エピローグ 仕事
オクスフォード大学の太陽広場での講演を終え、すぐにタクシーに乗り継ぎ、ロンドン空港を経由してスウェーデンへ向かう。もちろん、機内のファーストクラスに搭乗した瞬間にジャンプしてレリヒア共和国へ向かう。レリヒア共和国は、人類の歩んできた文化圏とは違う国家らしい。
「渡していた原稿と身ぶり、完璧でした。さすがですね」
「異次元や他の惑星に必要な人材の確保って言ったじゃないですか。言われればやりますよ。まぁ拍手されて注目されるのは気分が悪いものじゃないですけど、人を騙しているようで気が進まないです」
世界最大の秘密結社の首領としての日々は、案外悪いものじゃない。僕と結社には共通目的がある。現状維持と緩やかな上昇で双方が確認を取れるものになった。でも。一番は、最有力者の不老。このカードが僕を神として崇拝させる。例外として死にかけてる老人を治癒してみせた結果、結社は完璧に僕の物になった。彼ら自身の目標がそれだったので、あえて与えてみた結果、彼らは僕を神と認めた。
「デイヴィーおじいちゃんは今どこ行ってるの?」
「太平洋で釣りをしてますよ。どうします?首根っこ掴んでここに座らせますか?」
「いや、いいよ」
実力者への講演、会議、委員会への昇格希望者のためにはわざわざその場へ行って何かコメントしなくちゃいけないし、超機密プロジェクトへの人材のプロフィールチェックなんて100人の脳みそを観察して過去、現在の結社への忠誠を探さなくちゃいけなかった。ハッキリ言って、ブラックだ。例え時給2000円だとしても高卒の僕が働きたい場所じゃないのは確かだ。しかし。僕には婚約者がいるし、これから家庭も持つ事になる。家族をこれから作っていかなければならないので、残念ながら、仕事は選んでいられない。僕がこの仕事をする事で、殺人や洗脳、裏工作に偽装結婚といった秘密結社ならではのヤバイ事の70%がカットされるらしいので渋々働いてる。残り30%はデイヴィおじーちゃんだ。僕は人の心を動かすには、理想と将来を人々に語る必要がある。しかしおじーちゃんは電話一本で何百人も人を動かしているのだ。この秘密結社の創始者という形は半世紀後でも絶大な効果があるらしい。
「それで、レリヒア共和国には現段階の人類では手を出せないんだよね。向こうがこっちに何か仕掛けている可能性もあったり、今回はレリヒアの内情を探るための非公式の電撃訪問。デイヴィおじーちゃんじゃダメなんですか?今でもそこそこ強い方なんでしょ?」
「この資料をどうぞ」
超機密と書かれたブラックボードの中にはプリントが二枚入っていた。
「第一使節団、第三使節団、共に全滅。制圧作戦の失敗・・・。うわ。これってこっちからあっちを支配しようと皆殺しにしようとしてるじゃん!この仕事僕に押し付けるんですか!?責任者はどうしたんですか!?」
「調査団長は昨日、責任を取るために、日本式で切腹しました。本来、このレベルの些末はグランドマスターには拝見する程の価値もありませんが、彼のそこそこの功績のため、委員会をパスし理事会へ上がったところ、神なら簡単に解決するだろうと2分の会議で終了してます。出席率は5割だったので可決されました」
「僕の票入ってませんよね!?」
「グランドマスターは昨日、新宿のゴジラタワーで誰かと3時間も楽しそうに過ごしていたという目撃情報が確認されています。裏は取っておりませんが」
「しょうがないなぁ。でも。この人。そしてこの仕事。レリヒア共和国を結社が」
「グランドマスター。結社ではありません。我々です。いいですか。あなたはもう、神様ではなく、地球を支配する事に同意し、我々の組織図に加わる事へ忠誠を誓った」
「でも。過去の人間が現地住民を資源獲得のために殺戮をするなんて人間の野蛮そのものだ。彼の首だけじゃ到底足りない。ここにこそ、粛清する必要があるね」
「そんなオーラを出されると飛行機が落ちますよ?」
やばっ。かなり押さえてるつもりなのに。
「結局僕に繋げるために切腹したんだ。敬意を表して僕が特別に責任を取ろう。僕のために、わざわざ、切腹を?」
「ええ。オーストラリアの自宅にて。遺書も」
「・・・」
どうしようか。
「生き返らせる事はしないでください。グランドマスター。あまりにも人間から離れすぎると、逆に組織内部はグランドマスターを敵視します。ただでさえ、我々のプール金を公共費用とインフラ設備に使用して反感を買っているのに」
「いいじゃないか。家庭全部にパソコンぐらい。全員がスマホ持ってれば管理し易いでしょ」
「あれもデイヴィが賛成しなければ実現しませんでしたよ。一体どれだけの、例えば送電設備の建設のために、どれだけの年月と資金が・・・」
「僕がやろうか?」
「そういうところです!マッキーは人類に対して甘すぎます!」
エーリスが久々に怒ったように言う。ホムンクルスだなんて、わからない。人間以上に人間だ。
「これまでの人類の支配者はそもそも厳しかったんだよ。人々に。たまには僕みたいな奴がぱっと出て釣り合うってものだよ」
「その結果、我々の未来試算に影響が出ているというのです。進化には、ゆっくりとした時間がそもそも必要なのですよ!今、もし、全人類が空飛ぶ車だなんてものを手にいれたら、どれだけの事故死が統計できるか楽しみで仕方がないですね。確実に老衰を越える事でしょう」
「議論するつもりは無いよ。だから僕だって仕事してるじゃん。だから皆も仕事してよ」
「マッキーを仕事させてる認識はありませんでしたね。では、先程の回答を。レリヒア共和国はおよそ一万年前、ハルマゲドンを生き延びた先人類の子孫だと確認されています」
「分かった。だから今回神様が人類を滅亡させる時の緊急避難場所として使おうってのだったから、先住民は邪魔だから根絶しとこうとかじゃないよね」
「はい。その通りです」
「まぁ。そっか。愛する人が死ぬ事を避けるためなら、なんでもやるよね」
ありふれた理由。それなら問題は無い。
「それってカヴァーストーリーとかじゃないよね?」
「ええ。流石にグランドマスターへの虚偽報告などありえません。その場合は、浄化作戦が遂行されます」
なんかヤバイ作戦が出てきちゃったよ!
「聞きます?」
「なんでそこで聞き返すの!?」
「絶筆に尽くしがたいので。言うのも憚るとはこのことです。一族全て、土地まるごと、ですね。内部査察機関は委員会を通しておりませんので、しばしば委員会のメンバーも浄化されるというのもあったぐらいです。グランドマスターの権限は、我々にとって指針そのもの、神とも言える存在」
「じゃあそんなに特別なもんじゃないですね」
「マッキーは、別格です。それで、どうされるつもりですか?」
飛行機は世界二ヶ所にしか存在しない、古代ポータルを使用し、異世界へと渡るらしい。オーストラリア程度の平面世界、英語が公用語らしく、僕たちと同じ雛形、通貨を使用し、意思決定は投票ではなく、占いによって決まるらしい。
「レベル換算で200という予測が立てられています。この数字は、熟練の魔術師一人に相当します」
「ちなみにエーリスのレベルは?」
「変動率が200%を越えるので参考にならないかと。今だと120といったところでしょうか。近接格闘の金メダリスト、それをなんとか凌げるかどうか」
少し考えるような素振りを見せる。人間の極がレベル100といったところなのだろう。
「僕は今どれくらい?このリラックスしてる状態は」
「わかりませんが、私よりも強いとは思います。過去の人類史上など、マッキーはもはや人間ですらありませんから意味など無いですし」
「じゃあ、僕はこの状態で彼らを圧倒できるレベルだと思う?」
「最悪ドラゴンヘッドで」
今、ヴァミリヲンドラゴンは僕の中には居ない。意思上では繋がってるけど、僕の想定を遥かに越える事態が起こったら、僕はこの飛行機のパイロットと添乗員、エーリスの生命を守れない。
機内アナウンスが流れ、次元を越えて、歪みの根本へと進んでゆく。
到着しましたが、既に誘導され、捕縛されたようです。そんなアナウンスが流れた。
「我々の発着地点を割り出し、そこに封を施し術式を並べ立てるとは。なるほど。こうやって使節団は対処されたのでしょうね」
「ふうん」
窓の外は、布を被されたようで、外は見えない。飛行機の外には200程度の兵士でかためている。
「マッキー。挨拶するだけって言いましたが、私は死ぬわけにはいきませんので、戦闘の許可を」
「いや、いいよ。ただ挨拶してくるだけ。こういうのはもう慣れたし」
僕は意思をただ果たすだけ。そこに、その道に、苦難や逆境はありえない。ゆうゆうと、飛行機の扉から出て、布を破って、外へ出た。地面に着地。スゴい敵視を感じる。
「交戦の意思は無い。地球の代表としてやってきた」
当然ながら信じられないという想い。疑心、攻撃への強い意思を汲み取れる。
「あなた方が、交流を求めないなら、それでいい。今後、こちらからの接触は二度とありません。ただ、何か必要なものや、知識が必要なのだとしたら、こちらはそれらを差し出す準備があります。一つ言える事は、今後我々が、我々がこの世界に干渉する事は二度と無い。これを伝えるために、ここにやってきました」
「逃がすとでも、思うか?」
この作戦のリーダーらしき人物が近づいてきた。
「侵略者は、等しく罰を与える。例外は存在しない」
「わかりました。罰を受けましょう。どうぞ」
その人物は何もない空中から剣を、いや、槍を取りだし、僕に向けて攻撃した。もちろんピタリと心臓への攻撃に、皮膚一枚で止めてみせる。
「・・・」
動かない、相手は驚愕の表情を浮かべた。
「すいません、これから先も予定が控えておりますので、質問がなければ。もう発ちます」
「いや、まだだ。まだ・・・」
天使よりも、低い。
「そうですか。これが」
僕は財布から名刺を取り出した。
「僕の名刺です。必要な事がありましたら、そのアドレスにメールで。緊急の場合はその僕の電話番号へ。最近忙しいのですぐに取れないかもしれませんが、必ず折り返します。我々の組織は新しくなりました。過去の組織とは異なる組織に」
「やれッッッ!!!」
攻撃魔法が発動した。飛行機ごと焼き尽くす算段だったのだろう。布に描かれた術式から、この場所で発達した魔術だろう。僕は人差し指で打ち消した。簡易的に溶ける。レベル300といったところだろうか。
「そろそろ」
時計を見た。軽く挨拶する時間を大幅に越えている。
「時間ですので。それでは」
「ま、待て」
「はい?」
「ハルマゲドンは、どうした?」
そんな事を聞かれた。
「もう起きませんね。天界は既に僕を神と認めてます。地球に戻りたいならどうぞ。観光でもしていきますか?」
「お前は何を言ってるのだ・・・」
「あ、遅れました。地球の支配者であり神殺しの東雲末樹です」
「ばかな・・・」
着信が鳴った。ソニー製だからだろうか、魔法をかけると、いつでもどこでも通話できる。これは、彼女から。
「すいません、ちょっと失礼します」
電話を取った。
「今、仕事中で、うん。ごめんごめん。食べるよ。ニンジン?ああ。買ってくる。うん。うんうん。すぐいく」
化け物を見るような目で見られてる。大抵そういうのは結社の連中ので慣れてるからどうにも思わない。
「すいません。将来の花嫁からで。手料理を作ってくれる約束をしてて。あまり正直、僕は食欲は無いんですけど、彼女がそういう事をしたいみたいで。カレーだって。あっ。そろそろです」
そして飛行機ごとジャンプした。昼食には間に合って良かった。僕は誰かとは違う。仕事より家庭を優先する。




