうと、ミルフィーに靴を踏まれた。
こんな時間が続きますように。